暗闘の歴史
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──暗闘の歴史
「ティベリア藩王国の事情は南部ともルンビニ公国とも違う」
そう告げるのはレオナルドだ。
「俺たちの地下ネットワークは南部、ルンビニ公国、バルフ王国に伸びている。だが、精霊帝国本土とティベリア藩王国には通じていない。全く地下ネットワークが存在しなかったわけじゃない。連中は俺たちから独立したんだ。一方的に、な」
バルフ王国への陽動作戦が成功を見せて、これからティベリア藩王国に侵入するに当たり、我々は会議を開いていた。ティベリア藩王国にどのように潜入し、どのように潜伏し、どのように抵抗運動を繰り広げるかの会議だ。
そこでレオナルドはそう告げていた。
「つまり、地下ネットワーク同士の抗争があったということかな?」
「その通りだ。こっちは向こうの地下ネットワークを押さえようとしたが、向こう側は用意周到に計画してこちらから離脱した。こっちの構成員たちは皆殺しにされ、あっという間にティベリア藩王国の地下ネットワークは俺たちから独立した」
マフィア同士の抗争か。
ここに来てこんな面倒なことに遭遇するとは。
「和解の見込みは?」
「ない。こちらは何度か和解を呼びかけてみたものの、向こう側の反応はくたばりやがれの一言だ。だから、俺は北部の人間が嫌いなんだ。恩知らずどもめ」
俺が尋ねるのに、レオナルドがそう吐き捨てた。
流石の俺もマフィア同士の抗争をどう終わらせるかの訓練は受けていないし、そのような経験もない。軍閥同士の争いと考えれば分かりやすくなるかもしれないが、マフィアは厳密な意味では軍閥ではない。
そう、軍閥ではないのだ。軍閥は地域を支配し、住民を従わせ、旗を振り回すが、マフィアにはそういうものはない。マフィアは彼ら独自のネットワークで繋がり、暴力で民衆を脅迫することもあるが、彼らは武力を見せしめに使うだけで、自分たちのビジネスが行えればそれでいいという組織なのだ。
軍閥が相手ならば資金援助と軍事支援で協力が勝ち取れただろう。マフィアにおいてもある意味ではそうかもしれない。だが、彼らのネットワークによそ者が近づくのは賢明ではない。軍閥は表に立つが、マフィアは裏方なのだ。目立つことは好まない。マフィアが目立つことは当局による摘発を意味する。
つまり、我々はティベリア藩王国のマフィアを目立たせることなく、資金援助と軍事支援を行わなければならないわけだ。
それに加えて彼らの面子を潰さないようにとの追加の要求も入るが。
軍閥と似ているようで、軍閥とは異なる彼らは何を目的として独立したのだろうか。
「彼らが独立した経緯について詳しく聞かせてくれないか」
「連中が独立したのは5年前。そう昔のことじゃない。現地の地下ネットワークの指導者が変わって、連中は自分たちの国のために組織を運営しなければならないと言い出した。いつまでも南部のために仕事はできないとな」
俺が尋ねるのに、レオナルドがそう告げる。
「彼らはそれまでティベリア藩王国のために仕事をしていなかったのか? 全く?」
「そんなわけがねえだろう。そんなやり方をしてれば民衆から総すかんを食らう。貴族どもは自分たちの権力にものを言わせて、民衆の不満を押し殺すが、俺たちはそうはいかない。無茶なやり方を繰り返していれば、いずれはやり返される」
そう告げてレオナルドが僅かに笑った。
「いや。今の貴族たちも今はやり返されているか」
それは笑える話だろうが、今の我々には笑っている余裕などない。
「現地の抵抗運動はその地下ネットワークだけなのか?」
「少なくとも我々の把握している限りでは。ユーディトは10年間ルンビニ公国を統治していたが、ティベリア藩王国総督のテオドシウス・フォン・ホルシュタインは20年間に渡って統治を行き届かせている。バルフ王国も難題だが、こちらも難題だ」
ティベリア藩王国はバルフ王国より面積も狭く、警備も揺らいでいるとは言えど、全くの無防備ではない。そうバルトロは指摘した。
「では、どうあってもその地下ネットワークの協力を得なければならないな」
「やめておけ。連中の頭だけ切り落として、乗っ取る方がいい。下手な抗争になれば、精霊公だって騒ぎに気付くだろう」
レオナルドの言うことももっともだ。
我々には抗争をしているような余裕はない。そんな時間的な余裕はないのだ。バルフ王国への攻撃が陽動だと気づかれれば、ティベリア藩王国での軍事作戦に悪影響が生じることになる。そうなってしまうと我々の選択肢は限られ、主導権を精霊帝国に握られる。
「だが、現地の地下ネットワークの人間が本当にティベリア藩王国のために戦いたいというのならば、我々の協力の申し出を無碍にはしないはずだ。状況は5年前から大きく変わっている。我々は精霊帝国に対して確実な勝利を収めているのだから」
5年前は自由エトルリア同盟も存在せず、南部民族会議はただのマフィアのひとつに過ぎなかっただろう。だが、現状は異なる。
今は自由エトルリア同盟が結成され、南部民族会議も併合された。その自由エトルリア同盟は南部を解放することに成功し、確かな勝利を続けている。
ティベリア藩王国の地下ネットワークの指導者が本当は何を考えて独立を選択したのかは分からないが、彼らが本当にティベリア藩王国の民衆のことを考えているのであれば、我々の勝利に便乗しないとは考えられない。
そこまで頑なに南部の介入を避けようとするならば、レオナルドの言うように、頭を切り落として、体を乗っ取るしかないだろう。
だが、それは最後の手段にしておきたい。乗っ取りとは繊細な仕事なのだ。
「レオナルド。再びどうにかしてティベリア藩王国の地下ネットワークと会合できるように手配してもらえないか。意見を率直に交換したい。場所は国境付近の都市で」
「まだ連絡経路は残っている。やってみよう。だが、上手くいく保証はないぞ?」
「何もしないよりずっといいだろう」
レオナルドが不満げな表情を浮かべるのに俺はそう告げて返した。
我々はこれまで現地の抵抗運動を利用して勢力を拡大してきた。一から抵抗運動を組織するというのはあまりにも苦労するし、時間がかかる。
ただのテロを起こすだけならば俺だけでもできるだろう。交易都市ナジャフでやったように貴族を狙撃し、大聖堂を爆破し、貴族たちを恐怖に震えさせることはできるだろう。だが、それだけでは精霊帝国は倒れない。
ただのテロでは効果がないのだ。民衆が後に続き、体制に対する攻撃を始めなければ、テロはただの大量殺人で終わってしまう。新宿における大規模なテロが中央アジアの内戦を止めることがなかったように。
テロから政治的武力闘争に民衆がシフトして、民衆が抵抗運動のゲリラ活動を支援するようになり、民衆が一致して精霊帝国を攻撃し始めて、ようやくテロは意味を成す。
つまりはどうあっても現地の抵抗運動の協力は不可欠だということ。
「分かった、分かった。だが、向こうが精霊帝国と通じている可能性もあるぞ」
「それには備えよう」
警備は厳重に固めるつもりだ。
だが、それは相手を刺激しない程度にしなければならない。
一度は袂を分かったレオナルドのリベラトーレ・ファミリーと再び会合の場を持つのだ。向こう側も警戒するだろう。マフィア映画ならばトンプソン機関銃が出てきて、相手を皆殺しにすることだってあり得るのだ。
だが、レオナルドがティベリア藩王国の地下ネットワークと連絡をつけ、会合の約束を取り付けたときに警護として許されたのは俺とエーデ、そして他2名だけだった。
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「本当にこの条件を呑むのか?」
バルトロは最後まで不満そうだった。
「仕方ないだろう。いざとなればエーデだけでも脱出させる」
相手の地下ネットワークは警護の人数を指定してきた。
俺、エーデ、他2名。
2名にはシンドーナ兄弟に頼むつもりだ。彼らは実戦経験を積み、優れた兵士になっているし、その忠誠心にも疑いの余地はない。
だが、正直なところを言えばエーデは連れて行きたくなかった。
エーデを失うということは抵抗運動の大きな後退を意味する。もはやエーデはその地位を、聖女としての地位を確立しており、彼女の権威を前には他の軍閥の指導者たちなどかすんでしまうほどだ。
レオナルドが告げるように向こうの地下ネットワークが精霊帝国に通じていないという可能性は皆無ではない。精霊帝国と通じていて、こちらが襲撃された場合は流血沙汰だ。エーデを失う恐れもある。
だが、それだけだろうか。
俺はエーデの代わりの人間がいないからエーデを連れて行きたくないのだと本当にそう考えているのだろうか。エーデに特別な感情を抱いているのではないだろうか。
馬鹿々々しい。日本情報軍の軍人としてそんなことがあり得るはずがない。ナノマシンを頭に叩き込み、個人の感性というものを麻痺させた日本情報軍の軍人が、現地協力者に特別な感情を抱くだと? 民間軍事医療企業の技術者ならまずエラーを疑う。
だが、そのエラーが起きつつあるのかもしれない。
戦闘時感情調整を行うナノマシンは定期的なメンテナンスを受けなければならない。俺がこの世界に送られてから既に1年以上が過ぎている。ナノマシンの定期メンテナンスは半年ごと、あるいは作戦ごとに行われる。
エラーを吐き出すナノマシンを抱えて戦わなければならないというのはぞっとさせられる。今度は子供兵を撃ち殺した時、その衝撃を受け止めてくれるクッションはないのかもしれないのだ。それが心にどう影響する?
今の軍人たちはナノテクと応用心理学に甘やかされている。自分の勇気だけでは戦えない。そんな時代は過去のものとなっている。
それでも不思議とそこまでの深刻さはなかった。
今の自分ならば大丈夫だという自信があったのだ。それもまたエラーかもしれないが。それを知るのはナノマシンのみだ。
「あなたを失っても大きな損失だ。生きて帰ってきてもらわなくては」
バルトロは隠れて警備を増やすことや、会合の条件を変えることを何度も提案している。だが、今の俺たちには悠長に会合の時間をすり合わせている暇はない。
「分かっているよ。死ぬつもりはない。まだそんな時間じゃない」
俺はバルトロにそう告げると、装備を確認しに向かった。
HK416自動小銃。9インチモデル。よく整備され、何の問題もなく稼働するようにされている。いざという場合にはこれで応戦することになるだろう。
HK45T自動拳銃。サプレッサーは装備していない。これを抜かざるを得ない事態になった時点でサプレッサーは不要だ。
各種爆薬。手榴弾からスタングレネードまで。
何も問題はない。
俺は交渉を成功させ、エーデを生還させる。
その気持ちがナノマシンのエラーであろうとも。
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