大きな獲物を仕留めよう
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──大きな獲物を仕留めよう
あのルーアン市における暗殺から我々は間髪入れずに暗殺を繰り返した。
貴族たちを狙ったテロ。それによって精霊帝国の統治は揺らぎつつある。
貴族たちは鉱山を再開させることよりも自分たちの身を守ることに熱心になり、それでも身を守れないと知ると、領地を捨てて逃げ去った。
鉱山は奴隷を放置したまま傭兵たちも引き上げ、自然と奴隷たちが解放される環境が整いつつある。まだ抵抗を企てる貴族はいるが、こちらが手当たり次第に暗殺を繰り返したおかげで、貴族たちの心も折れつつあった。
「作戦は順調に推移している」
恐怖作戦は迅速に効果を上げつつある。
貴族たちは恐怖によって恐慌状態に陥り、非効率的な戦いに臨んでいる。こちらのゲリラ部隊は敵に捕捉されることなく、都市から都市に移動し、貴族たちを殺し続けている。前線に立つ覚悟のある貴族ではなく、後方で金儲けだけを期待している貴族たちを。
「確かに作戦は順調なようだ。貴族たちは今や怯える子犬に成り下がった」
カミルは自慢げにそう告げた。
「我々の助力があったのだから当然だろ」
「成果を上げているのは自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会の兵士だけではない。ミラ国内軍も確実に戦果を挙げている」
レオナルドが蔑むように告げるのに、俺はそう訂正しておいた。
兵士同士は戦友という絆で結ばれ、今では種族の垣根を越えて団結しているものの、その上に立つ人間は未だに対立の傾向がある。まだ大きな問題にはなっていないからいいものの、上の人間に兵士たちが影響されることは避けなければ。
我々は優位に立ちつつあるが、内輪もめをしているような余裕はないのだ。
「次の目標だが、ミラ国内軍側から提案があると聞いている」
俺はそう告げてカミルの方を見る。
「ある。消さなければならない目標だ。傭兵団“黒獅子軍団”の長ケヴィン・フォン・キリンガーだ。こいつを始末しなければ東部山岳地帯に、ミラ王国に自由は訪れない」
ケヴィン・フォン・キリンガー。話は聞いている。
この東部山岳地帯一帯を支配する傭兵団“黒獅子軍団”の団長。風系統の魔術の使い手であり、それなりの魔術の使い手だそうだ。だが、黒書騎士団や精霊公になれるほどのものではなく、平均的な貴族より才能がある程度だそうだ。
そもそも傭兵団という立場が立場だ。他の貴族のように領地を持って、それを経営していくものではなく、傭兵を率いてある種の流れ者としてやっていくのは、立場としては普通の貴族よりも劣っている。
そうなったのには何かしらの原因があるのだろう。
魔術の才能があればのし上がれる精霊帝国において、そのような立場にあるのは本人が望んだのか。あるいは何かの問題を抱えていたか。
いずれにせよ、ケヴィンなる貴族には死んでもらわなければならない。
「確かにケヴィンが死に、精霊帝国東部山岳地帯一帯を支配する傭兵団に打撃が加われば、精霊帝国による東部支配は揺らぐだろう。その軍事的空白を突いてミラ国内軍が攻勢に出ることも可能になる」
ケヴィンの死は精霊帝国の東部支配における軍事担当者の死だ。
この手の作戦を我々は非公式に斬首作戦と呼ぶが、その作戦の要は軍隊に指示を出す人間を排除してしまうことにある。軍の指揮系統は上から下に命令が下されるのが一般的なものであり、その頂点をなす頭部を刎ね飛ばすことによって、指揮系統を麻痺させてしまうことがこの作戦の目的だ。
民主国家においてはその指示を下す人間は政治家であったりする。それでもお構いなしにその首を刎ね飛ばしてきたのが第101特別情報大隊だ。中央アジアにおいて我々が何名の選挙で選ばれた政治家を殺したかは数えきれない。
そして、今回も相手の軍の指揮系統を麻痺させるために斬首作戦を実行する。
傭兵団の団長ケヴィンからの命令がなければ、傭兵団は動けなくなる。その軍事的空白に攻撃を仕掛ければ、確かにある程度の戦果を挙げることはできるだろう。
だが、考えなければならないのは斬首作戦という概念が最近のものだということだ。あれは指揮通信技術が向上した現代において、全軍を動かす指揮系統が個人に委ねられていたがために成立する作戦だったのだ。
この世界の指揮通信技術と言えば、ワタリガラスを使った代物か、伝令が馬で街道を駆け抜けて伝えるようなものだ。
傭兵団は間違いなく、そんな指揮系統には頼らず、独自に行動する。
そうなることで斬首作戦の効果は薄れるのである。
だが、軍の最高司令官が死んだという事実は衝撃となるだろう。部隊の戦略移動は不可能になり、傭兵たちはそれぞれの割り当てられた場所で戦うことになる。それを各個撃破することは容易いことである。
「では、黒獅子軍団団長ケヴィン・フォン・キリンガーには我々の手で死んでもらう。何か異論はあるだろうか?」
俺はそう告げて列席した人間を見渡す。
「ちょっといいかな?」
そこで声を上げたのは意外にもペネロペであった。
「何か意見が?」
「今、黒書騎士団の動向を分析しているんだけど、どうも彼らはこの東部を目指しているみたいなんだよね。最悪、既にケヴィンと接触しているかもしれない」
ペネロペからもたらされた情報は興味深いものだった。
「それは少しばかり困ったな。黒書騎士団を相手にした戦争では、この東部山岳地帯の地形を活かし、敵を分断し、火力を発揮できないようにして追い詰めるという手はずを考えていたのだが。護衛という任務に就かれるとちとばかり面倒だ」
俺の作戦では黒書騎士団には攻勢に出てもらい、この広大な東部山岳地帯の地形を前に部隊が分断され、集中した火力の発揮が出来なくなったところをこちらの火力を以てしてねじ伏せるというシンプルな計画であった。
それが敵の指揮官の護衛についているとなると些か面倒なことになる。
黒書騎士団がどれだけの火力を発揮するかはルンビニ公国と南部の戦いでよく分かっている。彼らは現代兵器のアドバンテージを消し去るだけの火力を発揮する。
これを仕留めるには少しばかり手を回さなければ。
「まだ接触したと決まったわけではないよ? けど、黒書騎士団が東部を目指して進軍していることは事実。我々はどうやってこの問題に台頭するべきかね」
ペネロペはそう告げて列席者たちを見渡す。
「殺すべきだ」
一番に声を上げたのはバルトロだった。
「連中は俺たちの故郷を焼いた。その報いは受けさせるべきだ。このまま見ていることなんてできない。奴らはひとり残らず、皆殺しにしてしまうべきだ」
バルトロはかなり強い口調でそう告げる。
「同感だ。奴らを生かしておくことはできない。殺してしまわなければ。それがルンビニ公国で死んでいった同胞たちの仇を討つことになる」
続いてマルコムが同意した。
「妾たちとしても黒書騎士団と戦うのであれば全力で支援しよう。既に団員は12世紀前から変わってしまっているだろうが、黒書騎士団という存在がまだ存在するならば討たねばならぬ。ミラ王国を滅ぼしたのは連中なのだ」
最後にエリスがそう告げて賛同して見せた。
「やれやれ困ったことになったね?」
「焚きつけておいてよく言ったものだ」
ペネロペが舌をちょろっと出して告げるのに、俺は彼女をわずかに睨んだ。
「では、ケヴィンに加えて黒書騎士団も目標に加える。ただし、やるならば徹底的にだ。中途半端は許されない。徹底的に火力でねじ伏せ、徹底的に叩きのめす。今回ばかりは装備の大サービスだ。その分、殺したまえよ?」
重迫撃砲も投入することになるだろう。徹底的に敵を叩くには。
「やってやろう」
「連中を叩きのめす機会は逃さない」
バルトロたちが血気盛んにそう告げる。
「では、まずは偵察だ。本当に黒書騎士団がケヴィンに接触したのかを確かめ、そうであるならば十二分に対策を練る。まだ黒書騎士団がケヴィンに接触していないのであれば、接触する前に迅速にケリをつける」
まずは情報を得なければどうしようもない。
黒書騎士団がケヴィンと接触しているか否かで作戦は変わってくる。
それから接触後の対応においてもこちらのやるべきことは異なる。敵が積極的に我々ゲリラを狩り出しに動くのか、それともケヴィンの警護につくのか。
情報を集めなければ、動きようがない。
「情報収集を最優先に。ペネロペ、君にも手伝ってもらうよ」
「了解」
かくして、我々の対ケヴィン・フォン・キリンガー作戦が始まった。
恐らくはこの東部山岳地帯で最大の作戦になるだろう。
準備は万端か?
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黒書騎士団の副団長エルンスト・フォン・エルリックスハウゼンが、この地方を実質的に収めている黒獅子軍団の団長ケヴィン・フォン・キリンガーと接触したのは、八代たちが対策会議を開いてから2日後のことだった。
「東部はそこまで手酷くやられているのですか?」
ケヴィンの屋敷の応接間で、エルンストは率直にそう尋ねた。
「そうでなければ黒書騎士団の青二才どもに支援など頼ると思うか?」
ケヴィンは鍛えられた体つきをしている初老の男性で、精霊帝国陸軍の軍服によく似た意匠の軍服を身に纏い、胸には勲章を、背中には赤いマントを羽織っていた。
「青二才などとは……!」
「よせ、アリス。キリンガー閣下は試しておられるのだ」
ケヴィンの言葉に即座に反論しようとしたアリス・フォン・アイヒホルンをエルンストは抑え、余裕のある笑みを浮かべた。
「この青二才たちにできることがあれば何なりとおっしゃってください。閣下ができなかったことですらやってのけるかもしれませんよ」
エルンストがそう告げるのにケヴィンがあからさまに不機嫌な表情を浮かべる。
「そうだな。では、守ってもらおうか」
「守る? 何をですか?」
「この俺をだ」
首を傾げるエルンストにケヴィンがそう告げて返した。
「閣下は命を狙われていると?」
「本当に何も聞いていないんだな」
エルンストの質問にケヴィンが嘲るようにそう告げた。
「ここ最近、魔族の連中が俺たち貴族の命を狙って攻撃を仕掛けてきている。暗殺だ。既に10名近い犠牲者が出た。各地に俺の傭兵を張り付けてあるが、どこもここも裏をかかれて貴族が死んでいる。これを防がなければ、精霊帝国はこの東部山岳地帯から撤退する羽目になるだろう」
ケヴィンはそう告げて、蒸留酒を満たした杯を傾けた。
「そこまで事態は深刻なのですか?」
「だから、深刻じゃなければ誰も青二才どもの力なんて借りるかよ」
エルンストの問いに、ケヴィンが僅かに赤らんだ顔でそう返す。
「それで俺もそろそろ狙われるころだと思ってな。俺が死ねば黒獅子団は機能不全に陥る。魔族たちがそれを狙わないとは思えねえだろ」
ケヴィンは蒸留酒の杯を片手に、エルンストを見る。
「しかし、リンドルフ閣下が来られるならともかく、こんな下っ端を送り込まれてもな。どうせお前たちは反乱鎮圧と称して、ただ街や村を焼いてる類だろう。そういう実戦経験に欠けたお坊ちゃんに用はないんだがな」
ケヴィンはそう告げて、蒸留酒の杯を揺らして見せた。
「では、お坊ちゃんではないということを証明して見せましょう、あなたを反乱勢力の手からお守りすればいいのですね。あなたの役に立たない傭兵たちの代わりに、我々があなたをお守りすることにしましょう」
エルンストが余裕を持ってそう告げるのに、ケヴィンの笑みが固まった。
「好きにしろ。俺が殺されたら、お前たちはいよいよもって役立たずだ」
ケヴィンはそう吐き捨てると部屋から出ていけというように扉を指さした。
「では、失礼します、閣下」
エルンストは丁重に礼をすると、アリスとともに退室した。
「副団長閣下! 何もあのような失礼なことを言わせたままにせずとも! 黒書騎士団は精霊帝国最大戦力です。リンドルフ閣下が欠けておられてもそれはかわりません!」
部屋から出るなりアリスがエルンストにそう告げた。
「ああいうものは挑発に乗った方が負けだ。外交的儀礼を欠いたとして、後で黒書騎士団の評判が落ちるのは君も望んでいないはずだ」
「それはそうですが……」
エルンストの言うようにあそこでケヴィンの挑発に乗っていたら、黒書騎士団は他の貴族への礼儀に欠けるとして非難されただろう。その責めは黒書騎士団の団長ヴィクトリア・フォン・リンドルフにまで及ぶかもしれない。
「それに今は気になる情報もある。積極的にこちらから動くのは避けたい」
「ゲリラの戦い方が変わったということですね」
「そうだ」
ルンビニ公国と南部で反乱勢力が貴族を殺すようになったように、この東部山岳地帯でも魔族が貴族たちを殺すようになっている。
それは嫌な符合であった。東部に逃げたルンビニ公国と南部の反乱勢力。彼らは貴族を殺すすべを手にしている。
これまでのことを考えるならば、東部山岳地帯の魔族の反乱勢力もルンビニ公国と南部の反乱勢力が持っていた新しい武器を手にし、それによって貴族たちを殺しているということだった。精霊帝国にとっては最悪の事態が起きつつある。
「我々はどうするべきなのでしょうか?」
アリスが困惑した声でそう尋ねる。
「一先ずは敵の出方を窺うとしよう。俺たちには敵が本気でキリンガー閣下を殺しに来るのかどうかすら分からない。まして、敵を求めてこの東部山岳地帯を彷徨えば、あっという間に分断されて殲滅される」
エルンストは顎を押さえてそう告げた。
彼の懸念は一部では的中している。八代は黒書騎士団が出撃するならば、広大な東部山岳地帯の地形を活かし、彼らを分断し、そして殲滅するつもりであった。
「しかし、様子見ですか? 些か消極的過ぎるのでは?」
「慎重に進めなければならないのだよ、アリス。俺のミスで騎士たちを死なせたくはない。ましてモレク陛下から預かっている兵士たちを、勢いに任せただけの愚かな判断で死なせるわけにはいかないのだ」
アリスが告げるのに、エルンストが首を横に振った。
「勝つならば確実にだ。そのためにまずは相手がどのような存在なのかを見定める。動くのはそれからでも遅くはないだろう」
「畏まりました、副団長閣下」
エルンストの言葉にアリスが感銘を受けたかのように頷く。
「騎士たちはモレク陛下から預かったもの。その重要なことを私は忘れていました。モレク陛下のために勝利するのも重要ですが、モレク陛下の兵を大事にすることも必要なのですよね。流石は副団長閣下です」
「理解してくれて嬉しいよ。だが──」
エルンストが窓の外を眺める。
東部山岳地帯では間もなく秋が終わり、冬が訪れようとしていた。
「この戦い、本当に犠牲なしで乗り越えられる気がしないんだよ」
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