手詰まりの亡命政府と
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──手詰まりの亡命政府と
エリスと名乗った少女はカミルに視線を向け、カミルは立ち上がると空席になっていた上座をエリスのために準備した。
「さて、ようこそ客人たちよ。何やら失礼があったようで申し訳ない。我々もいろいろと問題を抱えているのだ。その点はそちらも同じであろう?」
エリスはそう告げて俺たちを見る。
「確かに我々も問題を抱えている。そうであるがためにここまで来たのだ」
我々がルンビニ公国と南部から逃れて、ここまで来た時点で問題があるということは明らかになっている。隠しようがない。我々に何の問題もなかったならば、わざわざこの辺境の地を訪れる必要などなかったのだ。
「互いの問題が解決できるように尽力しよう。だが、その前にそなたたちが土の精霊公と風の精霊公を倒したのが事実であるかを確かめておきたい。あのふたりを屠ったのは、本当にそなたたちなのか?」
エリスは僅かに視線をペネロペが発行した機関紙“自由の声”に向けてそう尋ねた。
「その通りだ、その情報に間違いはない」
「そうか。ついに精霊公を屠る者が現れたのか」
俺が告げるのに、エリスが感慨深そうに頷いた。
「我々の故郷であるミラ王国を滅ぼしたのも精霊公であった。今から12世紀前か。妾たちの抵抗虚しく、王国は焼き払われた。妾はそのとき幼子であったが、あの時の光景は未だに覚えている。あの荘厳な王城が焼け落ちる様子は……」
「待ってくれ。ミラ王国が滅びたのは12世紀前なのだろう?」
「そうだ。ああ。人間の寿命ではもう死んでいると言いたいのだろう」
エリスの会話に奇妙な点が混じるのに、エリスがそう告げた。
「我々青妖精族は長命の種だ。30世紀は生きることができる。もっとも劣悪な環境ではその寿命は人間と変わりないのだが」
そう告げてエリスは深くため息をつく。
「今も多くの同胞たちが精霊帝国に囚われ、劣悪な環境で奴隷として酷使されている。だが、我々では彼らを救い出すことは叶わない。精霊帝国の貴族には勝てないのだ」
そう告げるエリスは本当に悔しそうであった。
「だが、そなたたちの勝利のおかげで希望が見えてきた。あなた方は魔術師ではないのだろう? 魔術師ではないものが、精霊帝国に勝利できたのは朗報だ」
「そう。我々は魔術師ではないよ。魔術ではなく、道具で勝利してきた」
エリスの言葉に俺は頷く。
「では、あなた方に里で暮らすことを許そう。何かしらの理由があってここまで来たのだろう。丁重に持て成すとしよう。だが……」
そこでエリスが渋い顔を浮かべる。
「いくつかの交換条件を呑んでもらえるだろうか?」
「というと?」
こういう展開になるのは予想できていた。よそ者をただで持て成す人間はいない。
「我々にもその道具を与えてほしい。我々も精霊帝国と戦わなければならないのだ」
エリスはそう告げて俺の方を見つめる。
「ダメだ、ダメだぞ、ヤシロ。こいつらは信用できない。6世紀前のことを南部は忘れちゃいない。俺たちが迎え入れてやった連中が暴動を起こし、精霊帝国による侵略の隙を作ったことはな。こいつらは裏切りものだ」
レオナルドがそう告げてエリスを睨みつけた。
「誤解があるようだ。我々は暴動を起こそうとしたわけではない。精霊帝国の侵略が近いことを知って、軍隊を組織しようとしただけだ。あのままでは南部が瞬く間にミラ王国と同じ運命を辿るのは分かっていた。だから先王は南部で軍を組織し、それによって精霊帝国の侵略を遅らせようとしていたのだ」
「調子のいいことを。どうしてそうだと信じられる」
エリスが首を横に振って告げるのに、レオナルドがそう返した。
「事実、先王は南部で戦って死んだ。生き残ってはいない。我々が裏切ったとするならば、今頃はのうのうと生き延びているはずだ。そうでないということが、その証拠だ」
先王というのはエリスの肉親なのだろう。彼女の言葉には悲しみの色があった。
だが、歴史的な誤解があったことはこれで分かった。どちらが正しいかはその時の記録が残っていないので断言することはできないが、少なくとも青妖精族側にはその時、敵意はなかったという姿勢らしい。
「だが……」
「6世紀も前のことをどうこういうのは止めにしよう、レオナルド。少なくとも現在の我々は共通の敵を有しているはずだ。精霊帝国という敵を」
俺はそう告げて、エリスの方を見る。
「あなた方がどのような抵抗運動を組織しているのかお聞きしても?」
「ああ。信用を得るためならば、我々のことについて語らなければならないな」
そう告げてエリスは語り始めた。
青妖精族──ミラ王国による精霊帝国への抵抗運動はミラ国内軍という組織によって実行されている。これは元々ミラ王国陸軍であったものが地下組織化したもので、組織力という面においては優れている。
だが、そのようなミラ国内軍においても、精霊帝国への攻撃には犠牲を払い続けていた。ミラ国内軍は精霊帝国に奴隷にされた民衆の解放や、この東部山岳地帯一帯を支配する傭兵団“黒獅子軍団”に対するサボタージュなどを行っているが、両者のキルレシオは圧倒的に精霊帝国側が勝っている。
それでもミラ国内軍は抵抗を続けている。それは元ミラ王国の民衆たちに希望を示すためのものであり、彼らがまだミラ王国の再興を諦めていないと示すためのものであるからだ。彼らが諦めてしまえば、それでミラ王国の抵抗運動は終わりだ。
ミラ王国は12世紀前に滅んだだけあって、状況は差し迫っている。多くの奴隷となった民衆はミラ王国のことを覚えてすらいないという。長命の青妖精族であっても奴隷となっている身の者は世代交代が早く、記憶は薄れつつあるのだ。
ミラ王国の独立の炎を灯し続けるために、ミラ国内軍は活動している。それは実利的な攻撃というよりも、もはや象徴的なものだった。ミラ王国が未だ存在し、ミラ王国は精霊帝国に完全に屈したわけではないという象徴だった。
「これが我々の抵抗運動だ」
エリスは語り終えてから、我々の方を見た。
「つまり、抵抗運動の攻撃の度に兵士たちは反撃によって失われて行き、希望は失われていくというわけなのだね」
エリスの話から導き出せるのはそういうことだ。
ミラ国内軍はキルレシオにおいて精霊帝国に劣り、数そのものにおいても精霊帝国に劣っている。攻撃が行われる度に、ミラ国内軍は大損害を出し、それを続けなければならないという状況からして、敗北へと向かっている。
「……そう言ってしまえばそうなる。我々青妖精族は長命のせいか、子供ができにくい。人口は減少していく一方であり、このままならば全滅ということもあり得る」
人間はかねてより自分たちの都合で生き物を絶滅させてきた。
自分たちの食料とするために、害獣として排除するために、あるいはよく考えずに外来種を持ち込んだことによって。それらの理由によって多くの種族を滅ぼしてきた。ステラーカイギュウはいい食料だったし、ニホンオオカミは害獣だったし、オーストラリアの自然は様々な外来種たちの刃で汚染された。
そして、ここでもまた人間という種族が青妖精族という種族を絶滅させようしている。人種における絶滅が成功した例は聞いたことがないが、青妖精族と人間が交わったとはエリスは一言も告げていないし、彼らの生態を聞けば聞くほど人間とはかけ離れていることが分かる。そうであるならば、それは人種という区分ではなく、別の種だ。
生殖機能が弱く、多種と交われず、それでいて競合他者による攻撃の対象となっている青妖精族は地球で絶滅した多くの生物に似ている。彼らが絶滅する日は、遠い未来のことでも、全くあり得ないことでもないだろう。
「あなた方の状況は我々より危機的というわけだ。精霊帝国は意図して絶滅を?」
「それを知っているのは精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトと水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインだけだ。だが、奴らは確実に我々の同胞たちを殺し続けている。今は労働力として生かしているだろうが、それが終われば」
精霊帝国がどこまで意図して絶滅を計画しているかは分からない。エリスは奴隷たちは世代交代していると告げていた。それは奴隷でありながらも、家族を有していることを意味する。本気で絶滅させるつもりならばそんなことは許しはしまい。
相手種族の生殖機能を奪うのは民族浄化のセオリーだ。ナチス・ドイツの収容所でも、ユーゴスラヴィアの民族浄化でも、相手を皆殺しに、絶滅させてやろうと考えている側は、相手の生殖能力を奪っていた。男は殺し、女は犯せ。
そういう点では精霊帝国は青妖精族を便利な労働力と考えてはいれど、絶滅の対象としては見ていないような空気を感じる。本気で絶滅を計画した場合、やるならば相手の血筋を完全に断つことぐらいはやってのけるだろう。
「いずれにせよ、我々の種族は滅びの危機にある」
「その点については同意しよう」
精霊帝国が本気で絶滅を計画しているのであっても、そうでないとしても、青妖精族の置かれた状況が過酷であることに変わりはない。
「一応聞いておきたいのだが、どうしてあなた方は精霊帝国の側から魔族と呼ばれているのだろうか? あなた方も魔術が使えるのか?」
本題に入る前に疑問は解決しておきたい。互いを理解するためにも。
相互に不理解は軋轢を生み、軋轢は争いに繋がる。虐殺にすらも。
「我々が魔族と呼ばれるのは我々が精霊帝国にとっては異端の術を使うからだ。我々も奇跡を操ることができる。妖精術というものによって」
そう告げるとエリスの手に仄かに光が灯った。
「魔術との違いは?」
「妖精術は魔術のように攻撃的なものではない。同胞たちの傷や病を癒し、大地に活力を与え、雨を乞い、豊富な作物が実ることを実現するためのものだ。これを攻撃のために使おうと思っても、妖精たちがそれを拒否する」
「その妖精というのは実在する存在なのか?」
「もちろんだ。この大地には妖精たちが暮らしている。目には見えないが、確かにそれは存在する。ここからさらに奥地に進んだ妖精たちの里ではそれを強く感じられる」
一種のシャーマニズムか。だが、魔術が存在する世界だ。そういうものが存在していたとしても驚くには値しない。そういうものもあるのかという関心だけだ。女神ウラナは魔術を敵視していたようだが、どういうわけか妖精については見過ごしたのか。
だが、そういうものがあるのであれば──。
「その癒しの術というのは人間にも有効だろうか?」
「ああ。かつては人間たちの一部も妖精を崇拝し、その力を借りていたのだ。精霊帝国が世界を支配する以前までは」
俺が尋ねるのに、エリスがそう答える。
「では、聖女の瞳を癒せないだろうか。彼女は目を焼かれている」
俺がそう告げるのにエーデが僅かに反応した。まるで予想していなかったような反応である。しかし、もしその癒しの力とやらが本物であるならば、エーデの瞳も癒せるかもしれない。彼女は再びその瞳に光を宿せる。
だが、本当にそれでいいのだろうか。
彼女がその目に光を戻してしまえば、俺は彼女を直視できないのではないだろうか。
しかし、それでも。
「見てみよう」
エリスは立ち上がり、エーデの方に歩み寄る。
「そなたの名前はエーデルガルト・エイセルというのであったな。この雑誌に記されていた活躍を呼んで心躍らされた。妾もそなたのように戦い、民を導けたらと夢見させてもらったよ。そなたはいい導き手であるようだな」
「ありがとうございます。まだ聖女と呼ばれるほどの成果はお示しできていませんが、皆さんを勇気づけられたならばなによりです」
エリスがそう告げて微笑むのに、エーデもまた微笑み返した。
種族は異なれど、彼女たちはそのことを全く気にしていないようだ。そのことに不満らしきものを覚えているのはバルトロ、レオナルド、そしてカミル。
カミルが反発を持つことは驚くべきことではない。人間に民族主義者がいるのだ。青妖精族に民族主義者がいない理由はない。ことに人間によって迫害されている彼らは人間たちを憎んでいることだろう。
クロアチア人がセルビア人を殺し、セルビア人がクロアチア人を殺し、ドイツ人がポーランド人を殺し、ポーランド人がドイツ人を殺し、ウイグル人が漢民族を殺し、漢民族がウイグル人を殺し、世界はそうやって憎悪によって回っていく。
だが、その恨みは精霊帝国にぶつけてもらわなければ。今はまだ。
「目を開けてもらえるか?」
「はい」
エリスが告げるのに、エーデがその目を開いた。
痛々しい光景が広がる。白濁した瞳。そこに光はなく、虚ろな目が居座っている。
「これは……」
エリスが呻く。
「やはり無理だろうか?」
「試しては見よう」
俺が尋ねるのに、エリスがそう告げて返した。
「偉大なる妖精たちよ。どうかこのものにその加護を」
次の瞬間、エリスの手が仄かに白く輝き、エーデの瞳に光が宿る。
だが、それは一瞬のことだった。すぐにエーデの瞳の輝きは失われ、元の白濁した瞳へと戻った。それを見て、エリスは深くため息をついた。
「やはりダメだったようだ。期待をさせてすまなかった」
「構いません。今のままでも戦うことはできます」
俺は安堵していた。エーデが一瞬でも瞳の輝きを取り戻した時、俺はそれを見つめ続けるのは絶対に無理だという思いが込み上げてきたからだ。
良心? 同情? 共感? あるいは罪悪感?
分からないが、その感情をナノマシンは放置した。人体に影響はない感情だと判断されたらしい。人体に影響のない感情とは。笑える。本当に俺の頭に入っているナノマシンのAIは俺と鈴谷が夢中になった2010年代の非VRゲームのAI以下のようだ。
全ての感情は人体に影響を与える。それが行き過ぎれば、心身障害すら起こす。そう、感情とは時として自分に対する鋭利な刃となるのだ。
無害な感情などありはしない。全ての感情は日本情報軍の軍人にとって有害だ。我々はまっさらな状態であらねばならない。常にフラットであらねばならない。ゲームでもプレイしているような非現実的な没入感で任務を実行しなければならない。
だというのに、ナノマシンは何もしない。
「互いのことがだいぶ理解できたようだ」
俺はエーデのエリスの様子を見つめてそう告げた。
「では?」
「そちらが我々に隠れ家を提供してくれるのであれば、交換条件として武器を供給しよう。それを使って戦えばいい。そうすればそちら側も精霊帝国の貴族たちを恐れる必要はなくなる。我々の側が狩る側へと変わるのだ」
そうして、憎悪の連鎖の中に組み込まれていくのだよ。
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