第4話(僕と彼女の異世界空旅)
僕が気が付くと何か柔らかいものに挟まれていた。周りはやや暗くて何も見通せない。だけど何か柔らかいいい匂いがする。僕はスンスンと鼻を鳴らすと、鼻の動きに合わせてヒゲもピクピク動く。どうやら頭の反対側が明るいような気がするので身体を反転させようとジタバタ動く。
「あ、あんっ!ダメ!!くすぐったい……」
僕の頭の上から焔ちゃんの声がする。なんか同じ事をやったなと頑張って身体を反転させる。そうして見えた景色は想像を絶していた。
「モ、モッルモモルルルモルルモルル!ッモモルルモルーーーーーーーッッ!!(や、やっと満足に息ができる!って何だこれーーーーーーーっっ!!)」
眼下に広がる大草原。大きな巨石や雄大な河、森や林が点在していて、自然が作り出した雄大な風景が広がっていた。そして凄まじい高度で落ちたら即死という恐怖がわきあがってくるけど、何か柔らかい感覚でしっかりと包まれているので妙に安心だ。
首をキョロキョロと動かすと黒い生地の端から顔を出しているみたいだ。黒い生地は丁度自分の首の下で交差されているので、丁度顔を出しやすいようになっている。そして焔ちゃんの両手でやさしくしっかりと抱きしめられている。
あーうん。コレはアレか。夢にまで思い描いていた胸の谷間にスロットイン!というやつだね。とても柔らかくて暖かいものに包まれて幸せなんだけど、眼下の景色と今の状況はまったく幸せではないんだろうなぁ。何か幸せと不幸せが一緒に来てるみたいだ。
この小さな身体では首が回すのがやっとで、焔ちゃんに抱きかかえられて空を飛んでいることしかわからない。焔ちゃんの心臓の音と僕を抱きしめる力を考えると、どうやらすごい不安を抱えている。ということは無理やりこの状況になっているということだろう。
「モルさん。そんなに動くとくすぐったいですよぅ」
焔ちゃんがちょっと幼いけど、とても澄んだ声で告げてくる。僕は全身毛まみれなので、少し動くだけで毛がサワサワと触れてしまってくすぐったいのだろう。
「モモル?(ここは?)」
状況をある程度把握した僕は焔ちゃんに聞いて見る。
「うーんと。大きな鳥さんに捕まって、連れて行かれちゃってるところ。モルさんゴメンね……」
焔ちゃんが状況を教えてくれるけど、最期は声が震えて消え入りそうになりながら僕に告げる。僕も気絶しちゃってたので、お互い様とは思うけど。
鳥は速度を落とさずに飛び続け、どんどん岩山に近付いていく。このままだと餌になるときも近そうだ。
「モルモルモルルモルルゥルルモルゥ?(僕達餌にされちゃうのかなぁ?)」
「うーん、多分。でも私がモルさんを守るからね」
「モル、モルルルモルルモルルモルゥルモルルモルルモルルルルゥ?(でも、抵抗できるような状態で巣に連れて帰るかなぁ?)」
「そうだね。巣の近くの岩盤に墜落させて殺すとか?」
「モルルモルルモルモルモルル(そんな所かもしれないね)」
焔ちゃんとそんな相談をしていると、いよいよ目的地っぽい岩山の上空に到達する。そして大きな鳥は急降下を始めると、途中で僕達を掴んでいる手を離す。当然僕達は慣性の法則で投げ出されて急降下の勢いも含めて、物凄い勢いで岩壁が迫ってくる。
何匹もの獲物をココで処理したようで、岩壁には赤黒い血がべっとりと付いている。
「こい!焔丸」
身体が自由になった焔ちゃんが愛刀を召喚する。
「モルさんしっかり掴まっててね」
そう僕に注意を促すので、僕は握力の全くない前足で、焔ちゃんの襟を強く握る。頭を前にして弾丸のように飛ぶ焔ちゃんは鞘に入ったまま刀を目の前に持って行き呼吸を整える。
そして、鞘に入ったままの刀を左腰に構え、岩壁に激突する直前のタイミングを計って、居合い斬りのごとく袈裟切り上げを放つ!!その一振りで前に向いていたベクトルが斜め上に変化する。
更に半円を描くように刀を右下段に構えなおし、鞘から左手を離し焔丸に左手を添えて更に逆袈裟切り上げを一閃!
そのまま上段に構えなおし、上段からの斬り降ろし!!
この連撃により、岩壁に叩きつけられようとしていたベクトルがかなり拡散した。そしてさらに焔丸を右腰に構えて、右手による連突きを岩壁に向けて放つ!!
ガガガガッッッ!!
刀が岩壁を削るような音をさせながら、僕達は岩壁に激突することなく岩棚に着地した。さすが焔ちゃんすごいチート能力だ。刀撃だけでアレだけの位置/運動エネルギーを相殺してしまった。
「ふぅー。何とか上手くいった~。モルさん大丈夫?」
焔ちゃんが大きく息を吐くと僕に聞いてくる。僕は何もすることがなく震えていただけなので、大丈夫だよと返して気が付く。
焔ちゃんの身体が小刻みに震えている。
「ふぇぇぇ。怖かった。死んじゃうかと思ったよぅ」
肩を震わせながら、語尾を心細く小さくしながら怖がっている焔ちゃん。僕の上にポタポタと透明な滴が降り注ぐ。そうだよね。怖かったよね。僕は自分自身のことで頭がいっぱいで、焔ちゃんの恐怖に気づく事ができなかった。
「モルル。モルルモゥル。モル、モルルモルルモル(ごめん。焔ちゃん。僕、何も出来なくて)」
「うぅん。大丈夫だよ。モルさんを守ると決めたのは私だもん」
服の袖で目をゴシゴシこすって涙を拭きながら答える焔ちゃん。何も出来ない自分自身がふがいなくって情けなくなってくる。なんでモルモットなんかに転生しちゃったんだろう。
キュィィィィィッ!!
甲高い鳴き声がしたかと思ったら、巨大な鳥が急降下してくる。焔ちゃんは刀を冷静に構えると迎撃する為に下段の構えを取る。
何かがおかしい。あんなに豊かな自然で狩れる獲物が沢山いるのに、わざわざ危険度の高い人間を餌にするのはおかしくないか?そもそもこの世界には人間という生き物が存在しないから危険だとわからないのか?いや人間という生き物がいなかったとしたら、初見の獲物を餌にはしないのではないか?それとも何か別の理由があるのか?
僕の頭はすごい勢いで思考を始める。モルモットの身体ではあるけど考える力は失っていないようだ。
何か理由があるとしても……どうする?あっ!!
「モルルモゥル!モルルモルルモルル!!モルルルモルルモルモルモルルモルルモルルモルルルル!!(焔ちゃん!鳥に話しかけて!!僕らを襲う理由が何かあるのかもしれない!!)」
急降下してきた大きな鳥に、必殺の一撃を放とうとしていた焔ちゃんが技の発動をキャンセルする。そこに大きな鳥の突進が襲い掛かるが、身体をずらして難なく回避する。焔ちゃんは僕と会話できる位の言語能力である≪超言語理解≫のスキルがある。だからもしかしたら話が通じるかもしれない。
「えっ……えっと!とりさん!!私たちにできる事があるなら協力するから!話を聞かせて!!」
焔ちゃんは両手いっぱい広げて、戦意の無いポーズで大きな鳥に話しかける。
突撃を回避された大きな鳥は、一度大きく羽ばたき上空に舞い上がったが、焔ちゃんの叫びを聞いて首をかしげるポーズをする。
「モルルモゥル。モルルルモルモモルモルル、モッルモルルルモルル!!(焔ちゃん。聞こえているみたいだから、もっと話しかけて!!)」
「お願い!力になりたいの!!話だけでも聞かせてよっ!!」
再度の声掛けではっきりとこちらの意識が伝わったのか、おそるおそる大きな鳥が鳴き声を上げる。
「コケコ、コケコココココケココケコケコ?(貴女、私たちの言葉がわかるの?)」
「あ!通じた!!うん、わかる!わかるよ!!鳥さん!!」
大きな鳥は知性の宿った目を見開きながら、少しずつ下降してくるので、焔ちゃんは焔丸を大きな鳥のいない方の空に投げると、空に溶けるように刀が消える。
「どうして私達を餌にしようとしたのか教えてもらえるかな?」
「コケコココケッコココケケコケコケケケココケ。ココケコケッコケコケコケケコケコエココココケケケコケケケコケッコ(子供の魔力がか細くて元気がないの。だから魔力の強い餌を食べさせれば元気になるかと思って)」
「なるほど。子供思いなんだね」
「コケコココケコココケコケココケコ。コケコケケコケコッケココココケケココケココケココケッコ!(子供を思わない親なんていない。ちなみにそのちっちゃいのは美味しそうだったから!)」
「あはははは!モルさん美味しそうだってさ」
「モルモルモモモルルル!モッルルモルモル!!(僕だけ餌判定!納得いかない!!)」
僕が餌判定なのは置いといて、大きな鳥さんに子供の様子を見させてもらうことにするのだった。