第二章 第二二話 【 濡鼠 】
声の元を目指してしばらく歩くと、湖の遠くの浜辺に人だかりができているのが見えた。
「なんだ?」
見知った服装の村人達が、慌ただしく動き回っている。そのただならぬ様子に思わず駆け寄る───
「岸に流れ着いたらしい────」
「珍しいな····────」
「二人目だぜ、これで────」
周囲のざわめきを聞くに、どうやらこの肉団子の中心には溺れた怪我人が倒れているらしい。
前の村人の隙間を通って、抜ける。
先頭から二列目に出て、人だかりの中心部を覗きこむ───
····関係ない話だが、村人達の身長は男でも目測165センチくらいが平均で、172センチのリョーガより高い人は未だに見ていない。···栄養とかの影響だろうか?
「ちょいとすいませんね····人権があってよかったぜ」
村人達を睥睨して、自分の遺伝子に感謝するリョーガ。····気を取り直して見ると、湖の砂浜に一人の少年が石を枕に寝かされている。
「おい!お前さん!分かるか?」
度重なるコロルに呼びかけに、少年がうっすらと目を開けた───、濃い灰色の髪に、灰色の目をした美少年だ。
「ハァ·····あッ!?」
朦朧とした表情をしていた少年が、自ら顔をのぞき込むコロルや村人達に気づいて目を見開く────、
「大変なんです!助けて下さいっ!お願いします!····お願いします!」
「お、おい!?」
コロルの制止を振り切って、ショタが村人達に向かって土下座する。
「お願いします····お願いします·····お願い────うあ、ぁぁ·····」
「と、とりあえず家に···話はそれから····おい、リョーガ!」
「お願ぃ····しまず·····うぅ」
泣きながら、同じ言葉を呟いて土下座を続ける少年を持て余して、困り果てた顔のコロルが、村人達の顔の群れにリョーガを見つけて呼びかける。
「とりあえずウチに運び込むぞ····足の方持ってくれ」
「え、俺?」
「早く!」
「え、あぁ····。ちょっと君···いいかな?」
土下座を続けている少年に声を掛けるが、聞こえていないのか、反応がない。ただブツブツと、お願いします─お願いします、と繰り返している。
「くっそ、全然動かねぇコイツ·····」
押しても引いてもその場から動こうとしない少年の腹を、両手で掴んで、持ち上げる───、亀のように持ち上げられた少年がもがいて、リョーガの手から離れ、膝から地面に落ちる。
「お願いします!ぉ願ぃしますゥ!」
「分かった!分かったから!」
子供特有の甲高い声で泣き叫ぶ少年に辟易しながらも、コロルと息を合わせて少年の足を掴み、宙にぶら下げて運ぶ。
「いやだ!お願いします!お願いします!お願いします!お願いしますお願いしますお願いします!!」
「あぁぁうるせえ!分かった!分かったって!」
狂ったように喚く少年を怒鳴りつける。
リョーガの大声を聞いた少年が、自分の腕を掴んでいたコロルの手を振り払って、震える右手をポケットに突っ込む。
「こ、これを·····」
「ん?」
ポケットから取り出した物を、リョーガに手渡した少年は、糸が切れたように、白目を剥いて気絶した。
「おおぉ気絶した!?おいリョーガ!早く運ばねぇと不味いぞ!」
コロルに急かされて、少年から渡された白く細い小さな腕輪の様な物をパーカーのポケットに突っ込み、少年の足を掴み直す。
こうしてリョーガは、村人達に見送られながら、狩りでイノシシを捕まえてきた原始人のような感じで、気絶した少年を家に運び込んだ───。
◇◇◇
「うぶうわぁぅ!!」
昨日に続き今日も、気合いと根性で目を覚ましたリョーガの奇声が辺りに響く───、
「そうだ、昨日の少年は·····」
寝台にあぐらをかいて、しばし朝日に目を慣らしながら、リョーガは昨日家に運び込んだ少年を思い出した。
「これか。」
窓の下に置かれた簡素な机の上に、昨日の夜にリョーガが置いた腕輪が、そのままの状態で朝日に光っていた。
「綺麗だな····」
磨き上げられた細めの腕輪を右腕につけてみる。ひんやりとした滑らかな感触が、腕に心地よい。石や宝石の類いにしては少し軽い気がするが、シンプルな感じが気に入った。
腕輪を指で撫でていると、突然下の階から大声が聞こえた───
腕に嵌めた腕輪がずり落ちないように注意しながら、早足で階段を駆け降りる。
───案の定リビングでは、目を覚ました灰色髪の少年が、布団の上で取り乱したように叫んでいた。
「腕輪が!う、腕輪は!?腕輪は!?」
──────と。