第一章 第十一話 【 砕 】
少女の細い片手で振り払われた木刀が、地面に座るリョーガの左腕に当たる────
剣が腕にめり込んだ瞬間、骨が砕ける太く鈍い音が身体中に広がる。
すぐに訪れるであろう痛みの予兆に晒されながら、
リョーガは思った────、
『俺の腕、折れたな·····』
反射的に左腕を押さえたと同時に、今まで感じたことのない強烈な痛みが腕を襲った───。全身をハンマーで強打され続けるような、重く鈍い破壊の痛み·····。
リョーガの左腕は、恐ろしい程に呆気なく砕けた。
未だ木刀を提げた少女は、痛みに歯を食いしばって、地面でピクリとも動けなくなったリョーガを見下ろしながら続けた───
「これで、終わり?」
「あァぁ·····痛ってぇあ゛ぁ゛ぁぁ!」
いきなり攻撃された事への怒りと、その攻撃を避けようと思う間もなくモロにくらった自分に対する怒りに声を振り絞るが、叫んだところで痛みが消えるどころか体の震えが砕けた骨に響いてますます苦痛に苛まれる事になった。
「お父さんに何を言われたのか分からないけど、貴方には関係のない事だから」
木々の間に去って行く少女の背を見て、さらなる怒りがこみ上げる。
「じぁ腕折んなやぁぁ!?····やりすぎだろ·····これはぁぁぁ!」
絶え間なく左腕全体を叩く痛みを感じながら、気合と根性だけで立ち上がって、フラフラと歩き出す。
涙で歪んだ春の景色の中心に、少女の背中を捉える。
左腕がなるべく動かないように体にくっつけて、右手で落ちている木刀を静かに拾う。
手の内で木刀の動きを確かめてから、少女に向かって走り出す。
ボサボサな茶髪頭目掛けて、木刀を振り下ろした────
その木刀が少女の頭に当たる寸前、カツンと高く低い音がして、リョーガの木刀は少女の木剣に弾かれた。
木刀を弾いた少女の剣は、稲妻の様な素早さで裏表を反してリョーガの喉を強かに打った。
「ぐぇっ!?」
咄嗟に握り直した右手の木刀を振りあげようとした瞬間、少女の木剣に抑えられる。
「そんなになってまで返そうとするなんて、コロルにどんな恩を受けたの?」
こちらの動きを観察しながら、突き放すように言った少女の言葉を頭の中で反芻する───
ゆっくりと抑えられた木刀を引き、掠れた小さな声で呟く。
「世話になった·····世話になった、か」
粥食わせて貰って、寝泊まりさせて貰って·····。
コロルがいなけりゃ·····いや、ここに村がなければ、転移数日で死んでた。少なくとも山の頂上でおにぎり喰える程の余裕なんて、あるはずない。
世話になったか、って?────
「世話んなったか、って····?」
ヒューヒューガラガラと、呼吸の度、勝手に音を立てる喉に手をやりながらゆっくり立ち上がる。右手を小さく振りかぶって──
放たれた、剣道歴2年の男の死にものぐるいの〝面打ち〟も、少女の木剣に弾かれて吹き飛ぶ────、手の中で木刀が消えたのを感じたリョーガは、素早く一回転して右の拳を打ち出した。
「あったりめぇだろぉぉがぁぁぁッ!!」
ボクシング歴3年の男の右ストレートが、少女の腹を貫いた。
◇◇◇
「ハァ····ハァ····」
ボロボロになった体を引きずって、岩と石だらけの山道を下る。
一歩、一歩、歩く度に体が限界の悲鳴を上げる────。
山を降り切った時には、すでに太陽が半分沈んだ頃だった。
「あ゛ぁぁぁーーもう·····無理」
「!?どうしたお前さん!·····おーいみんなーー!人が倒れちょるぞぉぉーー!!」
倒れ込んだリョーガの周りに人が集まる。
遠くから、なんとも申し訳なさそうな顔のコロルが走ってきてリョーガの前にしゃがみこむ。
「おい、リョーガ·····?」
ニカッと笑ってサムズアップするリョーガを不審に思ったコロルが押し黙る。
喉から変な音を立てながら、ギリギリ聞き取れる位の掠れた声でリョーガは言った。
「あの小娘、連れてきたぜぇぇ·····ぐへっ」
「嘘、だろ·····」
リョーガが歩いてきた山の入口にムスッとした表情で佇む少女の姿を見たコロルが小さく呟いた。
数秒の沈黙の後、村人達がどっと沸いた───
「ようやったな!われさんっ!!」
「よかったなコロル!」
「これで全部解決だで!」
「ちきしょう、喜んでるのは分かるけど訛りでなんて言ってるのか分かんねぇ·····」
地面に倒れふしたまま苦笑いするリョーガに、一人の老人が話しかけてきた。
「ちょち仰向けになり、治療したる」
断る理由など無いので仰向けになったリョーガは次の瞬間、驚愕と出くわす事になる·····。
「〝傷ついた小さき者たちに、癒しを····❨ヒール❩〟」
「····魔法!?」
暖かい緑の光がリョーガの全身を包み込む。砕けた左腕の付け根が、芯から再生していくのが分かった。ものの数秒で、今まで絶えず痛みを訴え続けていた喉や、全身の疲労までもが拭われたように消え去った。
「大怪我じゃったからの、さすがに消耗がすごいのぅ」
ついさっきまでボロボロになって倒れていたのに、今はなんともないという不思議な感覚に襲われる。
これが魔法·····。
「すげぇ·····すげぇよ!他にも魔法使えんのか!?」
「まぁ使えるけど····わし今ので魔力カツカツ、もう無理」
初めて目にする魔法に大興奮のリョーガに辟易した様子で受け答える老人。心做しか、さっきよりもダルそうに見える。魔力を消耗したからだろうか。
老人にしつこく食い下がるリョーガに、コロルが近づく。
「リョーガ·····ありがとう」
「いいってことよ」
頭を上げたコロルと一瞬見あって、笑う。
「あー····これで飯代払わなくていいよな」
「あたりめぇだろ!」
豪快に笑ってガシガシ頭を撫でてくるコロルに若干の赤面と首の痛みを訴えて離れる。
「主役も揃ったことだ!ちゃっと準備終わらすぞ!」
「「おおぅ!!」」
暗くなった空に雄叫びを上げる村人達を見ながらリョーガは、もうちょっと世話になってもいいかな?、とかそんな事を思った····。