表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

97/148

越境攻撃します

……………………


 ──越境攻撃します



 南部とルンビニ公国の奪還は完了した。


 どちらも貴族たちは屋敷に閉じこもって活動しなくなり、抵抗運動は都市を制圧して、堂々と武器の運搬や兵士の招集を行っていた。


 かかった時間は3週間。


 これは我々の軍事行動が迅速であったこともあるが、それ以上に精霊帝国が民衆に無駄な恐怖を植え付けたことにもよる。


 黒書騎士団は都市を焼き払い、農村を焼き払った。


 だが、民は皆殺しにはされなかった。労働力である下層民の一部は生かされ、精霊帝国のための労働に従事することを強いられた。彼らは友人を親類を殺されており、精霊帝国に対する恐怖もあろうが、怒りも大きかった。


 そこで代官であったローベルトが死亡する。


 民衆たちはそれで抵抗運動レジスンタスがまた決起したことを知った。自分たちを救ってくれる抵抗運動が再び立ち上がり、民衆たちを解放しようとしていることを知った。それはペネロペのプロパガンダの通りに進んだことだった。


 抵抗運動には兵士たちが殺到し、俺たちは彼らを訓練し、武装させ、抵抗運動の炎を一気に広めた。今や民衆は力を持ったことで恐怖よりも、怒りの方が勝っている。そして、それは戦意へと直結していた。


 もちろん、怒りがただの戦意高揚剤となるわけではない。


 抵抗運動の兵士たちの怒りは時に軍隊として規律を外れた行動を促した。貴族に対する過度な暴力や、無抵抗な衛兵たちの処刑、その家族への見せしめ。戦場でよく見かける野蛮な行為のほとんどは既に行われていた。


 だが、いいではないか。


 これこそが戦争というものだ。人が獣に戻り、生き延びるために必死に戦い、そして獲物には容赦なく牙を突き立てる。獣に理性などなく、怒れる兵士に理性などなく、己の求めるがままに動く。殺し、犯し、また殺す。その愉快なサイクル。


 だが、純粋な獣というのは遊びで他の生き物を殺したりしないという話もある。しかし、知性ある獣は遊びのために獲物をいたぶる。それが子孫に狩りのやり方を教えているのか、それとも純粋に遊んでいるだけなのかを動物学者ではない俺は知らないが。


 少なくとも人間という獣ほど、怒りに任せた残虐行為に手を汚し、何十万、何百万と殺す獣は存在しないだろう。人間は同族殺しへの嫌悪感を抱きつつも、たがが外れれば、立派な虐殺者になってくれるのだ。


 民兵。つまり、軍閥の兵士たちはことにその傾向が強い。彼らの交戦規定は曖昧で、異民族ならば殺せ。異教徒ならば殺せ。思想が違うならば殺せ。そういう皆殺しの交戦規定で動いていることが大半だ。捕虜は取ることもあるが、それは取引材料としての捕虜で、人道的見地からの捕虜ではない。


 死体の山がいくつも積み積み重ねられ、それが石灰を被せられるか、油を撒いて焼却される。それが俺の知っている戦争だ。


 日本情報軍のお歴々が、日本情報軍の軍人に求める戦争はもちろんそういうものではない。日本情報軍の戦争はもっと陰湿だ。


 崩壊してほしい軍閥の指導者を狙ってピンポイントで暗殺する。これからも戦渦を広めてほしい軍閥に資金援助と軍事援助を行って虐殺を拡大させる。各国の政治家や軍人たちの通信を盗聴し、プライベートを盗撮し、それをネタに脅迫する。


 日本情報軍はその手では死体の山を作らない。我々は死体の山を作らせるのだ。軍閥やテロリストたちの手を借りて、彼らに死体の山を作らせるのだ。


 それ以上に陰湿な戦争などあるだろうか。


「ルンビニ公国は支配下に置けた」


 ルンビニ公国は暴走した抵抗運動のために若干の混乱状態にあるが、ルンビニ公国は今や我々の支配下だ。表向きの戦局は拮抗しているように見せかけているが、貴族たちはもう攻撃的な行動を取らず、完全な守勢に入った。


「では、いよいよか」


「いよいよだ。これよりバルフ王国への越境攻撃を仕掛け、敵の注意をバルフ王国に対して向けさせる。だが、これはあくまで陽動だ」


 マルコムが告げるのに、俺はそう告げて返した。


「自由エトルリア同盟の本隊は既にティベリア藩王国に向けて進んでいる。作戦の実行はルンビニ革命議会だけで行うことになる。その点で何か問題は?」


「ない。兵士たちの士気はこれまでで最高だ。誰もが殺された家族・友人の復讐を望んでいる。間違ってバルフ王国にそのまま攻め込まないようにしなければな」


 俺の問いにマルコムが笑いながらそう返す。


 彼は冗談を言っているつもりなのだろうが、それが冗談で終わらない可能性もあるのだ。ルンビニ革命議会の兵士たちは精霊帝国への憎悪に満ちており、敵を追撃できるならばどこまでも追撃していってしまうだろう。


 今はバルフ王国への本格侵攻は行わない。行うのはあくまでティベリア藩王国への軍事作戦のための陽動だ。その点を兵士たちには重々理解してもらわなければ。


 現場が先走って、なし崩しに戦争になるということは全くないわけではない。ことに通信機器の取り扱いが不十分なルンビニ革命議会の兵士たちにとって、この戦闘は自制心との戦闘になるだろう。


 敵を恨んでいようとも、敵が自分たちの家族を殺した相手であろうとも、指揮官が撤退を命じれば、必ず撤退しなければならない。ルンビニ革命議会の規模も大きくなり、使い捨てにできるような戦力ではなくなっているのだ。


「これは陽動だ。その点を兵士たちにきちんと理解させてくれ。我々は敵の抵抗が激しい地点まで前進し、そこから撤退する。全ては兵士たちの連携が必要とされることだ。ここで兵士たちが先走ったり、撤退の際に上手く連携できなければ──」


 俺はそう告げてマルコムを見つめる。


「ルンビニ革命議会は消滅する可能性もある」


 俺の言葉にマルコムが息を呑んだ。


「肝に銘じておく」


「ああ。そうしてくれたまえ。それから兵士たちに通信機器の使い方を習熟するように促してくれるとありがたい。今はカラシニコフの使える兵士よりも、無線機が取り扱える人間の方が貴重だ。育成に努めてくれ」


「分かった。作戦開始日時は?」


 俺の言葉にマルコムが尋ね返す。


「作戦開始は1週間後だ。目標はアトス要塞。バルフ王国の守りの要のひとつだ」


 俺はそう告げて地図の上にあるバルフ王国アトス要塞を指さした。


……………………


……………………


 いよいよ作戦決行の日が訪れた。


 兵士たちの士気は上々。いや、少しばかり高すぎるぐらいだ。


 これから我々の行うことを彼らはきちんと理解できているのだろうか?


「諸君。作戦を開始する。目標はアトス要塞。この要塞を攻撃し、バルフ王国に揺さぶりをかけるのが我々の仕事だ。だが、決して忘れないように。これはバルフ王国へ敵の注意を向かせ、ティベリア藩王国での作戦を成功させるために行われるものだ」


 俺は集まったルンビニ革命議会の兵士たちにそう告げる。


「我々がアトス要塞を陥落させても、撤退するんですか?」


「その通りだ。それにアトス要塞が落とせるとは思っていない。アトス要塞は極めて強固な要塞で、落とすのには重装備が必要となる。今回の作戦は機動力を重視しており、そのような重装備を運用することはできない」


 アトス要塞は強固な要塞の上に抜け穴もない。


 これを真正面から陥落させるにはそれなり以上の重装備が必要になる。そして、今回は撤退という繊細な作戦を行うためにそのような重装備は持ち込まない。


「バルフ王国で勝利することはできないですか?」


 まだ若い──15、16歳ほどの兵士がそう尋ねた。


「現状ではそれは求められていないし、不可能だ。バルフ王国はティベリア藩王国より広大で、精霊帝国が根強く支配している。精霊帝国の貴族たちは民衆と自分たちの環境を把握しており、奇襲の効果は見込めない」


 そうなのだ。バルフ王国における精霊帝国の支配はティベリア藩王国より長く、そして確たるものになっている。


 バルフ王国にはペネロペの発行する機関誌“自由の声”も届いていない。全て国境線で排除されているのだ。それだけ精霊帝国の支配は行き届いており、ちょっとやそっとの暴動程度ではバルフ王国を精霊帝国の手から奪取することはできないわけだ。


 そして、何よりバルフ王国はティベリア藩王国より広大だ。一気に手中に収めるには広大すぎる。じわりじわりと切り崩していかなければならない。


 迅速に北部に戦力を展開し、精霊帝国側に主導権を握らせないとする我々にとって、それは望ましい展開ではなかった。


 よって、バルフ王国は落とせない。少なくとも今の段階では。


「だが、将来的にはバルフ王国を落とすことになるだろう。それまでは諸君に頑張ってもらわなければならない。バルフ王国を落とし、精霊帝国本土を落とさなければ、我々が安寧に暮らせる日はやってこないのだ」


 精霊帝国がこの地上から消滅しない限り、抵抗運動の兵士と家族に平穏はない。精霊帝国は存続している限り、抵抗運動を潰そうとするだろう。北部から兵力を掻き集め、貴族を掻き集め、南部における反乱を鎮圧しようとするだろう。


 ならば、北部を、精霊帝国本土を叩き切らねば。そうしない限りこの内戦に終わりはない。そうしない限りルンビニ公国の真の独立はあり得ない。


 もっとも、戦争が終わったからと言って、本当に安寧の日々が訪れるかどうかは疑問なところだ。この精霊帝国との戦争が終われば、やはり軍閥同士の内戦が待ち構えているのではないだろうか。


 今でこそ、自由エトルリア同盟もルンビニ革命議会も同盟を結んでいるが、その共通の敵である精霊帝国が倒れた時どうなるのか。


 南部とルンビニ公国の国境線は精霊帝国の貴族が引いたものだ。民衆たちが心から納得しているとは思えない。彼らは国境線が不適切だとして書き直しを要求するかもしれない。そうなれば領土の取り合いで内戦勃発だ。


 不幸にして自由エトルリア同盟の軍事部門の指導者であるバルトロも、ルンビニ革命議会のマルコムも民族主義者たちだ。彼らはそう簡単に“先祖代々の土地”を渡そうとしはしないだろう。異民族だからという理由で虐殺が行われる可能性はあり得る。


 だが、俺はそのような事情など知ったことではない。


 仕事が終わればこの世界とはさよならだ。俺は地球に帰らせてもらう。この世界がどのような混乱に落ちようと、俺は知ったことではない。これまで見捨ててきた多くの国家がそうであるように、またひとつ見捨てる国が出来るだけの話だ。


 軍閥とはそういう風に扱うのが適切なのだ。彼らが民衆の真の解放者になることなどあり得ないし、彼らが平穏をもたらすこともあり得ない。軍閥は所詮はただの武装勢力なのだ。武装勢力は争うことで権威を得る。つまり軍閥が勢いを持ち続けるには争い続けなければならないのだ。


 この世界に平穏が訪れるとすれば、軍閥が軍閥であることをやめ、武装闘争から政治闘争にシフトしたときのことだろう。


 それが何年先のことになるのかとんと見当もつかない。


「では、諸君。改めて告げるがこれは繊細な作戦になる。各指揮官の判断に、そしてマルコムと俺の判断に適切に従ってくれ。そうでなければ、我々は精霊帝国に敗北し、精霊帝国は我々の躯を眺めて笑うことだろう」


 俺の言葉に兵士たちが頷く。



「では、諸君。作戦開始だ」



……………………

面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ