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バルフ王国へのささやかな侵入

……………………


 ──バルフ王国へのささやかな侵入



 バルフ王国の国境線の警戒態勢はそれなり以上のものだった。


 衛兵たちが常にパトロールしているし、簡易ながら柵も存在する。柵の高さは3メートル程度で、不法越境者対策に作られていたものだと予想できる。


 地球でも国境に柵を作るかどうかの議論で随分と揉めた記憶があるか、あれは最終的にはAIに統率された無人機群で代替されていたはずだ。無人機の群れが国境を見張り、不法越境者にテーザー銃を浴びせる。そういうシステムが作られたはずだ。


 今のところ、世界には数多くのAIが仕事についているが、それが反乱を起こしたりする様子もなく人間の従順な奴隷であり続けてくれる。軍隊でも3D──危険、汚い、単調な仕事はAIとロボットによって行われている。国境監視もそのひとつだ。


 ロボットとAIによって統制された国境を越えるのは苦労する。ロボットのセンサーは環境適応迷彩だろうと見破るし、AIは気がそれたりはしない。


 それをどうにかするには後方のバックアップが必要になる。国境監視システムをハックし、AIとロボットのセンサーをごまかしてしまえば、後は人間の時よりも楽になる。ただ、そのハックが上手くいくがどうかが極めて賭けになるだけだ。


 今回の場合はそんなAIとロボットという悪夢の組み合わせではない。人間と物理的な柵との戦いだ。柵は乗り越えればいいし、衛兵は巡回パターンを記録して、隙を突けばいい。いざとなれば国境の衛兵数名には消えてもらうことになるだろう。


 だが、行きは静かにしなければ。目的を果たす前に騒ぎが起きて、国境を越境できなければ陽動作戦にもならない。そして、陽動作戦の失敗はティベリア藩王国での軍事作戦を困難にすることを意味する。


「時刻0230(マルニイサンマル)。予定通りだ。始めよう」


 俺たちは巡回の衛兵が離れたことを確認して動き始めた。


 山林の中にも柵は存在し、俺たちはロープでそれを突破した。鉄条網もないただの柵など乗り越えるのに何の苦労もしない。まして、ここには地雷が埋められているわけでもないのだから、ある意味ではイージーモードだ。


 問題は柵の強度ぐらいのものだ。柵は木製で、人ひとりの体重を支えられるのかどうかは謎のことだった。強度があることに期待するしかない。下手に柵が崩れてしまえば、巡回の兵士に気づかれ警報が鳴り響くことだろう。


 ひとり、またひとりと柵を越えていき、最終的に1個小隊の戦力が柵を越えた。


 今回の作戦に動員された戦力は2個小隊。1個小隊はバルフ王国側に侵入し、1個小隊は離脱のためにルンビニ公国側に残る。脱出時に派手なパーティーになったら、彼らを招待することになるだろう。


 我々の装備はもっとも過酷な状況を想定して日本情報軍のドレスコード通りだ。迷彩服5型、防弾チョッキ4型、ナノスキンスーツ、そして強化外骨格。どんな状況でも生還を期待することができるパーティーの装い。


 例外はひとりだけ。


「エーデ。敵は?」


「気配はありません。静かです」


 エーデだ。彼女だけが強化外骨格を纏わずにこの戦場にいた。


「よろしい。では、予定通りだ。作戦を継続しよう」


 我々は夜の山林を進んでいく。


 マッピングは完璧だ。事前にドローンで撮影した映像を地図にリンクさせ、俺の視野に表示させている。この夜の闇の中、道なき道を進もうとも、我々が道に迷うようなことはありえない。もしそうなったとしたら、またドローンを飛ばせばいい。


 俺の先導で部隊は進み、やがて山林が途切れて街道が見えた。


 俺は街道に匍匐前進で近づき、そこを通過するものがいないかを確認する。


「渡れ」


「渡れ、渡れ」


 1個分隊ずつ、街道を横切って次の山林に飛び込む。


「止まれ」


 3個分隊までが飛び込んだ時点で、俺は制止の声を上げた。


 馬車が近づいてきていた。ガラガラと車輪の音が俺の補正された聴覚に捉えられ、俺たちは地面に伏せたまま環境適応迷彩が自分たちの姿を周囲の風景に馴染ませていくのを感じて待った。馬車が通過し終えるのを待った。


 やがて馬車が姿を見せた。


 2頭立ての馬車で、貴族たちなどが乗る馬車ではない。物資を移送するために馬車だ。過ぎ去っていく馬車の後ろからは幌に包まれた木箱や樽が見えていた。


「敵もこんな深夜に物資の移動とは。アトス要塞は厳戒態勢だろう」


 今は深夜も深夜だ。こんな夜遅く、道を外れるかもしれない危険や、夜盗に襲われる危険を冒して物資を移動するということはアトス要塞はかなりの厳戒態勢下にあるものだと窺わされた。単なる夜襲では終わらないかもしれない。


「間もなくアトス要塞。総員警戒」


 無事に街道を渡り終えて、山林の中に飛び込んでから1時間。


 目標であるアトス要塞がその姿を見せつつあった。


 遠くからでもそのシルエットは窺える。立方体の形をした堅牢な建物だ。何度か偵察に行って目にしているが、南部やルンビニ公国にあるものとは規模が違う。


「ヤシロ。攻撃は予定通りか?」


「予定通りだ。迫撃砲弾を叩き込んだら、次に対戦車ロケット(RPG)を叩き込む。対戦車ロケットは全て使い切ってしまって構わない。ここで貴族とやり合うことは想定しいないし、敵も貴族を出してはこないだろう」


「もし、貴族が出てきたら?」


「梱包爆薬で応戦する」


 貴族たちの中でも土系統の魔術を使う人間は厄介だ。彼らは銃弾を弾く鉄の壁を展開して戦闘を繰り広げる。それを撃ち破るにはRPG-7対戦車ロケットが必要になってくる。


 だが、俺の予想ではこの夜襲騒ぎが起きても貴族が展開するとは思えなかった。貴族というのは、貴族であり、夜襲などが起きても警戒態勢を取らないことが多いとこれまでの戦闘の経験で学んだ。騎士などは別だが、我々の情報網に黒書騎士団、あるいは黒書騎士団に相当する何かがアトス要塞に入った様子はない。


 夜襲で迅速に展開するのは衛兵たちだろう。貴族が出てくる可能性もあるが、そうなったならば梱包爆薬と狙撃で片を付ける。


 貴族というものの交戦距離は最大でも800メートルだ。彼らはナノマシンによる視聴覚の補助も受けていなければ、何かしらの外部装置の補助も受けていない。人の目と耳で狙える距離には限界がある。


 それに加えて今回は夜戦だ。こちらが兵士たちに暗視装置を配布しているのに対して、向こうは松明と篝火の明かりだけが頼りという状況。それを活かせば、貴族が何かしらの魔術を行使する前に狙撃で始末できる。


「迫撃砲、撃ち方用意」


「迫撃砲、撃ち方用意」


 軽迫撃砲が準備され、狙いがアトス要塞に定められる。


「撃て」


 POMという炸裂音とともに軽迫撃砲弾が放たれた。


 それはアトス要塞の城壁に突入し、そこで炸裂した。


 迫撃砲と言うのは重迫撃砲レベルにならばなければ建物への損害というものは大してなく、爆発の威力こそあるように見えるが要塞に打撃は大して与えられていない。


 それでも突如として砲弾が降り注ぐのには敵も混乱状態に陥る。篝火が倒れ、衛兵が吹き飛び、爆発が続く。


対戦車ロケット(RPG)、撃ち方用意」


 続いて対戦車ロケット(RPG)を叩き込む。


 アトス要塞と我々の距離は500メートル程度。この距離となると対戦車ロケットの命中を期待するのは難しくなってくる。RPG-7対戦車ロケットはある種の自殺武器ともいわれており、相手に極力近づかねばならず、その上派手なバックブラストで位置がすぐにばれてしまう。敵の戦車に随伴歩兵がいれば蜂の巣。文字通りの自殺だ。


 だが、幸いにしてこちらは正確に狙いを定める必要はないし、敵歩兵からの反撃を想定しなくともいい。距離が500メートルも離れていれば、敵の遠距離武器であるクロスボウはまず届かないし、こちらはアトス要塞のどこかにロケット弾が命中してくれればいいのだ。厳密にどこかを狙う必要などない。


 そして、派手なバックブラストとともに対戦車榴弾が放たれる。


 対戦車榴弾はアトス要塞の城壁に命中し、城壁を崩壊させると、炎を吹き上げた。


 軽迫撃砲と対戦車ロケットの攻撃は続き、弾薬を使い果たすまで攻撃は行われた。


「敵が動いた」


 こちらの対戦車ロケットが吹き上げていたバックブラストに気づいたのか、衛兵たちが列を組み、こちらに向けて進み始めてきた。


「撤収準備」


「交戦しないのか?」


 俺が命じるのに指揮官のひとりが不満そうにそう告げてきた。


「ここで交戦状態に突入して、時間を取られると脱出に支障が生じる。ここは俺とエーデで足止めするから、君たちは撤収したまえ。この闇夜に隠れれば、敵は我々を発見することはできなくなるはずだ」


「了解」


 事前に指示には絶対に従うようにと告げておいたおかげか、撤収はすぐさま始まった。1個分隊ずつ戦列を離れ、暗闇の中に消えていく。


「さて、エーデ。俺と君は残業だ。ちょっとばかりあの隊列に混乱を引き起こす」


「分かりました、ヤシロ様。お任せください」


 我々は敵の隊列にちょっとばかり混乱してもらう。追っ手の足がすくんでくれればそれでいい程度の攻撃をしかけるわけだ。


「敵に魔術師は──いるな」


 鎖帷子の簡素な鎧ではなく、プレートアーマーの鎧にマントを羽織った貴族の姿は確認できた。もっとも向こうからこちらは把握できていないようだが。


 俺はG28Eマークスマン・ライフルを構えると狙いを貴族の頭に向ける。


「エーデ。合図したら銃弾をばら撒いて、敵を引っ掻き回してくれ」


「はい」


 大きく息を吐き、そっと止める。


 二脚を立てた状態で、俺はマークスマン・ライフルの引き金を引いた。


 貴族の頭が弾き飛ばされ、落馬する。


「エーデ。今だ」


 俺の合図とともにエーデが飛び出した。


 エーデは300メートルまで迫った衛兵の隊列に銃弾をばら撒く。


 いや、ばら撒いてはいない。セミオートの正確な射撃で衛兵たちの頭を的確に弾き飛ばしている。兵士の兜では7.62x51ミリNATO弾を防ぐことはできない。額から突入した銃弾は兵士たちの脳漿をお土産に突き抜けるか、頭の中でバウンドして脳を掻き乱す。


「な、何なんだ!? いったい、何だっていうんだ!?」


 衛兵たちは突如として自分たちの前に現れ、死を撒き散らす少女に恐怖した。


「そのまま、そのままだ、エーデ」


 俺はエーデに武器を向けようとする衛兵の頭を弾き飛ばしていく。


 エーデはそのまま白兵戦に突入した。衛兵の喉に銃剣を突きつけ、抉り、引き裂き、血飛沫を舞い散らせる。兵士がひとり、またひとりと死に、エーデの周囲に死体の山が積み重ねられていく。


「エーデ。撤収だ。もう十二分に敵はすくみ上った」


 今回の目的はアトス要塞の戦力を殲滅することにはない。そんなことをしていれば、あっという間にいたるところの警戒態勢が跳ね上がり、陽動のつもりが、本格的戦闘に引き摺り込まれてしまう。


 敵にある程度の打撃を与えたら、速やかに撤収する。これで敵の注意がバルフ王国に向きさえすればそれでいいのだ。


 俺はエーデを追撃しようする衛兵たちを射殺し、エーデのために道を作る。


「ヤシロ様」


「ああ。引き上げよう」


 エーデが戻ってくるのに、俺は立ち上がって山林の中を駆け抜けた。


 俺は強化外骨格の人工筋肉で、エーデは己の力で道なき道を進む。


 追跡者の気配はない。衛兵たちが軍用犬でも使っていれば話は違っただろうが、相手が軍用犬を使う気配はない。使ったとしても軍用犬対策の装備は持ち込んでいる。犬の嗅覚を潰す特殊な薬剤は準備済みだ。


 俺たちはひたすらに走り続け、国境の離脱地点を目指した。


 一応ドローンを飛ばして追跡者がいないか赤外線センサーで確認したが、俺たちの周囲にいるのは野生動物程度であった。敵は俺たちを追跡できていない。


 これで作戦は成功だ。


 敵は俺たちがどこに消えたのか分からなくなる。最悪を想定するならば、抵抗運動レジスタンスがバルフ王国に侵入し活動を開始したと考えるはずだ。


 そうなればバルフ王国は存在しない抵抗運動を探して大忙しになるだろう。精霊帝国の注意は完全にバルフ王国に向けられるはずだ。我々が真の目的にしているところのティベリア藩王国ではなく。


 もっともこれが楽観的な見通しであることは否定できない。もっと継続的に攻撃を仕掛けなければ、バルフ王国はこれをただの越境攻撃と見做す可能性もあった。そうなった場合は我々はティベリア藩王国での軍事作戦に支障を生じさせるだろう。


 それでもこれ以外に方法はない。バルフ王国の住民は未だ完全に貴族に支配されており、抵抗運動の兆しというのは見いだせない。そこでゲリラ戦を繰り広げるのには無理がある。我々のような不審な人間がいれば貴族に通報されるだろう。


 故に今はこのようなささやかな越境攻撃に留まる。それが越境攻撃以上の衝撃を敵に与えてくれることを期待して。


「上手くいきましたね、ヤシロ様」


「ああ。それなりには上手くいったよ、エーデ」


 我々は離脱地点で先に脱出していた1個小隊と合流すると、静かに国境から去った。


 バルフ王国内のその後の小規模の偵察ではアトス要塞を初めとする軍事施設の大幅な兵力の増強と、貴族の出現が確認された。


 敵の注意が完全にバルフ王国に向いたかは不明であるが、少なくともバルフ王国の戦力はバルフ王国に留まるだろう。


 これでようやく次の行動に移ることが出来る。


 すなわち、ティベリア藩王国への攻撃へ。


……………………

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