第二章 第二十八話 【 電撃 】
テントの中で光る、どこかみすぼらしいランプ特有の光の中で───。パーカーを腕にかけたリョーガが、1本の剣を透かして見ているドウヒに問いかける。
「日本刀ってないの?」
「ニホン刀·····?知らないね!どんなものだい?」
「どんな感じっていったら····あー、片刃で重い感じの剣?」
「片刃かい!あるにはあるけど、どれも古いものだね!僕も父上も両刃しか作れないから、片刃の剣は最低でも50年前に作られたのしかないね!ハハハ!」
何が面白いのか、大口を開けて笑うドウヒ。
その心底面白そうな顔につられて、意味なくこっちまで笑い出したくなるのを堪えながらも、手渡された皮装備を装着する。
囮という危険な役割上、本来ならもっと重装備で望む方が良いらしいが、あんまり装備が重いと走れなくなるので、泣く泣く遠慮した。
「ってか囮役はもっと強い奴がやれよ!なんで俺なんだ!」
「残念だが、皆は腕輪を使うは疎か、腕に付けることも出来ないんだよ!·····だが困ったね!片刃か····まさか庖丁で戦う訳にもいかないしねぇ!」
「ちょ、ちょっ!?なんだよそれ!?初耳だぞ!?」
サラリと流された言葉に、驚愕で思わず聞き返すリョーガ。
「ん?もしかして武器は庖丁でよかったのかい!?」
「よくねーよ!その前だよ!」
「腕輪かい!?」
「それだよ、それ!」
装備の装着もそのままに、ドウヒに詰め寄るリョーガ。
「てか使い方も教えられてないし!今敵が攻めてきたらどうすんだよ!」
「分かった分かったから!とりあえず外に出ようか!」
ドウヒにテントを押し出される。外の世界はすでに、太陽が沈んでいた────。暗がりに浮かび上がる木々を見回し、岩に寄りかかっていたアルティマを見つけ、軽く手を振る。
「村巡りはこれにて解散·····だろ?」
まん丸の目に手をかざして、村の奥に広がる森の暗闇を見ているドウヒが、リョーガの問いに明るく答える。
「そういう事になるね!後は一緒に戦う戦士達との顔合わせだね!」
「げっ、まだあんのかよ·····腕輪の練習して寝ようと思ったのに。決戦は明日だろ?早めに寝ないと──、」
「それもそうだね!でも共に戦う仲間の顔くらいは───!──ッッ!!」
「なんだ!?」
突如打ち鳴らされた鐘の様な音が、周囲の他の一切の音を消し飛ばした────。
村の空気が、目に見えて張り詰める。·····まるで、敵が攻めてきたかのように─────、
最悪の、まさかの事態を思い描いたリョーガが、盛大に苦笑いながら聞く。
「おいおい、嘘だろ?いや、一応聞くか·····なぁドウヒ、これってなんだ?」
一泊の間の後──、やがて、何かを確信した様な表情をしたドウヒが、似合わぬ腕組をして呟いた。
「敵襲·····だね」
「おいおいおい、死ぬわコイツァ····」
この世界では誰も分からないであろうパロディを、一人で呟いて、リョーガは、今までの人生で最も大きな苦笑を漏らした。
§
「鍛治職人が長老をするのですか····」
「えぇ、曾祖父の代からの決まりになっておりましてな。戦士はしょっちゅう戦いに出ねばならぬし、したがって入れ替わりも激しい·····」
「なるほど····」
テントの奥で眠る大長老が、寝言を呟いて寝返りを打つ····。長老が囲炉裏に薪を焚べる手を止めて、それをちらりと見る。
「避難先は決まっているんですか?」
出されたお茶を少し啜り、コロルが聞く。
「えぇ、湖を渡って───。あぁ、地図があります。」
煤がついた手を拭って、顎の髭をひと撫でした長老が、後ろの木箱の上から巻かれた地図を取り出す。
長老が地図を広げ、指を指す。
「この島ですな····」
「あぁ、うちの島の近くですね。隣の隣か·····」
「失礼、灯りを·····」
ことわった長老がランプに火をつけ、二人は再び地図に向かい合う。────地図は古く、全体的に薄茶色に染まっていたが、特に破れや虫食いも無く、持ち主の几帳面な性格がよく反映されていた。
開かれた30センチ平方の地図は、その大部分を、あの大きなアルウェウス湖の表記に割いていた───。周囲をトゲトゲした陸地に囲まれて、歪な縦長の楕円を描く湖に、小さな島がポツポツ生えている。
その中から一つの島を見つけて指差し、長老は説明を再開した。
「この島····地図上の名で呼ぶなら〝パグナ島〟に避難するつもりです。」
「なるほど····」
「しかし、そこに永住するつもりはありません───島で一旦体制を建て直して、島の西側の湖を渡って大陸へ移住します。····それでも足りなければ王国への保護を求めるつもりです」
「なるほど····」
鍛冶師とは思えない力強さで語られた長老の計画に、納得したコロルが頷く。
「!?····なんだ?」
「ッ!?────」
唐突に鳴り響いたけたたましい音に、コロルに一瞬遅れて気付いた長老が、素早く立ち上がる。
「コロル殿、これを!」
「!」
それに続いて片膝ついたコロルが、突然投げ渡された剥き身の武器を、危なっかしげに受け取る────、
「用心してくだされ·····敵襲ですぞ」
「!?·····ッ」
一拍───、その短い間に、呆然とした顔を緊迫に引き締めたコロルが、受け取った剣を手の中で小さく振るった。戦いの前触れであるヒリついた空気に口角を上げながら、自分にしか聞こえないような小さな声で呟いた────、
「どっからでも来やがれ····だ。」
夜は、更けた─────、殺し合いが始まる。