第2話(僕と彼女の異世界出発)
こんな訳のわからない世界に飛ばされたのに意気揚々と楽しそうに歩く焔ちゃん。鼻歌を歌いながらとてもご機嫌だ。スキル美少女の影響か鼻歌ですらとても綺麗な旋律に聞こえる。
焔ちゃんの身長はちょっと小さめの140cmくらい。手足が細くて長いのもあって、一歩のストライドは身長の割には大きく約70cmくらい。
モルモットになった僕の体長は40cmくらいで一歩の幅は5cmくらい。つまり焔ちゃんの14倍の速度で手足を動かさないとついていけないのだ!
「モルルルルルルルルル!!!(ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)」
鼻歌を歌いながら上機嫌で歩く美少女の足元で、必死な形相を浮かべて半分気絶するほどの速度で手足を動かしてついていくモルモット。端から見たらシュールすぎる光景だ。
「ねぇねぇモルさん。風が気持ちいいね」
「モルルルルルルルルル!!!(ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)」
「異世界って言っても太陽の暖かさは変わらないね。空気は凄く澄んでいて美味しい気がするけど」
「モルルルルルルルルル!!!(ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)」
「私、異世界に憧れてたんだぁ。あっちの世界は嫌な事が多くて……あっ!でもモルさんと会話している時はすごく楽しかったよ?」
「モルルルルルルルルル!!!(ふぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!)」
「まさか2人して転生しちゃうなんて、これって運命かもしれないねっ!」
「モ、モルモルル……(も、もうダメだ……)」
僕は力尽きて倒れてしまう。この全力疾走は持っても3分が限界だろう。3分持てば御の字だと思う。あっちの世界では1分も全力疾走できないような体力だったんだから。
「あれ?!モルさん?」
焔ちゃんがやっと気付いてキョロキョロと周りを見渡す。そして、少し後方で倒れている僕を見つけると慌てて近寄ってくる。
「あぁ!モルさん、ごめんなさい!!私ったら自分の事ばっかりでっ!!」
倒れた僕を優しく両手で抱き上げてくれる。酸欠状態に陥っていた僕は、抱き上げられたことでホッとして意識を失ってしまう。
「モルさん!モルさんっ!!」
焔ちゃんの必死な声が聞こえてくるけど、僕の意識は闇の中に沈んでいってしまった。
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「ダメだなぁ私……」
その場で尻餅をつきながら、空を見上げて呟く。私の手の中で意識を失ってしまったモルさんを大事に抱えて、すごく反省する。
「物語で読んで憧れていた異世界転生できて、一人だと思った時は不安になったけど、SNS上でいつも優しくて頼りになるモルさんと一緒で……でもモルさんは人からモルモットに転生しちゃってて、多分凄く不安とかいっぱいあったはずなのに……」
自分の至らなさが嫌になって涙が零れてくる。昔からそうだ。私はすぐに調子に乗っちゃって回りに迷惑を掛ける。大丈夫だろうと踏み出したその一歩が踏み込みすぎて、人を傷つけてしまう。そんな自分が嫌で、周りとは常に一歩置くようにして、必要以上に親密にならないようにしてた。
そうすると逆に周りからは疎遠にされて、爪弾きにされて、どんどん居場所が無くなって……過去を思い出すと一層涙が止まらなくなってしまう。
「う、うぅ……」
嗚咽が漏れてしまう。いつからだろう大声を上げて泣けなくなってしまったのは。いつからだろう自分を縛るように我慢するようになったのは。
現実から逃げるように絵を描くことに没頭して、でも何か繋がりが欲しくてSNSを始めて。最初は下手糞な絵だったけど、優しい人が褒めてくれたから頑張って描いて。やがて誰も何も言ってくれなくなって。それでも頑張って描いていて、それでも何にもならなくて。才能も何もかもがない自分自身が嫌になって絵を描くこともやめようと思っていた時に一言のコメントを貰った。
『初めまして!いい絵モルねー。焔さんの暖かさが伝わってくるモル!!』
最初は何てふざけた話し方をしてくる人だろうと思った。でも他にも話しかけてきてくれる人はいないし、一応お礼を言わないとと思っていると
『1年前に比べて凄く良くなっているモルね!今後がすごく楽しみなので勝手にフォローさせてもらうモル!!』
再度の書き込み。言われたとおり1年前からSNSに載せ始めて頑張ってきた。下手糞なりに凄い頑張ったと思っていた。でも誰も何も言ってくれなかった。だから私はダメダメなんだなと思っていた。
その言葉を切欠に1年前の絵を見てみて……
涙が溢れてきた。
自分でもわかった。少し、ほんの少しだけど。確かに私は成長していた。今ばかりを気にしてて、周りばかりを気にしてて、自分自身を見つめていなかった。
なんて、なんて言葉って暖かいんだろう。ふざけた喋り口、何気ない一言だった。でも私はそれで救われた。自分自身をちょっと好きになれた。このまま頑張っていいんだと勇気を貰えた。
『ありがとうございます。もうちょっとだけ頑張ってみようと思います』
私が返せたのは、その一言だけだった。
それからだった。時間があればいつもモルさんをタイムラインで追うようになっていったんだ。
モルさんの小さい身体をギュッと抱きしめながら立ち上がる。モルさんのフワフワな毛が私の涙で濡らしちゃったのが、すごく申し訳ない。
モルさんのこちらに心配をかけないようにと努めて明るく振舞っていてくれる事に甘えてたかもしれない。さっきのステータスを見ると、この世界では私がモルさんを守らなきゃダメなんだ!
私はモルさんを抱えながら気合を入れるためにガッツポーズをすると、町を目指して再度歩き始めるのだった。