第二章 第十九話 【 サガラ② 】
「ふぁあぁ〜·····」
終わりに差し掛かった春の、暖かく柔らかな空気に心を弛ませる····。
暖かくて、涼しくて·····春はいい季節だ。
緑に囲まれた春の山道で、手をブラブラさせながら歩くリョーガに、遥か先のアルティマが声を掛ける────
「そこでちょっと待ってて·····」
「ん?」
なんで──と問いかける間もなく、少女の姿は道の茂みに消えていた。
◇◇
待つこと数分─────、
「あ、来た·····」
近くの茂みから出てきた少女を見て、石に腰掛けていたリョーガが安堵の声を上げる。
落ち着きのないリョーガにとって、これ以上の待ちぼうけは命に関わる。
「ん·····」
「え、まだ歩くの?まじかよー·····」
てっきり帰る流れだと勘違いしていたリョーガが、少女の無言の肯定に愚痴る────
淡々と道を進む少女の手には、先程は持っていなかった黒い本が握られている。どうやらそれを取りに行っていたようだ。
「ん?え、ちょっ·····」
普通に歩いていたアルティマが、突然道を外れて草むらに足を突っ込んだ──
····少女の後を追って、茂みに分け入ったリョーガが蜘蛛の巣に引っかかって手をバタつかせる。
『どこに向かってんだよ、これ·····』
木と草の中を軽やかに進むアルティマを見失わないように、足を早める。
枝を踏み越えて、スニーカーを土に汚すことしばらく────、林が開けた·····
「あぁ····足が····」
でこぼこした地面を歩いて、すっかり棒になった足の太ももを揉んで、地べたに腰を下ろす。
シロツメクサであろう丸い花とクローバーが、ひらけた大地を覆っている────、
「〝その方、彼の地を此処に現さん····我、咎人ヲ嫌い、それヲ忌避ス·····カの名のモとに空間ヲ──────、」
太陽に目をすぼめて微睡むリョーガを中心に大きく円を描くように、少女が黒い本に目を落としながら大股で歩き回る。
「〝現セヨ、❝内無結界❞〟」
どこからともなく現れた青白い光が、垂れ落ちる絵の具の様に、空間に半球形のドームを形作る。
「すげぇ·······」
自分達を覆う大きな青白い光の壁を、コツコツと叩いて確かめたリョーガが小さく呟いた。
神秘的に揺らめく光のせいか、どこか先程の空間とは違うような感覚に囚われる。
「結界、張った·····、これで安全に魔法が使える」
「あ、いや、俺それ読めない····」
リョーガの一言に、少女が説明しながら差し出した黒い本を引っ込める。
文字が読めないのはなかなか不便だな····かと言って勉強すんのもなー·····。
転移前は、勉強が超がつく程嫌いだったが····別世界に来てする必要がなくなると、少しくらいはしてもいい気がしてきた·····悩ましい。
「まず!」
「ふぇぁ!?」
唐突なアルティマの叫びに、リョーガが口から変な音を鳴らす。この少女、いつも無愛想かつ無表情で無口なので、油断していた。
初めてアルティマが声を張るのを見たリョーガが、口をあんぐり開ける····
····驚愕醒めぬリョーガを、珍獣を見るような目で一瞥した少女が、急に落ち着いた声に戻って続ける。
「右手にファイアボールを出して」
「え?あぁ·····」
拭いきれぬ困惑に支配されながらも、昨日の感覚を思い出して、再現する。
胸の奥底に黒々と溜まった〝魔〟を少し引き出して、腕を通して右手のひらに集める────、
「〝❨ファイアボール❩〟」
唱えたリョーガの手の上に、メラメラと燃える火の玉が出現した。
「おぉ!意外と上手くでき─────は!?」
リョーガが火の玉から目を離した瞬間、リョーガの手に浮かんだ炎の球に、アルティマが腕を突っ込んだ────
「ちょぉっ!?お前何し···て?·····ん?」
慌てふためくリョーガが、少女から右手を遠ざける。
術者の集中力が切れて魔力を遮られた炎の玉が、あっという間に形を失い、崩れて消える。
「え?····あれ?」
火の中に突っ込まれたアルティマの右腕を見たリョーガが、疑問符を浮かべる。
アルティマの腕は、無傷だった────
理解の追いつかないリョーガに、少女が一方的に宣言する。
「あなたには····これができるようになってもらう」
·····なにが?