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東部山岳地帯の支配者

……………………


 ──東部山岳地帯の支配者



 ケヴィンの屋敷には正面から踏み込んだ。


 使用人たちは先ほどの重迫撃砲の砲撃で怯え竦んだようであり、下層民である使用人たちの姿は見えない。好都合だ。


 我々は慎重に一部屋ずつ確認していき、ケヴィン・フォン・キリンガーの居場所を探す。後、運が良ければエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンの居場所も。


 途中、屋敷の警備に当たっている傭兵たちに出くわしたが彼らの規模は小さく、容易に葬り去ることが可能であった。サプレッサーに抑制された銃声が微かに響き、傭兵たちはそこら中で血の海を築いていっている


「エーデ。貴族の反応は」


 今の軍用ロボットも使えない状況ではエーデの感覚を当てにするしかない。


「4つです。うち3つは同じ部屋。1つは部屋の外と思われます」


「面倒だな」


 これがバラけていれば各個撃破していけるのだが、纏まっていると乱戦になる。そういう戦いは制御が困難で、とにかく銃弾をばら撒くというものになりがちだ。


 だが、ある意味では好機だ。タイトなスケジュールだったが、そこにエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンもいるならば、纏めて始末できる。もっともケヴィンと一緒にいるのがエルンストと決まったわけではないのだが。


「間もなくです。2階、距離300歩」


 エーデのその言葉で俺はゆっくりと階段を上る。


 外から響く銃声が未だやまず、彼らが健在であることを教えてくれている。彼らは任務を果たしている。我々も果たさなければなるまい。


 階段を上り終える寸前、敵の姿が見えた。


 扉の前に陣取るようにして佇んでいる男。そのプレートアーマーと腰の杖から魔術師であることが見受けられた。あれは黒書騎士団の騎士だな。


 俺は慎重に男の頭に狙いをつけて、引き金を引き──。


「騎士カスパー──」


 俺が騎士の頭を弾き飛ばしたのと、中から人間が出てきたのは同時だった。


「なっ! 敵襲!」


 中から出てきた女が声を上げ、それと同時に氷の壁が形成される。


「AT4、射撃準備」


「AT4、射撃準備よし」


 俺はそんな状況になっても、恐怖心を覚えずに、命令を下していく。


 室内でも使用可能なように改良されたAT4対戦車ロケットが構えられ、それが氷の壁を狙う。これが壊れたら一気に中に斬り込む。事前に把握している部屋の構造からして、部屋はそれなりに広い。鉛玉をばら撒くことになりそうだ。


 しかし、事前に余計なことを考えていたせいだろうか。部屋の中の女の足音を見落とすとは。ナノマシンに補正された聴覚ならば、聞き取ることは不可能ではなかったはずだ。いくら外でけたたましい銃声と迫撃砲弾の炸裂音が響き渡っていようとも。


「AT4、撃ち方始め」


「AT4、撃て!」


 号令とともに対戦車ロケットが氷の壁を消し飛ばす。対戦車榴弾に抉られた氷の壁は大きな入り口を示し、同時に扉も吹き飛ばしてくれた。


「突入だ。弾をばら撒け」


 俺はそう告げて部屋に向けて突進する。


「このっ! 刃よ!」


 氷の壁の破壊された向こうには先ほどの女がいる。俺は走りながら銃口を女の頭に向けて、引き金を絞った。


 それはそのままならば確実に女に命中しているはずだった。


 だが、そうはならなかった。


 突如として衝撃波が吹き荒れ、俺の放った銃弾も女もそれに巻き込まれた。


「アリス! 引け! ここで戦っても負けるだけだ!」


「ですが!」


 俺が衝撃を押しのけ部屋の中に突入すると部屋には3人の人間がいた。


 ひとりは先ほどの女。再び氷の壁を展開しつつある。


 ひとりは若い男。衝撃波を発生されたのはこの男だろう。恐らくはこの人物こそ黒書騎士団副団長のエルンストに違いない。


 ひとりは中年の男。何が起きたのかも分からないという表情で、呆然としている。


 俺は若い男を一番の脅威とみなし、銃口を向ける。


「はあっ!」


 若い男が短くそう叫ぶと、火球が形成されてこちらに飛来してきた。


 これは不味いやつだ。


「下がれ、下がれ」


 俺は命令を叫び、部屋の中から一時的に撤収する。


 それとほぼ同時に火球はケヴィンの屋敷の壁を吹き飛ばし、軍用爆薬でも使ったかのような大穴が空いた。我々は巻き上がる噴煙に咳き込みながらも、目標を探して周囲に視線を走らせる。もはや人影を見つければ引き金を引けばいい。


「賊どもめ」


 男の声が聞こえそちらに銃口を向ける。


「いずれ貴様らも偉大なるモレク陛下が治められる精霊帝国から抹消してやる。だが、それは今日ではない。明日でもないだろう」


 男は氷の壁に守られていた。


 俺はそんなことを無視して銃弾を浴びせかける。氷程度ならば銃弾でも削れないことはない。上手くいけば砕ける。


「このエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンが必ず貴様らを抹消する。その日を楽しみにしておけ」


 男はそう告げると氷の壁の前方に火球を形成し、それを放ってきた。


「伏せろ」


 俺が命令を発し、全員が床に伏せる。


 火球は再び屋敷の壁に命中し、屋敷を揺るがす炸裂を引き起こした。


 天井の一部が崩落し、我々に襲い掛かる。


 そして、再び顔を上げたとき、そこにエルンストと女の姿はなかった。


「まだ距離500歩以内の場所にいます。追撃しますか?」


「やめておこう。我々の存在は既に知られ、光源もできた。黒書騎士団がこちらが本命だということに気づいて引き返してくる前にケヴィンを殺さなければ」


 エーデがそう告げるのに、俺は首を横に振ってそう返した。


「では、ケヴィンを」


「ああ」


 俺たちは再び室内に突入する。


「畜生。役立たずの青二才どもめ」


 そこには杖を構えたケヴィンがいた。


「そこまでだ。死んでもらおう、ケヴィン・フォン・キリンガー」


「はんっ! ふざけるな。誰が下層民ごときにやられるか。こちとら伊達に傭兵をやってはいないんだよ!」


 ケヴィンがそう告げると衝撃波が形成される。ユーディトと同じ技だ。


「ヤシロ様。私が斬り込みますので、援護を」


「分かった。援護しよう」


 エーデはそう告げて床を蹴って跳躍し、ケヴィンとの距離を詰める。


「そんなものでこの俺をどうこうできるとでも──」


 ケヴィンは暴風を巻き起こらせながらそう言いかけて、次の瞬間目を見開くと床を転がって回避行動を取った。


 だが、それでもケヴィンの杖を握っていた片腕が銃剣によって“切断”され、彼の立っていた位置には正確にエーデの銃剣が突き立てられている。


「ま、まさかお前がアッシジの悪魔憑きか……? マントイフェル公やファルケンホルスト公を殺したっていうアッシジの悪魔憑きなのか……?」


 銃剣を装着したM14自動小銃を構えるエーデを見て、急にケヴィンが震えた声をあげる。まるで死神でも目にしたような顔をしている。


「そうであれば、どうだというのですか?」


 片腕を失い、流れる血を止められず、エーデを見るケヴィンにエーデがそう尋ねた。どこまでも冷たく、それこそ死者の発する声のように冷たく。


「取引をしよう。俺は聖剣のある場所を知っている。お前には聖剣が必要なんだろう? 何せ聖剣の聖女って話だったそうだからな」


 聖剣。


 そういえば、エーデはそんなことを言っていたな。“万物破壊の聖剣”という物騒な代物を手にして、ようやく自分は聖女であると名乗れるのだとか。


 エーデは聖剣などなくとも十二分に血塗れの奇跡を示しているため気にすることはなかったが、エーデとしてはやはり聖剣は必要なのだろうか。


「聖剣はどこにあるのですか?」


 エーデが静かに尋ねる。


「聖剣はバルフ王国の南端に位置するユスティニアヌス大聖堂の地下監獄だ。俺たちが護衛を務めたから間違いない。地下にある監獄の中に聖剣は封じ込められている。なあ、俺はちゃんと聖剣の存在位置を教えたぞ。だから、あんたも──」


 ケヴィンがそう言いかけたとき、ケヴィンの喉に銃剣が突き立てられた。


「精霊帝国の貴族を、圧政者を生かしておくわけにはいかないのです」


 エーデは喉を掻きむしるケヴィンを見下ろすと、喉から銃剣を引き抜き、次は心臓にそれを突き立てた。ケヴィンの体は僅かに痙攣すると、その後は静かに血の海の中に沈んでいった。これがこの男の呆気ない最後であった。


「目標は始末しました」


 エーデは確認殺害のためにケヴィンの頭に銃弾を叩き込み、笑顔でそう告げた。


「上出来だよ、エーデ。では、撤収するとしよう。恐らくは酷い見送りを受けることになる。黒書騎士団は我々をそう簡単には帰してくれないだろう」


 我々はエルンストともうひとりの女を逃している。それが黒書騎士団本隊を動かすことは間違いなかった。城門での戦闘は陽動であるとばれるだろう。


 それならば、敵の歓送委員会が出てくる前に逃げ出さなければ。


「ブラヴォー・ゼロ・ツーよりチャーリー・ワン・ゼロ。砲撃支援を要請する。位置はそちらの端末に送信した」


『了解。目標は殺せたのか?』


「半分は目的を達成した。残り半分には逃げられた」


『畜生』


 俺が軍用規格のタブレット端末で砲撃位置を指定するのに、マルコムがそう告げて返してきた。我々の作戦にかかった時間と費用を考えれば、我々が両方の目標を始末することは望まれていたことであっただろう。


 だが、目標の半分──黒書騎士団副団長エルンストには逃げられた。そして、警報を発されつつある。迅速にこの場から離脱しなければ。


「撤収だ」


「了解」


 俺たちは屋敷を出ると、家屋の屋上にロープでよじ登る。


 通りを進めば間違いなく黒書騎士団と遭遇する。離脱地点までは家屋の屋上を進んだ方が得策だ。無論、絶対に安全だということはないが。


「敵襲、敵襲!」


 通りは案の定、黒書騎士団の騎士たちが馬で駆け抜けていた。向かう先はケヴィンの屋敷だ。我々はそれを刺激しないように用心深く、屋上を移動していく。


「各員、発砲は絶対に控えろ。発砲は許可しない」


 俺の率いる1個分隊の戦力は通りを進む黒書騎士団の騎士たちに殺意の視線を向けていた。だが、こんなところで戦闘を繰り広げるわけにはいかない。こちらの遮蔽物はあまりにも少なく、ここは敵地のど真ん中なのだ。


「いいんですか。あいつらを生かしたままでも」


「必ずやり返す機会は巡ってくる。それを待つんだ」


 兵士のひとりが告げるのに、俺はそう返した。


 いつかは殺し合いになるだろう。相手に殺意と憎悪を抱き、人殺しの歌う日がやってくる。だが、それは今日ではない。


 我々は夜の闇の中を静かに駆け進み、黒書騎士団との交戦を避けて、城壁まで到達した。ここまでくれば逃げられたも同然だ。


「ブラヴォー・ゼロ・ツーよりアルファ・ゼロ・スリー。離脱する。そちらも準備してくれ。重迫撃砲が撤退を支援する」


『アルファ・ゼロ・スリー。了解した。撤退を始める』


 遠くで聞こえるカラシニコフの銃声がまばらになり始めた。


 我々はそのまま城壁から飛び降り、離脱地点に向かう。


 暫くして重迫撃砲弾の着弾音が響き渡った。


 重迫撃砲はケヴィンの屋敷と歩兵小隊が展開している城門の付近に砲弾の雨を降り注がせているはずだ。これで黒書騎士団も、逃げていく我々をおいそれとは追撃できないということを理解することだろう。


 離脱地点に到着したとき、そこには先に離脱した歩兵小隊がいた。バルトロもだ。


「エルンストは殺れたのか?」


「ダメだったよ。やれたのはケヴィンだけだ」


「畜生め」


 俺の言葉にバルトロが小さく悪態をつく。


「だが、全員無事だ。それは喜ぶべきことだろう?」


「そうだな。これからエルンストを殺す機会がいずれは巡ってくるだろう」


 俺の言葉にバルトロが頷いた。


 それから各城門に展開していた部隊が引き上げてきて、マルコムの重迫撃砲部隊も引き上げてきた。重迫撃砲は焼夷手榴弾で処分される予定になっており、彼らは身軽な体で離脱地点にまで集合してきた。


「諸君。東部山岳地帯の圧政者ケヴィン・フォン・キリンガーは死んだ。我々はまたひとつ精霊帝国の支配の鎖を破壊した。これは勝利だ。では、撤収しよう」


 俺はそう告げて撤収を開始した。


 歓声はない。今は静かに行動しなければならなかったし、エルンストという目標を逃しているので全面的な勝利は祝えない。


 それでも城門に展開していた歩兵小隊の話では、彼らは黒書騎士団の騎士たちを山ほど殺したそうだ。城門には死体の山ができて、黒書騎士団は壊滅的な打撃を受けたと彼らは告げる。これは大きな勝利だとも。


 もっとも彼らの言い分を全面的に信用はできない。


 戦場にいた人間の心にはバイアスがかかる傾向がある。特定の事象が誇張して表現されたり、実際にあったことがなかったと記憶されるのだ。


 この場合もそういうケースではないことは否定できなかった。


 この暗闇での戦闘だということもあって、物事は不確かに推移しただろう。照明弾の光だけでは実際に射殺した敵なのか、ただ伏せただけの敵なのかの区別もつかないはずだ。射撃の統率が取れていなければ、同じ目標に集中して弾丸を浴びせた可能性もある。


 つまり、正確に物事を評価するには客観的な情報源が必要だということ。


 だが、今はこれでいいだろう。


 我々は半分の勝利を掴み損ねた。それを紛らわすには勝利の知らせでも聞くのがいい。我々は猛々しく戦い、そして勝利したと思っている方がいい。



 それがたとえ虚構の勝利だろうとも、兵士たちには希望が必要だ。



……………………

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