【混沌】について
〈かつて【混沌】と呼ばれたもの〉
どの世界にも形がなかった頃、闇でも光でもないものからそれは生まれた。最初は形がなく、意志すらなかったそれはただ、漂うばかりであった。
やがて世界が生まれ、世界から人が生まれると混沌は人の心にも生まれるようになった。そこから得られる経験を元にそれは自らの意思を形成していった。
やがて人は争うようになった。権力を求め、醜い争いを起こすようになった。最初赤ん坊のように無邪気だったそれは争いを見るのが好きだった。観察するのが好きだった。
しかし、ある時それは気付いた。これらに終わりがないことに。それに気付いたのは物語というものが生まれ、それらを読みふけっていた時だった。それは物語の終わりがあるときの名残惜しさが好きだった。しかし、醜い争いは人の欲望が尽きない限りは終わりのないものだ。それに気付いたのはそれが人の争いを物語のような他人事として見ていたからだろう。
それからもソレは暫く争いを見続けたが、やはり終わりはこない。それどころか加速し、やがて一つの醜い欲望は大きな争いになった。人の欲望というものは際限がないことにうんざりしたソレは争いで世界が崩壊したその世界を壊してしまえないかと思った。そのための力はすでにあった。しかし、どんな形で壊すのか、それはまだ分からない状態だったのである。
そんな日々が続いた頃だった。ソレがその光景を見たのは偶然であった。争いのせいで餓えた村が兵士に襲われていた。それはいわゆる強奪、略奪と呼ばれることであった。争いで最も最初に犠牲になるのはこういう小さなところである。しかしそこで、ソレは目撃する。それはその場所では当たり前のようにまかり通っていたことだ。村を焼かれ、人は連れ去られ、残ったのは残骸と絶望する者たちだけ…。しかし、それはソレを強く惹きつけた。それはとある村人の顔が絶望の渦中にいたからなのか…。その光景に興味を惹かれその後の村と人々を観察してみることにした。
村はその後寂れ、なくなってしまったようだが、かつて住んでいた人々は様々な人生を歩んだ。奴隷に堕ち、心を立ち直れないまま死んでゆくものもいれば、逃げ出し、奮起し、憎しみに支配されていく者もいた。そんな者たちの末路は単純だった。しかし、それら人生に共通していたのは一つだけ。それは、『狂わされた』という事実であった。
それを見て、ソレは思う。人間とは一つの出来事だけでその人生すらも狂ってしまうものなのか、と。再び観察すると醜い欲望や争いも始まりはやはり小さな狂いであるように思える。やがてそれらを観察し終えたソレは結論を出し、過程での興味を実行することにした。
『壊すのならばまず介入し、全てを狂わせてみよう。』最初はそれだけだった。ある世界を壊すために小さな介入をしたのだ。その小さな介入は人々を争う火種になり、やがて争いのために行われたある事象のためにその世界は崩壊した。
そんな成功体験を繰り返す後、ソレは【混沌】という概念を知る。形もないそれはまるで自らを言い表すように思えた。その名称を気に入ったソレはその後、自らを【混沌】と名乗るようになる。そして、世界を壊す中、ついに崩壊に失敗する世界があられた。
『世界からの私の存在価値を差し出すわ。貴方からの条件にも従いましょう。だから、どうか私の愛する世界は壊さないで。』
彼女は女神と名乗った。女神は自らの価値を差し出す代わりにかの世界を壊すなと言った。神とは傲慢であるものだが、彼女には慈愛の心もあった。わがままでありながら人を慮る。それは矛盾しているようにも思えた。そして、それは【混沌】にとっては初めて巡り合うものであった。本来ならばその言葉は戯言として切り捨ててしまうものだ。いかに女神と言えど彼女は【混沌】と比べればはるかに弱いものだからだ。しかし、彼女はだからこそ自ら取引を申し出た。だから【混沌】は聞いた。
─お前はなぜあんな醜い闘いをする種族を庇う?あの種族は放っておけば欲のために他者を傷つけ、無辜の者達を食い物にし、そして滅びへと誘う愚かな者達だぞ?
その問いに女神は答えた。
『その愚かさを、すべてを愛しているから。』
と。
・【混沌】
なにもないところから生まれた意志なき概念が人という存在を観察した果てに生んだもの。人の心など持ち合わせておらず、人の絶望を好む。かつて人間界に干渉した前歴があり、『■■■■■■■■■■■』の存在ごとの犠牲によって不干渉を余儀なくされたことがある。ただ、よその世界には現在も干渉を行っており、『管理人』という概念を生み出した張本人。世界の崩壊を材料に脅しをかけるのも平然と行う。決まった姿を持たず、その外観すら変えられる。大概の人間には地味な成人男性に見えるらしいが、人によっては彼を化け物の姿で見るものもいる。一人称は僕。二人称はキミ。