先住民族たちとの接触
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──先住民族たちとの接触
我々が兵舎を襲撃している間、非戦闘員は無事に丘陵地帯から山岳地帯へと渡っていた。ロボットの環境適応迷彩に隠れ、100名ずつの数で山岳地帯に渡り、それを援護する兵士たちも無事に向こう側に到着した。
「上手くいっていると見ていいのでしょうか?」
エーデがそのように俺に尋ねる。
「そう見ていい。敵が兵舎が壊滅していることに気づくのは数日後だ。その時には我々は遠くに去っている。そして、こちらの犠牲はゼロだ。上手くいっているよ」
我々の撤退作戦は最後の難所を抜けた。
この付近を守っている敵の傭兵たちは壊滅し、道は開かれた。我々は無事に山岳地帯への移動が可能になった。今は戦闘員たちが移動しており、それが終われば、最後に我々が移動することになっている。
「問題はこれからだな」
問題はいくつかある。
ひとつ。敵がどこまで我々を追跡するのか。
我々は兵舎を壊滅させ、追っ手を封じたが、軍用犬などを使えば追跡できないことはないだろう。敵が本気で我々を追跡してくるなら、我々はそれを迎え撃つか、あるいはさらに逃げなければならない。
ひとつ。我々の持ち込んだ食料で本当に精霊帝国の弾圧が終わる、あるいは緩まるまでの時間、暮らしていけるのだろうかということ。
食料は10台中8台のロボットに約5トンずつの食料を運ばせている。だが、こちらは2500名という大所帯だ。ビタミン剤などで栄養素は補うとしても、精霊帝国の作戦が長期化してくると、食糧事情に影響が生じる。
不幸にして精霊帝国の動きは遅い。彼らは威圧のために南部をうろうろと歩き回り、都市を焼いたりしている。いつになったら彼らが治安回復を宣言するのかは謎だった。
最後はレオナルドが嫌っていた東部山岳地帯の先住民たちの存在。
魔族と呼ばれている存在だそうだが、彼らが我々にどのような態度を取るのかは疑問であった。何せ、聞けば聞くほど何もかもが違うようなのだ。精霊帝国によって弾圧されていることは事実のようだが、だからと言って協力し合えるかは謎だった。
弾圧されている者同士が絶対に結託するという保証はないのだ。当初の南部における抵抗運動が南部国民戦線と南部民族会議に分かれていたように、抵抗運動にもまた派閥というものが存在する。第二次世界大戦下のポーランドにおける抵抗運動、ユーゴスラヴィアにおける抵抗運動などにも派閥が存在した。
まして、バルトロやレオナルドのような民族主義者が、異民族とどこまで妥協できるかは最大の問題だと言ってよかった。彼らはルンビニ公国の民族とも摩擦が起き始めているというのに、人間ですらない存在と上手くやっていけるのか。
「ヤシロ様ならばきっと乗り越えられますよ」
「そうであることを願いたいね」
エーデは優し気に微笑むが、俺はそこまで楽観的にはなれなかった。
「今は進むしかない」
どんな問題が待ち受けていようと、脱出を決めた時点で後戻りはできなくなっている。今更ルンビニ公国と南部に戻ることはできない。その先に少しでも希望があることを信じて、進み続けるしかないのだ。
人は三大欲求が満たされなければ戦う意欲も起きないかもしれないが、希望をなくしても戦い続けることはできないのではないだろうか。
ペリリュー島でも、硫黄島でも、そして沖縄でも、あそこで戦った将兵たちは最後まで希望を持っていたのではないだろうか。自分たちが戦えば、少しでも時間が稼げれば、愛する家族のいる日本本土が守れるのだという希望を。
死人にそれを尋ねることはできない。あの戦争で生き残った人間にもそれを尋ねることはできない。戦争というものが終わった時点で、彼らの精神は不可逆に変性してしまっているのだ。登山において頂上に登れなかった人間に頂上に至った感想が聞けないように、我が子を流産した母親に親になる喜びを聞けないように。戦争に負けた人間に勝利への希望があったかなど聞きようがないのだ。
だから、我々は想像するしかない。あそこに本当に希望はあったのだろうかと。希望がなければ人々はどうやって戦ったのだろうかと。
国家への無償の献身? それとも英雄になりたかった?
戦場というものはそんな夢見がちな思想を徹底的に排除する。もし、戦場に赴く全ての軍人たちが国家への無償の献身と英雄願望を抱いていたならば、何もわざわざ脳にナノマシンを叩き込んで、人造の殺意を作り出す必要などありはしないのだから。
人は戦場に国家への無償の献身も、英雄願望も見出さない。
戦場というのは不意に死が訪れる場所ではあるが、そのほとんどは退屈な任務で占められているからだ。ひたすらに目標が現れることを待ち続けること、基地で出撃まで戦闘準備状態で待ち続けること、渋滞した市街地における車両の使えないパトロール、目標を仕留めるためにひたすらに山岳地帯を歩き続ける移動。
待て、待て、待て。歩け、歩け、歩け。
軍隊は今我々がそうであるように歩き続け、待ち続ける場所だ。毎日がハリウッド映画のような戦場であるならば、それは国家への無償の献身と英雄願望も生まれよう。だが、実際には戦場という場所は毎日のルーチンワークでできている場所なのだ。
ベッドを整え、食事をし、トレーニングをし、パトロールをし、時たま人を殺したり、殺されたりする。日本情報軍においてもこれに情報任務がいくつか加わるだけで、基本的な流れはどこの軍隊も同じだ。
今ではジャガイモの皮むきも、トイレ掃除も、コーヒーを淹れることすらも、軍が委託した民間企業によって行われるために我々は本当に待ち続けるだけになった。
だが、そこは決して安全なわけではない。
死というものは退屈という名のベッドの下のブギーマンのように潜んでいる。パトロール中に待ち伏せを受けることもあれば、基地にいたところを爆薬を満載したトラックで吹き飛ばされることだってある。
人がそんな危機に直面して思うのは、国家なんて壮大なものではない。兵士たちが思うのは自分と自分の家族のことだ。自分が本土に残してきた家族がこれから先どうなるだろうかという不安に駆られ、自分がこれから本当に死ぬのだろうかという混乱に陥る。
そこのどこに国家への無償の献身があろうか。そこのどこに英雄願望があろうか。人はただ生き延びることを目的に引き金を引き続け、生臭い血の海を作るだけだ。
少なくとも21世紀の序章までの戦場では。
今では、兵士たちは戦場においてナノマシンに調節された身体状況で、ただただ無機質に人間を殺す。効率的に人を殺し続ける。論理的に人を殺し続ける。そこに国家への無償の献身も英雄願望も生まれる余地はない。
全てが管理された戦場。それこそが今の理想の戦場だった。
ここはそういう意味では理想からほど遠い。
抵抗運動の兵士たちはあらゆる面で保護されても、管理されてもいない。彼らは獣のように周囲に敵の影を感じて怯え、獣のように勇気を示そうとする。無機質とも、効率的とも、論理的とも言えない戦い方だ。
だからこそ、彼らには希望が必要なのだろう。あの絶望的な島々の戦いで猛々しく戦い、散っていった将兵たちのように。それが不確かであろうとも希望というものがなければ、今の苦しい状況を切り抜けられはしまい。
「ヤシロ様?」
俺がそんなことをぼんやりと考えながら、この山岳地帯を進んでいたとき、エーデが隣から怪訝そうに声をかけてきた。
「どうかなさりましたか? 何やら考えておられるようでしたが……」
「少しばかりね」
エーデの存在はそんな兵士たちにとって希望になるだろう。彼女の示す奇跡は自分たちが戦い続けることの正当性となってくれる。
「エーデ。聞いておきたいのだが、君は魔族という存在のことをどう思っている?」
これは聞いておかねばなるまい。
彼女の判断次第ではレオナルドたちが本格的に魔族という存在との共闘を拒否することになる。そうなるのは好ましくない。この東部山岳地帯の住民である彼らを味方に付けておかなければ、ゲリラ戦は後退することに繋がってしまう。
無論、本当に交渉が決裂したならば、我々は魔族を皆殺しにして、それで以てして東部山岳地帯の支配者の地位を奪い取るだけだ。魔族は今は精霊帝国を敵に回しており、二正面作戦になるのは我々と同じこと。
ただ、流れる血は多くなるだろう。
「魔族も女神ウラナ様を信じています」
エーデは告げる。
「形は違えど、同じように女神ウラナ様を信じているのです。そして、精霊帝国に弾圧されている。ならば、やるべきことはひとつです」
エーデはそう告げて、俺の方を微笑んで見つめた。
「彼らと手を取り合って、ともに戦っていきましょう。私はそうするべきだと思っています。ヤシロ様はどう思われますか……?」
エーデはそこで心配そうな表情を浮かべた。
「俺も同意見だよ。彼らと殺し合うよりも、手を取り合った方がいい」
「よかったです」
俺が告げた言葉にエーデが微笑んだ。
異論はないとも。これでレオナルドたちを黙らせることができそうだ。
「ヤシロ様」
そこでエーデが警戒の声を上げた。
「どうしたかね?」
「方角は北北西、距離1500歩の地点から何者かが急速に迫っています。敵意はありませんが、警戒の色があります。精霊帝国の兵士ではないようですが」
おやおや。歓迎委員会がお出迎えのようだ。
「総員警戒。だが、命令あるまで発砲は禁ずる」
俺はバルトロの方を向いた。
「恐らくは魔族だ。敵対的行動は可能な限り避けてくれ。今の段階ではまだ交渉の余地はある。君がどう思うと、まだ我々は協力した方が利益がある」
「分かっている。今は戦闘は避ける」
俺の言葉にバルトロが僅かに苛立った様子で頷いた。
民族主義者にとって、自分の民族の出生の地を離れ、異民族の地で彼らの慈悲を乞わなければならないというのは屈辱だろう。その屈辱にバルトロは必死に耐えているのだ。
「間もなくです」
相手は騎兵か。随分と早い。
「構えろ」
バルトロが命じ、抵抗運動の兵士たちが銃を構える。彼らの間には緊張の色がありありと見て取れた。彼らは単純に未知の存在を警戒しているだけだ。末端の兵士にはこのような不確かな状況でイデオロギーを表に出すような暇もない。
「誰か!」
現れたのは猛々しい雄鹿に跨った革製の鎧を纏った一団だった。
ただの誇張表現か、よくある情報化社会以前の誤解だと微かに思っていたのだが、俺のその考えは全面的に否定された。
革の鎧を纏った一団の肌は確かに冬の空のように青白く、その頭部には曲がった山羊の角があり、その耳は笹の葉のように尖っている。
人間とは全く異なる種との遭遇に、兵士たちの間に緊張が張りつめた。
「撃つな。絶対に撃つんじゃない」
バルトロがインカムに向けてそう告げ、崖の上から我々を見下ろす魔族たちを見上げる。バルトロにも緊張の色があったが、まだ指揮官としての余裕を残している。
「あなた方がこの地に住まう魔族だろうか?」
俺は不安と驚愕をナノマシンに殺させて、平静にそう尋ねる。
「我々を魔族などと呼ぶな、人間。それは精霊帝国が付けた名だ」
「失礼した。では、あなた方の本当の呼び名を教えてはいただけるか?」
お互いに警戒態勢にはあるが、戦闘に至るものではない。まだ管理された緊張だ。だが、これからの会話次第では血の海になる。用心しなければ。
「我々は誇り高き青妖精族。そちらに敵意がないのであれば、そちらも正体を明かすといいだろう。少なくともそちらは精霊帝国の犬どもである黒獅子軍団には見えない。奴らが女子供を連れて移動するはずがない」
青妖精族か。
だが、これで切っ掛けはできた。向こう側はこちらが精霊帝国の兵士であるとは思っていない。それが突破口になる。
「我々は抵抗運動だ。精霊帝国と戦っている下層民の集まりだ」
「抵抗運動……!」
俺の言葉に青妖精族の一団の指揮官らしき人物が眉を歪めた。
「それは確かか?」
「確かだ。ここから20キロの地点にある精霊帝国が雇った傭兵の兵舎を見てもらえば分かるだろう。我々が壊滅させてきたところだ」
まだ兵舎は瓦礫と死体の山だろう。それがまだ精霊帝国の方に確認されていないのであればの話ではあるが。
「偵察隊を送れ。例の兵舎だ」
俺の言葉に指揮官と思しき人物が指示を出した。だが、俺の耳はそれを日本語だとは認識したものの、音としてはこれまでの精霊帝国の言葉とは異なることを感じた。
「そちらを我々の里に招き入れる。休める場所だ。だが、そちらの代表には元帥閣下と話してもらう。それからのことはそちら次第だ」
「感謝する」
さて、問題はこれからだ。
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