第二章 第二四話 【 湖に揺られて 】
「配置はお伝えしたのでもういいと思います·····次は敵の説明です!」
絶えず波飛沫の上がる船先を背に、灰色髪の少年が、波音に負けじと声を張り上げる───、
「敵の首領は、黒イタチのリベル·····奴はいつも、森の奥を寝床にしていますっ──、」
ビューー、と周囲を満たす海風のうねりに阻まれて、少年が話を少し切る。二度、船が波に揺さぶられた後、俺達は作戦会議を再開した。
「────、で?そのイタチの居場所は分かってるの?」
「はい···大体は、ですけど。南の森···僕らが《晦冥の森》って読んでる森の奥に巣があるのを確認してます」
アルティマの質問に、元気よく答える少年──、改めラットス····。
今や木製の小舟は、闘いの前の静かな活気に満ちていた。
····と言っても、船の後方にどっしり座って拳になにやらバンテージの様な物を巻いて威圧感満載のコロルに、アーマーで腕と胴体全体を覆った重装備状態のアルティマの二人が醸し出しているのが殆どだが。
「ラットス····リョーガの装備がないが·····」
「あぁ、大丈夫です、村に予備があるのでそっちで着替えてもらえば」
拳を紫色の布で覆い終えて、前を向いたコロルが、いつも通りの黒パーカーを着たリョーガを見る。
「ふぅ、よかったなリョーガ」
「リョーガさんは作戦の要ですからね!村の人達も最上級の装備を渡してくれると思います!」
「囮役は私がやりたかったけど、今回は譲ってあげる·····」
「ぐゥ····」
なぜだ────·····なぜ·····
何度考え直しても、一向に腑に落ちなそうな現実に唸りを洩らすリョーガ。
─────なぜこうなった?────····
自問自答が、止まらない····。
§
村が魔物に襲われてピンチなので助けてください───。
少年の話をざっと要約するとこうなる。
それはまぁ分かる。ここは異世界だ、割とありふれた事なのだろう。
だが、その襲ってきた魔物が問題だ。
七天龍の一角である────《〝永戦将 黒イタチのリベル〟》───、
·····百歩譲ってそこは良しとしよう、だがなぜ討伐隊が三人だけなのか!?
アルティマは分かる、強いし。コロルも、分かる···先代の見張り役だったらしいし。
····でも俺は?
魔物を見た事すらないノーマル一般ピーポーである俺に、四天王みたいな奴と戦えるわけがない。そうだよな?····そうだと言ってくれ!
·····一万歩譲ってそこは良しとしよう。
だが····だ。
─────なぜ俺が囮役をせねばならない!?──────
これはもはや死刑宣告では?次回、リョーガ、死す!!
異常だ、おかしい。頭が変になりそうだ。
「あぁー〜·····あのーー·····」
「どうした?リョーガ。」
放つつもりだった、『ほんとに俺が囮するんすか?』という発言は、あまりにも自然で、おかしな部分などないかのように振る舞うコロルの態度にかき消された。
───否·····コロルだけでなく、アルティマや少年までも、船の上に乗る自分以外の全ての人間が現状になんの疑問も抱いていない。
「ぬぅ····」
混乱のあまり現実逃避を試みるも、ついに許容量を超えた現実から逃げきれずに目を血走しらせて呻くリョーガ。
なんで船に乗ってしまったのか····。
「なんでって、お前····アルティマと俺だけだと心配だからって言ってたじゃねぇか」
「くっ、あの頃の俺を殺したい····」
ほんの数時間前の自分を呪いながら、ただ船に揺られる····。ふと、目の前の二人が不思議に思えた。
「今から戦う相手ってあれだろ?七天龍とかいう────なんかヤバい奴なんだろ?いくら助けを求められたからって即決するのはいくらなんでもおかしくねぇか?」
当然の疑問を、コロルに浴びせるリョーガ。
もちろん、コロルとアルティマの2人は勝てると踏んだのだろう·····今から戦うってのになんだが、正直そう上手くいくとは思えない。
····割と普通に、OKした自分が不思議だ。
「着いてきたお前も人の事言えねぇだろ·····まぁそうなる気持ちも分かるが、そう気張らずにリラックスしろ。····そもそも今回は討伐じゃなくて村人達の救助だからな」
「まぁそりゃそうだが····」
コロルの言に、ぐうの音も出ないリョーガ。
これ以上グチグチ言うのはよくない気がして、目線を静かに湖に逸らす。
それにしても囮役は如何なものか·····
未だ納得がいかないリョーガは、気を紛らわせる様に湖の波打つ水に、左手を突っ込んだ·····。
四名を載せた小さな船がまた、湖に大きく揺すられた──────