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たっぷりの銃弾、たっぷりの爆薬

……………………


 ──たっぷりの銃弾、たっぷりの爆薬



 我々が偵察活動に向かってから6日目。


 代官ローベルトを乗せた馬車がヴェルナ要塞に到達した。


 ローベルトは馬車に乗ったまま要塞の中に入ったが、その馬車から降りる様子は上空を旋回しているドローンによって的確に把握されていた。間違いなく、ローベルト自身がこのヴェルナ要塞にやってきたのだ。


 我々はドローンと深夜の偵察活動で要塞の穴を見つけた。


 要塞の地下下水道を通じて中に入れるということだ。


 地下下水道には鉄格子が嵌められているが、溶断機を使えば、これぐらいの鉄格子は問題なく破壊できる。早速溶断機で鉄格子を切断し、中に入ってみたが、異臭はするものの、完全に内部に通じていることが分かった。


 これは使える。これを使って内部にちょっとばかり細工をしよう。


「ヤシロ。偵察の方はどうだった?」


 俺たちが出発し、ヴェルナ要塞に到着してから2日後にバルトロたちが本隊を連れてやってきた。数は3個小隊。選りすぐりの精鋭らしい。


「地下下水道から侵入できる可能性が高い。地下から仕掛けよう」


「分かった。ところで言うのが遅くなってすまないのだが……」


 バルトロが気まずそうにそう告げるとバルトロの背後からエーデが顔を出した。


「エーデ?」


「そうなのだ。聖女エーデがどうしても我々に同行するとのことでな……」


 バルトロがそう告げるのにエーデは笑みを浮かべていた。


「別に問題はない。戦力が増えるのはありがたいことだ」


 最初はエーデを失うのではないかと恐れた俺も、今ではエーデを実戦に投じることになんの躊躇いもなくなってきた。


 無論、エーデが無敵のスーパーヒロインではないことは俺がよく知っている。風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストの暗殺の際には、エーデは肋骨の骨を折る大けがを負っている。少し間違えば死んだだろう。


 それでもエーデの力は圧倒的だ。


 ナノマシンを頭に叩き込み、強化外骨格エグゾを装備した特殊作戦部隊のオペレーターを越えた動体視力。貴族ですら、精霊公ですら圧倒するその力。それはこの世界においては破格のものである。


 そんなエーデだからこそ前線に出すのに躊躇いはない。


 だが、それは紛争地帯で子供兵たちを無機質に使い潰してきたときとはことなる。


 そこにあるのは信頼だ。


 そう、信頼だとも。日本情報軍情報保安部の二重スパイ狩り(モールハント)に怯える日本情報軍の軍人であったとしても、戦場においては隣にいる戦友を信頼する。戦場とはひとりでは生き残れない場所なのだから。


 同じ訓練を受け、同じように効率的な戦闘を行える戦友たちに自分の背後を任せる。いくら日本情報軍の兵士たちが人間不信の孤独な兵士たちであろうとも、それぐらいのことは他人に任せることができる。


 自分の背中を守り、目標を仕留める手伝いをしてくれる兵士。


 特殊作戦部隊の選抜過程が西側諸国において均質化され、ナノマシンと強化外骨格の導入で兵士の“性能”が均質化されたあの世界においては、それは誰でもよかった。誰だろうと同じように任務を遂行してくれた。大量生産されたカラシニコフが同じような性能を発揮してくれるように。


 大量生産された特殊作戦部隊のオペレーターたち。


 愛国心さえあれば、技術者たちがどんな人殺しにでも加工する。彼らはまだ12歳の子供に向けて引き金を引くのを躊躇ったりしない。彼らは戦友が隣で死んでいても怖気づくことはしない。彼らはかつての友人を射殺するのに戸惑ったりしない。


 ナノテクノロジーが、生物工学が、応用心理学が、あらゆる科学技術が彼らから人間性を剥奪し、ひたすらな人殺しへと加工する。


 そんな戦友に対する信頼を、俺はエーデに抱いていた。


 エーデも大量生産された特殊作戦部隊のオペレーターと同じような特質を持っている。彼女は子供だって躊躇いなく殺せるし、戦友が倒れていても戦えるし、どこまでも無機質に戦っていられる。だからこそ、俺は彼女を信頼する。


 決して有象無象の子供兵のように使い捨てになどしない。彼女は大事な戦友だ。


「では、仕掛けるのだな?」


「ああ。仕掛けよう」


 バルトロが告げるのに、俺はそう告げて返す。


「行こう、エーデ。戦いの時間だ」


「はい、ヤシロ様」


 エーデは驚くほど素直に俺に続く。


 俺たちは溶断機で切断しておいた鉄格子を蹴り開けると、地下下水道からヴァルナ要塞の内部に侵入した。下水の不快な臭いが漂うが、それくらいで音を上げるような人間はこの場には存在しない。


 俺たちは進む。背中に背嚢を背負い、自動小銃や機関銃を抱えて進む。


「ここだ」


 そして、俺はある点で止まった。


「ここに何が?」


「この上には衛兵たちの兵舎がある。彼らにはここで退場してもらおう」


 俺はそう告げると背嚢からRDX混合爆薬を取り出し、この地下下水道を支える柱にそれを設置していく。梱包爆薬としたものを軍用接着剤で固定し、この柱が完全に吹き飛んでしまうように細かく位置を調節して配置する。


「さて、次だ。次は我々が侵入するための経路づくり」


 ヴェルナ要塞の見取り図は頭に叩き込まれている。ナノマシンが記憶を補助し、自分たちが地下下水道の上に何があるのかを把握させている。ナノマシンによるこのようなナヴィゲーションが受けられるのも現代技術の恩恵といったところか。


 ナノマシンは我々をナヴィゲーションする。目的地に向けて。


 それによれば──。


「吹き飛ばすぞ」


 我々はヴェルナ要塞のちょうど、城のある地下に達した。


 ここの天井を爆破して、出入り口を作れば、後は代官を殺すだけだ。


「3カウント」


 3──兵士たちの間に緊張が走る。


 2──エーデは平然としている。何が起きても彼女は動揺しないだろう。


 1──さあ、パーティーの始まりだ。


 俺は兵舎の地下に仕掛けた爆薬とこの地下下水道から城に通じる地点での爆薬を同時に爆破した。激しい爆発音が地下下水道でこだまし、それから建物が崩れていく、ガラガラとした音が鳴り響き始めた。


「突入、突入」


 俺たちは崩壊した天井にフックをかけ、それを伝って要塞内部に侵入していく。


「兵舎だ! 兵舎が襲われたぞ!」


「賊どもめ! ただちに対処せよ!」


 衛兵の指揮官たちが叫びのが聞こえる。


 やはり敵は兵舎の損害に気を取られて、要塞内で爆発が起きたことに気づいていない。これは絶好の機会だ。


「ここまま一気に代官を片付けよう」


「了解」


 俺たちはヴェルナ要塞の内部を進んでいき、目標である代官を探す。


 これだけの騒ぎだ。ただ寝ているということは考えられない。起きて、何が起きているのか確かめようとしているだろう。


「エーデ。貴族の反応は?」


「1200歩先に。方角は南南西。位置的にバルコニーがある辺りだと思われます」


 俺がエーデを手放せない理由がこれだ。


 エーデの感覚機能は地球のそれでも再現できないほどに優れている。どこに、どのようなものが存在するのか当てることのできるエーデの力はこの手の作戦に必須だ。


 だから、俺は彼女を必要としている。彼女の他に同じ任務が果たせる人間はいない。


「分かった」


 俺は誘導に従って動く。


 途中にいる衛兵はほとんどいなかった。そのほとんどが兵舎で起きた爆発に気を取られていたからだ。我々は頑固に配置についていた衛兵の喉を掻き切り、銃弾を脳天に叩き込み、自分たちの道を進んだ。


「──結局これは敵襲なのか! それともそうではないのか!」


 やがてヒステリックに叫ぶ男の声が聞こえてきた。


「わ、分かりません、閣下。状況は襲撃を示していますが、今もそれが続行中なのかについて意見がでないのです。敵襲であったとしても賊は既に逃げ去っているのかもしれません。その点について我々はまだ把握できていないのです」


 さっきの声が代官のローベルトと衛兵の指揮官だということは認識できた。


 後は仕掛けるのみだ。


「敵は10、11名の団体だ。派手に火力を振りまくよりほかない」


「了解・派手にいこう」


 俺がローベルトと衛兵たちの動きを見て告げるのに、バルトロがそう返した。


「では、3カウントだ」


 俺はそう告げては位置につく。


 3──ローベルトと衛兵の指揮官は未だに言い合っている。


 2──こちらの準備は万端。


 1──エーデが突撃したがってそわそわしている。


「ゼロ」


 俺たちが一斉に物陰から飛び出て衛兵とローベルトに銃弾を浴びせる。


「なっ……!」


 ローベルトは自分に銃弾が達する寸でで、鉄の壁を展開した。面倒な。


「おのれ、賊め! この私を殺しに来たか!」


「その通りです」


 ローベルトが満足に返答することもできないままにエーデが跳躍した。


 不思議な時間が流れる。


 我々の銃弾は確実にローベルトの傍にいた衛兵の命を刈り取っていくのに、その中に飛び込むエーデには一発の銃弾も達しない。全ての銃弾がエーデを避けているかのようであり、我々は銃弾の嵐の中に飛び込むエーデを見守るよりほかなかった。


「賊ごときに討ち取られる私ではない! 甘く見るなよ、小娘!」


 ローベルトの展開した鉄壁がいつものように棘状の射出物を発するまでの時間は数コンマ秒の間だった。エーデはナノスキンスーツを身に纏っているが、あれの直撃を受ければいくらなんでも耐えられない。


 だが、俺の心配は案の定、無駄な心配に終わった。


 エーデは全ての射出物を回避すると、天井を蹴って、壁の向こう側に飛躍した。


「なっ……」


 ローベルトが最後に言い残せたのはそれだけだった。


 俺の補正された聴覚に肉の裂ける音が聞こえ、それから大量の液体が地面にぶちまけられる音が響いた。つまりはエーデがローベルトの喉か心臓を貫き、致命的な一撃を加えたということだ。流れるのは血液以外に何があろうか。


 やがて、ローベルトの展開した壁が消え、エーデの姿がはっきりと見える。


「やりました、ヤシロ様」


 壁の向こう側ではエーデが笑みを浮かべていた。


 ローベルトから噴き上げた血で両手を真っ赤に染めたエーデが、朗らかな笑みを浮かべてそこに佇んでいる。


 いい加減この光景にも慣れたはずなのに、未だに俺の麻痺した感情の何かが動こうとしている。ナノマシンに抑制された感情が波打ち、俺に身体に何かしらの影響を及ぼそうとしている。くだらない企てだ。


「よくやったね、エーデ。これで任務は完了だ」


 そう告げる俺の感情はフラットで、湧き起こる感情をにじませることはなかった。


 日本情報軍の軍人は常にフラットたれ。


 フラット。目の前で12歳の子供が乱暴されていようとも、戦友が隣で死にかかっていようとも、カラシニコフを抱えた10歳程度の子供が現れようとも、突如として搭乗機を撃墜されようとも何の感情の起伏も見せずに、任務を遂行し続けること。


 フラット。フラット。フラット。“クソフラット”。日本情報軍の軍人は感情の起伏など見せはしない。国のためにと志願し、技術者の手で人殺しに加工された男女は感情の起伏と言うものが何だったのかすら覚えていないだろう。


 事実、俺は感情の起伏と言うものを忘れてしまった。


 そこにあっただろう心からの喜びや、怒り、悲しみという感情を俺は失った。


 今あるのはただただ混乱に落ちていく世界を眺めて満足するその達成感。仄暗い喜び。ナノマシンが任務遂行上問題ないと判断した僅かな娯楽への感情。


 それでよかったのだ。そうでなければ俺は日本情報軍の与えてくる任務に耐えられなかっただろう。日本情報軍の与える任務は人を人と思っていないものばかりだった。


 少なくとも俺は感謝している。日本情報軍が俺から人間性というものをはぎ取ってくれたことに。それで任務が遂行できたのだから。


 だが、本当にそれだけか?


 日本情報軍が兵士を対象に情報漏洩を防ごうとしていたのは知っている。日本情報軍情報保安部の二重スパイ狩り(モールハント)は当然として、日本情報軍という非人間的な組織からその非人間性が漏洩することを日本情報軍のお歴々は恐れていたのだ。


 だから、兵士から人間性を取り上げてしまえと思ったのではないか。


 人間性がなければ同情や思想で情報を奪われる心配はなくなる。それに、いざ情事に及ぼうとしても冷静になるだろう。そうやって日本情報軍の軍人を揺するネタは確実になくなっていくってわけだ。


 国家にとっても、日本情報軍にとっても、日本情報軍情報保安部にとっても、末端の兵士から情報が漏洩することは望ましくない。メディアは一切報じていないが、日本情報軍の行っている“作戦”というものは非合法そのものなのだ。


 シュライク作戦──アジアの戦争の際に合法、非合法問わずあらゆる武装勢力に武器と弾薬を渡し、彼らが敵を攻撃していくれるのを期待した作戦。それは国際法の観点から見て極めてグレーゾーンの作戦だ。実際はテロリストに資金援助と軍事支援を行っていたわけだから、完璧にブラックともいえる。


 ミダス作戦──シュライク作戦のための資金作りのための作戦は問答無用で非合法だ。これは日本国という国家が承認した作戦でなければ、国際法的にも完璧にブラックの作戦だ。テロリストを支援するための資金を麻薬の売買で賄おうなど。


 バードケージ作戦。これは俺がもっとも長期間従事し、その立案にもかかわった作戦だが、これも国際法的にブラックだろう。何せ、この作戦の目的ときたら“テロリストたちの矛先が先進国に向かないように内輪で殺し合ってもらう”というSF小説も真っ青な軍事作戦だったのだから。


 軍閥を支援し、テロリストを支援し、中央アジアに地獄を描き出す。表向きは治安安定化のための介入──日本国民がこの手の文句を不審に思わなくなったのはいつからだっただろうか──であり、我々は内戦の続く中央アジアに軍隊を送り込んだ。


 送り込まれた軍隊は軍閥を支援して育て、中央アジアに新たな火種を生み出す。その火種から燃え上がる内戦の炎に各地のテロリストが誘蛾灯のように吸い込まれ行く。それがバードケージ作戦の目的だった。


 新宿駅が吹き飛ばされてから、我々は突如として本格的なテロとの戦いに放り込まれた。テロなど他所の世界のことだったのに2029年のあの日から我々は否応無しにテロとの戦いを強いられたのだ。


 テロを予防するのはどのような手段が有効か。


 日本情報軍では何度もそれが話し合われた。


 そして、結局のところテロを防ぐには他の国にテロの被害に遭ってもらうしかないという最悪の結論にたどり着いたのだった。


 こんな情報が洩れれば、日本国政府は大打撃を受けるだろう。


 だから、日本情報軍情報保安部は目を光らせているし、日本情報軍そのものも情報漏洩には過敏になっている。日本情報軍の非合法性を認めないために。


「ヤシロ様。引き上げましょう」


「ああ。そうしよう、エーデ」


 今の俺には日本情報軍がどうあれど関係ない。


 俺はただこの世界に混乱を撒き散らすだけだ。


 日本情報軍がそうしたように。


……………………

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