地下室の扉の向こう側
「ミリル、地下室の扉は絶対に開けてはいけないからね」
「もう、そんなに毎日言わなくたってわかってるわ」
耳にタコができるほど聞かされた忠告に、ミリルは肩を竦めた。
そんなミリルの様子を見て、母であるセシルは苦笑した。
「それでも、よ。
扉の向こうには、とっても怖いことがあるの。
お母さんもお父さんも、ミリルのことが大好きだから言ってるのよ」
「はいはい。
ほら、そろそろお仕事の時間でしょ?
遅れたら、禿げた上司に怒られるって言ってたじゃない」
「まったく、そんな言い方して……。
確かに禿げているけど、悪い人じゃないわ」
「そんなこと知らないわよ。
お母さんから禿げた人だってことしか聞いてないんだから。
いいから、仕事、仕事」
「それじゃあ、行ってくるわね。
朝御飯は用意してあるから、ちゃんと食べるのよ。
それと地下室の……」
「わかったって。
行ってらっしゃーい!」
ミリルはセシルの背中を押して、半ば強制的に仕事へと向かわせる。
まったく、過保護というか、なんというか。
地下室の扉には鍵がかかっており、その鍵は両親が保管しているため、ミリルが開けようとしたところで、そもそも開かないのだ。
まあ、大切にされているのはわかるし、悪い気はしないが。
それでも、少しは父のウィールを見習ってほしい。
ウィールも地下室の扉には近づくなと言うが、そこまで過剰じゃない。
どちらかというと、大袈裟なセシルの様子を見て、二人で苦笑する仲だ。
どちらも優しい、大切な両親だ。
そんな二人を悲しませたくはない。
だがそれでも。
地下室の扉の向こうに何があるのか。
気にならない日はなかった。
◇
ミリルは独りで朝食を食べていた。
時々、三人で食べることもあるが、基本は独りだ。
ウィールは、ミリルが起きるよりも早くに仕事へ行ってしまうし、セシルも毎朝のやりとりこそあるものの、一緒に朝食を食べる時間はなかった。
寂しくないといえば嘘になるが、何年も続けていれば、流石に慣れた。
ウィールとセシルは、魔術の研究者らしい。
難しいことはわからないが、二人とも優秀な研究者のようで、仕事では引っ張りだこなようだ。
今、朝食を食べているこの部屋にも、よくわからない魔術書のようなものが、たくさん積まれている。
パラパラとめくってみるが、内容はさっぱりだ。
いつかは両親と同じ景色を見てみたいとも思うが、先は長そうである。
朝食を終えると、片付けも早々に、地下室の扉へと駆け寄った。
セシルが出ていってから大分時間も経った。
つまり、今何をしても、誰にもばれる心配はない。
独りでいるときに地下室の扉に張りつくのは、既にミリルの日課となっていた。
怒られたくはないので、両親の前では興味のないふりをしているが、やはり好奇心には勝てない。
もしかしたら、そんなミリルの好奇心を見透かしているからこそ、セシルは毎日言い聞かせてくるのかもしれないが、それは逆効果というものだろう。
扉の向こうにはいったい何があるのか。
それを知りたいという思いは、日に日に積み重なっていった。
「―――!」
「っ!
また聞こえたわ!」
扉に耳をつけていると、時々向こう側から人の声のようなものが聞こえるのだ。
距離があるのか、何を言っているのかまではわからないが、確かに誰かがいるのだ。
これまでは、ただ耳を澄まして、その声を聞いているだけだった。
だが、今日のミリルは違った。
己の好奇心を抑えきれなかった。
「だ、誰かいますか?」
囁くような、小さな声。
こんな声では、扉の向こうにいる相手に聞こえることはないだろう。
だが、ミリルの心臓は激しく脈打っていた。
扉から離れると、胸に手を当てる。
「はあっ、はあっ、はあっ。
声をかけちゃったわ……!」
チラリと朝に見たセシルの顔が脳裏をよぎるが、鳴り止まない鼓動の音が、それをかき消していく。
両親の言いつけを破った罪悪感はあったが、それ以上に高揚感のほうが大きかった。
未知の存在に触れようと踏み出した。
小さくとも、確かな一歩が、ミリルの中でなにかを動かした。
◇
それからというもの、ミリルはこれまでより積極的に、扉の向こうへの接触を試みるようになった。
より大きな声をかけてみたり、扉を叩いてみたり。
向こう側にいる人からの反応はなかったが、そんなのは、些細なことだった。
胸の内に沸き上がる、未知に対する高揚感が、ミリルのことを満たしていたからだ。
そして今日も、両親が出かけたのを見計らって、地下室の扉に近づいたそのときだった。
「……誰かいるの?」
ミリルはその身を強張らせた。
(声が聞こえた!)
これまで聞こえていた、不鮮明なものではない。
はっきりとした言葉だった。
叫ぶような、大きな声ではなかった。
それはつまり、今この扉を隔てたすぐそこに、誰かがいるということだ。
待ち望んでいた未知との接触。
しかし、ミリルの中にあったのは、恐怖心だった。
今声をかければ、会話できるかもしれない。
だが、そんなことをしてもいいのだろうか。
両親からは地下室の扉には近づくなと、毎日のように言われている。
この扉の向こうには、怖いことがあるからと。
両親の言うとおりならば、この声の主こそが、その怖いことの正体なのではないだろうか。
自分を害するかもしれない存在。
そんなものに、本当に話しかけてもいいのだろうか。
不安が胸のなかを渦巻く。
だが、それと同時に、いつの頃からか抱き続けていた好奇心が、これはチャンスだと話しかけてきた。
これまでずっと知りたいと思っていたものが、すぐそこにいるのだ。
こんな機会、今を逃したらもう来ないかもしれない。
迷いのなかで、しかしミリルは好奇心には勝てなかった。
「い、いるわ!」
言ってしまった。
きっと、扉の向こうの相手にも聞こえただろう。
じっとりとした汗が、背中を濡らす。
「やっぱり誰かいたんだ!
ねえ、君は誰?」
恐怖と、好奇心と、緊張で一杯一杯のミリルと違い、扉の向こうの声は、喜びに満ち溢れていた。
「ミリル、ミリルよ。
あなたは?」
「僕はリュード」
リュード。
それが地下室の扉の向こうにいる、怖いことの正体なのだろうか。
「ねえ、あなたは怖いの?」
聞いてから思ったが、そんなこと尋ねられて正直に答える相手が果たしているのだろうか。
「僕が怖い?
うーん、格好いいって言われたほうが嬉しいかも」
「クスッ。
なにそれ」
ミリルは思わず笑みを溢した。
初めは緊張したが、リュードの声からは、悪意のようなものは感じられない。
とてもではないが、自分を害するような存在だとは思えなかった。
それによく考えれば、この扉がある限り、リュードがこちらに来ることはない。
リュードに傷つけられることもないのだ。
そう思うと、途端に緊張がほぐれ、抑えられていた好奇心が爆発した。
「ねえ、リュード。
この扉のそちら側には何があるの?」
「えっ?
別に特別なものはないよ。
普通だよ、普通。
そっちは?」
「こっちも、これといってかわったものはないわ」
「そうなんだ。
てっきり、お宝の山でもあるかと思った」
「そんなものないわよ」
カラカラと二人で笑う。
楽しい。
リュードと話しながら、ミリルは確かにそう感じていた。
この扉の向こうには、本当に怖いものがあるのだろうか、という新たな疑問とともに。
◇
リュードとの逢瀬は毎日続いていた。
両親がいない、昼間だけの逢瀬。
それも、扉を挟んで会話をするだけというものだったが、ミリルにとってその時間はとても充実したものだった。
「そういえばリュードは、魔術を使うことができるの?」
「できるよ、少しだけど」
「すごいわ!
どんなことができるの?」
「小さな火を出したり、コップ一杯分の水を出したり、かな」
「羨ましいわ。
私、何にもできないもの……」
ミリルは暇なときに、部屋に積まれている魔術書を眺めることがあった。
ほとんどの魔術書は難しすぎて理解できないが、中にはミリルでも理解できるような、基礎的な魔術を扱ったものもあった。
それを見ながら魔術の練習をしたりするのだが、どういうわけか、一向に発動する気配がない。
「そんなことないよ。
ミリルは僕の知らない魔術のことを、たくさん知っているじゃん」
「……ありがとう」
リュードに褒められてしまった。
今度はもう少し難しそうな魔術書に挑戦してみよう。
「あっ!
そろそろ、お父さんとお母さんが帰ってくる時間だわ!」
「ほんとだ。
じゃあ、また明日ね、ミリル!」
「じゃあね、リュード!」
また明日会える。
そうわかっていても、この瞬間はいつも寂しく感じる。
そして心なしか、胸を締め付けるようなこの気持ちが、日を追うごとに強くなっているような気がした。
それはそうと、リュードと会話をする中で、わかったことがある。
どうやら、リュードもウィールのことを父、セシルのことを母として認識しているらしい。
二人は扉のあちらとこちらを毎日行き来しているので、リュードが二人を知っていても不思議ではなかった。
だが、まさか両親であると認識しているとは思わなかった。
リュードが嘘をついているとは思えない。
となると、そこから導き出される結論はひとつ。
(私とリュードは姉弟?)
もしそうだとするなら、喜ぶべきなのだろうか。
扉の向こうにいる新たな友人は、実は家族だったのだ。
それは幸せなことなのかもしれない。
だが、ミリルの心の中には、小さな引っ掛かりがあった。
姉弟である事実を認めたくないという気持ちが。
「ただいま、ミリル!
良い子にしていたかしら?」
仕事から帰ったセシルを迎える。
「当たり前でしょ」
嘘だ。
ミリルは良い子じゃない。
約束を破って、いつもリュードと会話をしているのだから。
でも、正直に言うわけにはいかない。
私が怒られるだけならともかく、リュードにも迷惑をかけてしまうかもしれない。
姉弟なのに会うことができないというのは、普通ではない事情があるのだろう。
少なくともそれがわかるまでは、リュードとの関係は秘密にしなければいけない。
「……ねえ、お母さん」
「なに?」
「お母さんは私のこと好き?」
「どうしたの、急に?
もちろん、大好きよ」
セシルがミリルのことを抱き締めながら、栗色の髪を撫でた。
セシルの黄金色の髪が鼻をくすぐる。
「……そっか。
私も大好き」
ミリルもセシルの背中に手を回した。
この温かさを、失ってしまわないように。
◇
それは突然起こった。
いつもと変わらない一日。
そうなると思っていた。
既に日課となっていたリュードとのおしゃべりのために、ミリルは地下室の扉の前に立った。
今日もこの扉の向こうに、リュードが来てくれる。
そう思うだけで、胸が踊るようだった。
無機質な鉄の扉。
少し錆びた、冷たいそれに指を這わせる。
(これがなければ、リュードに会えるのに……)
たった一枚の扉。
しかし、絶対に越えることのできない境界。
いつしかミリルの心の中では、この扉の向こう側へ行くことを目標としていた。
それは、ただの好奇心ではない。
直接リュードに会いたい。
その思いが、ミリルの中で大きくなっていたのだ。
扉をなぞる手が、ドアノブにかかる。
そのときだった。
ガチャ
「……えっ?」
何気なく回したドアノブが、なぜか回ったのだ。
毎日確認しているわけではないが、普段は鍵がかかっており、ドアノブが回ることはなかった。
(お母さんが鍵をかけ忘れたのかしら?)
原因はわからないが、事実として鍵はかかっていない。
それはつまり……。
「ミリル、いるか?」
「リュード、どうしよう……!
鍵がかかってないっ!」
「なんだって!?」
扉の反対側に来たリュードが、ドアノブを回した。
すると、こちら側のドアノブも、その動きに連動して、ガチャガチャと回ったのだ。
「ほんとだ、かかってない……」
今までこんなことはなかった。
絶対不可侵の扉。
そう思っていたものが、なんの前触れもなく、その口を開けようとしていた。
(今なら開けられる。
リュードに会うことができるわ。
でも、そうしたらお母さんたちとの約束が……)
もうリュードが、セシルたちの言う怖い存在ではないと、ミリルは確信している。
だが、リュード以外の存在。
リュードには無害でも、ミリルには有害な存在がいるかもしれない。
もし扉を開けて、ミリルがそのなにかに傷つけられたとしたら。
きっと、セシルやウィールはすごく悲しむだろう。
それは、嘘をつくことより、自身が傷つくことより、よっぽど怖かった。
「リュード……。
私、リュードに会いたい。
会いたいの!
でも、お母さんたちとの約束を破って、悲しませたくない。
ねえ、私はどうしたらいいの……!」
期待、不安、いろんな気持ちが、ぐちゃぐちゃに混じりあう。
吐きそうなほどの、溢れる感情の奔流に、なぜだか頬が濡れた。
「ミリル、僕もミリルに会いたい!
そりゃ、お母さんたちとの約束は大切だけど、でも、今会わなかったら、もう一生会えないかもしれない。
そうなったら、絶対僕は後悔すると思う。
大丈夫、ミリルのことは僕が守る。
魔術だって毎日練習しているんだ。
何があったって、絶対守るよ。
少し会うだけだよ。
またいつもみたいに、お母さんたちが帰ってくる前に戻ればいい。
だからミリル。
僕と会ってくれないか」
それは、あまりにも荒唐無稽な話だった。
リュードがミリルを守りきれる根拠なんてどこにもない。
セシルやウィールほどの魔術師ですら、ミリルが地下室の扉を越えることを危険だと考えているのだ。
二人よりも劣っているだろうリュードの力など、たかが知れている。
扉を開けるべきではない。
そんなこと、本当はわかっている。
だが、リュードの言葉は、ミリルの背中を押すには十分だった。
もう、この気持ちを抑えることは、ミリルにはできなかった。
「リュードッ!」
ドアノブを回し、ゆっくりと扉を開けていく。
ようやくリュードに会える。
扉の先。
果たしてそこにいたのは、黄金色の髪をした一人の少年だった。
「リュード、なの……?」
「そうだよ、ミリル」
照れ臭そうにはにかむリュード。
その表情には、確かにウィールの面影があった。
ミリルは境界線を越えた。
「リュード!」
駆け寄ったミリルを、リュードが受け止める。
リュードの腕の中は、セシルと同じように温かかった。
ずっと会いたかった存在。
それが幻ではないと確かめるように、ミリルも力一杯抱き締める。
「リュード、リュード、リュード!
私、ずっとあなたに会いたかったの。
ずっと、ずっと……」
「僕もミリルに会いたかった」
腕の中で顔を上げると、すぐ目の前にリュードの顔があった。
「リュード、格好いいわ。
想像していたより、何倍も格好いい」
「ミリルも綺麗だよ。
とっても綺麗だ」
静寂が二人を包む。
だがそれは、不快ではない、心地の良いものだった。
「そうだ、ミリル。
ミリルに見せたいものがたくさんあるんだ!」
そういうと、リュードはミリルの手を引きながら、地下室へと続く階段を上っていった。
そこは、とても明るい世界だった。
ミリルのいた地下室にも明かりはあったが、こんなに温かな光ではなかった。
「ねえリュード。
この光はなに?」
「これは日の光だよ。
今は昼間だからね。
ほら、こっちへ来て」
リュードに連れられるままに、ガラスでできた板の前に来た。
「ほら、見て!」
ガラスの板の向こう側。
いったいどれ程の高さがあるのだろう。
青い天井がどこまでも広がっていた。
そしてその中心に、目が眩みそうなほど、強烈な光を放つ明かりがあった。
「リュード!
天井がすごく高いわ!
それにすごく青くて広い!」
「あれは空だよ」
「空……」
「それで、あの眩しいのが、お日様。
あまりじっと見るのは、目に悪いみたいだから、見るのはちょっとだけね」
「わかったわ」
既に凝視して、チカチカしていた目を擦る。
「リュード、すごいわ!
地下室の扉の先が、こんなにすごい世界だったなんて!」
ミリルは新たな世界を見ることができた感動とともに、これまでずっと考えていた疑問に頭を悩ませた。
(確かにお日様の光に目がチカチカしたけど、まさかそれが怖いことの正体ってことはないだろうし……。
いったい、お母さんたちは、何を恐れているのかしら?)
そのときだった。
「ミリル!?」
その声に振り向くと、そこには血相を変えたセシルの姿があった。
「お母さん!?
どうしてこんな時間に!?」
まだ昼食の時間にもなっていない。
いくらなんでも、帰ってくるのが早すぎる。
「地下室の鍵をかけ忘れた気がして、慌てて帰ってきたのよ。
それよりもミリル。
どうしてあなたがここに……」
「それは……」
「僕が連れ出したんだ」
リュードがミリルを庇うように前に出た。
「僕がミリルに会いたくて。
扉が開いていたから、ミリルに会いたいって。
だから、えっと、ミリルを連れ出した」
リュードもパニック状態なのだろう。
整然としている弁とはいいがたかったが、それでもミリルを庇うために、一生懸命言葉を紡いでいた。
「あなたたち、もうお互いのことを知っていたのね」
「扉越しに、毎日お話していたの。
約束を破ってごめんなさい!」
ミリルは精一杯頭を下げた。
その横で、リュードも一緒に頭を下げた。
そんな二人の様子を、セシルは嬉しそうな、少し悲しそうな顔で見ていた。
「……二人とも顔を上げて。
本当に謝らないといけないのは、お母さんとお父さんのほうなの。
ごめんなさい」
そういって、セシルは二人を抱き締めた。
その温もりは、ミリルの胸を締め付けた。
◇
セシルは「二人に全てを話すわ」といい、仕事を休んで、ウィールも呼び戻した。
帰ってきたウィールは、しかしセシルほど驚いている様子はなかった。
もしかしたら、いつかはこうなることがわかっていたのかもしれない。
四人でテーブルを囲む。
正面に両親が座り、左にはリュードが座った。
「まずそうね。
ミリルのことから話しましょうか」
「私のこと?」
「ミリル、あなたは私たちの本当の子供ではないの」
「……」
やっぱりそうか。
なんとなく、そんな気はしていた。
そして、リュードに会って、その予想は確信に変わった。
リュードには、セシルとウィールの面影があった。
だが、ミリルには、一切それらしいものがないのだ。
髪や瞳の色も、顔も何もかも。
これまでは、セシルとウィールしか見たことがなかったから、親子といっても、そういうものだと思っていた。
だが、本当に血の繋がった親子を目の当たりにして、そんな思いは吹き飛んだ。
「ミリル、あなたは私たちが創り出したホムンクルス。
人造生命体なの」
「ホムンクルス……」
静かに言葉を反芻するミリルを見ながら、セシルはゆっくりと話し始めた。
「昔、私たちは子供を授かることができなくてすごく悩んでいたの。
そして、どうしても子供が欲しかった私たちは決断した。
子供を授かれないのなら、創り出せばいい、と」
「それが、私……」
「そうよ。
でも、人造生命体の研究は、国の法律で禁忌とされているの。
禁忌とわかっていて、私たちはミリルを創った。
もし国に見つかれば、私たちもミリルも処刑されてしまう。
そうならないように、私たちはあなたを地下室に隠した。
いいえ、閉じ込めたの。
ミリルには辛い思いをさせるかもしれないけど、それでも三人で幸せに暮らせると思っていた」
どうして、地下室から出ることを禁じられていたのか。
おおよその理由は理解した。
血の繋がりがないというのは、少しだけ寂しかった。
だが、この体は二人が創ったもので、この体に注がれた愛情は本物だ。
二人を責めるような気持ちにはなれなかった。
それにまだ、この話は終わりではない。
「そんなある日、私が子供を授かったの。
これまでまったく授かることができなかったのに。
私たちは悩んだわ。
ミリルがいるのに、子供を産むべきかどうか。
でも、産むことにしたの。
やっぱり、諦めきれていなかった。
自分で子供を産みたかった。
そしてリュード、あなたが産まれた」
リュードは静かに話を聞いていた。
だが、ミリルが机の下で手を伸ばすと、リュードはその手を力強く握ってくれた。
「幼いリュードをミリルに会わせるわけにはいかなかった。
もしリュードから、ミリルのことが外に漏れたら、と思うと会わせられなかった。
だから私たちは、地上と地下の二つにわけて、二つの家庭を築くことにした。
二人を別々に育てることにした。
それが私たちの選んだ道。
今まで黙っていてごめんなさい」
セシルとウィールが頭を下げた。
張り詰めた空気が漂う。
左手を握っているリュードの手が、静かに震えていた。
いや、もしかしたら、震えているのはミリルのほうかもしれない。
想像していたよりも壮大な話に、頭が追いつかない。
だが、不思議と心は落ち着いていた。
「お母さん、お父さん。
私とリュードのこと好き?」
静寂を破るように呟かれたミリルの言葉に、二人は目を見開いた。
「ええ、もちろんよ!」
「当たり前だ!」
「そう、なら私はいいわ。
リュードはどう?」
「僕はとくに何もないよ。
大変なのはミリルみたいだし、ミリルがいいなら、僕もいい」
「二人とも……っ!」
感極まったように、セシルが肩を震わせる。
そんなセシルを、ウィールが抱き締めた。
相変わらず、仲のいい夫婦だ。
「そうだ、もうひとつだけ確認したいことがあるの」
「ぐすん……。
何かしら?」
鼻をすすりながら、セシルが潤んだ瞳をミリルに向けた。
「私って、子供を授かれるの?」
「えっ!?
ええ、まあ、原理的には問題ないはずよ」
「なら良かった。
これでリュードの子供を宿せるわ」
「ち、ちょっと待って!
ミリル、あなた何をいっているの?
あなたたちは二人とも、私たちの子供なのよ」
「だって血の繋がりはないんでしょ。
それに、外に出ることができない私を貰ってくれる人なんて、リュードの他にはいないわ!」
「それはそうかもしれないけど……。
ちょっと、あなたもなにか言って」
「……リュード、お前はどうなんだ?」
「僕もミリルと結婚したい」
「そうか……」
「そうか、じゃないわよ!」
賑やかな声が、いつまでも響いた。
◇
「ミリル、リュード、行ってくるわね」
「「行ってらっしゃい!」」
セシルが慌ただしく仕事へと向かっていく。
「そうだ、リュード。
地下室に面白そうな魔術書があったの。
あれなら、今のリュードでも使えると思うわ」
「あはは、お手柔らかにね」
ミリルはリュードの手を引っ張って、地下室へと入っていく。
もう、地下室の扉が閉ざされることはない。
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