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新しい勢力

……………………


 ──新しい勢力



 帝都シオンの精霊公の間は静まり返っていた。


「……まさかここに座るのが君と私だけになるとは思わなかったよ、ヴィクトリア」


 水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインは苦々しい表情でそう告げた。


「そうだな。どうやら我々は誤った認識で動いていたようだ」


 火の精霊公ヴィクトリア・フォン・リンドルフも無表情に空席になった土の精霊公と風の精霊公の席を見る。


 大規模な反乱はもはや明確に理解された。


 貴族たちは自分たちの能力不足を指摘されることを恐れて正確に報告を行わないし、今も南部属州とルンビニ公国を統治していると告げるが、土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルと風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストは死んだ。


 そのことが意味するのは反乱勢力が勢いを持ち始めているということだ。


「このまま事態を座視するわけにはいかない。それはモレク陛下への反逆だ。我々はこの反乱勢力の動きを鎮圧する。黒書騎士団の戦力を以てして」


 ヴィクトリアはテオドシウスの方を見て、そう告げた。


「同意する。南部属州とルンビニ公国の下層民たちをしっかりと再教育してやらなかればなるまいさ。だが、私は動けないよ。ユーディトが討たれたルンビニ公国は私の統治するティベリア藩王国のすぐ隣。今はどっしりと構えて、国内に反乱勢力が入り込むのを防がなければならないからね」


「案ずるな。私と黒書騎士団だけで十分だ」


 テオドシウスが告げるのに、ヴィクトリアが嗜虐的な笑みを浮かべてそう返した。


「ならぬ」


 その時だった。中性的な声が響いたのは。


「これはモレク陛下」


 テオドシウスとヴィクトリアが椅子から立ち上がり、精霊公の間に入ってきたモレクを前にして、恭しく跪いた。


「ならぬよ、ヴィクトリア。貴公まで失うわけにはいかぬのだ」


「ありがたきお言葉、感謝いたします。ですが、反乱は鎮圧せねばなりません。ここは私めに命じていただければ、南部属州とルンビニ公国を一度焦土とし、それによって安定をもたらしましょう。私と黒書騎士団にどうぞご命令を」


 モレクが首を横に振って告げるのに、ヴィクトリアがそう告げて返す。


「ならぬ。敵の正体もよく分からぬままに、余が任じた精霊公を戦地に送り込むようなことがあってはならぬのだ。そのことはユーディトの失敗で学んだ。余は生贄の祭壇にユーディトを捧げてしまったようなものだ」


 モレクはそう告げて、ヴィクトリアを見据える。


「ヴィクトリア。貴公は敵が何かを知っているのか?」


「いえ……。ですが、所詮は下層民です。我々に鎮圧できないものではありません」


 モレクが尋ねるのに、ヴィクトリアが言葉に詰まりながらそう返す。


「そう考えたゲルティとユーディトは死んだのだ。我々は学ばねば。敵の正体について。そして、いかにして下層民が貴族をここまで追い詰めるようになったかについて」


 モレクはどこまでも静かな口調でそう告げた。


「陛下。鎮圧が必要なのはヴィクトリアの言う通りです。ですが、精霊公の地位は陛下自身から与えていただいた貴重なもの。そう簡単に死ぬわけにはいかないことは理解できます。そこでどうでしょうか、黒書騎士団のみを投入するというのは」


 テオドシウスが頭を上げて、モレクにそう進言した。


「テオドシウスよ。確かに貴公の言うように精霊公の地位は余が与えたもの。決して死んだりなどしてほしくはない。だが、この世界の貴族たちは皆が私の愛しい子らなのだ。黒書騎士団の騎士たちとてそれは同じこと」


「このまま放置すればさらに多くの貴族たちが死ぬことに繋がりかねません。ここは一度に鎮圧を図らなければなりませぬ。戦いにおいて犠牲は避けられないでしょう。それでも戦わずして勝利はありえませぬ。どうかご決断を」


 モレクの言葉にテオドシウスがそう促す。


「……確かに戦わねばもっと大勢が犠牲になるのだろう。仕方あるまいのだな」


 モレクは僅かに息を吐き出し、そう告げた。


「黒書騎士団の投入を許可する。これを以てして南部属州とルンビニ公国の反乱が鎮圧されることを余は願う」


「はっ」


 モレクの言葉に黒書騎士団団長であるヴィクトリアが深く頭を下げた。


「だが、余にはこれで事態が収まるとは思えぬのだよ……」


……………………


……………………


 ペネロペたちの出版する機関紙“自由の声”は意外なところにも響いていた。


 それはルンビニ公国の東に位置するティベリア藩王国のさらに東の東部山岳地帯。


 そこは毎年凍えるような寒さに襲われる未開の大地である。険しい山々は来るものを阻み続け、そこに価値などないかのように思われていた。


 だが、精霊帝国こそ世界を統べるべしとの思想に従い、ティベリア藩王国総督にして水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインは、そこに傭兵と奴隷を送り込み、原住民を奴隷にして、開拓を試みていた。


 そこに暮らしていた住民は、今やその全てが奴隷であり、そこに送られる精霊帝国の傭兵たちによって管理されていた。生殺与奪権は傭兵たちとそれを率いる下級貴族によって握られ、糧食を得るためだけの労働を強いられていた。


 そんな僻地にすらも、ペネロペたちの発した情報は届いている。


 ここはカイラーサ山脈。精霊帝国の支配の手を逃れたもっとも過酷な土地。


 長い冬が終わり、ようやく春の陽光が差し込むようになったその山脈の中腹に、その組織の拠点はあった。山腹に穿たれた洞窟を改良したもので、全てが凍り付く冬の間は寒さを凌げることで、拠点に選ばれていた。


「つまり土の精霊公と風の精霊の両方が死んだと?」


 そう告げるのは女性の声だ。


 まだ若い声である。少女というには成長しており、一人前の淑女と呼ぶには幼い。


「はい、殿下。人間たちの出版しているこの雑誌によりますと、アッシジの聖女という人物を中心とした抵抗運動レジスタンスが蜂起し、まずは南部属州総督にして土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルを殺害。次にルンビニ公国において蜂起し、ルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストを殺害したとのことです。翻訳はこれで間違っていないかと」


 女性の声に答えた男の言葉は精霊帝国の共通言語ではなかった。15世紀にわたる同化の歴史の中でも淘汰されなかった言語を男は喋っている。


「信じられない。精霊公が倒されるなど。人間たちの欺瞞情報ではないのか。我々をこの山岳地帯から引き摺り出し、殲滅するための」


 別の男の声が洞窟に響く。


「元帥閣下。ですが、この雑誌は以前から反体制的な情報を報じてきました。今更、それが変わったなどとは思えません」


「罠だ。偽の雑誌を印刷することぐらい精霊帝国にだってできる」


「ですが、それならばもっと分かりやすいように我々の言葉で出版するのでは?」


「そんなことをすればそれこそ罠だと見抜かれるだろう」


 どうやらふたりの男性の意見は割れているようだ。


「止せ、ふたりとも」


 そして、女性の声がその言い争いを止める。


「情報の確認を急ぐのが先決だ。憶測で物事を断じるわけにはいかない。これだけの大事件だ。こちらの情報網にも何かしらの情報はかかるだろう。この地を支配する水の精霊公テオドシウス・フォン・ホルシュタインも動くだろうし、その部下である忌々しいケヴィン・フォン・キリンガーの黒獅子軍団も動くだろう」


「畏まりました、殿下」


 女性はそう指示を下す。


「それでよろしいのですか、殿下?」


「元帥。貴公も準備を怠るな。我々“ミラ国内軍”はいつであろうとも精霊帝国に対して蜂起を実行し、臣民を解放する準備をしておかなければならないのだ。我々は閉じ籠るために戦っているわけではない。勝利するために戦っているのだ」


「はっ。理解しております、殿下」


 女性の言葉にもうひとりの男性の声も鎮まった。


「少なくとも全く希望がないよりも、僅かにでも希望があった方がいい。我々も祖国を失いもはや12世紀が経つ。妾も希望を持ちたいところだ。先王──父上が果たせなかった祖国解放というものについて幾分かの夢が見たい」


 女性の声がそう告げて、ため息が響いた。


「幸いにして我々青妖精族(フロスト・エルフ)は忍耐強く、希望があれば戦っていける。今回の冬も無事に越せた。戦いを続けよう」


 そう告げる女性の肌は冬の青空のように仄かに青い色をしており、その頭からは山羊のごとき角が伸びていた。


 彼らこそがこの東部山岳地帯の本来の住民である“ミラ王国”の民である。


 12世紀前に精霊帝国により征服され、崩壊した国家の成れの果てであった。


……………………

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