後編
「アリーネ……お前……」
バロック様の怒りのこもった声に私は負けずとバロック様に冷ややかな目を向けて、押さえつけている手にグッと力を込める。
騎士を名乗る者として女1人に押さえつけられるなんて滑稽な姿。
正直、すぐ払い退けられるのを覚悟して次の手も考えていたのに私に押さえつけられたバロック様は微動だにできない。
弱い。弱すぎる。
こんな奴が将来の歴代の近衞騎士団長を務めている由緒あるターミネイド公爵を継ぐの? ターミネイド公爵家は今の代でもう終わりね。
私は大きくため息を吐くとバロック様の耳元に顔を近づける。
「婚約破棄確かに承りました。私から言える事はそれだけです。後の事はわたくしの父とターミネド公爵にお任せしましょう。何といってもこの婚約は国王陛下が決められた事なので、バロック様はこの婚約破棄を国王陛下にもきちんとご説明お願い致しますね。マリア嬢のお腹のお子様の事もお忘れなく」
私の言葉にバロック様は一瞬目を見開くと顔を一気に青くさせる。
やっと自身の行った行動がどういうものなのか弱い頭で理解したのでしょう。自己中心的な人間はどうしてこうも当たり前な周りの事が見えないのか……
バロック様は押さえ込む私に必死に抵抗をしていたけど、現状を理解したからか力が一気に抜けてそのまま力なく床に頭をつける。
私は力を無くしたバロック様を見て呆れながら手を離すと、立ち上がって何事もなかったかのように衣服の乱れを直す。そして、事の経緯を見ていた黙り込む人々に対して深くカーテシーをする。
「楽しい夜会の時間にお騒がせして申し訳ございませんでした」
言葉の最後にニコリと微笑むと、そこにいる全ての人が顔をあからめる。
私はそんな人々の姿を横目にそのまま会場の外へとゆっくり向かった。
「派手にやったな」
会場を出るなり、背後から声をかけられる。
「あら。今更登場ですか? 来られるのであればもっと早くに来て騒ぎを収めて頂きたかったのですが」
私は振り返る事なくその声の主に嫌味混じりに言う。
「こんな楽しい事は高みの見物に限る。関わると面倒な事ばかりだからな」
声の主の男はククッと笑いながら私に近づいてくると、私の髪を一房すくい愛し気に口をつける。
「久々に見たな。お前の本来の姿を……昔と変わらず美しい。でも、この姿を他の輩に見られたのは正直面白くない。お前の真の姿を知るのは私だけでよかったのに」
「おふざけはおやめください。王太子殿下」
私が振り返ると、すくわれた髪が殿下の手からサラリとすり抜ける。
私に声をかけてきたのはこの国の第一王子である王太子ミノン・ハーノルド殿下。
バロック様はキレイ系の美青年と例えるならミノン殿下はワイルド系の美男子。
私より5歳年上で、本来なら接点などほとんど無いお方。
しかし、ミノン殿下は自身が幼い頃、私のお父様が戦うその姿を見て惚れ込んだらしく、私が物心つく前から秘密裏に辺境地にきてお父様に特訓をしてもらっていた。
私の本来の姿を知っていて、バロック様に指示されていた今までの姿を誰よりも面白がっていた人。
「私はふざけてなんていない。元々、アイツと君との婚約は私にとって不服なものだったんだ。私は君と出会ってからずっと君に恋焦がれていた。なのにあんな奴と君が婚約したと聞いて父上をどれほど恨んだものか。あんな奴より私と縁を結んだ方が国にとって利があったのに……」
「陛下は殿下に隣国の姫君と婚姻を結んで欲しかったのですよ。それなのに早々に破談にしてしまって……」
「あんな富と名誉ばかりに執着している高飛車女なんて戦争を起こしてもお断りだ」
「戦争などしたら今の我が国ではコテンパンにやられるでしょうね」
ミノン殿下は私の答えにフッと優しい笑みを浮かべる。
「バロックとの婚約は確実に解消されるだろう。そうなればお前には縁談の話が山程くるだろうな……そろそろ私も本気を出していかないとな。次期辺境伯のロンは既に私の味方だからとりあえず師匠を説得して既成事実を作ってから父上に……」
「勝手に可愛い弟を殿下の味方にしないでください。それにわたくし王太子妃なんて絶対に嫌ですから。そもそもわたくしに次期王妃なんて無理ですから他を当たってください」
私が言い切ると、ミノン殿下は私の前に進路を塞ぐ様に満面の笑みで立つ。
「美しくて、強くて、賢くて、忍耐力があり、国の事を考えられる君以外に相応しい相手がいるとでも?」
「沢山いますわ。貴方に恋焦がれているご令嬢が星の数ほどおりますもの。中には有能な方もいらっしゃるでしょう。殿下ももういい歳なのですから逃げてばかりではなく周りに目を向けては?」
「だとしても、私は君がいい。今日という日をこれ程待ち焦がれていたのにチャンスを逃してなるものか。絶対に私は君を手に入れるよ」
「……」
バロック様のような人は何を考えているか分かりやすかったから黙って言う事を聞いていればよかったし扱いが楽だった。
反してミノン殿下は流石は王族と言うべきか言っている事がどこまでが本心でどこまでが冗談なのか分からないし、頭の回転の良さに扱いに困る。
ここは逃げるが勝ちか……
私は軽く深呼吸をして気持ちを落ち着かせるとミノン殿下をしっかりと見つめると、ニコリと笑みを作る。
「殿下。本日も勝手に黙ってコチラにいらしたのでしょう? 早く戻らないと貴方の家臣達がまた騒ぎだしますよ」
「大丈夫だ。今回はキチンと伝えてきたからな。そもそもこの夜会に向けてアイツが怪しい動きをしていると伝えてきたのは家臣達だしな」
「怪しい動き?」
「あー……」
「なるほど。殿下はわたくしに内密にわたくしの周りを勝手に探って今日こうなる事を知っていたと。それをわざわざわたくしに教えてくださらず高みの見物に来た……と」
不敬だと思いつつもミノン殿下に睨みを効かせると、ミノン殿下はハハハと笑いだす。
「私にそんな顔を向けるのはお前だけだよ。やっぱアリーネはいいね。お前を手に入れる為には正攻法だけでは無理だからな。今回の事はお前もずっと望んでいた事なのだから問題ないだろう? 事が上手く運んでよかった。アイツにはもう少し痛い目にあってもらうように手筈は整えてあるから許せ」
そう言ってミノン殿下は悪びれる事なく自信に満ち溢れた笑みを浮かべる。
こっの腹黒王子っっ。
私は12年間耐えてきた。やっと柵を開放して自由を手にいれたのだから、これからはこの姿で自由を謳歌するのよっ‼︎
だから絶対に私は貴方の思い通りにはなりませんからね
***end***