戻ってきた故郷
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──戻ってきた故郷
我々は南部に到達した。
冬の道のりとなったが、脱落者は少なく30名ほど。そして、我々が南部に到着したころには春の日差しがゆっくりと地面を温めつつあった。
「ついに戻ってこれたな」
バルトロが感慨深そうにそう告げる。
「ああ。戻ってきた。早速組織を立て直さなければなるまい。残置諜者たちが残存勢力を掻き集めて、我々を待っているはずだ。それと合流して、抵抗運動を再出発させなければならない」
精霊帝国のやったことは一時的な火消しにはなったが、反乱の炎はセントラリアの炭鉱火災のように燃え続けている。そのように残置諜者たちは報告している。
未だに南部は屈さず、抵抗の意志を有しているのだと。
ならば、結構だ。その炎を吹き上げさせよう。
我々はまだ雪の僅かに残る山林を進み、残置諜者たちとの合流を目指した。残置諜者たちの任務には精霊帝国の動向を報告し続けることと住民の保護という任務が与えられていた。後者はあまり期待していないが、我々が住民を見捨てたとは言われないだけの仕事をしてくれていることを祈るばかりである。
「動くな!」
我々が山林を進んでいると、男の声が響いた。
「誰だ。答えなければ撃つ」
「ヤシロだ。自由エトルリア同盟の残置諜者だね? 合言葉は“川に流れる葉”だ」
威圧する男の声が告げるのに、俺は冷静にそう答える。
「帰ってきたんですね!」
それから残置諜者が姿を見せた。
まだ子供だ。16歳くらいだろう。エンフィールド銃を持って、我々の前に姿を見せた。ひとりではなく、もうひとり大人の兵士もやってきた。
「帰ってきたよ。君たちの活動は常に無線で聞いていた。よく頑張ってくれたね」
「絶対に精霊帝国にやり返す日が来ると信じていましたからね」
俺が告げるのに、若い兵士がそう告げて返した。
「それは結構だ。では、早速抵抗運動を再び組織しよう。残存勢力は?」
「リベルタ砦に。まだあそこは見つかっていません」
リベルタ砦は落ちなかったか。
だが、彼らが食料を調達するのには苦労したことだろう。備蓄食糧はそのままにして残しておいたが、あれではせいぜい500名程度の数しか暮らしていけなかったはずだ。
「リベルタ砦が落ちなかったのならば、あそこに残ればよかったものを」
「結果論でものを言ってもしょうがない。リベルタ砦にも危険はあったのだ。下手をすれば全滅していたかもしれない。用心した方がよかったのだよ」
俺はバルトロにそう告げると、リベルタ砦を目指した。
リベルタ砦までの道のりも懐かしいものだ。この世界に懐かしいと感じるものができたことそのものが驚きではあるが。
だが、山林を進む我々の目からも、焼かれた都市や村が見える。焼き払われて、そのまま再建できずに放棄された村もあれば、再建作業が進んでいる街もある。いずれにせよ、南部は傷を負ったということだ。
「忌々しい精霊帝国め」
バルトロがそう呟くのが聞こえた。
確かに忌々しいのは精霊帝国だ。だが、我々が何もしなければ精霊帝国もここまでの報復には訴えなかっただろう。我々がただ精霊帝国の支配を傍観していれば、そのままこの土地も精霊帝国の一部となっていただろう。
しかし、それではダメだ。
血管を締め、その先にある細胞が壊死していくのを見ているように、それではただただ腐り落ちていくだけなのだ。精霊帝国は倒れず、南部は腐って、朽ち果てる。
だから、戦わなければならない。幾分かの犠牲はあろうとも、我々は戦わなければならないのだ。世界に混乱を広げて、精霊帝国を倒さなければならないのだ。
何、この犠牲は神聖なものとして扱われるだろう。彼らは聖戦の犠牲者として、殉教者として祭り上げられるだろう。彼らの犠牲は決して無駄はなく、宣伝材料として利用できるだろう。卑劣な精霊帝国の非難の材料となるだろう。
喜ばしいことではないか。我々は精霊帝国の攻撃を自分たちにとって優位なように進める選択肢が生まれるのだから。
「リベルタ砦だ」
我々が歩き続けて数日、リベルタ砦が見えた。
「ペネロペ!」
「おじいちゃん!」
リベルタ砦の入り口ではピエトロ・ピレッリ──ペネロペの祖父が待っていた。孫であるペネロペは責任者として南部を脱出したものの、ピエトロはこの地でプロパガンダを続けるために残るという道を選んでいたのだ。
少し間違えば、このリベルタ砦も焼き払われ、ピエトロも死んでいただろう。そう考えるならば喜ばしい再会だ。
「機関紙は発行し続けてくれた?」
「ああ。もちろんだ。精霊帝国の連中が震え上がるような記事を、民衆が明日に希望を持てるような記事を発行し続けてやった。お前たちが得た東部山岳地帯での勝利についても報じたぞ。それを読んだ市民たちがどれほど喜んだことか!」
ペネロペたちの機関紙“自由の声”はリベルタ砦に移動させた違法印刷機で印刷され続けていた。ペネロペ自身もプロパガンダの責任者として、東部山岳地帯での勝利について連絡していたし、ピエトロたちも何かしらの勝利を報じていたらしい。
「積もる話もあるだろう。まずは中に入ろう」
そして、この殺戮を生き残った人間の状態を確かめなければ。
「おお。バルトロさんたちが帰ってきたぞ」
「ついに反撃が始まるんだよな?」
人数は400名ほど。そのうち戦闘員と思われるのは100名ほど。
最盛期には数千名の戦力を有していた自由エトルリア同盟がここまで落ちるとは残念なことである。だが、壊滅しなかっただけよしとしよう。我々は最悪の場合として、組織が壊滅状態に陥ることも想定していたのだから。
「諸君! 反撃の時だ!」
バルトロが高々と宣言する。
「これまで苦渋の思いを強いられてきたが、それも今日までだ。我々は反撃に転じる。忌々しい黒書騎士団は東部山岳地帯で大打撃を受けて動けない。今こそ再びこの南部を我々の手に取り戻す時が来た」
バルトロは雄弁だ。彼は元よりなかなかの扇動者だったので驚くことではないが、このような惨状を見ても、なお他者に勇気を持たせるというのは苦労するものだ。バルトロはそれをやり遂げようとしている。
「精霊帝国に報いを受けさせよう。我々が血を流した土地は我々のものであると宣言しよう。我々が戦うことによって民衆を奮い立たせよう」
バルトロがそう述べるのをリベルタ砦の住民たちが静かに聞いている。
「報復の時だ。まずはこの土地を治めることを命じられた代官ローベルト・フォン・リッベントロップに報いを受けさせるのだ」
今回の目標は代官の暗殺だ。
精霊帝国はローベルト・フォン・リッベントロップなる人物を代官に任命しており、その人物を殺害することが、我々の帰還後第一の仕事だった。
だが、そのためには必要なものがいろいろとある。
「諸君らの中にローベルトの居場所を知る者はいるか?」
まずはローベルトの居場所。
残置諜者の情報ではローベルトは抵抗運動からの報復を恐れて各地を移動しているとのことであった。精霊帝国の要塞を転々とし、その位置を捕捉されないように気を配っているらしい。
暗殺を恐れる人間にはよくある行動だが、あまりいい傾向とは言えない。この手の警戒をしている人間を暗殺するのには時間がかかり、いざ暗殺作戦を決行したときもタイトなスケジュールを強いられることになる。
「ピエトロさんなら何か知っているんじゃないか?」
バルトロから問いかけられた兵士のひとりがそう告げた。
「ピエトロ。何か情報があるのか」
「あるにはある。ここ最近では抵抗運動の活動が低調なものになってきたから、奴も油断してきている。各地を移動してはいるが、ほぼルーチン化している。今週はアッシジ要塞にいるから来週はヴェルナ要塞だろう」
確かに抵抗運動の活動は低調なものだっただろう。主力がすっかり東部山岳地帯に向かっていたのだから。
だが、それも今日までだ。これから我々はどこまでも積極的に活動する。主導権を精霊帝国の側から握り返すために。
「では、方法はふたつだ」
俺はバルトロに告げる。
「敵が要塞で寝静まったところを襲撃するか。その道中を襲撃するか。あなたが選ぶといい。どちらでも我々はこなせるだろう」
俺はバルトロに選択肢を提示する。
「夜襲だ。要塞の兵士たち諸共殺し尽くしてやれ」
バルトロもこれまでの光景を見て怒りをため込んでいたのだろう。彼の決断は素早く、そして残忍なものであった。
「分かった。では、その方向で進めよう。ヴェルナ要塞について可能な限りの情報を。情報がなければ下手には動けない。今からでも偵察を始めるとしよう」
「分かった。ヴェルナ要塞ならここから馬車で5日の距離だ。奴が移動するまでには間に合うだろう。可能な限り情報を集めてくれ」
「了解」
この場の指揮官はバルトロだ。俺は部外者としてアドバイスをするのみだ。どのみち、具体的な作戦を立案するのは俺になるだろうが、この場ではバルトロを指揮官として立てた方が、自由エトルリア同盟の兵士たちの士気も上がることだろう。
「俺たちは絶対にローベルトを殺さなければならない。南部の流した血を、我々の流した血を奴らに思い知らせてやるんだ。精霊帝国には南部は屈しないということを明白に示さなければならない。南部は絶対に屈しないと」
南部の流した血。我々の流した血。
その尊い犠牲があるからこそ、それによって勝ち取られた自由や尊厳には価値があるのだろうか。血塗れの自由と硝煙の臭いが漂う尊厳というものはそれほどまでに尊いものなのだろうか。俺には分からない。
自由と尊厳というものを手にするために人類史が払ってきた犠牲のことは知っている。奴隷の反乱。フランス革命の断頭台。公民権運動で暗殺された指導者たち。アパルトヘイトを終わらせるために戦ったゲリラたち。そして、植民地で支配されていた者たちが立ち上がった第二次世界大戦後の新秩序。
だが、今自由と尊厳を味わっている人間はそんなことなど忘れてしまっているだろう。全てが大昔の出来事。自分たちが自由と尊厳を有しているのは当たり前。そんな考えがあちこちで見受けられる。
未だに奴隷として扱われ、子供兵として扱われ、自由も尊厳もない人間がいることなど気づきもしない。いや、意図的に知ることを避けているのだろう。民衆というものは時として、自分にとって都合のいい情報だけを信じるものだ。
これまで血を流して自由と尊厳を勝ち取った先祖たちに敬意を払うこともなく、それを当たり前のことだとして受け入れ、さらなる自由を声高に叫ぶ。そんな彼らは自分たちが血を流すことなど考えてもいないに違いない。
だが、この世界ではまだ血を流したものへの敬意がある。彼らは自分たちが自由と尊厳を勝ち取るために血を流すことに覚悟がある。
そういう点ではこの世界は健全だ。無数の恩知らずたちが蔓延り、餌を待つひな鳥のようにうるさく鳴き喚く世界よりもずっと健全だ。
「では、1個分隊の戦力を借りられるだろうか。それだけあれば偵察には十分だ」
「分かった。1個分隊の戦力を与える。任せたぞ、ヤシロ。この一撃に失敗すれば、南部は二度と立ち上がれないかもしれない」
「心配する必要はないよ」
心配するべきことは何もない。我々の任務は偵察だ。ドローンを飛ばし、要塞の周辺の地形と要塞そのものの地形を把握する。それだけの話だ。
城の見取り図でもあれば完璧だっただろうか、無理なことをせがむわけにはいかない。我々は可能な限り、城とその周辺の地形の情報を集めるのみ。
中に突入してからはエーデの感覚に期待するとしよう。
「それでは諸君。精霊帝国に南部は屈しないということを示そうではないか」
バルトロは最後にそう告げ、兵士たちは歓声を上げたのだった。
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