奪還完了
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──奪還完了
代官ローベルト・フォン・リッベントロップの死はペネロペの機関紙“自由の声”で大々的に報じられた。相変わらずペネロペはプロパガンダの達人で、その戦果は5割増しにされ、南部とルンビニ公国中の人々がその知らせを受け取ることになった。
「効果はあっただろうか?」
襲撃に参加していたバルトロが不安そうにそう尋ねる。
軍閥の指導者たるものこういうときに不安な態度を見せるのは止めてほしいものだ。指揮官の不安は部下に影響する。特に軍閥と言うある種の政府機関の長であるバルトロの不安の影響は大きいだろう。
「間違いなくあったね!」
そう元気よく告げるのはペネロペだ。
「反響は抜群! 皆が信じているよ。雌伏の時は終わった。これからは自分たちがやり返す機会だってね。既に確認されているだけで46件の貴族に対する攻撃が行われている。そのうち12件は成功した。私たちが残したあの旧式銃で貴族の頭を撃ち抜いたんだ」
46件中12件。つまり他の34件の襲撃は失敗に終わったわけだ。
「では、ただちに軍を拡大しよう。これ以上、無謀な戦いに挑んで死ぬ人間がでないように、我々が装備を与え、訓練し、彼らに意義のある戦いをしてもらおう」
英雄になるのは結構。無謀な戦いに赴いて英雄になりたければご自由に。
だが、我々は英雄などと言うものを一切評価しない。英雄などペネロペの三面記事に使える程度の役割しかない。そんなものは無駄死にだし、戦略的に何の影響も及ぼさないただの統計上のひとつの死に過ぎない。
「どれほどの人間が集まるだろうか?」
「たっくさんだよ、バルトロさん! 戦いたがっている人たちは大勢いる。家族や隣人を黒書騎士団に焼き殺された人たちは報復を求めていた。そして私たちがこうして帰ってきて、まず代官を血祭に上げた。これから大勢が志願するよ」
この世界の住民は単純だし、この世界の戦争は単純だ。
俺のいた日本では軍に志願する人間は稀なものになりつつあった。軍と言う集団生活が厳しく、さほど高給でもなく、それでいて死の危険があるというのに誰が志願しようというのだろうか。あの日本国では愛国心は既に枯れた感情だ。
その点、この世界の住民は純粋なほどに大義に殉ずることを恐れていない。彼らには今しかなく、彼らには後がないのだ。その点、国防を他人任せにしてきた日本国民とは大きく異なる。彼らは立派であり、彼らは愚かだ。
そして、戦争についても教えることはシンプルだった。
カラシニコフの扱い方などすぐに習得できる。短期間の訓練を受けた徴集兵のための銃はこの世界でも取り扱いやすい武器として扱われていた。PKM汎用機関銃もRPG-7対戦車ロケットもそれなりの訓練を施せば実戦に投入できる。
そうやって大量生産された兵士を戦場に送り込む。せめて、彼らは敵に向けて引き金を引くことを躊躇わないようにオペラント条件付けを施して。
「あっという間に4000名か」
南部とルンビニ公国を脱出したときには考えられなったほどの戦力が、我々の下に集まっていた。無論、彼ら全てを戦闘要員として扱うわけにかいかない。彼ら全ての食料や住居を用意しようとしたら、途方もない苦労を背負うことになる。
なので、一部の戦闘要員を志願したものたちは普段通り村落で働いて食料の生産に携わってもらい、いざという時は戦闘要員として使用できるようにしておいた。
これでバルトロの不安は解消されただろう。
「我々は南部とルンビニ公国を奪還しつつある」
俺は定例の会合でそう告げる。
「兵士たちは集まってきている。民衆は思ったより我々に不信感を抱いていない。我々への不信感以上に黒書騎士団への恨みが大きかったようだ」
我々は南部とルンビニ公国を見捨てて、一度東部山岳地帯に離脱した。そのことで自分たちを見捨てたという不信感を持たれることが数ある懸念の中でももっとも大きなものだった。我々ゲリラは民衆の協力なくしては存続し得ない。民衆の支持のないゲリラ戦など継続のしようがない。
我々は民衆に紛れ、民衆からの支援を受けて、戦っていかなければならない。民衆の支持がないゲリラ作戦などナチス・ドイツのヴェアヴォルフ作戦と同じことだ。なんの戦果も挙げられないまま、敗北するだけ。
我々はそうなるつもりはない。
ベトナム戦争やイラク戦争のように強固に、粘り強く精霊帝国を相手に武装闘争を続けるつもりだ。精霊帝国の体制が崩壊するまで。
そのためには民衆の支持は必須である。
「民衆は我々を支持してくれている。脱走奴隷のネットワークが生きていたが、彼らは再びこの地で抵抗運動が再起すると信じていた。我々はその求めに応じなければならないだろう。そうしなければ本当に民衆の支持を失う」
俺の言葉にトゥーリオがそう告げて返す。
「そうだ。行動しなければならない。民衆たちは我々が立ち上がることを期待している。我々が精霊帝国を打ち倒すことを期待している。そのことに応えなければ」
数日前までは不安を隠せずにいたバルトロも今の強力な兵員を抱えた状況においては強気だ。バルトロは4000名という戦力を手にしているのだ。使わなければもったいない。
「よろしい。では、行動しよう。我々が行うべきは純粋な精霊帝国に対する攻撃だ。精霊帝国の軍隊を攻撃し、精霊帝国の貴族を攻撃し、そうやって精霊帝国の体制に打撃を与えて行こう。まずは南部において、次にルンビニ公国において攻撃を繰り返そう」
4000名のうち戦闘態勢にあるのは半分の2000名だが、それでも十分すぎるほどの戦力だ。南部各地で破壊活動を繰り広げるには十分だろう。
「南部の解放はどれほどで終わるのだ?」
そう尋ねるのはルンビニ革命議会のマルコムだ。
彼にとっては救うべきはルンビニ公国の民衆だ。南部の人間ではない。南部からの解放という点に彼が不満を覚えるのも当然というところだろう。
「1、2週間で作戦は完了する。主だった貴族を暗殺し、兵士たちに打撃を与えるのはそれぐらいで完了するだろう。後は生かさず殺さずの曖昧な戦況を演出して、精霊帝国の本格的な介入を避けるだけだ。彼らが黒書騎士団に打撃を受けている以上、そう簡単に鎮圧に乗り出せないのは分かっている」
東部山岳地帯での戦闘は無駄では終わらなかった。
東部山岳地帯をいう我々にとって都合のいい環境に黒書騎士団を引き摺り出せたのは、実に幸運だった。東部山岳地帯で我々が守らねばならないものは少なく、我々が攻撃によって主導権を握れる場所だった。
そして、黒書騎士団は大打撃と言っていいほどの打撃を受けた。副団長のエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンは取り逃したが、黒書騎士団の騎士たちには確実な打撃を与えれた。その証拠に彼らは代官に任命されたばかりのローベルトが死んでも行動を起こさない。
「これからも団結して精霊帝国に打撃を与えよう。我々は団結しなくてはならない。我々が個別に戦って勝利できるほど精霊帝国は単純な体制ではない」
ここでまたルンビニ公国がどうのだとか、青妖精族との協力がどうのという話に行くのは望ましくない。
我々は未だに立場的には精霊帝国に劣っている。いくら貴族を暗殺しようとも、物理的な支配地域を広げれば、手痛い逆襲に遭うような状況では。
「いつになれば、俺たちは堂々とできるんだ?」
少しばかり苛立った様子でレオナルドがそう尋ねる。
彼の密輸網は焼かれた都市においても生きていた。都市は焼かれたが、全滅したわけではなかったのだ。だが、彼のビジネスが後退したことは間違いなかった。そのことに彼が苛立っているのは前々から感じていた。
彼は取り戻したいのだろう。かつての権益を。自分がこの抵抗運動の幹部として君臨できるだけの権益を。それがなければ彼はこの政治闘争において敗れると見ている。
一見して同じ民族主義者であるバルトロとの関係は良好に見えるが、彼らは政治思想が一致しているからこそ、政治的な対立を抱えている。
どちらが南部の民族の守護者に相応しいのか。いわば、同じポストを狙った権力争いだ。バルトロは確実に軍事部門を拡大しつつあるが、レオナルドの経済部門は一時的にとは言え打撃を受けた。これからバルトロが勢力を拡大し、その南部民族主義の代表者となれば、レオナルドは静かにそれに従う立場になるだろう。
気位の高い彼がそんなことを受け入れるとは思えず、この権力闘争は引き続き続いていくものだと思われている。
俺はと言えば、いざとなればバルトロの軍事部門にクーデターを起こさせ、レオナルドを支配者の座から引きずり下ろすつもりでいる。身内で殺し合いが始まるのは戦争が終わってからで結構。戦争が終わってからならどれだけ争ってもらっても気にしない。だが、戦争が終わるまでは分裂は許されない。
レオナルドを引き摺り下ろすと、彼の後継者が問題になるが、彼のような策略家が自分が不在の時に組織を取り仕切る人間を用意していないとは考えられない。我々はその人物に後を継がせ、くだらない政治闘争を終わりにする。
もちろん、これは非常事態の際の計画だ。
今は地下で政治闘争が行われているのみ。それが表に出てくる様子はない。それが表に噴出し、組織の体制に影響を及ぼすのであればクーデターだ。
クーデターが成功するにせよ、そうでないにしろ、クーデターの影響は深刻なものになるだろう。ペネロペたちは我々を警戒するようになり、組織の結束は崩れる。それは我々にとって望ましいものではない。
「安心したまえよ。次の攻撃目標であるティベリア藩王国が落ちれば、我々は本格的に精霊帝国の排除を始める。ティベリア藩王国まで落ちれば、いよいよ精霊帝国の展開できる戦力と地域に影響が出始める。我々が大胆に行動をすることを許すほどに」
ティベリア藩王国が陥落すれば残るはバルフ王国と精霊帝国本土だけになる。我々が攻撃を継続するならば敵はバルフ王国と精霊帝国本土の防衛に戦力を割かねばならなくなる。そうなってしまえば南部からもルンビニ公国からも精霊帝国の貴族たちを蹴り出しても大丈夫だ。そこまで進みさえするならば。
「ということは、敵もティベリア藩王国の防衛にそれなりの戦力を割くだろうというわけだね。文字通り後がないわけだから」
「その通りだ」
ペネロペの指摘に俺が頷いて返した。
ティベリア藩王国の陥落か否かで、精霊帝国の存続がかかっていることは敵も理解しているはずだ。敵がよほどの間抜けではない限り。
ならば、敵もティベリア藩王国の防衛に全力を挙げてくることを想像するのは容易い。だが、こういう時に真正面から敵と戦うのはゲリラにとって愚策だ。
「よって陽動を仕掛ける。バルフ王国に対する攻撃を行うように偽装する。バルフ王国とルンビニ公国の国境で騒ぎを起こし、敵の目をそちらに向けさせる」
幸いにしてバルフ王国とルンビニ公国は繋がっている。ルンビニ公国を奪還すれば、偽装攻撃は仕掛けられるだろう。それによって敵の注意がバルフ王国に向かってくれれば幸いだ。敵はこちらの意図が分からなくなり、こちらはコマを進められる。
「まずは南部を奪還することからだ。南部から精霊帝国の主だった指導者を排除しよう。それからは戦線が膠着しているように見せかけるのみだ」
俺の言葉に列席者たちが頷く。
この日から精霊帝国に対するテロが盛んになり、貴族たちが次々に命を落としていった。街道を進めばIEDの攻撃を受け、屋敷に立て籠もれば夜襲を受け、ゲリラの討伐に向かえば返り討ちに遭った。
他の貴族たちは祖国の栄誉よりも自分の身の安全の方が大事らしく、なるべくゲリラを刺激しないように行動し始めた。
南部奪還は予定通り2週間以内にはなされ、我々は戦況をかつての状況に戻したのだ。
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