第一章 第九話 【親子】
「ギクシャクしてるってだけで、別に仲が悪いわけじゃねーんだ····」
少し離れたもう一つのベンチに腰掛けたコロルがため息混じりに言葉を並べる。
割と嫌われてた気がするが、彼がそう言うならそうなのだろう。確かに、ただ嫌われてるというよりは、ギクシャクしてる感じが強い。
まぁ本音でぶつかり合えない分、余計タチが悪いのかもしれないが·····。
事実、随分と前からこの親子は仲がよろしくないようだし。
「どんな大喧嘩したらこんなギクシャクすんだよ·····浮気でもしたのか?」
「ばかやろー、するかンなもん!」
身振り手振りで全身を使って浮気を否定したコロルがため息をはさんで話し始めた────
今から15年前──、コロルが24代目として見張りをしていた頃····その頃は〝龍の番人〟と呼ばれていたのだが。
無事に先祖代々の職を継いでしばらく、当時若かったコロルは1人の女性に恋をした·····。
「島の外から来た剣士でな·····それはそれはこう、なんとも·····」
「まぁそこら辺は飛ばしていいよ?リア充爆ぜろ」
リョーガの首を掻っ切るジェスチャーを受けたコロルが、眉をひそめ納得のいかない表情で話を再開する。
わりと順調に嫁入りし、妊娠、出産·····幸せな生活の中で、瞬く間にコロルは一児の父になった。
だが娘が六歳になった頃、事件が起きた。
妻と娘が、二人一緒に船で魚釣りに行ったきり、夕方になっても戻って来なかった。
不思議に思ったコロルが湖を捜すも、何も見つけられず····。
丸一日、村人達の協力でようやく見つけた木船には、何故か娘だけが乗っていた。
疑問に思った皆が、何があったのか娘に尋ねても、ただ涙目で首を横に振るだけだった。
·····
「え?それだけ?」
「あぁ、それだけだ」
顔を拭いたハチマキを結び直したコロルが立ち上がる。
「結局湖で何があったのか分からずじまいってことかよ?」
「まぁ、そんなとこだ」
事実不明への謎の憤りを露わにするリョーガの言葉に、コロルが苦笑って答える。
「どう聞いても首を振るだけなんだ···。ある程度まで大きくなるとすぐに山で修行なんぞ始めちまって、会いに行っても避けられる····。
釣りに行きたいって妻にごねたのはティーだったからな、責任感じてんのかもな·····」
どこか諦めた様な悲しげな表情が、コロルの顔に横切って、消えた。手を叩く、渇いた音が空気を変えた。
····帰るようだ。
「気にしてねーのに·····」
何かに取り憑かれたような急ぎ足で山道を下るコロルが、小さく呟いた言葉が苔むした岩に吸い込まれて、消えた───
◇
「あ"〜、よいしょっ·····」
掛け声をかけながら、目前の岩を踏み越える────。
樹木が連なる周囲に、人の気配はない。
リョーガは、雄大な自然の空気を鼻いっぱいに吸い込んで一人呟く。
「なんか転移してから初めて報われた気がするな·····」
謎の洞窟に神秘的な湖、さらに上空からの転落(?)。この数日間で、よくもまあこれだけ詰め込めたものだ。
結局なんで転移したのかも分からんし、チートもあるのか怪しい·····。
「ステータスオープン!」
リョーガの叫びにより、苔むした岩を背景にステータス画面が出現·····しない。
「ステータスオープン!ステータスオープン·····」
まぁそんなとこだと思ったが、やはりステータスが存在しないタイプの世界らしい。コロルにそれとなく尋ねてみたが、レベルの概念自体が無いようだ。
「はぁ·····よいしょっと」
休憩を終えて、立ち上がる───、踏み出した足の裏に、柔らかい地面を感じながら、リョーガは目前の目的を頭の中でなぞっていた。
ついさっき下山した直後に、わざわざ同じ山に登っているのは理由がある。
コロルの娘、アルティマを今夜の祭りに引っ張り出す。
それがリョーガの使命だ。コロル曰く、客人には丁寧な対応をするそうなので、自分が交渉しにいく事になった。
交渉は苦手ではない。国語が得意科目だったリョーガにとって、話術を重要とする交渉はむしろ十八番だ。
「にしてもっ····まだかよ、頂上·····」
先程よりも道が険しい様な錯覚に見舞われながら、足をひたすら前に出す。いくら自分のペースで登れるとはいえ、この短期間に二回の山登りはさすがに堪える。
···明日はさぞ足の筋肉痛に苦しめられることになるだろう。
「ちきしょうめ·····」
確実な死刑宣告·····筋肉痛の次回予告に、げんなりしながらも、少しずつ山頂を目指して足を運ぶ。
太陽が丁度真上に登った頃、リョーガは山の頂上に到着した────。
「よっしゃメシだぁぁーー····!」
背中に結んで背負ってきた手ぬぐいらしき布を地面に下ろす。中に包んであった二つの雑穀米のおにぎりを両手に持って、ベンチに座る。
「では、いただきます!」
山登りの際に、親切な村人から貰った瓢箪の水筒を片手におにぎりを頬張る。細かく切られた青菜や根菜が混じる玄米のおにぎりが、どうしようもなく美味い。
「んぐっ·····」
口の中の米粒を、お茶で喉に流し込んで次のおにぎりに手を伸ばす────。
持ってきたおにぎりはあっという間に消え去り、後には丁度いい満腹感と、多幸感が残った····。
昼寝でもするか·····。
座っていたベンチに横になり、晴れた青空を見上げる。右手で眩しい陽光を遮って、目をつむる。
どこかで小鳥のさえずりが聞こえる───麗らかな春の午後に、満腹の意識はだんだんと沈んで·····
「·····いや待てよ?」
何しにきたんだっけ·····?
少し薄くなった意識で、リョーガは自分に自問自答する。すなわち、俺はなんの為に山を登ったのか·····と。
「····あ、危ねぇ!!」
本来の目的を思い出したリョーガは、遠くへ行きかけている意識を揺さぶって何とか現実に連れ戻した。
アルティマを祭りに連れ出さなければ──。一飯の恩·····いや、すでにかなりお世話になっているコロルに恩返しせねば·····。
ベンチに座り直して、アルティマが姿を現すのを待つ。生憎と、リョーガは彼女の住処を知らないので待つしかない。待っていれば向こうから来てくれる筈だ·····多分。
「それにしても、これからどうすりゃいいんだ·····?」
待ち時間、自分の今後について思いを巡らせる·····。今は村人達の好意で泊めてもらっているが、ずっとお世話になっている訳にはいかない。正直、祭りが終わる頃には出ていった方がいいと、リョーガは思っている。
·····となれば、問題はその後だ。
この湖に囲まれた村から出て、この先どこに向かえばいいのか。 これがゲー厶であれば、何が起こるか分からない冒険に胸を踊らせるのだろうが、これは現実だ。
地図も知り合いも無く、たった一人で見知らぬ世界を旅できる技術など持っていない。
さらに、ここは異世界だ。魔法があるなら、魔物や恐ろしい生物だっているに決まっている。リョーガには、そんな魑魅魍魎達と勝ち抜き戦をして旅を続けられる力など無い。
「あれ、これやばくね?」
半ば呆れを含んだリョーガの独り言·····それに、鋭く応えた声があった。
「人の家で、だらけてくつろいで·····随分と図々しいお客様ね·····」
「あ、来た····」
いつの間にかもう一つのベンチに浅く腰掛けていた、茶髪の少女──アルティマと向かい合う。
少女の腰に吊り下げられた剣に注意しながら、自分に気合を入れる。
さぁ、交渉開始だ。




