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彼らと話し合うべきだ

……………………


 ──彼らと話し合うべきだ



 誰が代表になるかにはひと悶着あった。


 バルトロはまず声を上げたし、レオナルドもそれに続いた。そして、ペネロペとマルコムが声を上げて、さてどうしたものかという状況になった。


 エーデが代表に加わるのは決定事項だったからいいものの、この代表団選びには些か悩まされた。誰もが自分たちの立場を表明しなければならないという強迫観念に駆られ、誰彼構わず押しのけてその地位を手にしようとしたのだから。


「皆さんで一緒に行けばいいではないですか」


 エーデがこう告げるまで醜い言い争いは続いていた。


「それでいいのか?」


「相手は代表と話したいと告げたのだ。人数は制限していないし、どのグループの代表かも指名してない。全員揃って行っても文句は言われないだろう」


 バルトロが告げるのに、俺は肩をすくめてそう返した。


「では、全員でいくとしよう。異論はないな?」


「ない」


 バルトロの提案に全員が頷いた。


 やはりエーデの権威というのは馬鹿にならないものだ。エーデが一言発するだけで、てんでバラバラの抵抗運動レジスタンスが一体化する。彼女がいなければ、この抵抗運動の集まりは組織すらできなかっただろう。


 エーデにはこれからのためにも、なんとしても生き延びてもらわなければ。


 たとえ戦後、彼女を巡る争いが始まったとしても。


「人間たち」


 我々は青妖精族(フロスト・エルフ)の里に案内されていた。東部山岳地帯の山脈の合間に作られた村落で、40家族程度が生活している。山の合間には棚田のように作られた畑が広がり、そこでは春に撒かれた小麦が成長していた。


 だが、俺が見るにこの狭い山脈の間に作られた僅かな畑では、ここに住む家族全員の食糧事情を満たせないと俺は見積もっていた。恐らくここに暮らす家族に加えて、我々をここまで案内した兵士たちがいるとなると、ここの食糧事情はあまりよくはない。


 里の子供たちも角が短い以外は青妖精族の体形をしており、のそのそと里の道を進む軍用ロボットや彼らにとっては珍しいだろう人間の女子供の姿を物陰から興味深そうに眺めていた。そのことで彼らもまた興味心を持った知的生命体なのだと分かる。


「人間たちよ。代表はまだか?」


「代表は決まった。ここにいる全員だ」


 我々を里まで案内した兵士のひとりが告げるのに、俺がエーデとバルトロたちを指し示してそう返した。


「ふむ。人間というのはあれだけの集団にこんなにも指導者がいるというのか?」


「民主的な思想というものだ」


 実際のところ、この有象無象の寄せ集め集団の何割が民主的なプロセスというものを理解しているのか分からないのだが。


「分かった。では、元帥閣下がお会いになられる。失礼がないようにな」


 青妖精族の兵士がそう告げるとついてこいというように手を振った。


「本当に奴らを信用していいのか?」


 レオナルドがそのようなことを告げる。


「では、あなたには他に手段があると?」


「これだけ広い山岳地帯だ。別に隠れ家はここじゃなくともいいだろう?」


 俺が尋ねるのに、レオナルドが不満そうにそう返す。


「他に適した場所があるのを探すのは苦労することになると思うよ」


「それはそうだろうが……」


 青妖精族はここの先住民で彼は我々よりこの土地に精通している。それだけで接触する価値はあるというものだ。我々にある時間は限られたものであり、いつまでもあるかどうかも分からない他の生存に適した場所を探しているわけにはいかないのだ。


 そう、食糧の問題もあるのだから。


「まずは元帥という人物に会おう。話はそれからだ」


 バルトロがそう告げて、先陣を切って進む。


「人間だ!」


「姫殿下に会うのかな?」


 我々が貸し出されていた建物を出るのに、青妖精族の子供たちがそう告げる。


「バルトロ。彼らが何を言っているか分かるか?」


「ん。いいや。魔族と人間では言葉に違いがある。さっきの兵士もかなり訛りのある共通言語で話していたしな」


 俺が彼らの言語を理解できるのは、女神ウラナの与えた恩恵と祝福のためか。


「では、もし言語が通じなかったら俺を通じて会話してくれ」


 俺はそう告げておいた。


 言語の違いというのも馬鹿にならないもので、ただ喋る言葉が違うからというだけで虐殺が繰り広げられたのを見たことがある。言語以外の生物学的違いは見つけ出せないのに、虐殺者たちが言語の違いを理由に虐殺を行った。


 結局のところ、それが指し示すのは互いの理解度の差異なのだろう。文化が、宗教が、民族が、言語が違えば、互いを理解するハードルは高まる。相手が何をしたいのか理解できない。どうしてそうするのかが理解できない。そんな状況が続く。


 そして、そのすれ違いが摩擦を生み、やがてその摩擦は炎を生み出す。虐殺の炎を。


 我々日本情報軍の軍人にとって虐殺とはよくあることだった。その理由を追求しようとした分析官アナリストも日本情報軍には数多くいただろうが、我々自身は虐殺の芽というものを経験則的に見つけ出していた。


 とどのつまりは、互いを理解していないこと。ちょっとした文化の違いでもいい。ちょっとした風習の違いでもいい。何なら挨拶の言葉が違うだけでもいい。それだけで数万人が殺される虐殺は演出できるのだ。


 人間というものは自分と異なるものを排除しようとする傾向を有している。人体の免疫系が自分の体組織と異なる物体を排除しようとするように、カッコウとオナガの関係が如く遺伝子という生命の本質が自分の子孫たちの繁栄のために部外者に攻撃的なように、人間は違いを嫌う。


 それは2030年代のヨーロッパにおいてことに顕著であった。かつてキリスト教徒たちが暮らしていた大地に多数のイスラム教徒の難民が流れ込んだ時、人々は最初は慈悲の心を以て接しようとしたが、2020年代から難民・移民に攻撃的な右派政党が台頭するようになり、2030年代においては難民・移民は攻撃の標的となった。


 そして、今や先進諸国のほとんどがそうである。かつて誇り高く謳われた多文化主義は敗北した。人間は所詮は獣に過ぎず、自分たちの縄張り(テリトリー)でよそ者が繁栄することを原始的な本能から嫌ったのだ。


 減少する労働力はロボットで補われ、市場は拡大した自由貿易圏によって補われた。少子高齢化を前にしても、人々は異なる生物を自国に入れることを拒否したのだ。


 今回もそうならないとは限らない。我々はよそ者として押し返され、それに対して武力で抵抗するしかなくなるのかもしれない。常に悲観的に考えるならば、そういうこともそうしておかなければならないだろう。


「ここだ。ここに元帥閣下がいらっしゃる」


 我々を案内した兵士はそう告げて山腹に穿たれた洞窟を指し示した。


 洞窟の大きさはそれなりで、大の大人が2名は同時に入れる。


「入っても?」


「ああ。繰り返すが失礼のないようにな」


 俺が尋ねるのに兵士はそう告げて返した。


「では、行くとしようか」


 俺は先頭に立って進んだ。


 HK416自動小銃は置いてきたが、HK45T自動拳銃は携行している。何かあれば、これで道を切り開くだけだ。この洞窟が罠ではないとは限らないわけなのだから。


「来たか」


 我々が洞窟の中に入ると低く、やはり訛りのある共通言語が響いた。


「今回はお招きいただき感謝する。俺は代表のひとり八代というものだ」


「私はミラ国内軍元帥カミル・コシチュシュコだ。一先ずは歓迎しよう、客人」


 カミルと名乗った男は身長2メートルを超えるだろう大男で、その角も他の青妖精族と比較して立派なものであった。体には分厚い革の鎧と軍服を身に着け、階級章と思しき肩章と授かっただろう勲章を光らせている。


 つまり、この場は戦闘の場ではなく、公の場だということ。


 我々は階級章もなく、勲章もなく、デジタル迷彩の戦闘服を身に着けてこの場にいる。これは少しばかり失礼だったかもしれないな。


 かといって、日本情報軍の藍色の軍服をわざわざ魂を使って取り寄せようとは思わない。我々は所詮はゲリラであり、名誉や栄典とはかけ離れた存在なのだ。


「それでコシチュルシュコ元帥。我々から何を聞きたいのだろうか。我々の望みとしては暫くの間、ここに滞在することを許可してもらいたいのだが」


「客人。お前たちから聞きたいことがある。ここにこの雑誌がある」


 俺が丁重に尋ねるのに、カミルは一冊の雑誌をテーブルの上に投げた。


 それは何を隠そうペネロペが発行している機関紙“自由の声”だった。


「それをどこで?」


「我々には様々な情報網がある。だが、問題はここに書かれていることが事実かどうかだ。お前たちは本当に土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルと風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストを殺したのか?」


 俺の問いに、カミルは質問を重ねてきた。


「間違いないよ! それは私たちが発行したものだからね」


「事実だ。我々は土の精霊公と風の精霊公の両方を殺した。全ては女神ウラナの神託を受けた聖女エーデルガルト・エイセルが成し遂げたことだ。それは事実だ」


 ペネロペが快活に告げるのに、俺が静かにそう告げた。


「にわかには信じらないな。聖女というのはここにいるのか?」


「彼女がそうだ。エーデ、前へ」


 カミルが首を横に振るのに、俺はエーデに道を譲った。


「あなたが聖女か……?」


「まだ聖女と呼ばれるに相応しい働きはしていません。私が真に聖女と呼ばれるのは、精霊帝国が崩壊し、その弾圧が終わった日になります」


 カミルが見とれたような、訝しむような視線をエーデに向けるのにエーデはそう返した。彼女はまだ自分が聖女として不適格だと思っている。彼女が成し遂げた数多くの血生臭い奇跡をまるで顧みることなく。


「それから我々には武器がある。精霊帝国の貴族たちを殺せる武器がある。我々はそれで戦い、これまで勝利を手にしてきた」


「おい。ヤシロ!」


 このことは秘密にしておく予定だったのか、レオナルドが声を荒げる。


「それはどのようなものだ?」


「それは我々が同盟関係を結ばなければ教えられない」


 俺も無償で施しを行うお人好しではない。この青妖精族の全面的な支持が受けられなければ、こちらの切り札である銃火器を提供するつもりはないし、その情報についても制限したものしか教えることはできない。


「同盟か……」


 俺の言葉のカミルが考え込む。


「精霊帝国を倒すためです。ともに手を取って戦いましょう」


 エーデがそのようにカミルに促す。


「もちろん、我々の最大の敵は精霊帝国だ。精霊帝国こそ我々の敵だ。今は団結できる者同士で団結することが望ましい。我々の間に団結できるものがあるのならば、そうするべきだろう。だが、本当に人間と我々の間で同盟が成立すると思うのか?」


「俺たちとは一緒に戦えないってことか」


 カミルが告げるのに、レオナルドが苛立たし気にそう告げて返した。


「やっぱり魔族など信用できたものじゃないな。こいつらは本当は精霊帝国と戦うつもりなんてないんだ。きっと裏では精霊帝国とつるんでいるに違いない」


「なんだと。その侮辱、その血を以て償ってもらうぞ」


 レオナルドが吐き捨てるようにそう告げ、カミルが立ち上がって腰の下げた剣を抜く。レオナルドの方も俺から支給されていたP320自動拳銃をカミルに向けた。


「やめよ」


 そこで凛とした女性の声が響いた。


「これは殿下。お見苦しいところをお見せしました……」


 カミルが跪いて出迎えたのは、10代後半ごろの年齢をした少女だった。



 その起伏に富んだ体は喪服のような黒いドレスに覆われ、明らかに里にいた他の青妖精族の子供たちとは異なるカリスマとでも言うべきオーラを纏っていた。



「客人たちよ。ようこそ、青妖精族の隠れ里へ。妾はミラ王国第一王女エリス・デア・バロール。妾たちは諸君を歓迎しよう」



 少女はそう告げて、俺たちに微笑みかけたのだった。


……………………

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