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黒書騎士団というのは

……………………


 ──黒書騎士団というのは



 黒書騎士団というのは精霊帝国最古の騎士団である。


 精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトが時の精霊公に命じて編成させたもので、代々由緒正しい魔術師──貴族の家系にあり、実戦経験があり、魔術的にも、身体的にも優れた男女が選抜されて訓練を施され、初めて黒書騎士団の騎士となる。


 それは大変名誉なことであり、そこに所属することは貴族の家系にとって精霊公に任じられることに次ぐ誉れとされていた。


 その黒書騎士団が南部属州とルンビニ公国の反乱鎮圧に動員された。


「諸君!」


 精霊帝国帝都シオン。


 そこにある黒書騎士団の兵舎がある中庭で、プレートアーマーの鎧に身を包んだ黒書騎士団の騎士たちを前にヴィクトリアが声を上げる。


「これより貴公たちはルンビニ公国と南部属州で発生した反乱を鎮圧してもらう。反乱勢力を徹底的に我らがモレク陛下の治められる土地より“清掃”するのだ。この精霊帝国の大地にモレク陛下に逆らう者たちが存在するのは許されない」


 ヴィクトリアは力を込めてそう語る。


 彼女自身、火の精霊公であり、黒書騎士団の団長としてこれまで幾度となく反乱を鎮圧してきた。情け容赦なく、徹底的に。


 反乱そのものが起きるのは何も今回が初めてではない。これまで小規模な反乱は幾度となく起きてきた。南部属州やルンビニ公国だけではなく、この精霊帝国の各地で、奴隷として扱われている下層民が蜂起したことはあるのだ。


 だが、どれも組織的ではないし、突発的に起きた無計画なものだ。時折それが勢いをつけて、大規模に展開することもある。そのような時に黒書騎士団が投入されるのだ。火の精霊公であるヴィクトリア・フォン・リンドルフにとって、それは鹿狩りのような娯楽であった。炎で下層民をあぶりだし、そのまま火あぶりにする。


 それは軽い仕事であった。火の精霊公たるヴィクトリアにとって、そんなものは軍事作戦という範疇にすら入らないものである。


 だが、今回は話が全く異なる。


「だが、諸君。敵を絶対に甘く見るな。敵は既に土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルと風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストを殺している。アッシジの悪魔憑きという危険な存在のことも報告されている」


 ヴィクトリアが険しい表情でそう告げた。


 今回の反乱は今までの反乱とはレベルが違う。貴族たちが相次いで殺され続け、その果てには土の精霊公と風の精霊公が殺されているのだ。


 敵には敵が聖女と呼び、精霊帝国側がアッシジの悪魔憑きと呼ぶ存在がいる。


 その存在こそ、反乱拡大の原因だと思われていた。


「リンドルフ閣下。そのアッシジの悪魔憑きというのは魔術を使うのですか?」


 そう尋ねるのは金髪碧眼にして、長身の、理想的な帝国貴族。その名をエルンスト・フォン・エルリックスハウゼンという。


 エルンストはこの黒書騎士団の副団長であり、ヴィクトリアの片腕だ。ヴィクトリアと同じ火の属性の使い手で、これまで高い能力を示してきた。ヴィクトリアがいなければ、彼が精霊公になっただろうと言われるほどにその能力は高い。


「諸君らは反乱貴族などという噂を信じてはいないと思うが。この精霊帝国において、モレク陛下に逆らう貴族は存在しない。よって、アッシジの悪魔憑きという存在が魔術を使うなどということはありえない」


 魔術とは預言者モレクが地上にもたらした神の恩恵。それを受けし者が、精霊帝国に反旗を翻すなど絶対にありえない。それがヴィクトリアの認識であった。


 事実、魔術の才能を有するもので、意図的に精霊帝国に不利益をもたらそうと考える人間はいなかった。魔術の才能があるものは全てが貴族であり、恵まれた生活を送っている。それを捨てて、精霊帝国に逆らおうと思う者はいないのだ。


 だから、ヴィクトリアはアッシジの悪魔憑きを魔術師ではないと判断した。生き残っていた教会騎士団の騎士たちが語る魔術を使ったのではないかとしか思えない話を聞いても、それは戦場でよくある混乱の中の勘違いだと断じた。


 彼女たちは分かっていないのだ。この世界に存在する本当の神が恩恵を与えた聖女というものが存在するという事実を。自分が捕らえ、その家族と隣人を焼き殺したアッシジの聖女が本当に聖女であるということを理解していないのだ。


 彼女は悪魔憑きである。呪われた存在である。故に聖職者の手で清めなければならない。殺すのはそれからだ。ヴィクトリアが悪魔憑きの噂を聞いて考えたのはそこまでだったし、把握していたのもそこまでだった。


 実際にアッシジの悪魔憑き──エーデが、超人的な能力を発揮したという話は彼女の耳には入らなかった。もし入ったとして、悪魔憑きのそれを、彼女が神聖視する魔術と同じようなものであるとは判断しなかっただろう。


「アッシジの悪魔憑きとその取り巻き連中が使っているのは“銃”だと思われる。奴らはモレク陛下が禁じた銃を作り、それを以てして精霊帝国に反旗を翻したのだ」


 銃という言葉に黒書騎士団の騎士たちが一瞬ざわめく。


 銃に関する知識は封印されてきた。黒書騎士団の騎士たちの中にはその存在すら知らないものいる。だが、一部は伝聞で伝えられ、その恐ろしい威力と精霊帝国を脅かした恐怖は細々と語り継がれてきた。


 製法などはモレクの命によって一切不明。その性能についても具体的な数字を知る者はモレクだけである。伝聞で伝えらえてきたのは、それが精霊帝国の貴族たちをも脅かしたというフォークロア染みた話だけだ。


 伝説の怪物が姿を現した。それが人々を襲っている。


 ヴィクトリアが敵が銃を使っていると語った時の、黒書騎士団の騎士たちの受け取り方はそのようなものであった。


「敵の攻撃は時として我々貴族のそれすらも上回るという。敵を下層民と侮るな。万全の態勢で臨むのだ。モレク陛下は貴公ら黒書騎士団の騎士たちが、ひとりも欠けることなく無事に戻ってくることを祈っておられる」


 モレクは下層民にとっては残虐な独裁者なのかもしれない。だが、貴族たちに対しては心優しき寛容な父親のように振る舞う。そのことで彼は15世紀に及ぶ精霊帝国の統治において、一度も貴族たちの反乱を招かなかったのだ。


「各々それを心に命じ、それでいてなお勇気を発揮して反乱を鎮圧せよ」


 ヴィクトリアが命じるのに、騎士たちが胸に手を当てて敬礼する。


「我らに勝利を! モレク・アイン・ティファレト陛下万歳! 精霊帝国万歳!」


「我らに勝利を! モレク・アイン・ティファレト陛下万歳! 精霊帝国万歳!」


 黒書騎士団の騎士たちが出撃したのは、この翌日のことであった。


 ついに精霊帝国が報復に向けて動き出したのだ。


……………………


……………………


 黒書騎士団出撃の知らせはトゥーリオの脱走奴隷のネットワークからもたらされた。


 彼らは静かに出撃し、静かに進撃し、そして奇襲を行うというつもりは全くなく、あたかもパレードのように都市の大通りを進み、その黒いマントと黒書騎士団の団旗──剣を携えた竜の紋章──を翻して、まずはルンビニ公国に向けて進んでいた。


 彼らにとってはこれは示威行為であり、国威発揚の一環でもあるのだろう。あたかもレニ・リーフェンシュタールの撮影したナチス・ドイツの“信念の勝利”で行進するナチ党員のごとき、プロパガンダであるのだろう。


 彼らは潜みもしないし、隠れもしない。その必要を感じていないのだ。むしろ、自分たちが出撃したことを堂々と示し、反乱勢力の勢いを削ごうというのだろう。


 それはある意味では平時に戦略爆撃機を飛ばし、大規模な演習を行うことによって、周辺諸国を威圧した現代の先進国のそれと似ている。平時において戦争を防止するためには、そのような威圧行為も必要とされるのだ。


 だが、今は既に平時ではない。戦時だ。


 今から攻撃しますと宣言して攻撃する軍隊というのは近現代史においてはほぼ姿を消した。戦争では奇襲こそが重要であるという共通認識が生まれたことと、奇襲作戦を可能にする通信機器の発達、そして昔からの戦争の伝統がなくなったことにより、不意打ちは不名誉なそれではなくなっていたことが関係しているとみられる。


 ことにゲリラ戦においてはゲリラ側も反乱鎮圧側も、奇襲を重視する。ゲリラ側が奇襲を重視するのは当然だ。彼らは数に劣る戦力で、敵を攻撃するわけなのだから奇襲の効果がなければ勝利することは難しい。


 そして、反乱鎮圧側も奇襲が必要になってくる。というのも、ゲリラ側に自分たちの動きがばれていては、ゲリラはウナギのようにぬるぬると反乱鎮圧側の手から逃げていき、敵に打撃を与えることが不可能になるからだ。


 現代の対反乱戦(COIN)では敵のゲリラ部隊を崩すために上空からの奇襲を加える。つまりはドローンによる対地ミサイル攻撃だ。小型の対地ミサイルでアフガンの山奥からイエメンの都市部、中央アジアの荒野に至るまであらゆる場所にいるゲリラの指導者を暗殺する。ドローンは敵に気づかれることなく、目標を確認し、始末する。


 つまり、黒書騎士団が堂々と示威行為を行いながら進撃しているのは、対反乱戦においては愚策だということだ。ゲリラ側──我々は敵の動きを把握しており、いつまでに逃げればいいのかという数字を割り出せる。


「敵がルンビニ公国まで進むのには1か月はかかるだろう」


 俺はトゥーリオからもたらされた情報でそう判断した。


「随分と遅いな。敵は騎士だろう。すぐにでも攻め来るんじゃないのか」


 レオナルドが不可解だという表情を浮かべてそう告げる。


「確かに騎兵の戦術レベルでの機動力は極めて高い。だが、敵は部隊全てを騎乗部隊にしていない。後方支援部隊は馬車や徒歩で移動している。そのために機動力は従来の歩兵部隊並みのそれとなっているのだ」


 騎兵の機動力は戦術レベルに限れば大きく発揮される。馬は大地を駆け抜け、敵を蹂躙し、敵の後方からの攻撃も可能にする。


 だが、それは後方の存在を考えない戦術レベルでの話。


 戦闘部隊を戦闘部隊として戦場に存在させるならば、後方支援の存在は不可欠だ。


 兵士の食料や水を輸送する部隊。武器のメンテナンスを行う部隊。移動のために道を作るための部隊。医療・衛生を担当する部隊。エトセトラ、エトセトラ。


 ことに近現代戦においては後方支援なき場合の部隊の戦闘力は著しく低下する。最悪の場合、後方支援がないことによって部隊が崩壊してしまう。そのことは旧軍がガダルカナル島の戦いやインパール作戦で証明してしまった。死んだ味方の肉すらも食ったという恐ろしい話は教訓として伝えられているだろう。


 今では後方の存在は無視できないものであるという共通認識がある。海外展開した兵士たちは後方支援を外注(アウトソーシング)された民間企業の手で作られた兵舎に寝泊まりし、食事を食べ、水を飲み、インターネットを通して故郷と連絡を取る。怪我や病気は同じく外注された民間軍事医療企業が治療する。


 それらはかつては全て軍の中で完結して行われていることであったし、今も必要最小限の能力は保持している。被災者のために軍が炊き出しを行う場面は見たことがあるだろう。それは今も続いていることだ。


 だが、日本国という国家が外に戦争をやりに向かわなければならなくなった時、その必要最小限の自己完結能力では不足し、それを拡大するのには金がかかり、結局は民間に外注した方が安くなるということが明らかになっただけの話だ。


 後方支援の歴史は傭兵が村々から食料を略奪していたような時代もあり、世界大戦という狂った戦況において工業力こそが武器になるという時代もあり、今の民間企業に外注するという時代もあるという話。


 決して忘れてはならないのはどのような形であろうとも、後方支援は必須であるということだ。食料と水がなければ人間は戦えず、武器が整っていなくとも戦えず、道がなければ進めず、整った衛生環境と医療態勢がなければ迂闊に怪我もできない。


 近現代戦において後方支援から切り離されるということは事実上の部隊の死を意味する。それほどまでに後方支援とは重要なのだ。


 さて、黒書騎士団の進撃速度が遅いのは、その必要不可欠な後方支援部隊を主力である騎士──騎乗部隊と同様に騎乗した部隊として編制していなかったことによる。


 トゥーリオから情報によれば、黒書騎士団は必要な物資を現地で買い付けることを下級貴族に任せており、その下級貴族が買い取った物資を運ぶのは下層民の操る馬車だ。そして、馬車というものはその都合上、騎乗した兵士と同じ速度は出せない。


 まして、ましてだ。黒書騎士団の装備を整備する技術者たち──刀剣を磨き、鎧を直す者たちは馬車も与えられず、徒歩で進んでいる。彼らが下層民であるという理由で。


 騎士たちの刀剣や鎧を作るのは信頼できる貴族の手によるものだが、その後の整備を行うのは下賤な仕事らしく、下層民に任されているのだ。どうにも俺には理解しにくい価値観であると言わざるを得ない。


 ともあれ、彼らの価値感が理解できずとも後方支援部隊と主力部隊の進撃速度が同じではないという点は重要だ。それによって黒書騎士団全体の戦略的機動力に影響が出ており、戦略レベルにおいては騎兵としての颯爽とした機動力を発揮できていないのだから。


 モンゴル帝国のように全ての兵科を騎乗化するとでもしない限り、この問題は解決できない。あるいは空中補給や兵站線の機械化などがない限りは。


「黒書騎士団の機動力は制限されている。時間はある。我々は早速脱出を始めなければならない。ルンビニ公国までは1か月の時間しか残されていない」


 黒書騎士団は機動力に制限を受けているが、到着までは1か月だ。余裕がたっぷりとあるわけではない。ギリギリというところだ。


「マルコム。脱出の準備は?」


「戦闘員とその家族については準備はできた。しかし、脱出させるのは本当に最小限だけでいいのか? 我々はかなりの人間を見捨てることになるぞ」


 ルンビニ公国から脱出を指揮しているマルコムが唸るようにそう告げる。


「全てを救うのは不可能だと告げていたはずだ。我々は彼らが生き残れることを祈るだけだ。だが、祈るだけではなく行動も伴わせる。志願者を募り、残置諜者を配備する。彼らは精霊帝国の動きを我々に報告し、現地におけるゲリラ戦を可能な限り継続させる。これによって我々は反撃のチャンスを知ることになるだろう」


 残置諜者を設置するのは渋々とした決断だった。


 高度に訓練された人間にしか残置諜者は務まらない。俺は将来的なことも考えて、兵士たちを指導し、その中では超遠距離通信機の扱い方も教えた。衛星はないが、傍受される危険もないこの世界で、遠方に声を飛ばす方法を教えた。


 彼らは虐殺が行われるだろうルンビニ公国に残り、生き延び、状況を報告し、可能であればゲリラ戦を継続する。そんなことは完全に訓練された兵士にしか望めない。残置諜者を残したとしてもどこまで彼らが活躍できるかは今のところ謎だ。


「そうであることを祈りたい。では、ルンビニ革命議会は脱出を始める」


「ああ。急いでくれ。今回は時間稼ぎを行う人間もいない。敵は真っすぐこっちにやってくる。時間はそう長くはない」


「分かっている。だが──」


 マルコムが地図を見下ろして唸る。


「逃げる先が東部山岳地帯とは」


……………………

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