ディア・ソルジャー
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──ディア・ソルジャー
青妖精族の兵士たちの訓練が一段落した。
まずは1個小隊40名と1個分隊10名の訓練と武装が完了。
1個分隊10名は自由エトルリア同盟の兵士たちとともに引き続き、訓練にあたる。ここでは言葉の壁というものがあるので、俺が直接教える必要があった。だが、ここである程度訓練が完了し、簡単な軍事用語のやり取りが行えるようになったことから、今度は自由エトルリア同盟との共同作戦に備えての訓練を始める。
黒書騎士団のルンビニ公国及び南部への攻撃がいつ終わるかは不明だが、ここで自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会の兵力を遊ばせておくわけにもいかない。自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会の戦力にも、この東部山岳地帯で戦ってもらう。
そのことを提案したときにレオナルドは不機嫌そうであったが、バルトロたちは賛同していた。彼らは戦ってこそ、己の価値が示せるのだ。
それにこれによって東部山岳地帯に敵の目が向けられ、ルンビニ公国と南部で行われている大虐殺が終わるのであれば、彼らにとってそれは勝利なのだ。このまま虐殺が続くならば、ルンビニ公国と南部の民は虐げられ続け、抵抗運動は無力なままなのだ。民衆からの信頼を失っていくことになる。
それを避けるために敵の目をこの東部山岳地帯に向けさせる。つまりは、自分たちの仲間たちが殺される代わりに、青妖精族に死んでもらおうというわけだ。
別に俺はそのような考えを軽蔑しない。彼らは自分たちの組織にとって最善の手を尽くしている。組織とは利己的であり、人間とは利己的だ。我々日本情報軍も日本人の代わりに死んでくれる人間を大勢探してきた。
そして、我々はそれを子供兵に見出したわけである。
「さて、訓練が終わった将兵諸君」
自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会と、そして青妖精族の共同作戦のための訓練は彼らに任せておいて、我々は行動に移るとする。
「我々は攻撃を仕掛ける。目標は奴隷にされている青妖精族の同胞たちの解放だ。奴隷の身分にあり、今も弾圧されている彼らを救出することこそ、我々今回の任務だ」
俺がそう告げるのに、青妖精族の兵士たちが湧きたった。
「具体的な作戦についてはコシチュルシュコ元帥から」
俺が全てを仕切っているという印象を与えてしまうと、それは不審につながる。自分たちの抵抗運動がよそ者に乗っ取られてしまったのではないかと。そうならないために、重要な作戦の説明はカミルに任せる。それを立案したのが俺であろうとも。
「襲撃するのはここから80キロメートル離れた位置にある炭鉱だ。ここには奴隷となった者たちが500名囚われている。彼らを解放することが任務だ。ここを守る精霊帝国の傭兵と貴族を撃破して、勝利を手に入れる」
その500名の衰弱しきった奴隷たちを解放した後にどうするかが問題だった。彼らにはそれぞれの帰路でそれぞれの場所に向かってもらうしかないというのが現状だ。
可能ならば500名の奴隷を解放し、そのままこの青妖精族の隠れ里に案内できればいいのだが、彼らは間違いなく衰弱しているし、精霊帝国が追っ手を放たない可能性はなかった。そうなると下手に彼らを連れ帰れば、この隠れ里が危機に晒される。
無論、精霊帝国が追撃不可能なように殲滅してしまうという手もある。だが、それを実行するためには、僅か40名で精霊帝国の傭兵500名と貴族2名を相手にしなければならない。これまでの戦いで完全に勝てないことはないとは分かったものの、魔術というのは未だに謎な点が多い。用心するに越したことはない。
「敵の警備は?」
「傭兵“黒獅子軍団”が500名と貴族が2名だ」
カミルがそう告げるのに青妖精族の兵士たちは困惑の声を上げた。
これまで彼らが10倍もの敵を数にして、無事に生き延びられたことはなかった。必ず犠牲者が出て、作戦そのものも中途半端な結果に終わってきた。
そう、今までは。
「お前たち。訓練の結果を思い出せ。我々の今の力ならば精霊帝国に必ずや血を流させることに成功する。連中に血を流させ、我々は同胞を救出し、そして生きてここに帰ってくることが可能となるのだ」
カミルがそう告げて、ミラ国内軍の兵士たちに気合を入れる。
既に現代の銃火器についての威力は示した。兵士たちは訓練を通じてそれを感じただろう。これまでの弓とは全く異なる武器の威力を感じたはずだ。それを使えばこれまで苦渋を飲まされてきた精霊帝国に反撃できることも理解しただろう。
そうでなければ困る。彼らが銃火器を使った戦闘を弓と同じような戦闘にしてしまっては得られるべきものが得られない。そう、確たる勝利というものが手に入らない。
「訓練はした。武装も施された。後は実戦で成果を証明するだけだ。姫殿下に恥ずかしくないような結果を出すぞ!」
「応っ!」
じわりとだが、自信が出てきたようであり、青妖精族の兵士たちが腕を突き上げて、戦意が高いことをアピールし始める。
「よろしい。では、作戦の詳細を説明する」
件の炭鉱ではデルフィ市のように奴隷の宿舎と傭兵の兵舎が同じ場所に置かれ、それが問題を些か厄介にしていた。奴隷たちを救出するには、まずは傭兵を誘い出さなければならない。その場で戦闘を繰り広げれば、火力のあまりに奴隷にも被害が出る。
そこで奴隷救出に1個分隊が当り、残りの3個分隊は石炭の貯蔵施設を襲撃して、傭兵たちを誘き出す。そして、そのまま3個分隊の戦力で、誘き出した500名の傭兵と貴族を殲滅するのだ。まだ、いろいろと調整が不足の状態にあるので、作戦はこれくらいシンプルな方がいいだろう。
まして、作戦開始予定時刻は0300だ。暗視装置は指揮官クラスの人間にしか配布されず、暗闇の中で戦うのであれば、敵味方の識別が行いやすい状況で戦わなければならない。込み入った作戦はなしだ。
誘引、殲滅、脱出。これだけで作戦を形成する。
「理解できたか?」
作戦を説明したカミルがミラ国内軍の兵士たちを見渡す。
「把握しました」
「我々の小隊を率いるのは?」
ミラ国内軍の兵士たちは作戦を聞いて、そう告げだした。
「私だ。私が戦場に出る。ヤシロも支援してくれるし、聖女エーデルガルトも我々とともに戦ってくれる。勝利は確実だ」
そう告げてカミルは拳を握りしめた。
兵士たちの顔には安堵の色がある。自分たちの最高司令官であるカミルが戦場に姿を見せることへの安堵や、聖女エーデの支援が受けられることへの安堵。様々な安堵が見受けられる。エーデは既にこの青妖精族の里に馴染んだのだなと感心する。
「ともに勝利を手にしよう。必ず」
「ともに勝利を!」
他の抵抗運動の指導者たちがどう思っているかは分からないが、少なくとも俺とエーデは青妖精族の抵抗運動に加わる。
その結果がどうなるのかは、これからの問題だ。
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我々は山岳地帯を進む。鹿に跨って。
ここの鹿は脊椎が頑丈であり、騎乗に適しているとカミルは告げていた。
実際、俺とその装備が乗っても鹿は動じず、馬のように従順に従っている。馬とは異なる性質を持つだろうに、ここまで馬と同様に鹿を飼育した青妖精族には感心させられる。これならば、山岳地帯の移動も問題ないというわけだ。
我々は山岳地帯を進み、目標の炭鉱を目指す。
精霊帝国において石炭は鍛冶に使われる。貴族のための刀剣や鎧を作るのに石炭が使われるわけだ。それは燃料として使われることはなく、女神ウラナが告げたようにこの世界には単純な蒸気機関も存在しなかった。
だが、別に俺は蒸気機関を作れとして送り込まれたわけではない。俺の目的はあくまでその蒸気機関などの発展により、魔術の優位が覆されることを恐れている精霊帝国を打ち破るために送り込まれたのだ。
その目的さえ果たせばいい。余計なことを考える必要はない。
「ヤシロ様。大丈夫ですか」
俺が鹿に跨って考え込みながら進んでいるのに、エーデがそう声をかけてきた。
「大丈夫だよ、エーデ。問題はないとも。君も大丈夫かね?」
「はい。この子はとても従順ですから」
エーデは初めてだろう騎乗を難なくこなしていた。その適応力の高さには相変わらず感心させられる。
エーデは初めて銃を手にしたときもそれを問題なく使いこなしたし、銃を使った戦闘が組織化したことにも適応したし、こうして今、騎乗の技術が必要となる場面においても適応している。それが女神ウラナがもたらした才能なのか、エーデ本人の才能なのかは分からないが、エーデに高い適応力があることは事実だ。
エーデの才能はこれからの戦闘に役立つ。
いや、それ以外の何に役立つというのだろうか?
プロのスポーツ選手になる? 地球ならばそんな選択肢もあっただろう。だが、この世界にはスポーツを楽しむような余裕はない。まして、貴族たちが全てを牛耳っている世界で、下層民がスポーツに、名誉を求めることなどあり得ない。
やはりエーデのその才能は戦争においてしか役に立たないだろう。
エーデはこの戦争のために生まれた。
そして、これからも聖女としての立場から戦争を引っ張っていくだろう。
より多くの虐殺に向けて、より多くの悲劇に向けて。
「ヤシロ。そろそろだ」
俺がそんなことを頭の片隅で考えていたときに、カミルがそう告げた。
既にこの位置から炭鉱の様子は窺える。
「止まれ。様子を見よう」
俺は鹿を止めると、そこから降り、レーザーレンジファインダ―付きの双眼鏡で炭鉱の方の偵察を始めた。事前の情報通りならば、あそこに奴隷の宿舎と傭兵団の兵舎があるはずだ。情報が違えば、作戦は延期になる。
「見えた」
傭兵たちの姿が見える。
揃いの黒獅子の紋章が刻まれた盾と鎧を装備し、小型のクロスボウを腰に下げ、ハルバードを握った兵士たち。それが炭鉱の傍をパトロールしていた。
炭鉱の入り口は見えないが、事前の偵察情報にあった奴隷の宿舎と傭兵の兵舎は確認できた。兵舎よりも粗末で大きさも小さなものが、奴隷の宿舎。ほとんど掘っ立て小屋のようなものだ。傭兵の兵舎も豪華なものではないが、奴隷たちのものより遥かにましだ。
奴隷たちの姿が見えないかと視線を走らせたが、奴隷たちの姿は見つけられなかった。囚われている青妖精族の奴隷たちは、この時間は外に出してはもらえないらしい。
しかし、ある程度の位置関係が改めて把握できただけでも収穫だ。
何せ、今回の作戦は青妖精族が主導しており、情報取集や目標選定の段階は彼らが担ったのだ。俺は彼らの集めた情報を基に作戦を立てたが、その情報が間違っていたら意味がない。だが、これによってその点の差異はないようだと確認出来て安心させられる。
「ヤシロ。仕掛けるのか?」
「仕掛けるのは深夜だ。今は休むといい。作戦開始は0300だ。移動の時間を考えるとしても0200まで休んでもらっていていい。見張りと偵察は俺と何名かの班でやっておこう」
「分かった。任せたぞ、ヤシロ」
カミルは頷くと、野営に適した場所を探しに向かった。
「さて、夜になれば状況も変わるだろう。あれが罠ではないことを確認しなければ」
俺は手投げ型のドローンを打ち上げると、その情報に注視した。ドローンはゆっくりとした速度で炭鉱に迫り、その上空を自動的に旋回し始める。
炭鉱の入り口が見え始めた。山腹に穿たれた穴だ。そこには青妖精族の奴隷の姿がようやく見える。青妖精族の奴隷たちは手押し車で石炭を運んでおり、機械類の類は見当たらない。ただ、手足を他の奴隷と鎖で結び付けられ、移動が困難になっている。
傭兵たちは様子を監視し、時折鞭を振るっている。青妖精族の奴隷で働かされているのは男も、女子供も一緒だ。精霊帝国側には彼らを区別しようとする気すらないらしい。
地球でもよく見た奴隷労働が繰り広げられ、俺は大空からそれを見下ろしていた。
何の感傷も、何の同情も湧き起こらない。この手の光景はあまりに見飽きた光景であった。中央アジアの鉱山でも似たようなことが行われ、奴隷たちは若くして死んでいく。そのようすを我々日本情報軍の兵士はただ見ていてだけだ。
鈴谷が死ぬ前まではまだ少しの同情や哀れみもあったように思われる。だが、軍閥の子供兵が鈴谷を殺してからは、俺はあの戦争の完全な傍観者になった。ただただ、戦争が拡大していくのを眺め、時折手を入れる傍観者。自分とあの戦争を俺は完全に区別して考えるようになっていた。
そして、今もまた同じことをやっている。
あそこにいる青妖精族の奴隷たちと俺は無関係な存在。これから内戦の炎を燃やすために彼らを逃がすことになるだろうが、ただそれだけの介入だ。俺は内戦の炎が自分から高々と燃えていくのを眺めるのみ。
それがナノマシンの下した判断か、俺が自分自身を守るために下した判断かは分からなかったが、こうしていると暢気な気分でいられる。
青妖精族が何人死のうと構うものか。精霊帝国が分裂しようと構うものか。その後の秩序が血塗れのそれであっても構うものか。
俺は地球で一番無責任な男だ。何にも責任を負わない。負うつもりもない。
俺はただ人々が殺し合っていさえすれば、それでいいのだ。
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