最後の収穫
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──最後の収穫
もうじき冬がやってくる。
冬が訪れれば、相手の行動も制限されるが、同時にこちらの行動も制限される。
冬の寒さは各種装備を必要とするだろう。雪は我々の足を取るだろう。吹雪は我々の行く手を遮ることだろう。
そうなる前に収穫を行うことにした。
収穫すべきはケヴィン・フォン・キリンガーと黒書騎士団。
「状況はある程度掴めている」
いつもの会議の場で俺はそう告げた。
「黒書騎士団はケヴィンが屋敷を構えるパドヴァ市に展開している。数日間監視し、今も監視しているが敵が動く気配はない。敵は完全にこちらが動くのを待っている。つまりは我々はパドヴァ市に立て籠もった敵を相手にしなければならないわけだ」
俺がそう告げるのに会議室に呻き声が響いた。
精霊帝国最強の騎士団である黒書騎士団が都市に立て籠もっている。それだけで攻略が困難なのではないかと思わされているのだ。確かにあの火力を発揮する人間たちが、分厚い城壁に守られているというのはぞっとする。
「だが、ある意味ではこれは好機だ。敵は我々の側に主導権を委ねている。いつ、どのように、どの程度の規模で我々がパドヴァ市を攻撃するかは我々で決められる」
そう、主導権は攻撃によって握られる、だ。
サッカーで勝利したければ、常にボールを握って主導権を確保しておかなければならないように、戦争に勝ちたかったら、常に攻撃を続け主導権を確保しておかなければならない。それがある種の鉄則だ。
今回、我々はルンビニ公国と南部から撤退するという行為で一時的に主導権を失っていた。今回の攻撃はその失われた主導権を握り返す機会である。
「黒書騎士団を相手に勝てるのか?」
「相手の火力は確かに絶大だ。あまりにも絶大だ。だが、それを発揮するにはある程度目標を視認できていなければならない。そうでなければ放たれる攻撃は明後日の方向を焼き払うだけに終わるだろう」
「つまり夜襲か」
バルトロの理解は早かった。
「そう、夜襲を選択する。敵をこちらの火力で混乱させ、暗闇の中で目標を仕留める。ケヴィン・フォン・キリンガーと黒書騎士団副団長のエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンの両名を討ち取る」
黒書騎士団を全滅させられれば一番いいのだろうが、そんな余裕はない。敵は絶大な火力を誇っている魔術師集団であり、危険な敵なのだ。教会騎士団のときとはわけが違う。なので今回狙うのはまずケヴィン・フォン・キリンガー。そして、余裕があれば今は黒書騎士団の指揮を執っているというエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンを狙うことにする。
時間帯と戦闘規模はこちらで選べても、敵が動かない限り決戦地点は選べない。黒書騎士団を始末するならば、もっとこちらにとって都合のいい場所を選ばなければ。
「作戦は?」
「最初に大規模な火力を叩き込み、敵には混乱してもらう。そして、夜の闇に隠れて、ケヴィン・フォン・キリンガーを暗殺。その後、可能な限り黒書騎士団に打撃を与える。幸いにしてパドヴァ市そのものの警備は固いが、周辺のパトロールは厳重ではない。こちらが周囲に展開し、パドヴァ市に狙いを定める余地はあるだろう」
既に偵察で敵のパトロールについても把握している。敵のパトロールは4名単位の小部隊が9時間ごとに周囲を捜索するだけだ。その程度の甘い警備ならどうとでもなる。
「では、パドヴァ市を強襲し、ケヴィン・フォン・キリンガーを暗殺することについて異論はあるだろうか?」
俺が最後にそう尋ねた。
これが上がらない。
決まりだ。我々はついに黒書騎士団に逆襲する。
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動員された戦力は約400名。
うち歩兵小隊8個、重迫撃砲小隊2個8門。
重迫撃砲は強化外骨格を装備した兵士たちと鹿が運搬し、配置につく。運搬するといっても現地で購入しているので、移動する距離はそう長くはない。それでも重い120ミリ迫撃砲弾を輸送するのは一苦労だ。
これほどの大口径迫撃砲弾となると自走化するのが望ましいが、自走化は便利ではあるのだが目立ちすぎるし、取得しなければならない技術が増えるし、何より価格が高い。今は自走化することは諦めておくしかないだろう。
重迫撃砲小隊が展開するのを確認して、我々はパドヴァ市に接近する。
パトロールの時間は分かっている。
交代までは9時間。それだけあれば十二分の行動はできる。
「見えたか?」
「見えました。敵のパトロールです。出発して1時間というところですね」
先に派遣しておいた偵察部隊が報告する。
「確認した。では、排除しよう」
時刻は0240。周囲はパトロールに出た傭兵の灯す松明の光でうっすらと照らされているだけで闇の中に沈んでいる。
「エーデ。来てくれるか」
「はい」
俺の言葉にエーデは嬉しそうに応じた。
エーデは俺について回っているときは常に幸せそうだ。ここ最近は特に。
俺がエーデを置いて暗殺任務に勤しんでいたためだろうか。聖女と勇者の絆というものを信じる彼女にとっては耐えがたい時間だったのだろうか。俺には知りようのないものだ。
人への共感を失い、感情を失った日本情報軍の軍人は演技する。それを論理的に考え、あたかもそれを理解しているように振る舞う。いわゆる、中国語の部屋問題。我々は理解ではなく、計算して感情があるかのように見せかける。
感情の全くない、共感性の全く欠如した人間とは、いかに野蛮な軍閥でも取引を拒否する。それは不気味だからだ。まるで死人が歩いているのように死んだ目をした日本情報軍の軍人を相手にするというのは、無数の死体の山を築いてきた軍閥でも信用できないということである。
だから、我々は感情をエミューレートする。
普通の人間ならばこう感じる、こう思うという感情を論理的に思考し、それに従って感情の真似事をする。時に怒り、時に悲しみ、時に喜び、そうやって自分たちに感情があるかのように周囲に見せかける。
実際にその仮面の下は虚無だ。
俺は鈴谷の死を見ても、彼女の死体を運んでも、彼女の家族にお悔やみの手紙を書いても全く何の感情も湧き起こらなかったように、完全な虚無だ。
ぼんやりと光を吸い込むブラックホールのような闇があり、その周囲を偽りの感情を弾き出すナノマシン群が群がっている。ナノマシンは不要な感情をブラックホールに放り込み、論理的に思考された結果である効率的な感情を仮面として手渡す。
俺たちはそれを被り、任務を遂行する。
今の俺はエーデに共感しているように見えるだろう。そうすることが効率的だと考えているからだ。日本情報軍の対尋問スキルとナノマシンの“恩恵”もあって、自分の素の感情──すなわちは虚無──を見せることなく、俺はエーデに接している。
それでいいのだろうか。
エーデは本当に俺を信じてくれている。金で釣った軍閥とはわけが違う。俺の行為はある種の裏切りなのではないだろうか。
俺に事実がどうなのか判断することはできず、俺はただ虚無を抱いたままだ。
迷彩服5型は我々の姿を周囲の景色の中に溶け込ませ、我々は確実に敵のパトロールに迫っていく。エーデの他に2名、シンドーナ兄弟が我々に続いて進み、パトロールの背後に回り込む。その手にコンバットナイフを手にして。
──3秒後に仕掛ける
俺がハンドサインでそう合図し、エーデとシンドーナ兄弟が頷く。
俺はパトロールの背後に完全に回り込んだ。俺の手にあるコンバットナイフの炭素鋼の刃が黒く鈍く輝く。
3、2、1。
俺たちは一斉にパトロールに飛び掛かる。パトロールの喉が引き裂かれ、悲鳴を上げそうになっている口を完全に塞いで敵が失血死するのを待つ。
敵は数秒痙攣したが、それだけだった。
「松明を消せ」
「了解」
シンドーナ兄弟がパトロールの松明を集めて水をかけて消火する。
松明の光が消えてしまえば周囲は完全な暗闇だ。俺もナノマシンで補正された視野がなければ何も見えないだろう。
「ブラヴォー・ゼロ・ツーよりチャーリー・ワン・ゼロ。砲撃を始めてくれ」
『了解』
重迫撃砲はそれを使った経験のあるルンビニ革命議会の部隊に任されていた。後方から重迫撃砲の砲声が微かに響いてくる。
重迫撃砲弾は大きな弧を描いてパドヴァ市に落下する。それを妨げるものはない。
炸裂。
迫撃砲弾は市街地に着弾し、それから暫くして続けざまに爆発音が響く。
警報の鐘の音が響き始め、周囲が瞬く間に戦場に変わった。
「ブラヴォー・ゼロ・ツーよりアルファ・ゼロ・スリー。撃ち方自由。城門を出た人間全てに銃弾を浴びせかけてくれ。城壁から誰も出さないように」
『了解』
俺の命令にバルトロが了承の返事を返してくる。
「さて、俺たちも仕事といこうか」
俺はそう告げて俺の率いる部隊を振り返る。
青妖精族の兵士、ルンビニ公国の兵士、南部の兵士。国籍を超え、種族を越えた、ともに危険を乗り越える兵士たちの絆で結ばれた1個分隊の兵士。
これは妥協の産物であった。この東部山岳地帯を支配するケヴィン某を殺すのに、誰が銃弾を叩き込むのかという問題への妥協の産物。
ミラ国内軍は自分たちこそがやるべきだと主張したし、自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会も自分たちの故郷を焼いた黒書騎士団にやり返すのは自分たちだと主張した。だから、全員の意見を反映させるべく、全ての組織の兵士を参加させたのだ。
これは政治以外の何の意味もない合同部隊だ。人材は優れたものを集めたものの、普段からともに戦っている仲間の方が1個分隊程度の戦術単位ならば、意思疎通に問題は生じないだろう。だからといって、1個分隊以上の戦力を忍び込ませるのは難しい。
万が一の場合のバックアップに2個分隊。それは城壁の外に待機させる。
我々1個分隊はこれから城壁内に侵入し、暗殺を実行。
黒書騎士団への打撃は、彼らが城門から打って出れば自然に発生する。城門の外にはキルゾーンが設定され、そこに入り込めば鉛玉の嵐で歓迎されるのだから。
この暗闇だ。黒書騎士団が火力を発揮しようにも敵の姿が確認できなければ、その膨大な火力も無駄なものとなる。こちらは既に手投げ型のドローンを打ち上げて、地上を赤外線センサーで見下ろしているのに対して、相手は松明と篝火の明かりを頼りに戦わなければならないのだ。その差は歴然としている。
いくら膨大な火力があろうとも照準できなければ意味はなし。
我々は城門から黒書騎士団が出撃するのと入れ替わるようにして、城壁内に侵入する。城壁の壁を伝ってロープでよじ登り、人工筋肉にものを言わせて、屋上を駆け抜ける。
今回の装備はエーデを除いて日本情報軍のドレスコード通りだ。
遺伝子改変種の海洋哺乳類をバラバラにして作った強化外骨格。磁気流体とケブラー繊維の二重装甲になっている防弾チョッキ4型。環境適応迷彩機能が備わった迷彩服5型。傷口を圧迫し、止血とテーピング、消毒の全てを自動的に行ってくれるナノスキンスーツ。大盤振る舞いだ。
今回は相手が相手なので装備はちゃんとしたものにしておきたい。これに加えてエーデ以外には暗視装置も支給されている。暗闇の戦闘でも問題はない。
後はケヴィン某が逃げ出す前に鉛玉を叩き込んでやるだけだ。
索発射銃でロープを城壁に引っ掛け、強化外骨格の人工筋肉を使って俺たちは蜘蛛のようにスムーズに城壁をよじ登る。城壁上部の敵は城門の方に集まっているのか、こちら側にその姿は見受けられなかった。
「クリア」
城壁のクリアリングを終えると我々は家屋の屋上に飛び移る。
ここに暮らしているのはケヴィン某と他の貴族たち、そしてそれを相手に商売している下層民だけだ。奴隷はいるかもしれないが、今の段階で彼らの犠牲を考えるような余裕はない。重迫撃砲弾で死んだならば、運が悪かったとしか。
そして、交戦規定は目に見えるもの全てを撃て、だ。
今回使用する銃火器はAKM自動小銃にサプレッサーを装着したもので、静かな射撃を実現している。城門で自動小銃や機関銃、軽迫撃砲が大騒ぎを起こしているならば、こちらに気づくことはまずないだろう。
俺もHK416自動小銃にサプレッサーを装着し、天使のように静かに民家の屋上を駆け抜けていく。俺の後に続く兵士たちも物音を立てない。
遠くからカラシニコフの銃声が響いてきた。どうやら始まったらしい。
重迫撃砲はこれからは砲撃支援要請がない限りは砲撃しない。そして、次に砲撃するときは我々が離脱するときのことになるだろう。
遠くからけたたましい機関銃の音色も響き始め、いよいよもって戦場が戦場らしくなっていく。殺意と憎悪が推進する人殺しの輪が広がっていく。この世界も、この都市も、混乱に向けて落ちていく。
これまでそれは快楽だった。
鈴谷が死んだ時から、俺にとって混乱は快楽であった。
それがどういう心理状態なのかは分からない。俺は鈴谷を殺した中央アジアの人間に復讐するために混乱を広げているのかもしれなかったし、そうではないのかもしれなかった。俺はただ単にそういう嫌な奴だったという可能性もある。
軍の精神科医も、民間軍事医療企業の精神科医も、俺の脳に蠢くナノマシンを調節する技術者たちも、俺に異常を見つけ出さなかった。高精度脳波測定装置の数字において、俺は日本情報軍の軍人に求められる“フラットさ”を有していた。
物事に動揺しない。惨劇にショックを受けない。敵に同情しない。戦地における民間人を哀れまない。そのような日本情報軍の軍人に求められる全てにおいて、俺は完全にフラットであった。何も感じはしなかったのだ。
近代の軍隊が基本にしているオペラント条件づけにおいて、殺人は条件反射的に行われる。ただ、訓練の過程において“目標を倒した”ことや“生き延びた”ことは正の強化として行動心理学的に肯定される。
上官からのお褒めの言葉や同僚たちからの祝福。そういうトークンの集まり。それがVR訓練においても行われ、そして実戦においても俺たちはナノマシンによって適切にコントロールされた心理状態で、論理的に、条件反射的に引き金を引く。
“やあ。よくやった。この調子でいけば実戦にも出れるぞ”という言葉は12歳の子供兵を殺すことを肯定し、“お前は凄いな。こんなに難しい訓練を潜り抜けるなんて!”という言葉は戦友が隣で死んでいるのに引き金を引き続けることを肯定する。
実験用のラットが餌をもらうように我々は肯定の言葉と称賛を受け、条件反射はより強化される。だから、俺は鈴谷が隣で撃たれた瞬間も何も感じることなく、子供兵の頭に二連射を決めることが出来たのだ。
だが、殺人そのものに快楽はないはずだ。いくら日本情報軍のお歴々が戦闘を効率的に進めようと考えても、殺人行為に快楽を見出すような異常者を生み出してしまっては、ただの技術の無駄遣いだ。
だというのに、これまで俺は混乱に沈んでいく世界に快楽と安堵を覚えていた。
だが、今はさほどそうでもない。
確かに混乱に落ちる世界には達成感を感じる。自分が主人公にならず、外から手を加えて世界を引っ掻き回すのは達成感と混乱への仄暗い感情を感じさせる。だが、それは以前のような心穏やかになる快楽ではなかった。
理由は分かる。
エーデだ。
彼女の存在が俺から混乱に対する仄暗い感情や快楽を奪い去ろうとしている。奪い去るというと些か語弊があるかもしれない。彼女は俺の起こした混乱による快楽よりも、エーデが願う精霊帝国の破壊ということに心理的な“餌”を与えているのだ。
俺の混乱へのトークンは何もなかった。ただただ混乱は広がるのみであり、そこに俺への見返りなどなかった。そこに俺がどうして快楽を見つけ出したのかは謎だ。
カラシニコフの硝煙、日本製のピックアップトラックの排ガス、人間の焼ける臭い。そういうものに行き場を見つけていた俺にエーデは別の道を示した。
同じように世界を混乱に突き落とす。ただ、それは精霊帝国を崩壊させるためにである。これまでのように憎悪と殺意を掻き集め、ただ人々を殺し合わせるだけではなく、精霊帝国の破壊ということにエーデは俺を補正しつつある。
エーデは俺が作戦に成功すれば笑みを浮かべて歓迎するし、俺のやること全てを肯定していく。精霊帝国破壊のためになるならば、エーデはどこまでも俺に優しく接してくれる。そこに打算などなく、純粋な好意であることは日本情報軍の尋問技術を身に着けている俺からすれば容易に分かることであった。
そのエーデの気持ちに答えようという気持ちがどこからか湧き起こってきたのだろう。彼女が俺に与えたトークンはそれなりのもので、正の強化をするには十分だった。
俺は実験用のラットのようにエーデの期待に応えようとしている。エーデが俺の期待に応えようとしているように。
だが、この感情は必要ない。ナノマシンが握り潰すべきものだ。俺は俺のやりたいようになる。まだ混乱への快楽を完全に失ったわけではないのだから。
「間もなくケヴィン・フォン・キリンガーの屋敷だ。ここはまだ警備されているだろう。それに精霊帝国の副団長もいるかもしれない。用心してかかるとしよう」
我々はケヴィン某の屋敷の塀を飛び越えると周囲をクリアリングする。
敵影は正門に4名。前庭に4名。
「3カウントで仕掛ける」
俺はそう告げると傭兵に狙いを定めた。
傭兵たちの注意は完全に猛々しい戦場音楽が響いている城門に向けられている。こちらへの注意は疎かだ。
3、2、1。
俺は心の中でカウントして引き金を引いた。
8名の傭兵が一斉に地面に崩れ落ちる。彼らは自分たちが死んだことにすら気づかなかっただろう。その死はあっという間のことであった。
「では、屋敷にお邪魔させてもらうとしよう」
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