暗殺を生業としております
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──暗殺を生業としております
あれから奴隷の解放は何度か行われた。
数百名の奴隷の中から100名だけを選んで連れて行く解放作戦。
だが、これはあまり効果がないというのが実情だった。
俺は襲撃後の効果調査のために炭鉱に残って、偵察を続けたが、精霊帝国の貴族たちは炭鉱に兵舎と奴隷の宿舎を再建すると、どこからかまた奴隷を連れてきて鉱山の運営を再開していた。まるで何事もなかったかのように。
「これでは効果が出るのは数年後だな」
俺は可能な限り集めた数字を眺めて、そう告げた。
「我々は何年でも待てるぞ」
「そうだろう。あなた方は12世紀も待ってきたのだ。だが、我々の側はそう長くは待てないし、待つつもりもない。こちらの情報によれば黒書騎士団が南部における活動を停止した。我々はルンビニ公国と南部に戻る。その前にこれに決着をつけておきたい」
我々が残してきた残置諜者の情報ではようやく黒書騎士団がその動きを止めていた。
黒書騎士団はルンビニ公国と南部の主要都市とこれまで抵抗運動の活動があった農村を焼き払い、公開処刑を行い、それでルンビニ公国と南部の反乱は鎮圧できたと判断したようだ。
そうであるならば我々は再びルンビニ公国と南部に戻り、今度は黒書騎士団に逆襲を仕掛ける必要があるだろう。
「それから食料の問題もある。急に人が増えたのに、食料の供給が追い付いていない」
これが深刻な問題であった。
我々が持ち込んだ食料と青妖精族の隠れ里で生産される食料だけでは、とてもではないがこれから増え続ける人口に対応できそうにはなかった。
春から夏にかけては山菜を採るなり、狩りで獲物を仕留めるなり方法はあろう。だが、これから収穫の秋を過ぎると、食料事情は一気に険しくなる。
既に家屋の割り当てという面においても青妖精族の里は限界を迎えた。我々ルンビニ公国と南部の人間が入り込んだことで里は建築ラッシュになったが、ここにさらに住民を加えるとなると建材の面でも問題を抱え込むことになる。
つまり、これ以上奴隷を解放し、連れ帰ることは不可能だということ。
青妖精族は人間の奴隷と違って、同じ人間の中に隠れるわけにもいかない。ミラ王国が崩壊してから、青妖精族は全て奴隷なのだ。ここらにある人里に隠れようにも、その身体的特徴によってすぐに他の人間と区別されてしまう。
だから、この里に連れ帰らないといけないのだが、あいにくのところこの里もそろそろキャパシティーオーバーである。我々は別の抵抗運動の方法を考えなければならない場面まで来たということだ。
「だが、他にどのような抵抗を?」
そう尋ねるのはエリスだ。
彼女はここ最近のミラ国内軍の戦果に満足していた。たとえ全員を助けることができずとも、救われるのが一部の民衆であろうとも、民衆が救われているという事実にとても喜んでいた。できれば全ての青妖精族の民を救いたいとも言っていた。
そんなところでの方針転換の提言だ。彼女がこれを受け入れるかどうか。
「暗殺です。精霊帝国の貴族たちを狙った暗殺に方針を転換します」
俺は率直にそう告げた。
「精霊帝国の東部支配を根底から揺るがす。そのためには精霊帝国の貴族は死ななければならない。我々が彼らを殺すのです。精霊帝国の貴族たちを徹底的につけ狙い、彼らに死の恐怖を味わってもらう。そうすることで精霊帝国に東部支配の根本的な部分から手を引かせるのです」
俺の提案するのは暗殺。汚れ仕事。
忌々しい作戦かもしれない。薄汚い作戦かもしれない。卑怯な作戦かもしれない。だが、それでも暗殺という仕事には価値があるのだ。人々は恐怖し、その行動は委縮する。それでもなお勇気を示そうというのならば、殺せばいいだけだ。
暗殺ということは体制への挑戦だ。ローマ皇帝に対するクーデター染みた何度もの暗殺、幕末における暗殺合戦。それは体制を揺るがし、世界を変える。
暗殺とはある種のテロである。恐怖によって目的を達成するための手段であり、恐怖によって体制と民衆を揺るがすのだ。
「暗殺によって精霊帝国側はことに慎重になるだろう。精霊帝国の東部支配は揺るがされるだろう。それは奴隷を鉱山から救い出すよりも確実に解放へと繋がる。そして、東部でも大規模な反乱が起きれば、黒書騎士団はいよいよもってルンビニ公国と南部から引き上げざるを得なくなる」
東部においても精霊帝国を揺るがす。それによって黒書騎士団という厄介な集団もルンビニ公国と南部から移動しなければならなくなるだろう。
ルンビニ公国と南部では守るものが多すぎて、まともに立ち向かえなかった。だが、この東部においては事情は全く異なる。
ルンビニ公国と南部では主導権を黒書騎士団が握っていたが、この東部で主導権を握っているのは我々の側だ。黒書騎士団はこの隠れ里の存在も知らないし、東部でどのような抵抗運動が行われているのかも把握していない。
そこを叩く。
今度はこちらが主導権を握り、敵に打撃を与えるのだ。東部において守るべきものは少なく、攻撃には打ってつけの場面だ。
暗殺によって精霊帝国の東部支配を揺るがし、東部支配が揺らいだことによって、黒書騎士団が動くことを期待し、黒書騎士団が動けば、打撃を与える。精霊帝国最大戦力に打撃を与えることに成功すれば、ルンビニ公国と南部における抵抗運動は確立されるだろう。東部における抵抗運動はもちろんのこと。
それが大きな狙いだ。
「黒書騎士団に打撃を与えるか……。そのようなことが我々に可能なのだろうか?」
そう懸念を表明したのはエリスであった。
彼女たちの故郷であるミラ王国を滅ぼしたのも黒書騎士団だ。その黒書騎士団にやり返せるのだろうかと心配するのは当然のことだろう。
「そのためには我々の連携は必要です。我々が連携し、この東部の土地の利を生かした戦いをしてこそ勝利できます。逆に言えば我々が連携できず、地の利が生かせないならば、この戦いには勝利できないでしょう」
こちらにある銃火器のアドバンテージだけに頼って黒書騎士団と戦えば、手痛いしっぺ返しを食らうことになるだろう。彼らの火力はルンビニ公国で、南部で、確認できている。こちらの火力もかなりのものだが、相手の火力も侮れない。
故に勝利するためには連携と知識が必要だ。
今は燻っている自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会のメンバーを、その実戦経験豊富な部隊を動かし、かつミラ国内軍が有している東部山岳地帯の地形の知識を活かして戦うのだ。そうすることでその戦闘力はこれまで以上のものになる。
「何はともあれ、奴隷の解放を目指しても、受け入れ態勢も整っていなければ、効果も迅速に発揮しないのでは意味がありません。我々はこれから精霊帝国の統治基盤に対する攻撃を行わなければならないのです」
もはや奴隷を解放することに意味はない。南部のように食料が豊富な土地だったならともかく、このような食料が少ない土地で戦闘員ばかり増やしてもどうしようもないのだ。これから奴隷を解放するためには直接奴隷を救い出すことではなく、精霊帝国の統治を揺るがすことによって奴隷たちに自主的な脱出を促すようにするのだ。
「暗殺というが、目標は?」
「精霊帝国の貴族。それから傭兵の指揮官クラスの人間。それらを無差別に攻撃します。相手が子供だろうが、相手が家族だろうが、関係なく殺していきます。我々の狙いは恐怖にこそあります。精霊帝国の貴族たちにはしっかりと恐怖してもらわねば」
テロとは武力による恐怖によって政治的目標を達することだ。この世にテロという言葉が生まれてから、それが揺らいだことはない。
ロシア第一革命に繋がった血の日曜日事件も、長いナイフの夜も、スターリンによる粛清も、冷戦中の南米諸国で行われた汚い戦争も、恐怖によって目標を達成しようとした。一部は実際に達成できたし、一部は失敗した。
このような武力による脅迫によって目標を達成する行為を俺は否定しない。日本情報軍とて武力によって、恐怖によって目標を達成してきたのだ。
暗殺、盗聴、盗撮、拉致。日本情報軍はそういう手段で政治的目標を達成してきた。敵を恐怖させ、時には守るべき国民を恐怖させ、政治的な目標を達成したのだ。日本情報軍もまたテロリストの集まりだったのだ。
「方法についてそなたに尋ねる必要はないのだろう。そなたはこれまで困難な戦いを戦い抜いてきた。その技術と知識には敬意を払う」
「ありがとうございます、殿下」
日本情報軍の軍人から薄汚い戦争を行う手段まで取り上げてしまえば、それはただの人間の屑が出来上がるだけだ。
「だが、そなたには可能でも我々に可能だろうか? そなたの技術を我々は完全に継承できたとは思えないのだ。そなたは並外れた戦いの技術を持っている」
「誰もが同じように戦えるようにするのが優れた軍人です。自分は自分のことを優れた軍人だとは言いませんが、それなりの軍人ではあると自負しています。殿下たちの兵士たちも、目標を達成するのに十分な技術を有していることでしょう」
いざとなれば、自爆攻撃も考えている。
早い話が口減らしだ。今のミラ国内軍は戦闘要員の比率が高く、後方支援が不足している。食料事情がその表れだ。それを解決するには余剰の戦闘要員を、自爆攻撃などによって減らすということも考えられる。
何も爆弾を巻いたベストを纏って目標に近づくという方法以外にも、自爆染みた攻撃はある。彼らに本当に戦う意欲があるならば、それを示してもらおうではないか。
「コシチュルシュコ元帥。ヤシロに全面的に協力するようにしてくれ。今は彼を頼りにしなければならない。我々の同胞たちが解放されることを祈って、この戦いを戦い抜こうではないか。そのためには団結しなければ」
「畏まりました、殿下」
その頼りにしている男が実はハーメルンの笛吹き男よろしく破滅に誘う存在であったならば、彼らはどのような顔をするだろうか。
俺は青妖精族の自由にも、尊厳にも興味はない。ただ、彼らが殺し合ってくれればそれでいいのだ。彼らが殺し合うことによって精霊帝国は倒れ、俺はバラ色の人生を手に入れることができるのだから。
バラ色の人生?
本当にそんなものを望んでいるのか?
生臭い血だまりの中に、カラシニコフの吐き出す硝煙の中に、人が家畜のように扱われる野蛮な大地に、その己の存在意義を見出した俺にとって、バラ色の人生とは他の人間が想像するものと同じなのだろうか。
何不自由なく暮らせる生活。有り余る金。パートナーに相応しい美しくて、魅力ある女性。それは確かに世間一般で言う幸福な生活であるのだろう。
だが、そのような生活とはかけ離れた人生に生きてきた俺にとって、それを得るということは酷く空虚で、酷く意味のないことなのではないだろうか。
パートナーに相応しい美しくて、魅力ある女性……。
その単語から思い浮かんだのは不思議とエーデのことであった。俺がその目の輝きを恐れている少女が、不思議とその単語から連想された。
鈴谷でも、他の誰でもなく。
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東部山岳地帯で反乱勢力が勢いを持ち始めているという情報を、黒書騎士団副団長であるエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンが知ったのは、八代たちが東部山岳地帯へと脱出し終えてから、2か月後のことであった。
季節は実りの秋に向かいつつある中、黒書騎士団はルンビニ公国と南部における“掃討作戦”を完了し、次の命令を待って待機しているところだ。
「東部で反乱勢力が勢いをつけている?」
「はい。そうです、副団長閣下。ホルシュタイン閣下によりますと、東部山岳地帯で反乱勢力が勢いづいているとのことです。鉱山が襲撃され、青妖精族の奴隷が脱走するという事件が相次いでいるとのこと」
エルンストの報告するのは彼の副官であるアリス・フォン・アイヒホルンだ。彼女が帝国中央から放たれたワタリガラスによって伝えられた文章を読み上げていた。
「青妖精族。絶滅していなかったとはな。驚きだ」
エルンストにとって東部山岳地帯で奴隷として酷使される以外の青妖精族は既に全滅したものだと思っていた。だが、彼らは生き延び、ミラ国内軍という組織を組織して、精霊帝国の支配に立ち向かおうとしている。
そして、精霊帝国にはその反乱勢力に気になる点を見出していた。
「反乱勢力はルンビニ公国と南部で使われたような“銃”を使うとのことです。それによって多くの貴族の傭兵指揮官たちが殺されていると」
「ふうむ」
精霊帝国にとって今現在脅威になっているのは銃という武器だった。
これが衛兵を殺し、貴族を殺し、精霊帝国の統治基盤を揺るがしていた。
「確かに銃というのは脅威だ。我々が鹵獲した武器でも、かなりの威力があった」
黒書騎士団は自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会が残していった残置諜者の持っていたエンフィールド銃を手に入れていた。それは捕虜たちへの尋問によって使い方が把握され、今は試験されている。
それによれば敵は500メートル以上の射程を有し、かつ鎧など容易く貫く銃弾で貴族たちを攻撃していたと見られる、とのことであった。
だが、これは欺瞞情報だ。
ヤシロはエンフィールド銃よりも遥かに高火力の武器を秘匿し、精霊帝国にわざと偽の情報を掴ませた。それによって黒書騎士団は間違った対応戦術を立てつつある。
エンフィールド銃の銃弾では土系統の魔術師が使う金属の壁は貫けない。そのことからまずは壁を展開し、そこから敵に向けて火力をありったけ投射して、射手を殺害する。それが黒書騎士団の導き出した答えであった。
無論、これは通用する戦い方ではない。抵抗運動側には対戦車ロケットがあり、鉄の壁など容易に破壊できる。そしてエンフィールド銃よりも遥かに高い火力を有する現代の銃火器を前にしては黒書騎士団側も無事では済まないだろう。
もっとも、抵抗運動側が絶対に勝てるというわけでもない。黒書騎士団の魔術の火力は現代兵器のそれに匹敵している。まともに食らえば、抵抗運動の兵士たちなど容易に薙ぎ払われるだろう。一方的な虐殺は期待できないはずだ。
「それで我々はどうせよと?」
「はっ。東部に向かい、ホルシュタイン閣下の治安回復作戦を支援せよとのことです。ルンビニ公国と南部での治安は既に完全に回復したとリンドルフ閣下は判断されたようです。よって東部に向かい、そこにおける反乱勢力を鎮定せよと」
エルンストが尋ねるのにアリスがはきはきとそう告げて返す。
「それならば東部に向かおう。よく考えればルンビニ公国と南部の反乱勢力の抵抗はとてもではないが、土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェル閣下や風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルスト閣下を殺すほどのものだとは思えなかった。反乱勢力は東部に脱出したのかもしれない」
エルンストの考えは正しい。抵抗運動は東部に脱出したのだ。自分たちの身を守るために。抵抗運動を継続するために。
「では、東部へ出立だ。黒書騎士団の名誉を示せ」
「はっ。副団長閣下」
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