望みある逃避行
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──望みある逃避行
我々は着実に東部山岳地帯に近づきつつあった。
長い道のりだったが、ようやく終わりが見えてきたことに、この逃避行に参加していた抵抗運動とその家族たちの間に安堵の空気が流れる。
ことに子供を抱えている家族は一刻も早く目的地に着きたがっていた。子供たちはこの逃避行に疲弊しており、何名かはロボットの上に乗って移動していた。ロボットもここまでの食料を消費したことで余裕ができ、怪我人や子供を乗せることが出来た。
とはいえ、全員をロボットに乗せて移動するわけにはいかない。このロボットというのは予想外なほど高額であり、全員を乗せるために魂のチャージ額を使っていたら、あっという間に残高は尽きてしまうだろう。
歩けるものは歩き、目的の地を目指す。
山林を抜け、川を越え、我々は東部山岳地帯に迫った。
「ようこそ、東部山岳地帯へ」
そして、出発から140日後、我々は東部山岳地帯に先行して向かっていた部隊と合流した。我々はようやく到着したのだ。東部山岳地帯に。
「状況は?」
「今のところ発見されてはいません。ここは安全なようです。ですが、ここから離れると精霊帝国に雇われた傭兵たちがパトロールしています。ここからあそこにある山岳地帯まで突破するには、傭兵をどうにかしなければなりませんね」
俺が尋ねるのに、抵抗運動の兵士が応えた。
最後の関門か。
こちらが引き連れている抵抗運動の兵士とその家族は2500名前後。予定通り200名前後が脱落しているが、それでもかなりの数だ。これを連れて戦場を移動するというのは少しばかりぞっとさせられる。
「傭兵のパトロールのパターンは?」
「分かっています。ですが、定時に隙なく構成されています。無理やり押し通る場合は、40分以内で突破するか、傭兵団全軍と戦うことを覚悟して突破しなければなりません」
少しばかり面倒だな。
「地図を」
俺は地図を求め、そこに書き記された先遣隊の情報を神経質に見つめる。
ここから50キロ先に兵舎。パトロールは我々が今いる小高い丘の麓をぐるりと見て回り、暫く周囲に40分程度視線を走らせ続け、それから兵舎にいる交代のパトロールと入れ替わって、兵舎に戻っていく。時間はいつも決まってる。
兵舎には500名ほどの傭兵が存在する。名前は黒獅子軍団。500名の傭兵を2名の貴族が指揮している。どちらの貴族もパトロールには参加しない。
ここから東部山脈地帯奥地に向かうにはこの兵舎にいる戦力をどうにかしなければならない。今、ここで立ち止まっても、隠れるには不十分だし、暮らすにも不適切だ。
「攻撃を仕掛けよう」
俺は地図を見てそう告げた。
「攻撃ですか?」
「そうだ。我々はゲリラだ。不意を打って、数の優位を打ち崩し、勝利を得る。主導権とは攻撃によって得られるものなのだよ」
戦争で勝利するには主導権を握らねばならず、主導権というものは攻撃によって得られる。ならば、ここは敵を避けて、息を潜めて通過するのではなく、大胆にも敵の兵舎に攻撃を仕掛けて、兵舎の戦力に我々を追撃する士気もなくなるほどの打撃を与えればいい。
「この丘を沿って丘陵地帯を進み、地形的に上の位置から下にある兵舎に対して攻撃を仕掛ける。ありったけの銃弾と火薬を叩き込んで、連中のミートパイにしてやろう」
幸いにして敵は兵舎を設営するときに地形を考慮しなかったようだ。兵舎は丘陵地帯から狙える位置にあり、我々は上部から下部に向けて火力を叩き込める。軍事的には最善の場所と言っていいだろう。
恐らくは敵も上から狙われることに備えてパトロールを展開しているだろうが、ならばそのパトロールの喉を切り裂き、血を舞い踊らせてやればいい。
「この近くに他に兵舎などの敵の拠点はなかったね?」
「ええ。この付近にある兵舎はこの1か所だけです」
俺が尋ねるのに、兵士が頷く。
「よろしい。では、攻撃は脱出作戦と並行して実施する。ドンキーの環境適応迷彩があれば少しずつでもこの丘の向こう側に人員を送ることが出来る。非戦闘員100名単位で脱出を実行し、その護衛に兵士を全体の半分。残りは兵舎の攻撃に回す」
我々が脱出に連れてきた戦闘員は脱落者を除けば約900名。そのうち約450名を兵舎の戦闘に投じるわけだ。これまでで最大規模の戦力が結集していると言っていい。
「了解です。準備します」
「ああ。時間はあまりない。迅速に始めよう」
兵士がそう告げるのに、俺は頷いて返した。
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時刻0300。
我々は小隊単位で丘陵地帯を進んだ。
俺とエーデはもっとも前方の小隊に加わり、敵のパトロールに警戒しながら進む。
この付近のパトロールも先遣部隊は記録していた。
40、50名程度の敵のパトロールが定期的に丘の上を見張って回っている。松明を持ち、何かに警戒するようにして、この丘陵地帯をパトロールしている。その時間帯や経路については記録を見させてもらった。彼らは完璧に先遣部隊としての任務を果たしている。
そして、もうすぐそのパトロールと遭遇する地点に迫った。
「間もなくパトロールと接触する。隠密は必要ない。派手に銃声を鳴らしていいよ。その代わりと言っては何だが、交戦時間は30秒だ」
「了解」
流石に2、3名のパトロールを始末するならともかく、小隊規模でうろうろしているパトロールを、この茂みも木々もない場所で個別に始末する気にはならなかった。そんな余計なことをしていたら、せっかくのこちらの銃火器の強みである射程が失われる。
よって、今回は隠密行動を必要としない。派手に反撃の雄たけびを上げよう。
「目標視認。距離800メートル」
「まだだ。まだ撃つな」
俺が告げるのにバルトロが部下たちを押さえる。
この場で暗視装置を利用しているのは指揮官クラスの人間だけだ。40名編成の各小隊に1個ずつ暗視装置は配備されている。
この約450名の部隊の中で暗視装置を持っているのは10名程度。それは少しばかり頼りなく感じるが、射撃を統制すれば問題はない。
「距離600メートル」
「撃つな。撃つんじゃないぞ」
撃とうにもこの暗闇では敵の姿は視認すらできまい。各小隊の兵士たちはおっかなびくっりした様子で暗視装置を持つ小隊長に続いている。
この我々のいる地形は茂みという茂みはほとんどなく、岩石が剥き出しになったような起伏のある地形が広がっている。我々は身を屈め、目標である敵のパトロールが周囲に視線を向けている場所へと迫る。
周囲の地形からして、ある程度の距離まで迫れば敵は気づくだろう。傭兵たちは明白に何かしらの敵対勢力を警戒しており、その警戒が緩む様子はない。松明を手にし、周囲を照らしながら、ひとつの地点で警戒を続けている。
「距離300メートル。バルトロ、そろそろだ」
「よし。第1小隊、撃ち方用意」
ここまでくれば確実に主力兵装であるAKM自動小銃の射程内であり、敵の放つクロスボウなどの攻撃の射程外だ。つまりは、一方的に殴れる距離。
「第1小隊、射撃用意完了」
「撃ち方始め」
全ての指揮通信は骨伝導式のトランシーバーで行われる。暗号化された通信が飛び交い、この丘陵地帯にいる兵士たちが戦闘準備に入り、そのまま戦闘に突入する。
「撃ち方始め」
小隊長から指示が下され、小隊40名の兵士たちが敵に狙いを定め、引き金を引いた。
けたたましい銃声が鳴り響き、敵のパトロールが銃弾に倒れる様子が俺の補正された視野に映り込む。敵は何に襲撃されたのかも分からないままに、周囲に視線を走らせ、盾を構えるも、全ての行動が虚しい。
銃弾は盾を貫いて敵の肉を抉り、そのまま飛び抜けていく。敵はこちらの姿をまだ見つけられていないのか、武器が構えられる様子もなく、ただ盾を構えた密集陣形のままに敵はAKM自動小銃とPKM汎用機関銃によって薙ぎ払われる。
「クリア!」
「前進、前進!」
パトロールを片付けてそれで終わりの作戦ではない。今回の目標は兵舎だ。
ここに爆薬を満載したトラックと死を覚悟したひとりの兵士がいれば、問題は速やかに片付くのだが、あいにくそのような手を使える状況にはない。トラックなど近づこうものならば、敵は速やかに臨戦態勢に入り、トラックめがけて攻撃を浴びせかけるだろう。
それでもいつかは自爆作戦を考えなければならなくなるかもしれない。ひとりの兵士の死で敵の兵士が1名以上犠牲になるならば、それはキルレシオとして勝っており、抵抗運動と精霊帝国の軍勢の差を考えるならば1名の兵士が6人の敵兵を巻き添えにすれば費用対効果としては釣り合う。
それに自爆攻撃には敵を思いもよらぬ方法で奇襲できる効果もある。
突如として検問にいた人間や民衆に混じっていた人間が爆発すれば、それは精霊帝国の貴族すらも危険に晒すだろう。上手くやれば、精霊公や精霊公に準じた能力を有する黒書騎士団の騎士たちを煩わしい戦闘抜きに葬れる。
もっとも我々がゲリラという立場を取り、民衆の協力を必要としている以上は、あまり民間人に犠牲を出すような手段は取れないのだが。
それでもいつかは自爆攻撃に頼ることになるだろう。現状、我々は精霊帝国によって追い詰められているのだから。
「進め、進め!」
「配置に付け!」
1個小隊のド派手な開戦宣言と同時に丘陵地帯を小隊ごとに分かれた部隊が展開する。目標である兵舎の方では、まだ動きは見られない。あのけたたましい銃声が聞こえなかったはずはないだろうし、どう対応するべきか話し合っていると見るべきか。
「軽迫撃砲、準備よし」
「照明弾、撃ち方始め」
ここでようやく各部隊の兵卒たちに光がもたらされる。
空高く打ち上げられた照明弾は兵舎を照らし出し、その光の下で無数の人影が蠢くのが見えた。彼らは隊列を組もうとしている最中にあったようで、突如として自分たちが照らし出されたことに明白に狼狽えている。
「軽迫撃砲、撃ち続けろ。各小隊、射撃開始」
バルトロはインカムに向けてそう告げ、軽迫撃砲が榴弾を放ち、RPG-7対戦車ロケットが破砕榴弾を放ち、自動小銃と軽迫撃砲が弾幕を展開する。
迫撃砲とロケット弾が炸裂する炎が俺の補正された視野に明白に映り、その下で銃弾によって薙ぎ倒されていく兵士たちの姿もよく見える。
こうなるともはや戦場はゲームめいた状況になる。
遠くの黒い影をめがけて銃弾を放ち、命中すればポイントが入る。そういうゲームだ。迫撃砲の射手は目標を明確に狙って砲弾を放たないし、対戦車ロケットの射手も明白な狙いが付けられる距離にない。
小銃手と機関銃の射手、そして選抜射手だけが目標を狙って銃撃を行う。彼らは倒れていく兵士たちを前にして、銃弾を放ち続ける。
だが、それもゲームのようなもの。照明弾の光と迫撃砲弾、対戦車ロケットで引火した炎で照らし出された黒い影は辛うじて人の形をしているだけで、それを人と明白に区分できるだけの材料は有さなかった。
2010年代に乱造されたゾンビと戦うゲームのように、人の形をした人のような何かに向けて引き金を引き、そしてポイントを手に入れる。ただそれだけの射的のゲーム。それが今行われている戦闘であった。
兵士たちは自分たちが人を殺しているという罪悪感を感じないだろう。彼らにとっては暗闇の中で照らし出された人型のシルエットを撃っているだけに過ぎないのだ。人が倒れる様子を見ても、それを人間の死と結び付けられない環境にある。
だからこそ、兵士たちの攻撃は苛烈であった。
次々に砲弾が打ち出され、常に上空には照明弾が輝き、曳光弾が敵に向けて伸びていく。ナノマシンを脳に叩き込んでいない兵士でも、この状況ではフラットでいられただろう。彼らは敵の攻撃に怯えることも、同族を殺すことによってもたらされるストレスを感じることもなく、ただただ無機質に射撃が続けられたのだ。
だが、彼らが明白に殺さなければならないのは、反撃の手段を有さない下層民の傭兵たちだけではなかった。
貴族だ。この騒ぎにようやく貴族が顔を見せた、
プレートアーマーに身を包み、杖を手にした貴族が何事かを傭兵たちに告げ、傭兵たちは盾を必死になって構えている。それが無駄だということは散々学習しただろうに。
だが、どうやら貴族は土系統の魔術の使い手であったようで、傭兵たちの前に金属の壁を展開する。それによって銃弾は弾かれるようになり、こちらの攻撃の手は緩んだ。
それからもうひとりの貴族が姿を見せた。そちらは火系統の魔術の使い手らしく、我々の方に照明弾よろしく炎の弾を放ってくる。
それによって僅かにこちら側が照らし出されたのだろう。壁が消滅し、傭兵たちがクロスボウを構えてこちらに前進してくる。
それでも彼らに勝機はない。
この世界のクロスボウの最大射的は50メートル前後。それに対してこちらは300メートル近い有効射程を有する自動小銃で武装しているのだ。
「ヤシロ。このまま交戦しても問題はないか?」
「彼らには上手くいっているように思わせておこう。その隙に貴族を叩く」
俺はそう告げてAXMC狙撃銃を構えた。
各小隊に付属している選抜射手に任せてもよかったのだが、ここは俺が貴族殺しの汚名を被るとすることにしよう。
俺は光学照準器を覗き込み、貴族の頭部に狙いを定める。
星空と月の明かり、そして周辺で燃え上がる炎という熱源を増幅し、補正した俺の視野にははっきりと杖を構える貴族の姿が見える。それから無数の薙ぎ倒された傭兵たちの姿も。彼らが流す血すら判別することが可能だった。
俺は深く息を吐き、手振れを最小限に収めると引き金を引いた。
銃声は2発響いた。
1発は俺のもの。もう1発はエーデのもの。
エーデもまた貴族を狙っていた。俺はひとりの貴族が脳漿を地面にぶちまけて地面に崩れ落ちるのを確認し、そこから滑らせるように光学照準器を動かし、エーデの射殺した貴族を見た。貴族は見事に脳天を撃ち抜かれており、地面に倒れていた。
「いい射撃だ、エーデ」
「お役に立てて嬉しいです」
俺が告げるのにエーデが微笑んだ。
「さて、敵の貴族はこれで両方くたばった。後は雑魚を始末するだけだ」
それから15分は一方的な殺戮が続いた。
殺す者、殺される者がはっきりと分けられた戦争。甘いオブラートに包まず言えば、それは一方的な虐殺。我々は殺し、殺し、殺し、殺し尽くした。
小隊の中のひとつが兵舎に降りて、生存者を確認したが、生きた人間はいなかった。全てが死に絶えている。全てが血の海に沈んでいる。
それを見た兵士たちは初めて自分たちのしたことを明白に理解した。だが、ナノマシンの補正がなくとも、彼らは心に傷を作らなかった。
貴族に与する人間は同じ人間ではないという非人間化による殺人の効率化のプロセス。それを経ている彼らには慈悲の心など湧き起こらなかっただろう。
それでも数名の兵士は目の前の光景に嘔吐した。彼らはまだ良心を有し、同じ人間を殺すことに抵抗感と罪悪感を感じているのだ。俺がいくら徹底して条件反射的に引き金が引けるようにしても、暗闇でよく敵の正体が分からなかったとしても、良心あるかれらは敵兵の死に感傷的になったのだろう。
彼らが戦場から日常に復帰するまでは時間がかかる。兵士たちは長い時間をかけて自分たちの経験を語り、共感し合い、慰め合う。そうしてやっと戦場から日常に戻ることができるのだ。それはベトナム戦争の頃の苦い経験から得られた対策だった。
「終わりだ、バルトロ。引き上げよう」
「分かった。撤収だ」
兵士たちが憎悪と恐怖を抱き戦場を戦う中で、エーデだけはそうではない。
エーデはいつもと変わらぬ笑みを浮かべて俺についてくる。
エーデはまさしく聖女なのだろう。
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