表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

91/148

転戦計画

……………………


 ──転戦計画



 東部山岳地帯において我々は勝利した。


 と、一先ずは言っていいだろう。


 ミラ国内軍は壊滅の恐れから逃れ、今やケヴィン・フォン・キリンガーが率いていた傭兵たちは壊滅状態にある。ミラ国内軍はこれからも我々の支援を受けて、その戦果を拡大していくことだろう。


 その前にイベントがあった。


 戴冠式だ。


 我々は一時的にではあるが、ミラ王国の王族が代々戴冠してきたワルス市の東の丘を奪還したのだ。黒獅子軍団の傭兵たちは見事に指揮系統が乱れ、碌に対応することもできず、我々が数名を射殺しただけで警備から逃げ去った。


「汝、偉大なるミラ王国を率いるものとして、その責務をその身果てるまで務めることを、女神シバと臣民たちに誓いますか?」


「誓います」


 一時的に奪還した丘の上で、ミラ国内軍の兵士たちが見守る中、エリスはミラ王国の女王として戴冠した。先王の遺品である黄金の王冠をその頭上に授かり、ミラ王国の女王としてその立場を明確にしたのだ。


「では、汝をミラ王国女王として認めます。その治世に繁栄があらんことを」


 青妖精族(フロスト・エルフ)の司祭がそう告げて一歩下がる。


「諸君」


 エリスがミラ国内軍の兵士たちを見渡す。


「妾は正式に女王として即位した。これからこのミラ王国を導いていくつもりだ。自由と尊厳のために戦おう。ミラ王国が再興する日は近くはないだろうが、遠くもない。妾を信じて付いてきてくれれば、勝利のために戦うことを誓おう」


 エリスはそう告げた。


「女王陛下、万歳!」


「ミラ王国に栄光あれ!」


 ミラ国内軍の兵士が空に向けて空砲を放つ。


 会場は喜びに満ちている。誰もがエリスが無事に女王になれたことを祝福している。


「凄いですね。感動的な場面ですよ」


 感動のためか少しばかり涙目になったペネロペがそう告げる。


 国民の平等と自由を愛する彼女は共和主義者だ。対するミラ王国は専制政治から切り替える様子はない。エリスが戴冠したのは確かに感動的であろうが、彼女のイデオロギーに反している。ペネロペはどのようにこのことを報じるのだろうか。


 精霊帝国最大戦力黒書騎士団を殺しに殺し回った? 東部山岳地帯の傭兵たちに壊滅的な打撃を与えた? それとも忌まわしい精霊帝国の貴族であるケヴィン・フォン・キリンガーの殺害に成功したか?


 いずれにせよ、我々は血だまりの中にたったままで、笑顔を浮かべている。酷く不気味な雰囲気だ。流された血は精霊帝国のものがほとんどだが、こちらも犠牲者を出していないわけではない。この血だまりには味方の血も混じっている。


 だが、それがどうだというのだ。


 ここに名誉も栄光もなかろうと勝利は勝利だ。


 勝利とは輝かしいものであり、血に塗れていても美しい。いや、血に塗れているからこそ美しいというべきなのかもしれない。


 我々は勝利した。それでいいのだ。


「ヤシロ様。エリスさん、お綺麗ですよね」


 いつの間にかエーデが俺の脇にやって来てそう告げた。


「ああ。綺麗だね。彼女が女王になるならば多くの人々が後に続くだろう」


 憎悪と殺意と殺戮の嵐の中に、喜んで進んでいくだろう。女王のために、民族のために、国家のためにという言葉を信じて、大勢が犠牲になってくれるだろう。


 それで英雄になりたければご自由に。英雄の死はペネロペが盛り立ててくれるだろう。彼女はゲッペルスが乗り移ったかのようなプロパガンダの達人だ。


「ヤシロ様? 具合が悪いのですか?」


「そんなことはないよ。ただ、これからのことを考えていただけだ」


「そうですか……」


 エーデには人の思いを見透かすような行動を取ることがある。それが俺にとっては心配な点だった。今はまだ俺は精霊帝国打倒のために動かなければならないのだ。仲たがいをしているような余裕はない。



 ただ、エーデならば俺の本性を知っても受けいれてくれるのではないかという一筋の思いが頭を横切った。



「それにしても今日は君も綺麗だね」


 エーデは青色のドレスを身に纏い、この場に立っていた。


 ドレスは恐らくコルセットを嵌められ、エーデの女性的な体をより魅力的にしている。コルセットがあまり健康にはよくないとしても、美しさは本物だ。


「ありがとうございます、ヤシロ様。アティカ様が選んでくれたんですよ」


 そう告げてエーデはスカートの裾を僅かに揺らす。


 こうしていると年頃の少女に見える。あの銃剣を振り回し、敵を八つ裂きにする血塗れの姿は想像できない。


 どちらがエーデの本性なのだろうか。目の前にいる年相応の姿が彼女の正体なのか、それともあの血塗れの姿こそが本当のエーデなのだろうか。


 どちらでも構いはしまい。正体が分からないのは俺とて同じだ。エーデには俺がどのように映っているのだろうか。人の犠牲を考えない冷徹な殺し屋か、あるいはエーデに形だけは同意して見せるペテン師か。


 俺はそのどちらでもないと否定はできないのだ。


「ヤシロ様」


 そこでエーデが俺の手を握った。


「大きな手ですね」


「そうかもしれない」


 一般的な日本人よりもやや大柄な俺の手は少しばかり大きいだろう。


 エーデはその手をじっと握りしめた。


「どうしたんだい、エーデ」


 俺は怪訝に思ってエーデにそう尋ねる。


「どこにもいかないでくださいね、ヤシロ様。ずっと一緒にいてください」


「それは……」


 それは無理だ。


 俺はこの世界を混乱に突き落としたら、それで精霊帝国が崩壊したら、自分の世界に帰る。ここには残らない。エーデもここに残して、混乱だけが残る大地を後にするだろう。中央アジアの作戦がそうであったように。


 だが、それでいいのだろうか。


 エーデは買収した軍閥でも、抹殺対象に変わるテロリストでもない。純粋に俺のことを信頼してくれているのだ。


 人から疑われることには慣れていた。日本情報軍の軍人というのは疑われるものだ。だが、人から信頼されることには慣れていなかった。人に信頼されるということが、これほどの苦痛であることなど理解していなかった。


 苦痛だ。人の無償の信頼というものは苦痛だ。


「そうなるといいね」


 俺はその苦痛の中でそうとだけ告げた。


「ええ。そうなるといいですね」


 エーデは穏やかに微笑む。


 俺はその笑顔を前に何も言えなかった。


……………………


……………………


 トゥーリオの情報源から黒書騎士団はパドヴァ市の戦闘において、それなり以上の打撃を受けていることが分かった。


 兵士たちは勝利を謳ったが、あれは全くの出鱈目ではなかったということだ。


 黒書騎士団は戦力のうちの4分の1に死傷者を出し、帝都シオンに撤退した。


「いよいよ反撃の時だ」


 俺は青妖精族の隠れ里で提供された家屋の中、自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会の代表たちを前にそう告げる。


「黒書騎士団は撃退できた。暫くは彼らも動けないだろう。その隙に南部とルンビニ公国を奪還し、次はティベリア藩王国を落とす」


 黒書騎士団という最大の脅威がなくなった今こそ、反撃の機会だ。


「ティベリア藩王国? バルフ王国ではなく?」


「聖剣はバルフ王国にあるのでは?」


 バルトロとマルコムが怪訝そうな表情を浮かべてそう尋ねる。


「我々はミラ国内軍という味方を得た。これを活かさない手はない。これからもミラ国内軍と連携を保つために先にティベリア藩王国を落とす。ティベリア藩王国ならば、ミラ国内軍との連携が可能だ」


 我々はようやく友軍を得ている。


 ミラ国内軍の存在は我々の今後の闘争において欠かせないものだろう。彼らはミラ王国の再興という目的で精霊帝国と戦っており、ティベリア藩王国で戦う理由がある。そして、我々は彼らの信頼を得ており、共同作戦に問題はない。


 我々がティベリア藩王国を落とさずにバルフ王国に直行すれば、ミラ国内軍は孤立し、最悪再び全滅の危機に晒されるだろう。せっかく得た味方をそのようなことで失いたくはないものだ。我々の人的リソースは限られているのだから。


「つまり魔族──青妖精族のためにティベリア藩王国を狙うわけか?」


「これは我々のためでもあるのだよ、レオナルド」


 レオナルドが嫌悪をにじませる表情で尋ねるのに俺はそう返した。


「エーデの聖剣が位置するユスティニアヌス大聖堂の位置はティベリア藩王国と国境を接した付近にある。そして、バルフ王国はティベリア藩王国よりも広大だ。バルフ王国を落としてから聖剣を奪還するよりも、ティベリア藩王国を抜けて聖剣を奪還する方が効率がいい。そうではないかな?」


 俺の説明したようにバルフ王国は北部に広く広がり、その面積はティベリア藩王国を上回る。我々が聖剣を奪還するために馬鹿正直にバルフ王国を攻略していたら、時間がかかりすぎる。それならばティベリア藩王国を先に落とし、ティベリア藩王国を抜けてユスティニアヌス大聖堂を強襲する方が理にかなっている。


「別にバルフ王国全土を落としてから聖剣を奪還しに行かなくともいいだろう。俺たちが南部でやったように神出鬼没に攻撃を仕掛けて、ユスティニアヌス大聖堂を襲えばいい。ティベリア藩王国を先に落とす必要はないはずだ」


「敵も学習しているよ。恐らくバルフ王国では検問が密に行われているだろう。ティベリア藩王国でも都市の警備は固かった。それにバルフ王国には厄介な黒書騎士団団長ヴィクトリア・フォン・リンドルフがいる」


 俺のその言葉にエーデが僅かに反応した。


 ヴィクトリア・フォン・リンドルフ。エーデの家族と隣人を殺した女だ。


「黒書騎士団の再編は恐らくヴィクトリアの指揮下で行われているだろう。わざわざ再編にまで追い込んだ相手の懐に飛び込む必要はない。ここは大人しくティベリア藩王国をミラ国内軍とともに落とす方が理性的だ」


 俺はそう告げて列席者を見渡した。


「あたしは異論はないよ。ミラ国内軍とは仲良くやっていくべきだと思うな。こうしてあたしたちに隠れ家まで提供してくれたわけだし」


「俺も異論はない。ヤシロのやりたいように進めてくれ」


 ペネロペとバルトロがそう告げる。


「レオナルド。あなたも異論はないか?」


「好きにしろよ」


 この戦争が終わってしまえば、ミラ国内軍との関係を維持する必要もなくなる。そうなったとき自由エトルリア同盟がどう動くかは分かったものではない。何かしらの不信感や意見のすれ違いが生じていれば、それが爆発することはありえる。


 その時火をつけるのはレオナルドだろう。彼は嬉々として青妖精族の攻撃に賛同するに違いない。彼は精霊帝国の敵だが、民族主義者なのだ。


「では、まずは南部とルンビニ公国を奪還する必要がある。残置諜者の情報では、警戒態勢は格段に下がり、今はひとりの代官が後任が決まるまで暫定的に統治しているとのことだ。我々はこの代官を暗殺し、精霊帝国に支配は絶対ではないことを教える」


 南部とルンビニ公国では、今は代官による暫定統治が始まっている。精霊公の後任が決まればその人物に統治が任されるのだろうが、今はまだ決まっていないようだ。


 そうであるならばその代官を暗殺し、抵抗運動レジスタンスが再び南部とルンビニ公国で活動を始めたということを民衆と精霊帝国に示そうではないか。


 一度は精霊帝国の支配が緩んだ場所だ。その地盤は安定していない。黒書騎士団の攻撃で民衆は一時的に震え上がっただろうが、その恐怖の分だけ憎悪も蓄積している。我々が代官を暗殺すれば、再び抵抗運動の炎は燃え上がるだろう。


「あの、我々が南部やルンビニ公国に移動することを青妖精族の人たちは認識してるんですか? 武器の供給問題とかありますし」


 そこでペネロペが疑問の声を上げた。


「その点は問題ない」


 そう答えたのは俺ではなくエリスであった。


 カミルを引き連れた彼女がこの家屋の玄関に立ち、我々を見渡していた。


「我々はそちらからこれから戦っていくのに十二分の武器を受け取っている。そうだな、コシチュルシュコ元帥?」


「はっ。その通りであります」


 エリスが告げるのに、カミルが頷いて見せた。


「エリス陛下の言うように問題はない。少なくとも3年は戦えるだけの武器弾薬は渡してある。そして、我々がティベリア藩王国を押さえるならば、兵站ルートが確立される。それまで戦えればそれでいいのだ」


 俺の言葉にバルトロとレオナルドは不愉快そうだった。


 無理もない。現代兵器のアドバンテージは彼らがよく知っている。あれがあれば大量虐殺が可能なことは彼らも認識してるのだ。


 それを民族の異なる青妖精族に渡すということは、自分たちのアドバンテージを失うであろうことも彼ら認識している。自分たちがそのアドバンテージを失えば、将来的に青妖精族が台頭したときに対応できないことも。


 彼らには勝手に殺し合ってもらうとしても、それは戦後の話だ。今は一致団結して精霊帝国を倒さなければならない。ウィンストン・チャーチルが言ったように悪魔とでも手を結ばなければならないのだ。


「これで疑問は解消できたかな。できれば、明日の早朝にはここを発ちたい。それまでに各部隊で準備を整えてもらえるか」


「分かった。準備させよう」


 俺の言葉にここにいる大多数の戦闘員を束ねるバルトロが頷いた。



「それでは我々の行く先に勝利があることを願って」



 願うのではなく、行動しなければそれは手に入らないのだが。


……………………

面白そうだと思っていただけましたら評価、ブクマ、励ましの感想などつけていただけますと励みになります!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新連載連載中です! 「人を殺さない帝国最強の暗殺者 ~転生暗殺者は誰も死なせず世直ししたい!~」 応援よろしくおねがいします!
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ