第二章 第十五話 【 Boarding Order 】
村人達が去って静まり返った小屋の扉を押す────
キィと、小さな金属音を鳴らして薄い扉が開く。鼻をつく古びた本の様な独特な匂いに、少し顔をしかめながら、靴を置いて部屋に入る。
数時間前に寝ていた部屋だが、その時はよく観察していなかったせいか、起きた時と全く違う雰囲気を感じる。
部屋には水を入れるポットと、テーブル、畳まれた布団があった。
脚が高い木のテーブルには、リョーガの黒パーカーが置かれている。起きる時に自分が取り忘れたのだろう。
·····寝ぼけたから忘れていたのだろうが、このパーカーはお気に入りだ。失くさないように今後は肌身離さず持っておこう。
「これでよしっ!」
パーカーを羽織って、次の部屋に続くであろう扉に進む───、所々剥げているが、薄らと赤い塗装がなされていたのが確認できる。
扉を開くと、ムッとした草の香りが体を覆った──。
ホコリと薬草の強烈な匂いに包まれながら部屋を見渡す。
部屋はさっきと同じ広さで、間取りも大して変わらないが、唯一ハッキリとした違いは乾燥させられた薬草類がずらりと壁一面に並んでいる点だ。
壁だけでなく、床に置かれた箱にも薬草がぎっしり詰まっている。
「お·····?」
そんな薬草だらけの部屋の隅に、〝ある物〟を見つけたリョーガが声を上げる。
「なんだこれ?」
手に取ったのは、机の上に一列に立てられた置き物····。
神社で売ってる干支の陶器に似た感じのフィギアで、それぞれ特徴的な形をしている。
手の中の置き物を、角度を変えて眺める────。
黒色に塗られた古い置き物で、牙の生えた口をカッと開いた、犬の様な謎の動物が象られている。最初は陶器だと思ったが、手触りと重さから考えると、どうやら木彫りのようだ。
謎の木彫りを置いて、次の置き物に手を伸ばす。
手に取った二つ目の置き物は、何をモデルにしたのかすぐに分かった。
「白鯨·····」
若干剥げかけた白い塗料が塗られたその小さな置き物は、古ぼけたただの木片とは思わせない何かがあった。
大きな頭を天に向けて、緩やかにカーブした体の先についた横向きの尾びれ·····。頭に小さな角が円形に生えている事以外は、リョーガの知っているマッコウクジラに酷似している。
しばし白鯨にとらわれていた目を机に向け直して次の置き物を手に取る。
「サラマンダー·····かな?」
燃え上がる炎の中に、四足歩行のトカゲが見える。
抽象的すぎて分かりにくいが、その姿は、神話や伝承を描いた壁画にみられるサラマンダーに似ている。
「お、これは分かるぞ····」
サラマンダーの横に置かれた置き物は、羽を大きく広げた鳥だ。····ほっそりとしたシルエットに、どこか神々しい優雅なイメージ────、不死鳥だ。
他にも、大きな爪の生えた前脚を持つワイバーンや、狼、体中から翼を生やした謎の魚·····の置き物があった。
机の上を探索し終えたので、今度は引き出しを開けていく。
引き出しは三段作りで、一番上の引き出しには羽根ペンとインク壺と、丸い球体型に彫られた文鎮らしき木彫りの置き物。──真ん中には大きな本が一冊。下の段は薬草で埋めつくされていた。
「ふーっ」
薄くホコリを被った本を机の上に引っ張り出す───。
表紙には湖をバックに撮られた村人達の集合写真が貼ってある·····。湖の歴史と生息動物といった感じの題名が付けられてそうな本だ。
コロルが言っていたのはこの本の事か····。
そんな事を思い、適当なページで本を開く。
この湖はどんな歴史を歩んできたのか、そんな事が〝書かれているであろう〟ページを見て、リョーガは凍りついた───
開かれた一面には、大きな魚を釣り上げた村人の写真·····そしてその周りには、
ズラリと並んだ〝見たことない〟文字────
パタンと本を閉じて引き出しにしまう。
今更だが、一つ気付いた事がある·····
どうやら、俺は異世界の文字は読めないらしい。