出立しますか
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──出立しますか
我々は早朝の0500には青妖精族の隠れ里を出発することになった。
道中の食料を軍用ロボットに積み込み、装備品の類も可能な限り積み込み、我々は青妖精族の隠れ里を出発した。
隠れ里では見送りの住民が朝早くから歓送してくれた。じりじりとした全滅の危機にあった青妖精族を救ったのは確かに我々であり、そのことについて感謝の言葉を述べられることはおかしくないことだ。
だが、これまで我々日本情報軍の軍人はこの手の感謝を受け取ったことがなかった。それも当然だろう。我々の任務と言えば暗殺か、内戦工作だ。感謝されるような任務を行った記憶はない。せいぜい世界食糧計画のロゴが入ったコンテナとともに空港に降り立ったときぐらいしか感謝はされないだろう。
感謝されるということに違和感を感じる。俺はただ争いの種に武器弾薬という水を注いだだけなのにこれほどまでに感謝されるものなのだろうか。
「ヤシロ殿」
我々が隠れ里の住民から見送りを受けている中、エリスが姿を見せた。
「改めて感謝を述べさせてくれ。そなたのおかげで我々は希望が持てた。勝利するという希望だ。我々はこの恩を忘れはしないだろう」
「我々は我々にできることをしただけです」
争いの種に武器弾薬を注ぎ込む。いつもの日本情報軍の仕事だ。自分たちのやった結果で世界がひたすらな混乱に向けて落ちていく様をみつめるだけの、そんな仕事だ。わざわざ礼を述べられる必要もないだろう、
「いや。そなたは我々青妖精族を救ってくれてた。それは間違いない。我々はこれで生き延びる希望が持てた。絶望から救ってもらえた。我々はそなたに大きな借りが出来たな。いつ返せるかも分からぬ借りが」
これまで我々が支援した軍閥でこんなことを言った者たちがいるだろうか?
彼らは自分たちを日本情報軍が支援するのは当然のことだと思っていた。自分たちの掲げる大義は正しく、世界中が自分たちを支援するべきだと考えていた。だから、我々が資金洗浄した米ドルとたっぷりのカラシニコフを与えても、それは当たり前のことだと思っていた。当然、表向きの感謝は表明したが、態度の節々にはそれを当たり前のことだと思っているのが窺えた。
だが、ここでは本当に感謝されているようだ。混沌をもたらすだけの日本情報軍の軍人が、この里では感謝の対象になっているのだ。
吐き気がした。俺は世界を救うとかそういうつもりは全くないのだ。ただ、精霊帝国が滅びさえすれば、混乱が世界を覆い尽くせばそれでいいのだ。
エリスの感謝の言葉には苦痛を感じそうになるほどだった。だが、その苦痛すらもナノマシンが除去し、俺は平静を保つことが出来た。
「ところでジャガイモの栽培は上手くいきそうですか?」
「試してみるところだ。あれは強い作物だとそなたから聞いた。この東部山岳地帯では栽培できる作物は限られる。少しでも選択肢が増えることは望ましい」
俺はこの東部山岳地帯で栽培できないかとジャガイモを幾分か種芋としてエリスたちに手渡していた。ジャガイモも万能の作物ではなく、病気や連作障害などの問題はあるが、貴重な炭水化物の摂取に繋がる。ここの作物だけでは増えたミラ国内軍の兵士たちの食料全てを賄うことは難しいだろう。
「では、またお会いしましょう」
「ああ。必ずまた会おう」
我々はそう告げ合って、別れた。
それからは再び冬の訪れた山岳地帯を抜けて、南部に向けての進軍だ。
着た時とは違って温度は下がっている。軍用ロボットには食料の代わりに燃料を下げたものもいる。我々は各地で野営しながら、焚火で暖まり、それでいて精霊帝国側に気づかれないように用心しながら南部とルンビニ公国を目指した。
「冷えますね」
俺がひとりで野営地の傍のパトロールを行っているとエーデがやってきた。
「青妖精族の隠れ里で春を待つべきだったかもしれないね」
「ですが、それでは遅くなってしまいます」
そう告げてエーデはマグカップを差し出した。
「青妖精族の方々からもらったお茶です。体が温まるそうです。よろしければどうぞ」
「ありがとう、エーデ」
俺はエーデからマグカップを受け取ると、湯気の立ち上るそれを口に運んだ。
本来ならば気づかれずにパトロールを行っている人間がこういうことをすることがあってはならない。相手に優れた視力を持つものがいれば、湯気が立ち上っていることから目標を見つけ出し、部隊に警告を発するだろう。
狙撃手の中には自分の吐く吐息を抑えることまで考え、口に雪を含む者もいる。そこまでしなえければ生死のかかった戦場では生き残れないということだ。
だが、俺がパトロールを行っているのは主に野生動物──熊やイノシシを警戒してのものであり、この山奥深くで敵に見つかることは考えられなかった。
なので、エーデの淹れてくれたお茶をありがたくいただく。
お茶は少しばかりハーブの香りが強く、それでいて体内を胃袋から温めてくれるものだった。好き嫌いが別れそうな品だが、少なくとも俺にはいいお茶だったといえる。
「エリスさんとお話ししたんです」
そこでエーデが不意にそう告げた。
「ヤシロ様は私のことをどう思われますか?」
話の前後が繋がっていない。だが、エーデは頬を赤らめている。それはこの冬の寒さによるものか、それとも彼女は何かを恥じているのか。
「君は大切な戦友だ。嘘ではない。俺が戦友として認める人間はそう多くないが、君は間違いなく俺の大切な戦友だ」
何といえばよかったのだろうか。エーデは何を期待したのだろうか。
「そうですか……」
エーデは少し落胆した様子で地面に視線を伏せた。
「ですが、私たちは特別ですよね? 女神ウラナが定めた聖女と勇者という関係だけではなく、特別な存在なのですよね?」
エーデはそう告げて俺を見つめる。
「ああ。特別だとも。俺は君をただの聖女だとは思っていない。ただの女神ウラナの神託を受けた少女だとは思っていない。君は、君だけの価値を持った存在だ。他の誰にも君の代わりを果たすことはできないだろう」
俺は何を言っているのだろう。
エーデは聖女だ。ただの聖女だ。我々が神輿に担ぎ上げた聖女だ。精霊帝国への反抗の象徴であり、全ての下層民に蜂起を促すためのツールだ。
それを特別な関係?
これもまたナノマシンが提示した論理的な感情表現なのだろうか。だとすると、俺の中のナノマシンはだいぶ調子が悪いようだ。ここはもっと事務的な態度で接するべきだっただろう。それが論理的な感情というものだ。
「ありがとうございます、ヤシロ様」
だが、エーデは嬉しそうだった。
それだけでこの一見無駄に見える偽りの感情表現も全くも無駄ではなかったのではないだろうかと思えてくる。
ナノマシンは学習する。何度も調整を受けて、それぞれの兵士にあったようにフィードバックがなされる。この兵士ににはどのような感情表現が適切で、どのような感情表現が無駄かを判断するのだ。それは民間軍事医療企業の技術者たちの手で行われる。
俺はこの奇天烈な世界に放り込まれてから一度もナノマシンの再調整を受けていない。俺の感情表現がこの場で適切かどうかを判断するナノマシンは中央アジアの戦争の従軍していたときのまま、更新されていない。
中央アジアとこの世界では大きな差がある。
軍閥に武器弾薬を渡して殺し合わせるというという点は変わっていない任務だ。その任務について俺は何の支障もなく行っている。バルトロ、レオナルド、マルコム。このような民族主義者たちに武器をばら撒き、訓練し、戦わせるのに問題はない。
問題はエーデだ。
エーデは武器弾薬の力に惹かれた軍閥の指導者でも、金で釣られたテロリストでもない。純粋に俺のことを信じている。この白痴の聖女は疑うことなく、俺のことを信じ続けているのだ。俺が何をしようとも。
それに対するナノマシンの反応は困惑しているように思えた。彼女をどう扱っていいのか、ナノマシンも回答を出せずにいるように思えた。
だが、所詮俺は薄汚い日本情報軍の軍人だ。暗殺・盗聴・盗撮・脅迫・拉致を行ってきた日本国政府の汚れ仕事係だ。エーデがどう思っていようとも、それを無視できるだけの冷徹さを持ち合わせている。
それでもエーデを本当にそう扱っていいのかは分からなかった。
「エーデ。ここにいては寒いだろう。野営地に戻った方がいい」
「もう少しだけヤシロ様と一緒にいさせてはくれませんか?」
俺が勧めるのにエーデは俺の顔を見上げてそう告げた。
エーデは美しい。まるで古代ギリシャの神々をモチーフにした芸術品のように気高い美しさを有している。誰がも一目でエーデを聖女だと認識するほどに美しい。その美貌が生まれ持ってのものであることは、村の噂で分かっている。
だが、それでもエーデは子供だ。大人びている態度をとることがあるとは言えど、その本質は子供である。決してその美しさに惹かれて、迂闊な行動を取ることは倫理的な面から言って許されることではない。
だが、それでもエーデは美しいのだ。
「君が気が済むまで一緒にいればいいよ。それが君の望みならば」
「ありがとうございます」
エーデはそう告げてポンと彼女の肩を俺の腕に当てた。
やはり子供だ。スキンシップのやり方は全く子供だ。
俺はエーデとともに野生動物に警戒しながら、この冬の山を越えることで何名が脱落するかを考えていた。行きは200名。帰りは冬ということもあってもっと脱落するだろう。幸いなのは青妖精族が鹿を貸し出してくれたことだ。
鹿ぞりは子供たちなどの体力のない人員を運んでくれ、軍用ロボットに積み込めきれなかった食料や燃料を運んでくれる。これによって我々は行きよりも楽が出来ることになった。もっとも軍用ロボットのバイオマス転換と同じように鹿にも食料を与えなければならない。それはこの冬の雪に閉ざされた山岳地帯では苦労する話だった。
だが、我々は確実に南部に帰還しつつある。
精霊帝国が抵抗運動の脅威を思い知るのは間もなくだ。
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「エーデさんと随分と仲良くされていたようですね」
皆が寝静まった野営地に戻ってきたとき、アティカがそう告げた。
「その必要があると判断されたからだ。俺は常に効率的に行動している。感情で動くことはないよ。仮に感情で動くとしても、それはナノマシンが弾き出した論理的な感情によるものだ。俺本来の感情は虚無なのだよ」
日本情報軍の多くの軍人たちの心理は虚無だろう。
何があってもフラットでいられるように我々はナノマシンの感情適応調整を受ける。相手がまだ12歳ほどの子供兵であろうとも迷わず引き金を引けるように、隣で戦友が死んでいようとも戦闘を継続できるように。
我々は常にフラットだ。そして、それは虚無だ。
脳を弄り回すナノマシンが俺たちから感情を奪い去り、その代わりに偽りの仮面を手渡す。そうやって日本情報軍の軍人たちは戦っていくのだ。
「ですが、エーデさんはあなたのことを思っていますよ」
アティカはそう告げる。
そんなことは分かっている。彼女とはこれまでは聖女と勇者の関係でしかなかったのに、彼女はそこに男女の関係を持ち込もうとしている。それはよくない傾向だ。聖女とは全ての精霊帝国の打倒を目指す下層民の象徴であり、誰かと結びつくわけにはいかない。
アドルフ・ヒトラーが独身だったのもそういう理由だったと聞いている。自分は祖国ドイツのために尽くすために、妻子を作らないというある種のプロパガンダ。彼が家族を得たのは地下壕で自殺を決意してからだったといわれている。
「気の迷いということもある。エーデはまだ子供で世界を知らない。世界を知れば、もっと自分に相応しい相手を見つけることができるだろう」
俺は君に相応しくない。君ならもっといい人を見つけられる。
恋愛における定型だ。自分のことを下げ、相手を立て不愉快な気分にさせることなく、別れ話を切り出すときの常套句だ。
まさか自分でこんな言葉を使うとは思ってもみなかった。
「エーデさんは本気です。エリスさんとの会談を聞きましたが、彼女はあなたを愛しています。それに応えるつもりはないのですか?」
アティカは盗み聞きをしたようだ。
だが、俺の答えは決まっている。
「少女時代の多感な時期によくあるものだ。年上への憧れというものは。実際付き合ってみれば、彼女は酷く落胆するだろう。それに──」
俺はアティカを見る。
「君たちは俺を俺の世界に戻す約束だ。そこにエーデは連れて行けない」
俺は地球に戻る。この世界が今後どうなろうと関心はない。精霊帝国が崩壊した後に虐殺の嵐が吹き荒れようと、俺には知ったことではないのだ。
「そもそもどうして君たちの神はエーデを聖女に選んだ?」
「気まぐれですよ。我々の神はいい加減なので」
エーデがこんな重荷を背負うことになったのは女神ウラナがエーデに神託と力を与えたためだ。それがなければエーデは平穏に暮らし、同じ村の男と結婚していただろう。
それを奪ったのは女神ウラナだ。
「我々の神を憎んでおられますか?」
アティカはこちらの心中を察したかのようにそう告げる。
「健全ではないとは思うね。信託を与えるなら、その人物に戦いを強いるならば、もっと適切な人物を選ぶべきだっただろう。エーデのような子供ではなく。我々日本情報軍も散々子供兵は使ってきたが、あれは健全ではないものだ」
子供兵を使うことを否定はしない。それは必要とされているから使われるのだ。
だが、子供兵に倫理的な問題があることぐらいは俺でも知っている。そうでなければ国連やNGOがこぞって子供兵を廃止しようと訴えるはずがない。子供兵というものはそもそも存在してはならないものなのだ。
戦争をやるのに12歳の子供兵にカラシニコフを持たせることは間違っている。戦争を決意した大人たちこそが戦うべきであり、子供は守られるべき存在なのだ。
その程度の常識は知っているとも。我々はそれを知っていて、あえて子供兵を使っていたのだ。子供兵にはその倫理的問題以上の利用価値があるのだということを知っているために。子供兵を使うということは戦争で勝利するために、そしてひたすらな混乱に世界を叩き込むために必要なものなのだ。
そう、自分たちが子供兵を使うことは一向に構わない。だが、別の誰かが使っていればそれは非難されてしかるべきものだ。
世の中とは都合がいいものでダブルスタンダードというものが平気で行使される。自分たちの行いは正義のためだからいいが、向こうの行いは不正義のためなので非難しなければならない。そういう理屈が大国の口から飛び出し、蔓延しているのだ。
結局のところ、俺のそれもダブルスタンダードだ。
俺自身が子供兵を養成し、使うのは許されるが、女神ウラナが子供兵を作り出し、使うのは許されない。そういう腐った理屈を俺は口にしているのだ。
「我々の神に責任があることが重々承知しています。ですが、もう後戻りはできないのです。彼女は聖女に選ばれてしまった。そのことはどうしようもないのです」
「その責任は誰が取るのかね? 女神ウラナかね?」
「責任を取る神などいませんよ。残念なことに。神とはそういうものなのです」
俺の言葉にアティカが首を横に振った。
「エーデさんにはあなたが必要です、ヤシロさん。それを分かってあげてください」
「ああ。理解するようには務めるつもりだ」
理解などできるのだろうか。ナノマシンは俺のエーデへの同情を不要な感情として排除し、この戦争を効率的に推し進めるために偽りの仮面を与えるだろう。
日本情報軍の人間は、人間性が欠如している。そういうことだ。
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