燃え落ちるカルナック市
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──燃え落ちるカルナック市
カルナック市は精霊帝国にとって反乱勢力の拠点と見做された。
全ての貴族に退去が命じられ、それに伴って脱出しようとする下層民が城門で騎士たちによって殺害され、街の衛兵たちまでもがカルナック市に閉じ込められた。
「準備完了です、エルリックスハウゼン閣下」
黒書騎士団副団長のエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンにそう報告するのは、ゴールドブロンドの髪の毛を騎士風にポニーテイルにして纏め、黒書騎士団の定めた土の系統の魔術を操る貴族にして鎧職人の手で作られた甲冑を纏った若い女性だ。
年齢は10代後半というところだろうか。快活そうなエメラルドの瞳には、まだ幼さが残っている。実戦経験のあることを入団条件としている黒書騎士団の中では異例で、もっとも若い騎士であるかもしれない。
「ああ。分かったよ、アリス。ご苦労だった」
彼女の名はアリス・フォン・アイヒホルン。
水系統の魔術の使い手で、その才能は水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインに次ぐものであると言われている。テオドシウスにとってはこの噂は面白いものではないらしく、あんな子供に負けるほど落ちぶれてはいないとだけ宣言している。
「いつ始めますか? 急がないとどこからか脱出されてしまいますよ」
「そうだな。すぐに始めなければ」
黒書騎士団はカルナック市を包囲している。東西南北の城門を封鎖し、地下下水道を水浸しにして塞ぎ、カルナック市は今や黒書騎士団に完全に包囲されていた。正確にはカルナック市に暮らす、下層民たちが、だが。
「火を放つ。準備させろ」
「了解しました」
アリスの役割は副団長であるエルンストの副官という立場だった。本来ならば下に部下を持ち、黒書騎士団の指揮官になってもいいだろう魔術の才能を有する彼女がこの地位にあるのには理由がある。
アリスも実戦経験は得ているのだが、それは本当に小規模の反乱を鎮圧したものであった。村ふたつがアリスの実家であるアイヒホルン家が課した重税に対して反発し、反乱を起こした。反乱に参加した人数は60名程度の男たちで、武装は狩猟の弓と熊手。それでアイヒホルン家に仕えていた徴税役人を殺し、村は税が下げられるまで納税を拒否した。
そこでアイヒホルン家の私兵50名を率いて村に反乱の鎮圧に向かったのが、アリスであった。彼女のやったことはシンプルだ。村の周囲一帯から水を全て消滅させたのだ。
井戸は乾き、土は乾き、そこは生命の育たない大地となった。
村の人間が音を上げて降伏しようとしたところで、アリスは水を与えた。ただし、その水は6000気圧の圧力を受けて放たれたウォーターカッターであったが。
アリスは村の人間を皆殺しにした。投降した女子供、老人たちからは水分を奪ってミイラにし、徹底的に殺し尽くした。そして、その後、連れてきた別の下層民たちを入植させ、村は安定を取り戻したのだった。
このことによってアリスの優れた魔術の才能が認められ、黒書騎士団団長ヴィクトリア・フォン・リンドルフにより、黒書騎士団への入団が認められる。
入団時14歳であったアリスは厳しい騎士団の訓練にも耐え抜き、今では立派な騎士である。剣を扱うこともできるし、魔術をより精密に扱うこともできる。
だが、彼女は若すぎたし、実際の戦場を知らなかった。
下層民たちが何万という数で蜂起し、貴族が数の暴力によって殺され、街という街が混乱に陥るという混沌を知らない。彼女が知っている戦場はちょっとした農民の反発という程度でしかないのだ。
そんな小娘を指揮官などにすれば、下に就く騎士たちは指揮官を信頼できなくなる。黒書騎士団では魔術の才能の高さが必ずしも、軍事的に秀でた指揮官であるということに繋がらないという常識的な考えがあるのだ。
そうであるがためにアリスに部隊は任されなかったが、理由はそれだけではない。
テオドシウスだ。水の精霊公である彼が自分に次ぐ水系統の魔術の使い手を名乗るアリスに不快感を抱き、盟友のヴィクトリアを介して、彼女があまり活躍することがないようにと圧力をかけてきたのだ。
ヴィクトリアはテオドシウスとは長い付き合いだ。ヴィクトリアは14歳で火の精霊公に選ばれ、テオドシウスはその時30歳であり、宮廷の仕来りなどを知らないヴィクトリアに懇切丁寧にそれらを説明して、導いてやったという恩がある。
そのため、ヴィクトリアはテオドシウスの要請を断り切れず、アリスを部隊指揮官には命じなかった。その結果が、エルンストの副官という立場だ。
だが、アリスはこの地位に不満を持っていない。エルンストは少し年上の信頼できる指揮官で、男らしく、貴族らしく、魔術の才能にも長けている。彼女はそんなエルンストに惹かれていた。それが女性的な恋愛感情なのかは分かりかねるが。
彼女は今の仕事にやりがいを感じている。特に今回の仕事には。
ルンビニ公国と南部属州において大規模な反乱が起きた。土の精霊公と風の精霊公が殺された。反乱勢力は御伽噺に出てくる邪悪な武器“銃”で武装している。
それを黒書騎士団はやっつけるのだ。過去例がないほどの大規模な作戦を前に、アリスは胸を躍らせていた。これはどのように勇敢な戦争になるのだろうかと。
「火炎魔術師隊、準備。火炎魔術師隊、準備」
アリスは馬に跨り、カルナック市を包囲する黒書騎士団の騎士たちにエルンストが下した命令を伝えていく。カルナック市からは悲鳴が聞こえていたが、やがてそれも途絶えた。人々はこれから起きる虐殺を生き延びるために地下室に潜ったのだ。
だが、それは全く以て無駄である。
「我らが神聖なるモレク陛下から与えらえた魔術を今解き放たん。放て!」
エルンストが号令を下し、カルナック市を包囲していた火系統の魔術を扱う騎士たちが一斉攻撃を仕掛けた。
その威力は凄まじい。
米軍のBLU-96サーモバリック弾に匹敵する威力の爆風と熱がカルナック市を駆け巡り、その衝撃波が造りの不安定な下層民の住居をなぎ倒し、そこにいる住民を押し潰して圧殺する。虐殺は頑丈な建物にいたものは辛うじて逃れることはできたが、彼らを待っているのはさらなる虐殺の手である。
エルンストたちが次に放ったのは粘性を持った炎を地上にばらまく攻撃だった。ナパーム弾のように粘着性のある燃焼剤が建物を襲い、丈夫な建物にいたものたちも、家の地下に隠れていた者たちも、等しく火あぶりにし始めた。
市街地も何もかも炎に包まれ、人々は建物から焼きだされて炎の熱によって崩壊してきた建物に押しつぶされて死ぬ。そうでなければ、そのまま炎上する建物の中で酸欠になり、意識を失っていき、そして焼かれていく。
カルナック市のほぼ全住民が今や死の危機にあった。
「流石ですね、エルリックスハウゼン閣下」
「このようなものなど児戯のようなものだ」
アリスが感心して、燃え上がる市街地を眺めるのに、エルンストはそう返した。
「だが、これでカルナック市における反乱勢力は壊滅しただろう。次に進もう。反乱が起きた場所全てを焼き払い、このモレク陛下が治める精霊帝国において、卑劣にも土の精霊公と風の精霊公を殺した反乱勢力を皆殺しにしなければならない」
「その通りです。全てはモレク陛下のために」
エルンストの言葉にアリスがうっとりした様子で頷いた。
「このカルナック市の下層民は精霊教会の大聖堂までもを焼いたのだ。自分たちが焼かれる番になるのは当然のことだ。思い知るがいい」
「しかし、下層民を皆殺しにしてしまいますと、今後の復興が大変そうですね」
どんな戦いにも戦後はある。
この反乱鎮圧作戦が終わった後には戦後が訪れる。
その時、黒書騎士団の騎士たちが殺した下層民の代わりをどこから調達してくるかは問題だった。黒書騎士団の騎士たちは反乱勢力とそれに組した者──つまり全住民を目標とした攻撃を考えていて、その代わりになる下層民は必須だった。
「ティベリア藩王国やバルフ王国から奴隷を集めてくればいい。奴隷に復興を行わせる。奴隷たちもこの惨状を見れば、二度と精霊帝国に逆らおうなどとは思わないだろう」
下層民はいくらでもいる。その認識はある意味では正しい。下層民は貴族よりも数が多く、この世界における労働力となっていた。
だが、その下層民も碌な医療が受けられないことで病死したり、怪我で死んだりすることが多く、その上乳児死亡率は無視できない数値であり、平均寿命は40代程度だと言われていた。40歳を過ぎた下層民は長老として持て囃される。ジェラルドがそうであったようにして。
「カルナック市はこのまま燃えるに任せておく。次に進むぞ」
「了解です、副団長閣下」
エルンストは馬に跨り、アリスもそれに続く。
エルンストの後をアリスは常に離れず付いて回り、彼女は副官としての義務を果たしていた。もっとも、その理由が副官であるからというだけのものとは単純には言い切ることはできないものの、少なくとも職務を疎かにはしていない。
そして、黒書騎士団がカルナック市を焼き払い、そこに下層民の死体が折り重なる様子を遥か上空から見ていたものがいた。
ドローンだ。
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「カルナック市が、全てが燃えている……」
カルナック市から10キロメートルほど離れた地点で、最後までルンビニ公国に残ったマルコムが呻き声を発していた。
彼の持つ軍用規格のタブレット端末には炎で一面が焼かれた街の様子が映っている。黒煙がもうもうと立ち上り、その下では酸欠に苦しみ、悶え苦しみながら死んでいく民衆の姿や、炎に焼かれ、地面を転がりまわる民衆の姿が映っている。
「これで脱出しなければならないという俺の言葉は理解してもらえたかな?」
俺はマルコムにカルナック市だろうと敵は焼き払うのだという事実を突きつけ、これからルンビニ公国で抵抗運動を続けることは極めて難しいということを証明したつもりだった。そうでなければ危機感が足りないのだ。
「理解した。精霊帝国の連中は容赦なく都市を焼く。農村部であるならば、もっと簡単に焼き払うだろう。そうすればルンビニ革命議会にできることはない……」
衝撃を受けているのはマルコムだけではない。
同じように軍用規格のタブレット端末で映像を共有した自由エトルリア同盟の幹部たちもそうであるし、俺自身もそうであった。
貴族の、それも精霊公に近い立場の人間の魔術が強力であることは理解しているつもりであった。だが、これは桁違いだ。彼らの行使する火力というものは、地球において人間が単独で行使する火力を超えている。
黒書騎士団の騎士たちと交戦する際には極めて慎重に戦わなければなるまい。さもなければ、我々の側は手痛い打撃を受け、返り討ちに遭うだろう。
「敵はカルナック市を燃やした。これはいいニュースでもある。このカルナック市にあった食料や馬車なども灰燼と化した。敵は補給を受けるという面で、より厳しい状態に直面するだろう。そして、そのために足が鈍る」
兵站の歴史において食料の現地調達というものは常々行われてきた。それは中世の戦争においてだけではなく、近現代の戦争でも同じことだ。街を襲い、村を襲い、そうやって食料を獲得する。本当ならば自分たちで食料を輸送するのが適切なのだが、装備のお粗末な軍隊に限って輸送するための手段を有していなかったり、食料そのものを有していなかったりするのだ。
だが、今回敵がその手の手段を使うのはもう難しくなった。カルナック市にあった食料も馬車も全て燃えてしまったからだ。黒書騎士団はそれらを接収する様子も見せなかったし、買い取った様子もなかった。つまり、今燃え盛る炎の中で全てが灰になっている。
黒書騎士団の動きは迅速なものではなかったが、これからさらに速度は低下するだろう。後方から物資を運び、それを受け取り、という作業を行っていれば、どんな軍隊だろうと行動速度は下がるというものだ。
「できれば、他の村にも黒書騎士団に食料を抑えられる前に焼いてしまえという命令を下しておきたいが、それは相手側の苛烈な報復を招きそうでもある」
「持ち出せる食料については可能な限り持ち出した。確かに報復はあるかもしれないが、敵が細かなことを考えて下層民を虐殺するとは思えない。食料を焼けという命令も、同じように下しておくべきだったな」
「どうだろうな」
今度の労働力のことを考えるとするならば、黒書騎士団は派手にカルナック市を炎上させれども、他の場所で同じようなことを繰り返すかどうかは謎だった。やりすぎて民衆の人心の離反を招くこともある程度は心配するはずだ。
だが、俺の予想していたものよりも黒書騎士団の報復は派手なものだった。
人々を都市に閉じ込め、そのまま無差別に焼き払う。
彼らはこれからも同じような行動を取っていくのか。それともこれは衝撃と畏怖の一環であって、これによって反乱勢力を委縮させ、そのまま反乱勢力の鎮定を図るのが狙いなのか。果たして一体どちらだろうか。
敵を愚かだと見るのは簡単だが、それによって生じた認識の差は後々になって打撃を及ぼすことがある。ここは慎重に見定めなければ。
だが、その時間もない。
「撤収だ。敵がいつこちらに向かってくるか分からない。迅速に逃げるとしよう」
俺は撤収を命令し、マルコムたちが馬車に乗り込んで移動を始める。
今回の虐殺で魂のチャージ額は大幅に増えた。これからもっと増えるだろう。
そう思うとこのような虐殺も悪いものではないなという気分になってくる。
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