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炭鉱の解放を目指して

……………………


 ──炭鉱の解放を目指して



 攻撃開始時刻は0300(マルサンマルマル)


 1個分隊10名の戦力が奴隷の解放に向かう中、主力である30名は兵舎への攻撃位置についていた。傭兵たちの兵舎を射程に収める位置に伏せ、攻撃開始の合図を待っていた。


「時刻0300(マルサンマルマル)。時間だ、コシチュルシュコ元帥」


「よろしい。作戦開始」


 俺が告げるのに、カミルが頷いた。


対戦車ロケット(RPG)撃ち方始め!」


 対戦車ロケットが石炭の貯蔵庫に向けて突き進み、そこで炸裂した。


 石炭貯蔵庫の壁は呆気なく崩壊し、中に吹き込んだ炎が石炭を炎上させ始める。空高く炎が吹き上げ始める。それが合図となって警報の鐘が掻き鳴らされ始めた。


 傭兵たちは隊列を組んでこちらに向かってくるのが俺のナノマシンによって補正された視野に明確に映り込んだ。敵は盾を構え、ハルバードを構え、こちらに向けて進んでくる。だが、敵はこちらが何を有しているのか知らないことは明白だった。


「コシチュルシュコ元帥。来たぞ」


「分かった。照明弾、撃ち方始め」


 まずは軽迫撃砲が照明弾を空中に打ち上げる。


 照明弾の輝きが、地上の兵舎を照らし出す。突如として暗闇が引き裂かれたのに、地上の傭兵たちが慌てふためくのが、俺の補正された視野に映し出された。


「総員、撃ち方始め!」


 そして、一斉に銃声が鳴り響く。


 RPG-7対戦車ロケットの破砕榴弾が着弾して、周囲に死を撒き散らす。それから浴びせかけられるAKM自動小銃とPKM汎用機関銃の放つ銃弾が、傭兵たちを薙ぎ払う。


 死だ。大量の死が、多くの死が撒き散らされる。戦場は戦場のあるべき姿になり、ただひたすらに人が死んでいく。鉄の破片と鉛玉が命を刈り取り、命をあっという間に奪い去る。対戦車ロケット(RPG)は次々に破砕榴弾を放ち、自動小銃と機関銃は心地よい戦場音楽を奏でている。どこまでも軽快に、行進曲のように死がまき散らされる。


 TATATAM、TATATAM。リズミカルな銃声が響き、それが不協和音のように重なり合って、戦場音楽は奏でられる。悲鳴や怒号が気にならない。このような戦場において、人の発する声など虚しいものだ。それは容易に銃声や爆発音に掻き消される。


「撃て、撃て。撃ち続けろ」


 それでもインカムを通じて伝わってくる音声は別だ。


 このミラ国内軍の部隊でもリチウムイオン電池と体温によって発電する骨伝導式のトランシーバーが使用されている。それを通じて、カミルの声や各分隊長の声が交錯している。彼らは明確に自分たちが勝利していることに興奮しているようだ。


 人を殺して興奮するというの何だろうが、彼らは今は人を殺しているという意識はない。彼らは照明弾の明かりに照らされた人影を撃っているだけだし、仮に人を撃っているとしても、青妖精族として人間を同類だと思わない彼らには同族殺しのストレスなどありはしまい。彼らはただ人間より大切な同胞を救うために人間を殺すだけだ。


 殺せ。殺せ。殺せ。皆殺しにしてしまえ。



 憎悪を燃やし、殺意を燃やし、それを燃料に殺し続けろ。憎悪と殺意が絡み合い、それが高らかと燃える光景こそが素晴らしい光景だ。人の死体の山が積み重なり、血の海が赤黒く染まっていく光景こそが美しい光景だ。



 ──いつからだろう。こんなにも殺戮に憑りつかれてしまったのは。


 ただの傍観者からその殺戮の中の登場人物に叩き落とされた日からだろうか。つまり、鈴谷が子供兵の放った7.62x39ミリ弾で殺された日からか。あの日から俺は殺戮を求め続けていたのだろうか。そうなのだろうか。


 だが、どうして?


 どうして俺は殺戮に仄暗い感情を抱いている? まるで恋人を愛するかのように戦争を愛している? その中に俺は何を求めている?


 分からない。軍の精神科医も、民間軍事医療企業の精神科医も、俺とのカウンセリングで問題を見つけ出せなかった。俺は精神医学的に見て“健常”な状況にあるのだ。俺は気がふれた殺人鬼でもないし、何かに妄執したパラノイアでもない。


 極めて健在な状態にあって、俺は殺戮を求めている。その理由もわからぬままに。


 本当に俺は健全なのだろうか。そもそも健全とはなんだ?


 人の心が人として正しいというのは誰が決める。誰が我々の正気を保証してくれるというのだ。誰が俺たちが狂っていないと断言できる。


 DSMに従った精神科医の判断か? あるいは我々に命令を下す日本情報軍のお歴々か? あるいはその上に立つ政治家先生たちか? それとも神というものだろうか?


 いいや。誰にだって誰が正気なのかだって判断できやしない。そんなことはできやしない。人は誰もが正気かどうかなど分からないのだ。


 自分の正気を疑いながら生きていく。


 自分は果たして正気なのだろうかと。


「敵が崩れる」


 俺は敵の様子を眺めながらそう告げた。


 敵は軽迫撃砲、対戦車ロケット、自動小銃、機関銃の猛烈な攻撃を受けて、なすすべもなく殺され続け、撤退とは言えない壊走を始めていた。作戦としては成功に向かっていると言っていいのかもしれない。


 だが、もう少しばかりこの場に敵を引き寄せておかなければならない。


 都合のいいことに、兵士たちの壊走を止めるために、貴族たちが現れたのだ。


 ここにいる黒獅子軍団という傭兵団500名に2名の貴族がいる。名目上の指揮官ということになっているが、事実上の指揮官は下層民の傭兵だ。だが、それでも指揮官として、貴族は戦場に出る。そして力を振るうのだ。


 現れた貴族は2名とも。馬に跨り、杖を振るう。


 それによって鉄の壁がそそり立ち、壁によって銃弾が弾かれる。それから氷の刃がでたらめに放たれ、こちらに向けて飛来してくる。


「畜生」


「相手にはこちらは見えていない。このまま撃ち続けよう。まずは壁からだ」


 カミルが叫ぶのに、俺はそう告げて返し、対戦車ロケット(RPG)の射手の方を見る。彼はこの状況を理解していないようで、まだ破砕榴弾を装填しようとしている。それではダメだ。それでは意味がない。


「対戦車榴弾を装填だ。落ち着いて対応したまえ」


「は、はい」


 対戦車ロケット(RPG)の射手は装填しかけていた破砕榴弾を置いて、対戦車榴弾を装填する。そして、その狙いを照明弾で照らし出されていた貴族の壁に向けて、3発の対戦車榴弾が飛来する。


 命中したのはそのうち1発だけ。他の2発は明後日の方向に飛び去り、そこで炸裂した。だが、1発命中しただけで十分だ。


 対戦車榴弾が鉄の壁を貫き、鉄片を撒き散らす。その鉄片ひとつひとつが殺意を持った存在となり、その壁の向こうの貴族を八つ裂きにした。


 それによって壁は消滅。壁はなくなり、貴族と傭兵たちが晒しだされる。そうなれば、後は大虐殺の続きだ。機関銃がけたたましい銃声を鳴り響かせ、傭兵たちを屠る。先ほど氷の刃を放ってきた貴族は氷の壁を作り、身を守ろうとするが、鉄の壁ならともかく氷の壁とはあまりにも頼りない。


 それは対戦車榴弾を使うまでもなく、機関銃の集中射撃で叩き割られた。貴族はさしたる抵抗をすることもできずに、血の海の中に沈んだ。


 さて、ここで目的が達成できたかだ。


 俺は双眼鏡で奴隷の宿舎の方を見ると、そこでは赤い発煙弾が焚かれていた。つまりは奴隷たちを救出することに成功したという証だ。


「エーデ。斬り込めるかね。ここで殲滅しておきたい。可能な限り援護する」


 俺はエーデの方を向いてそう尋ねた。


 エーデは日本情報軍のドレスコードの一部を守っている。


 磁性流体とケブラー繊維の組み合わせによって高い防護能力を有する防弾チョッキ4型。傷口の応急手当てを自動的に行ってくれるナノスキンスーツ。この場合、下手に環境適応迷彩を装備した迷彩服5型を使ったりすれば同士討ち(ブルーオンブルー)を招くことになる。そして、エーデの素の運動能力の高さからすれば、強化外骨格エグゾは必要とされない。略式の日本情報軍のドレスコードだ。


 俺はAXMC狙撃銃を構え、敵に向けて光学照準器の狙いを定める。


「行きます」


 そして、エーデが着剣したM14自動小銃を構えて、逃げるに逃げれない傭兵たちに向けて斬り込んでいく。傭兵たちはぎょっとして、エーデを眺め、エーデに対して敵が戸惑ったのが致命的であった。


 エーデは傭兵が戸惑った隙に、銃剣で傭兵たちの喉を抉る。切り裂く。血飛沫を撒き散らす。さらには鎖帷子の鎧を貫き、心臓をも貫き、肝臓をも貫き、確実に相手にとっての致命傷を与えていく。


 鎖帷子で銃剣の刃が絡まって抜けなくなると、エーデは素早く銃剣を取り外し、代わりの銃剣を装着する。どこまでも素早く、美しい行為だ。無駄というものがなく、流れるような動き。そして、まだ虐殺を続ける。


 俺は二脚を立てて構えた狙撃銃でエーデの死角になっている傭兵の頭を撃つ。狙撃銃から.338ラプア・マグナムが放たれ、傭兵の頭が吹き飛ぶ。脳漿がまき散らされる様子すらナノマシンに補正された俺の視野では見出すことができる。


「ヤシロ。敵は総崩れだ。作戦は大成功だぞ!」


 カミルがこの結果に歓声を上げる。


「確かに今は勝利した。後は奴隷たちをきちんと作戦地域内から脱出させることにある。そして、何よりも我々が無事に離脱しなければならない」


 ここで勝利してそれで終わりではない。


 ここから無事に逃げ出さなければならない。500名の奴隷を解放するだけ解放し、その後どうするかも問題になってくる。


 俺としては奴隷には個々に逃げ出してもらって、行方をくらませてくれるのがありがたい。疲弊した500名の奴隷を青妖精族(フロスト・エルフ)の隠れ里まで連れて行こうものなら、後を追跡されて、隠れ里の位置が明らかになったら目も当てられない。


「奴隷はどうするんだ?」


 俺はカミルにそう尋ねた。


「可能な限り連れ帰る」


「だが、彼らは疲弊しているぞ」


「そこは妖精術を使って回復させる」


 ああ。彼らには妖精術という手があったか。


「だが、どこまで癒せる?」


「大人ならば完全に回復させられるだろう。女子供は厳しいかもしれない」


 女子供を置いていけるとは思えない。男性たちは家族である女子供を置いてはいかないだろう。彼らは女子供も一緒に脱出するのだと言い出すはずだ。


 となると、結局全員を連れて行くことになってしまう。


「コシチュルシュコ元帥。500名を連れて進むのはリスクが大きすぎる。彼らには彼らで戦ってもらうしかない。連れていけて100名までだ」


「だが……」


 だがも何もない。不可能なものは不可能だ。今日500名を救うよりも、明日5000名を救う方が合理的だ。今の感情に流されて、判断を誤ることがあってはならない。


「コシチュルシュコ元帥。これは戦争だ。ただの人助けじゃない。我々は精霊帝国に勝利するために戦っているのだ。そこから外れるようなことがあれば、いずれそちらのレジスタンスは崩壊してしまうことだろう」


 俺は強い口調でそのように告げた。


「……分かった。全員を救うことは諦める。だが、一部は助ける」


 カミルはしばしの沈黙の末にそう告げた。


「では、奴隷たちの下に向かうとしよう。彼らを解放しなければ」


 俺はカミルの言葉を認識して、そう告げる。


 1個分隊の戦力は無事に500名の奴隷たちを救出していた。奴隷たちに携行してきた食料を与え、彼らを解放していた。


 そして俺が思ったように彼らは疲弊していた。疲れ果て、座り込んだまま動けないような者もいた。これを連れて行くのかと思うとぞっとする。


「それぞれ妖精術で癒してやれ。可能な限りの者を救うのだ」


 カミルはそう告げ、抵抗運動の兵士たちが奴隷たちを癒していく。


 仄かに手が白く光り、全身が光に包まれる。そうするとこれまでは血色の悪かった奴隷たちが生気を取り戻し、目にも輝きが宿った。


「この中から100名を連れて行く。その他の者は自分たちで生き延びる道を見つけてくれ。薄情にも思えるかもしれないが、やむを得ないことなのだ」


 カミルは回復していく奴隷たちにそう告げた。


「全員は連れて行ってもらえないのですか?」


「流石に目立ちすぎるのだ。戦う覚悟のあるものを100名。家族を含めて連れて行く。本当に覚悟のあるものだけが付いてきてくれ」


 奴隷のひとりが尋ねるのに、カミルはそう告げて返した。


「俺は戦えるぞ!」


「俺もだ!」


 男たちが誰もが声を上げる。


 彼らが、彼らの家族が助かるには今しかチャンスはないのだ。ここで見捨てられてしまえば、この荒野を彷徨うしかなくなる。まだ奴隷として捕らえられるかもしれないし、動物に襲われて命を落とすかもしれない。


 だから、誰もが必死にアピールする。俺は戦えるぞ、と。


 こんな光景を前にも見たことがあった。


 場所は軍閥たちの支配する都市で、子供たちがピックアップトラックで移動する軍閥の兵士たちに同じように自分が戦えるということをアピールしていた。


 彼らも同じように必死だった。家族を養っていくには、あの戦争で荒れ果てた大地において兵隊になることしか手はなかったのだ。まだ幼い妹が奴隷として売り飛ばされないように、体調を崩した母に薬を買うために、子供たちは自分が兵士として戦えることを、軍閥の兵士たちにアピールしていた。


 軍閥の兵士たちはそんな子供たちを拾い上げ、子供兵として利用する。彼らに俺が青妖精族に行ったように、銃火器での戦い方を教え、戦場に放り込んだ。


 戦場で生き延びる子供兵もいなくはなかったが、ほとんどの場合は死んでしまう。子供兵は家族を助けるために子供兵になったのに、結局はその大事な家族を助けることもできずに死んでいくというわけだ。


 目の前のそれは、そんなことを思い出させるような光景だった。


 志願しているのは若い青妖精族の男たちだ。まだ子供にしか見えないようなものまでいる。俺はカミルがどのような判断を下すのかをじっと待った。


「そことそこの者。それから向こうの者。ともに来てくれ」


 カミルは解放された奴隷の中から100名にぎりぎり満たない程度の人数を選び出し、彼らに自分たちのところに来るように命じた。


「お前たちは今日から我々の同志だ。ともに戦おう」


「はい!」


 カミルが告げるのに、まだ14、15歳ほどにしか見えない少年が勢いよく返事した。


「我々は、我々はどうなるのですか」


「俺だって戦える!」


 残された者たちは不満や困惑の声を上げ始めた。


「ここに4、5日分の食料がある。それで逃げれるだけ逃げるんだ。いつかはミラ王国は再興する。諸君らの故郷は取り戻される。それまでの辛抱だ」


 カミルはそう告げて食料の詰まった箱を置いた。


「そんな……」


 そのミラ王国の再興がいつになるかは分からないが、今の彼らにとっては絶望的であろう。助けが来たと思ったのに、それは助けになりはしなかったのだ。


「行こう、ヤシロ」


「ああ」


 俺は残された奴隷たちの顔を見た。



 誰もが死人のようだった。ロメロ映画に出てくる歩く死人。



……………………

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