第二章 第二一話 【 流龍と... 】
キュッと視野が狭まる様な感覚を、嬉嬉として迎え入れる────、
「〝ファイアボール〟····」
合図と共に、こちらを目掛けて炎の球が近づいてくる····
「やってやんよ····」
だんだん大きくなる火球を前に、覚悟を決める。
近ずいた炎の熱が、Tシャツ越しに腕を炙る───、
「〝❨カンセル❩ッ!〟」
腕に接触する寸前で炎の丸い形が崩れる···。
炎という〝上辺〟が崩れて消失して、中から半透明の紫をした魔力の球体が一瞬姿を現し、右腕の表面を叩いた────
「うぎぎっ·····───ぶはぁッ!」
右腕に入ってくる魔力の球に集中を向ける。
体の内側で何かがカチリと嵌るような感じを残して、体内に異物が紛れ込んだような感覚が消える────、
「ハァ····ハァ·····」
「合格····」
右腕を抑えて呆然とするリョーガに、アルティマが声を掛けた。
「できたのか····俺」
「ん·····」
心做しか表情が緩んだ少女の頷きに、喜びよりも先に充実感を感じる。
ため息をついて、地面に倒れ込む────、
「よっしゃぁぁーー·····」
地面に背をつけるリョーガから離れたアルティマが、手を空にかざして結界を消す。
いつの間にか薄い赤に染まっていた空のどこかで····カラスより一段高い声の鳥が鳴いた───、その鳴き声を聴いて、思った以上に時間が経っていた事を実感した。
「帰るか!·····」
勢いをつけて立ち上がる。
背中の土を軽くはらって、パーカーを取る。
「じゃ、先に失礼するぞ····」
いつの間にか木刀を構えて木に向かい合っていた少女に手を振って、森に入る────、
「そっちじゃない·····こっち·····」
「あ、ハイ····」
·····どうやら方角を間違えたらしい。
ここしばらく色んなことがありすぎて、自分が方向音痴だという事を忘れてたようだ·····。
疲労で霞んだ頭を汗と煤で汚れた体に乗っけて、リョーガは帰路についた。
◇◇◇
「うぅぁ゛ー·····」
微睡みながら、肌寒い空気に気付く。
足で布団を探すが、夜中に蹴り飛ばしたのか見つからない。
「うぐあぁぁッ!」
叫び声を上げるほどの覚悟を決めて、一念発起したリョーガは珍しく気合いと勢いで起床した。
毎日十時間寝ても足りないリョーガだが、転移でスマホと生き別れたからか、最近寝覚めがいい。
「うぃぁ〜〜」
クリーンなゾンビの呻き声みたいな音を喉からだしながら、階段を降りる。
すっかり慣れた木の階段を進む····。階段のヒンヤリした感触が、足裏を刺激する。
普段着はいつもの白Tと黒ズボンと黒パーカーでいいが、さすがにそれで寝る訳にはいかないので、今のリョーガはコロルの寝巻きを着ている。····そう考えるとなんか抵抗があるな。
────、上は腰まである灰色の長いシャツで、下は普通の薄いズボンだ。
「さみィ····」
薄いパジャマ越しに伝わる冷気に、体を震わせる───。
昨日までは暖かかったが、まだ春だ。窓からの光量が少ないところを見るに、今日は曇りなのだろう。
リョーガは低気圧だと体調がなんかよくならないので、さっきのクリーンなゾンビのような呻き声にも納得がいくだろう。
「おはよー·····ん?」
階段を降りきり、朝の挨拶をしようとするも、コロルの姿がない───。
いつもならその辺に座ってお茶でも飲んでるのに·····。
····畑仕事にでも行ったのだろうか?
「え、じゃあ飯は·····」
なんとも悲しい展開に、早くも目を潤ませるリョーガ。
「い、いいかっ?朝食を取らないとなぁ、睡眠の質や量が低下して、ストレスを受けやすくなって体力と学力が落ちるんだぞ!?」
まぁ睡眠の質はすでに上がってるし、学力なんぞ上がっても意味ないが·····。
スニーカーを履き、扉を押して外に出る────、冷たく曇りきった、やけに大きな空が湖をバックに広がる。
「·····。」
とりあえず、いつも誰かがいるはずの湖のほとりに向かって歩き出す。
周囲の家に、人の気配はない····やけに静かだ。
「こうなるとやっぱり今後の事とか考えちゃうよな·····」
人の助けがないと生きられない自分が浮き彫りになり、少しイラつく。何度目になるか分からないが、このまま一生ってわけにはいかないだろう。どこかで独り立ちしなければ·····。
·····それにしても人がいない。
「村ごと神隠しとか····」
自分で言っておいてなんだが、さすがにそれはなさそうだ。
だがここは異世界····リョーガの常識は通じない。
もしかしたら、もしかするのかもしれない。
「誰かいませんかー?」
試しに、近くの家の扉を叩いてみる。
誰か居れば出てくる筈─────だが、暗い家からの反応はない。
「これはもしかしたらもしかするのか·····?」
呟いた言葉が、どこか寂寞した村に消える。
苦笑の様な半笑いが、リョーガの口端に浮かんで固定された。
「おいマジか────ん?」
微かに人の声が聞こえた気がした。
一度、そしてもう一度·····。
間違いない、人の声だ。近くもないが、遠くもない。
待ち望んだ音に、つい早足になりながら、声の元を目指す。