前編
「アリーネ。君との婚約は無かった事にする」
珍しく婚約者のバロック様から「友人の家で開催される夜会に参加して欲しい。所用がありエスコートは出来ないが、日暮の夕の時に来てほしい」と誘いがあり、断る理由も無かったので誘われるまま、言われるまま一人でその夜会に行くと、会場に入ってすぐに私はバロック様から挨拶より先に婚約破棄を言い渡された。
バロック様の周りにいる友人と思われる何人かが私を見ながら失笑している。
流石にこれは気分が悪い。
「婚約を無かった事に?」
「ああ。君を女として見る事は出来ない。本来、女性とはここにいるマリアのように可憐で美しい存在だ。それに比べ君は……それ以上は言わなくても君自身わかるだろう?」
「……」
私を見下したように見つめる彼の横にはいつの間にか大きな胸を強調した派手ドレスに派手なアクセサリーをこれでもかと身につけた女性がいた。
異変を感じ取った無関係な噂好きの周囲の人々がちらほらと興味深々に私達に視線を向る。
私は女性をチラリと見ると軽くため息を吐いて、持っていた扇子で口元を隠す。
必死に平常心を保つけど、口元はニヤけてしまう。
やっと……
やっと、やっとこの時が来てくれた。
この国の安全を守る辺境伯の長女として生まれた私、アリーネ・マルチナには幼き頃に決められていた婚約者がいた。
公爵令息のバロック・ターミネド様。
先々代国王の妹姫の孫にあたり、王族の血筋を引いていて歴代王族を護る近衞騎士団をまとめる騎士家系の公爵家の一人息子。
現時点、王位継承権6位の資格を持っている。
6位とはいえ、王位継承権をもつ地位的には上の彼に私は逆らう事など出来ず、初めて会った時からバロック様に言われた言葉を私は今まで頑なに守って来た。
それすらバロック様は忘れてしまったようですが……
美しい銀髪に深緑の瞳で見目が美しいバロック様は幼い時からナルシスト。公爵家の一人息子という地位もあり、チヤホヤとされて育ったので自身が1番美しい人物であると疑いなく育っていた。
そんなバロック様の婚約者となった私。
バロックは私を見た瞬間に一気に不機嫌になり、私の見た目を貶し始めた。
「お前に派手な色は似合わない。落ち着いた装飾の少ないドレスを身につけろ」
そう言われて、私は若い子が決して選ばないような落ち着いた色のドレスしか身につけなくなった。
「お前の瞳は見るものを不快にさせるからこの眼鏡をかけろ。プレゼントだ」
私はバロック様に言われるままその日から人前に出る際はバロック様から渡された顔が半分隠れてしまう瓶底レンズの大きな丸眼鏡をかける様になった。
「お前の髪は見る度に邪魔くさい。そこにいる使用人の様にキッチリ纏めろ」
そう言われた頃からは長い髪の毛を使用人のようひっつめ髪にして髪を隠す様に頭のてっぺんにお団子を作るようにした。
バロック様に言われるまま年に似合わない未亡人が着るような落ち着いたドレスに身を包み、ひっつめ髪に髪を隠すように縛ったお団子頭に顔を隠す大きな眼鏡の姿で過ごして12年。
私はずっと耐え続けてきた。
両親には心配をかけたけど、私は屈強な由緒ある辺境伯の娘。受けた仕打ちを黙って受け入れているだけの女ではない。
いつかはきっとくるだろうこの日をずっと待ち侘びていたのだ。
「そうですか……わかりました。バロック様からの婚約破棄受け入れましょう」
「聞き分けがいいな。これから私とお前はもう他人だ。我が家からお前の家への援助もない物と思……」
私は、バロック様の言葉を遮るように口元を隠していた扇子をパチンと勢いよく閉じると、バロックに対してニコリと満面の笑みをうかべる。
それと同時にひっつめ髪のお団子を止めていたピンを抜いて、眼鏡を投げ捨てると、煌びやかになびく金色の手入れをされた長い髪と晴れた日の水面のような澄んだ青い瞳が解き放たれる。
「どの家がどの家に援助がないと?何も知らないとは本当に罪ですね。我が家はターミネド公爵家から援助を受けた事は一度もありませんわ。逆は然りですが……」
「っっ‼︎」
私の本来の姿を見て目口を見開いて呆然としているバロック様に私は近づくと扇子でバロック様の顎をグイッと上げて顔を近づける。
「私を女としてみる事はできないと……そのような女にしたのは誰でしょう? 私は貴方の指示にずっと従ってきただけですが?」
私が顔を少し近づけただけで顔を赤らめるバロック様に私は嫌悪の目を向けてパッと離れる。
そう。これが私の本来の姿。
誰もを魅了する美の女神の祝福を持った絶世の美女。