第二章 第三十六話 【 決着 】
木々が───、吹き飛ぶ。
太い樹木達が、リョーガの目の前で輪切りになって飛んでいく·····。
「まるでダルマ落としだな····」
頭を伏せて地面にへばりつく格好で、恐怖に耐える。沼地にカンテラを忘れた事に今更ながら気付いたが、この場に明かりは必要無かった。
「オォオオォォォッ!!」
片腕の剣士の振るう剣が、風の刃とぶつかり、火花を散らす。そのフラッシュに照らされて、針葉樹の鬱蒼とした森がチラチラと見え隠れする。
その暗い夢のような景色の中で····周囲の大量の風を剣で捌きながらもなお口元に笑みを浮かべる剣士の横顔を見て、リョーガは思い出した。
····コロルの嫁さん!?でも湖で死んだんじゃ·····。
生きてたってことか?いや、ワンチャン姉妹っていう説も·····ないか。
風に巻き上げられた長い茶髪が、宙を揺蕩う。瞬く間に、剣戟が幾つも放たれ、消えていく───。
『すげぇ····』
·····
「やべぇ、見惚れてる場合じゃねぇ····」
急いで体制を立て直して、走り出す。
「逃がさんぞ。小僧」
「ッ!?」
見上げると、木の上に黒イタチがいた。
同時に、背後で、剣士が木を二本薙ぎ倒しながら吹っ飛んだ。
『もしかして今───、剣士吹っ飛ばしてから木の上に移動した?』
だとしたら·····やばくね?
物理法則ガン無視の移動速度だ。慣性の法則はどうなってんだ、慣性の法則は!?仕事しろよ!!
狼狽するリョーガを、風がブワリと吹き飛ばす。
背中を強かに木に打ち付け、リョーガが苦悶の表情を浮かべる。
「ぐっ···!!」
今まで感じた事も無いほどの力で頭を押さえつけられて、リョーガの瞳が恐怖に見開かれる。
「もういい、面倒だ。脳を弄って喋らせるとしよう」
リョーガの頭に置かれた漆黒の爪から、空気中に滲み出す様に吹き出る黒い霧のような煙が、勢いを増す。
そして、もがくリョーガの耳と鼻から体内に入り─────、
────バチンと大きな音がした。
「?....!...ガッッ!!」
リベルの黒い首に、一筋──細く赤い線が走る····。
隻腕を振り切った剣士が、〝切断された〟黒イタチの頭を蹴り飛ばした────。
◇◇◇
····、
·····暑い。
─────暑い、暑い。
『今日は暑いな』
大きな白イタチが、俺の頭を優しく嘗める。
『じゃぁ、行ってくるぞ』
頷きながら、俺は意識の底で願う·····「何も起きませんように」、と。
〝【だが吾輩は知っている。この後の事を知っている。】頭の中が暑い。まるで逆上せているかのような。〟
ゆったりと敷居を跨ぎ、巣から出ていく父の背中を眺めながら、リベルは────小さなイタチの子は、牙を見せて大きな欠伸をした。
〝【なぜ止めなかった!あの時───いや、今からでも遅くない、】そうだ、立つのだ、父を止めるのだ。〟
リベルは、隣の兄弟を毛づくろう。子イタチのフサフサの毛を嘗める。
〝【何をしている!早く止めるのだ!このままでは·····】このままでは····
──────皆殺しだ──────
頭に叫び声が響く。低く粗野な醜い叫びが····。〟
ギラギラと光る刃物を何本も連ねて、人間達が巣に踏み入った────。怒号と────ただただ虫酸の走る人間の腐り切った臭いが辺りに立ち込めた。
五匹のイタチの兄弟達は、分厚い麻袋に入れられて村に連れ帰られた。
─────ドサリと乱雑に、麻袋が地面に投げ出される。
なんとか袋から這い出たリベルの目に映ったのは·····全身を刃物で切り裂かれた父の無残な死体だった。
─────面白いこと考えたぞ!─────
ポンと手を打った人間が、周りの人間達に何かを話す。リベルは頭を地面に押しつけられながらその様子を見る。
やがて、父の死体が、木の板に縛り付けられた。
そしてその板の裏面に、リベル達兄弟が縄で結ばれた。
─────ほら、歩けよ!─────
逃げようともがいた兄弟が、殴られて悲鳴をあげる。
兄弟達は、父の死体を、泣きながら運んだ。何処へ向かうかも分からないフラフラとした足取りで·····。
怒りに·····憤怒に頭が煮えたぎる。
背中に感じる父の重みに耐えかねたのか、膝をついた兄弟の一匹が農具で叩き殺される。
下劣で品のない人間の笑いがムカムカと森にこだます。
リベルは縄を引っかいた。一つ、二つ······
····リベルは駆け出した。
追ってくる人間達の怒号と、殴り殺される兄弟達の悲鳴を背に、走った。イタチの言葉で、村人達に末代までの呪いの言葉を吐きながら。
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❨お前に居場所をやろう❩
身も心も、ボロボロになって。逃げた先で、リベルは〝龍〟と出会った───。そして、国でさえも軽く滅ぼせる力を手に入れた。
強くなってすぐに、リベルは復讐を始めた。
父を殺した者達を皆殺しにして、村の餓鬼の目の前で母親を殺してやった。
それから300年────リベルは自らの主に従って人間達と戦った。·····九天龍として。主の爪として。
だが主は倒れた。リベルは、またしても人間に大切な存在を奪われた。
リベルは復讐を再開した。
自分に親を殺された子供達はとっくに死に絶え、その血は散らばった。
だがリベルには関係なかった。
寿命など余る程ある。リベルはゆっくりと、かつて自分の家族を殺した者達の子孫を消していった。
幾度となく組まれた冒険者の討伐団も、国直属の騎士団もリベルの敵ではなかった。