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第十五話 恋愛とは


 


 ☆ ☆ ☆


【ぬいぐるみの温かさ】


 凝固で窓が水浸しになるほどの寒い冬の日。

 だが、貴司の心は季節に反し、ポカポカとした温かさに包まれていた。


 原因は、ピンク色に染まった青春。

 貴司に新しい恋人ができたからだ。


 愛おしき彼女の名前は真澄。

 美しい紅葉の秋に貴司の方から告白し、見事に成就した。


 真澄の傍にいるだけで、貴司はとても幸せになれる。同時に、彼女の力になりたい、相応しい男になりたいと思わずにいられなくなる。

 ここから先、もしかしたら死ぬまで、真澄を中心に貴司の人生は回っていくようだ。


「早く学校で真澄に会いてぇなぁ」


 自室にいる貴司の腕には、現在進行形で抱き寄せているイルカのぬいぐるみがある。

 心ふやけるまま加減なしに、ぎゅっ、と込められたイルカはかなり鬱陶しそう。


 イルカのぬいぐるみは真澄がプレゼントしてくれたものだった。

 学生からすれば高級なもので肌触りが非常によく、いくらでも撫でていられる。最近は癖になりすぎて、真澄に会えない時間はいつもイルカと戯れていた。


「貴司、入るよ。借りていた本を返しにきた」

「――っ! 姉貴! 用があるならノックしてくれよ!」

「したけど返事がなかったんじゃないか。……って、アンタまた真澄ちゃんのイルカちゃんを抱っこしてんのかい」

「わ、悪いか!」

「悪かないけど……そうだ。せっかくだからそのままじっとしてな」


 貴司の姉は携帯を取り出すと、あろうことかぬいぐるみを抱いている彼の姿を写真に収めた。


「これ、真澄ちゃんに送ってあげる。……こうすればアンタのそのへにょへにょな行為も意味を為すから」

「や、やめてくれ! そんなことをしたら引かれるに決まってる!」

「ひかれる自覚はあったのね。時すでに遅し。そして、もう真澄ちゃんから返事がきたよ」

「うわあああああ! お仕舞いだあああああ!」


 恐怖のあまり真澄のメッセージを見ようとしない貴司。

 イルカと一緒に布団にくるまる始末だが、次の瞬間には姉が読み上げてしまうので意味がない。


『貴司君、とっても可愛いですね。この写真、一生大事にします! お礼と言うのも変なのですが、貴司君に渡していただけますか?』


 添付されていた写真には、真澄がぬいぐるみを抱いている姿が写されていた。

 そのぬいぐるみは、貴司のものとペアになるピンク色のイルカだった。


 ☆ ☆ ☆


「……ふむ」


 現実に戻り、時は九月。

 猛暑が収まり、雲が広がる早朝には肌寒ささえ感じるようになってきた。


 悟の膝にはノートパソコンがある。

 何となく微笑ましい物語を書く気になった悟は、同じ年齢の、にょほほ、な青年を描いてみた。『貴司』のように、顔が歪むまで煩悩に呑まれたくはないが、寄りかかれるパートナーがいれば景色は晴れるだろうかという興味はある。


 今、愛結に読んでもらえたなら、彼女からの意見も得られるだろうと考えた。


「……ううう」


 しかし、悟の隣には、眉を寄せて身体を縮めつつ、縮めた力をどうすればいいか分からないような、何とも言えない表情をした愛結がいる。

 ああしてみようこうしてみようと頑張ってもがいている感じだ。頼み事をするのは憚られた。


 彼女の手元には今日も一冊の本がある。


「恋愛もののマンガを読んでいるのか。登場人物の気持ちが分からないとかか?」

「……ピンポイントで当てられて悔しいのですが……はい。その通りです。この世界の方々はどうして恋愛をするのでしょうか」


 以前に似たような話をした際はあまり拗らせていなかったように思えるが、また何かしらあったのだろうか。


 いずれにせよ、彼女が小さく出してくれた、本音。ちょっとした不満。

 これはきっと、歩み寄り。


「やっぱり、恋愛に興味がないのはおかしいですか?」

「まさか。ただ、この世に子孫を残してくれる人がいるからこそ、その疑問をもつ余裕ができるともいえる。共感はできずとも、恋愛については君なりに落とし込んでおいた方がいいかもしれない」

「……」


 思うに至った経緯を尋ねると、愛結は静かに話してくれた。

 クラスメイトから相談を受けたらしい。


「なんか彼氏からのデートの誘いを、予定があるからと断ったらキレられたらしくて。……いや、この時点で別れてしまえばいいのでは正直思ったんですけど、全部事情を知っているわけではないので、はっきり言うのもためらわれて……」

「ふむ。それで、なんて返答を?」

「『どうして断ったのか細かく話して、怒らないで欲しいとしっかり伝えてはどうか』と。『大切に想っていると改めて伝えるといい』『やることをちゃんとやって、それでもダメだったら仕方ない』とアドバイスをしました。……そしたら、なぜか私がその子にキレられてしまいまして……。まぁ、私を責めたというよりは、ショックのあまり抑えが効かないという感じではあったのですが」


 ダメだったら仕方ない。

 その言葉はけっこう、今の愛結にも当てはまっている気がする。

 この公園まで悩んで引きずってしまうのは……それこそ『仕方ない』と思いきれていないからだ。


 だが、悟は指摘しない。


 確かに仕方がない。しかし――人とはそういうものではあるが――仕方ないで終わらせられたら苦労しないのだ。


「それで、フィクションの恋愛マンガを読んでいたか」

「物語はキレイでいいですね。誰かを憎んでいる登場人物がいても、そこにはちゃんと意味があって、歪んだ感情でも、どこかまっすぐに思えます」


 いつも、何かを探している。

 マイペースに進むことを選ばない。何とかしたいといつも思っていて。見つからないものに焦がれて、いつも瞳に色をつけている。


「やはり、特効薬が欲しいな」

「はい。欲しくなってしまいます。……この前、色々話してもらったのにごめんなさい。それにいつも相談に乗ってもらってばかりで」


 問題ない、とかぶりをふる。


「君は他人想いすぎる」

「そんなことは、ないです」


 気を晴らしてやりたいが、座っている公園には木枯らしでも起こりそうだ。

 だれかを本当に元気づけたいなら、どうしても準備や力がいる。


「……」


 今まで、色々と話はしてきた。

 けれど、愛結の価値観を変えたことなどない。

 誰かの言葉で、誰かはそう簡単には変わらない。

 愛結はいつも、自分で汲み取って、落とし込もうとしていた。


 どんな問題も、最終的には自分で答えを出さないと、納得まで至らない。

 愛結は今、いや、だいぶ前から、その境地で戦っている気がする。


「また短編を描いてみたから、気晴らしに見てもらえるか」


 スリープで暗くなっていたパソコンに触れれば、先ほどまでの文章が浮かび上がる。

 場つなぎの行動だとしても、つなげられるのは確かだ。


「『貴司くん』は心がとても温かそうでいいですね。この人みたいになりたいような、なりたくないような、不思議な気持ちです」

「たしかに」

「文章、やっぱりすごいなって思います。でも、強いて言うなら……ふふ、こんな可愛くて素敵なヒロインはこの世に存在しないですね」


 少しでも、楽しんでもらえれば。

 何か、一かけらでも、安らぎを得てくれれば。


「まぁ、そうだろうな」


 可能性があるなら、いくらでも描いた物語を見て欲しい。


 所詮は臨時の隣人。

 悟が抱くのは小さな想いに過ぎないだろう。


 それでも、、悟はいつも、陰ながら願う。

 愛結にとって良いことが起こりますように。




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