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そして、神は笑う

……………………


 ──そして、神は笑う



「あーはっはっは! 最高だ! 最高だね!」


 この世界の神の座す空間にて女神ウラナは大笑いしていた。


 その体は一糸まとわぬ全裸で、流れるようにくせ毛の髪が体を這っている。


 神とは絶対の存在だ。他に比較するべきものなど存在しないし、神の常識こそ、世界の常識だ。故に彼女が全裸であったとしてもそれを咎めるものなど存在しない。上位者の奇行にいちいち文句をつけていたらきりがない。


「精霊帝国は危機的な様子ですね」


「その通り。あの忌々しい精霊帝国も今や崩壊寸前。流石は私だ。この場に必要な人物を的確に選び出して派遣するとは。私のような偉大な神を持てて、あの世界の住民はさぞ幸福に違いないだろう」


 天使のひとりがそう告げるのに女神ウラナはけらけらと笑いながらそう返した。


「ですが、向こうの神には借りを作るようなことになってしまいました」


「借り? 借りなんてないさ。私たちはちゃんと向こうの神に魂を提供している。これは対等な取引だ。借りなどどこにもないよ」


 八代が彼の世界の神から武器弾薬などの物資を提供してもらっているのは取引によるものだ。彼は無償で武器弾薬を仕入れているわけではなく、その対価はしっかりと向こうの神に手渡されている。魂という対価が。


「それでも私も南部とルンビニ公国から撤退すると聞いたときにはびっくりしたよ。これまで獲得してきたものを台無しにしてしまうんだからね。だが、やっぱりあの男はついているね。それが黒書騎士団に打撃を与えることに繋がった」


 女神ウラナは地上での戦いを俯瞰している。


 偵察衛星のように、戦略級のドローンのように、神の視線で地上を見下ろしている。そこからみられる景色は無機質で、臭いのしないものだ。


 カラシニコフの吐き出す硝煙の臭いも、地面に染みていく血の生臭さも、汚物をぶちまけた兵士の不快な臭いも、何もかも女神ウラナは感じることはない。女神ウラナはただただ地上の様子をのんびりとゲームでもしているかのように見下ろすだけだ。


 実際にそれはゲームなのだろう。


 自分の送り込んだ勇者が大暴れして、忌々しい人類の進歩を止めた精霊帝国を打ち破っていく。戦略シミュレーションゲームのように、陣地を奪って、奪い返され、ユニットが前進していく様子を眺めるのはゲームそのものだ。


 彼女はゲームのように実際の戦争を楽しんでいた。


「このまま上手く進むでしょうか?」


「進むんじゃない? 聖女がまだ聖剣を手にしてないのが気になるところだけど、私が任せた男ならそんなものがなくたって、やってのけるでしょう」


 聖女に与えるべき聖剣が、まだ聖女の手にないのは懸念材料だった。


 エーデは聖剣の聖女だ。今はM14自動小銃を聖剣の代わりとして使っているが、彼女が使うべきは女神ウラナが与えた“万物破壊の聖剣”だ。それがなければ、エーデは聖女としての本領を発揮できない。


「聖女エーデも素晴らしい力を示していることですしね」


「あれを作るのには苦労したよ。人間が壊れないように慎重に力を注いで、まさに奇跡だね。二度と同じことはやれないんじゃないかな」


 女神ウラナは地上に干渉することを制限されている。彼女の力はあまりにも巨大すぎ、下手に人間に力を与えようというならば、その人間が廃人になってしまう可能性もあったのだ。エーデの例は最初で最後の成功と言っていいだろう。


「さて、次はルンビニ公国の解放だっけ? もうルンビニ公国でも随分と作戦は進んでいるようだけど。このままなら1週間程度で戦局は元通りだね」


 女神ウラナはそう告げながら地上を見下ろす。


 地上では代官であったローベルト・フォン・リッベントロップが死んだことに喜びの声を上げ、我も我もと抵抗運動レジスタンスに参加しようという様子が映し出されている。それからカラシニコフで武装した民衆に血祭りに上げられている貴族の姿も。


「順調、順調。我らが勇者もやってくれるじゃない」


 その様子に女神ウラナはにやりと笑ってパチパチと拍手を送る。


「しかし、いきなり精霊帝国が倒れては地上に混乱が生じませんか?」


「混乱? いいじゃない、混乱。退屈な秩序より、エキサイティングな混乱だぜ、ベイビー。世の中は常に混乱していなければならない。発展というものは常に混乱から脱出するために生まれるものだ。そして、その発展がさらなる混乱を呼ぶ」


 天使が告げるのに、女神ウラナは歌うようにそう告げる。


「世界を混乱に突き落として、彼らが這い上がる様を眺めようじゃあないか。混乱からのし上がるためならば人間はどんな手だって使う。銃、航空機、核爆弾。なんでもありさ。そして、そうなるのがこの世界のためでもある」


 アティカは以前、女神ウラナのことを破壊神同様の存在だと語っていたが、彼女の言葉に間違いはなかったようだ。世界を混乱によって発展させようとするさまは、世界で何万と言う人間たちが犠牲になろうが構わないさまは破壊神そのものだ。


「発展には犠牲がつきものと言いますからね」


「その通りだとも。発展のために犠牲になってもらおう。恐らく彼自身が理解していると思うけれど、精霊帝国が倒れれば内戦の始まりだ。世界の混乱は精霊帝国を倒すだけで終わるはずがない。人間同士での殺し合いは、それが最後のひとりになるまで続くのさ」


 女神ウラナはそう告げて指をパチリと鳴らす。


「まあ、流石の私も世界にひとりしか人間がいなくなったらリセットするけどね。全て破壊して一からやり直し。そうしないのはひとえに──」


 地上を映し出す画像がズームされ、帝都シオンが映し出された。


 帝都シオンの宮殿。モレク・アイン・ティファレトの居城。


「君がいるからだよ、モレク。ま、せいぜいあがいてみるといいさ」


 女神ウラナはそう告げて悪魔のような笑みを浮かべた。


……………………


……………………


 南部とルンビニ公国が再び精霊帝国のコントロールから外れたことはただちにモレクの知ることとなった。


「誠に申し訳ありません、陛下。黒書騎士団がその役目を果たせぬなど。これは精霊公の地位を辞し、己の命で償わなければならない失態です」


 そう告げるのは黒書騎士団団長であるヴィクトリア・フォン・リンドルフであった。


「失態という点では私も同じくです、陛下。どうぞ厳罰に」


 そして、テオドシウス・フォン・ホルシュタインも震える手を押さえて頭を下げていた。黒書騎士団が打撃を受けたのは彼の領地である東部山岳地帯なのだ。


「よい。ふたりとも面を上げよ」


 そんなふたりにモレクは優し気に声をかける。


「そなたたちの失態ではない。余の読みが甘かったのだ。反乱勢力を侮っていた。これはただの反乱ではない。精霊帝国の存続を揺るがす反乱だ。黒書騎士団だけに仕事を任せた余の判断ミスだと言わざるを得ない」


 モレクはそう告げて肩を落とした。


「副団長のエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンは生き残ったのであったな?」


「はっ。その通りです、陛下。あの者も自分の失態を死で償うと申しております」


「ならぬ。そのような無駄な死を余は許さぬ。失態を贖いたいのであれば、これからも余のために、そして精霊帝国のために戦うのだ」


 ヴィクトリアがそう告げるのに、モレクは首を横に振った。


「そなたたちものだ。軽々しく死ぬなどというのではない。そなたたちは私の可愛い子らであるのだ。そなたたちの死は私の両手を引き裂くようなものだ」


「申し訳ありません、陛下。思慮に欠けておりました」


 モレクの言葉にテオドシウスが頷く。


「一時的にではあるが、南部とルンビニ公国を手放さなければならぬだろう。だが、ティベリア藩王国とバルフ王国が落ちることがあっては絶対にならぬ。守りを固め、敵を迎え撃つのだ。よいな?」


 モレクはそう告げて、ヴィクトリアとテオドシウスを見る。


「畏まりました、陛下」


「陛下のお心のままに」


 モレクはふたりが了解したのを確認すると、僅かによろめいた。


「陛下!」


「大丈夫だ、ヴィクトリア。我々は敗北はせぬ。余は“今度こそ”は勝利するのだ。精霊帝国は永遠に続き、可愛い我が子たちは繁栄を続ける。それは決して揺らがない。揺らいではならないのだ」


 ヴィクトリアが駆け寄ろうとするのをモレクが制止する。


「では、余はここで下がらせてもらう」


 モレクはそう告げて精霊公の間から去った。


「陛下はああおっしゃっていらっしゃたが、内心は激怒されているのでは?」


「それはない。モレク陛下はお優しい方なのだ。どこまでもお優しい……」


 テオドシウスが尋ねるのに、ヴィクトリアがそう呟くように告げる。


「そういえば、貴公はさして爵位の高い生まれではなかったな」


「ああ。モレク陛下に魔術の才能を見初められ、黒書騎士団への入団と精霊公の地位を与えられた。あの方は私の恩人だ」


 ヴィクトリアの生まれは地方の男爵で、そこまで豊かでも、歴史があるわけでもない家系だった。だが、彼女には血筋によらない魔術の力があった。それさえ証明することができれば、名家の仲間入りをすることができた。


 精霊帝国はその点では柔軟な国家だ。モレクはヴィクトリアの才能を認め、彼女を黒書騎士団へ入団させ、そこで戦果を挙げると、彼女を精霊公という精霊帝国でモレクに次ぐ地位に付けた。彼女はただの男爵家の生まれだったというのに。


「モレク陛下のご期待には必ず沿わねばならぬ。貴公もそれは理解しているな」


「当然だ。私の領地──ティベリア藩王国も警戒態勢を高めている。反乱勢力が入り込むことは阻止できるだろう」


「甘く考えるな。モレク陛下があそこまでおっしゃられた脅威だ。それに反乱勢力は既にゲルティとユーディトを殺し、黒書騎士団にまで打撃を与えている。これは本当にただの反乱などではないぞ」


 テオドシウスが告げるのに、ヴィクトリアがそう強く告げて返した。


「分かっているよ。万全の体制を整える」


「それから貴公にはあまりよからぬ噂が聞こえているぞ。下層民と取引をしていると」


 ヴィクトリアがそう告げるのにテオドシウスが渋い表情を浮かべた。


「噂はただの噂だ。事実ではない。そのような疑いをもたれるのは心外だ」


「ふん。今は非常時だ。そのようなことの追及をしている暇もない。だが、テオドシウスよ。モレク陛下を落胆させるな」


 テオドシウスの言葉にヴィクトリアがそう言い含める。


「では、精霊帝国のために」


「精霊帝国のために」


 ヴィクトリアとテオドシウスはそう告げ合って別れた。


 ヴィクトリアはバルフ王国へ、テオドシウスはティベリア藩王国へ。


 それぞれの戦いが始まろうとしている。


……………………

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