この勝利を報じよう
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──この勝利を報じよう
バルトロに続いてペネロペがルンビニ公国を訪れた。
ルンビニ公国は今現在ルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストの死によって混乱状況にある。
生き残っていた教会騎士団の騎士たちも壊滅的打撃を受けて、碌に戦うことが出来なくなっている。貴族たちは自分たちの屋敷に引き籠り、この恐怖の嵐が過ぎ去ってくれることを神に祈っている。女神ウラナではない神に。
「大勝利でしたね!」
ペネロペは屈託のない笑みでそう告げた。
「犠牲は出たが、勝利はした」
犠牲。英雄的な死。一方的な殺戮の死。
ルンビニ革命議会は約260名の犠牲を出して、50名あまりの教会騎士団の騎士たちを仕留めた。そして、ユーディトの罠に嵌り、多大な犠牲を出した。
これを後世に語り継ぐならば英雄譚としてではなく、失敗談としてだろう。
「ならば、それを報じなければならないね! あたしたちの“自由の声”は今や南部だけのニュースに限らず、ルンビニ公国での戦闘の行方も報じているよ。ご存じでした?」
「ああ。君たちは手広くやっているようだね。こちらでも自由の声から情報を得たという人間がそれなり以上にいる。だが、あの違法印刷機たったの1台でそこまで広範囲に情報を広げられるものなのか?」
俺は疑問に思っていたことをペネロペに尋ねた。
「実を言うともう違法印刷機はあの1台だけじゃないんだ。ゲルティ暗殺で起きた混乱のどさくさに紛れて、11台確保してる。全部で12台だよ。これなら1日に大量に印刷できるし、配布についてもトゥーリオさんの脱走奴隷のネットワークがあるから大丈夫」
ゲルティが暗殺されたとき、南部では様々な混乱が起きたが、ペネロペたちをそれを有意義に使ったというわけか。
「さて、ここには報じなければならないものがたくさんあるんでしょう? 早速取り掛かろう。あたしは民衆の啓蒙のために記事を書くのが戦い。あたしの戦いをしなければね。どこから取り掛かったらいいかな?」
ペネロペはそう告げて、この廃倉庫を見渡す。
「彼らに話を聞くといい。今回の戦いで英雄的に戦ったのはルンビニ革命議会だ」
英雄的に戦い、無残にも散った人間の残りカス。
だが、生きていることには大きな価値がある。これから彼らは戦い続けるだろう。死んだ人間の代わりに有意義な時間を過ごすだろう。それでこその勝利だ。
全ての人間が死に果てた勝利など勝利とは言わない。
「では、初めまして。あたしは自由エトルリア同盟のペネロペ・ピレッリだよ。そちらはルンビニ革命議会の?」
「ルンビニ革命議会のマルコム・モズレーだ。今は組織の指導者だったジェラルド・グリフィンが死んだから、俺が指導者をしている」
ペネロペが手を差し出すのに、マルコムがその手を握った。
「しかし、お前があの自由の声の発行者なのか? 俺はもっと年のいった人間だとかり思ってたんだけどな」
「残念でした。今年で22歳だよ。自分で言うのもなんだけど、文章を書く才能はあってね。それを活かして戦ってる。精霊帝国が強いようとする無知と」
マルコムが告げるのに、ペネロペが微笑んだ。
「そいつはいいことだ。できる限り協力しよう」
「では、死んだ指導者って人の話をまずは聞かせてもらえるかな。教義に殉じた英雄の話ってのは民衆の心を揺さぶるものだからね」
死んだ人間はどうとでも使える。
高潔に生き、高潔に死んだ。生き残った人間の手でそのように加工することが可能な素材だ。死んだ人間を崇め奉って、政治的に利用する。それは本人がそれを生前に拒否していたとしても、それを無視して行われる。ケマル・アタテュルクもそうだったし、ホー・チ・ミンもそうだった。優れた指導者は死んでもなお働かされるのだ。
ジェラルドの死がただの無駄死にだったとしても、ペネロペたちはそれを政治的に利用するだろうし、俺はそれを否定はしない。精霊帝国の打倒に向けた動きであるならば、どのようなものでも受け入れよう。
ただ、個人的な嫌悪感はナノマシンのサポート対象外だ。
「まあ、奴は優れた指導者だったよ。10年前の蜂起が失敗に終わった時から、ずっとルンビニ革命議会を率いてきた。俺たちが南部で事が起きるまで泥を啜って過ごしていた時代でも、組織が瓦解しないように手を尽くしていた。個人的な財産を売り払ってでも、抵抗運動を存続させようとした」
マルコムが昔を懐かしむようにそう語る。
10年前の蜂起の失敗。その時からずっと彼らは潜伏して過ごしてきた。もう抵抗運動などやめて、精霊帝国に従属しようという意見もあっただろう。だが、それでも彼らは戦い続けた。10年という長い年月を必死に戦ってきた。
それを支えたのがあのジェラルドなのか。
「あいつは信じていたのさ。ルンビニ公国の全ての下層民が自由と尊厳を手にする時代が来ることを。だから、俺たちも信じた。奴の理想を信じて戦った。奴は決して功績を誇らなかったけれど、その功績は俺たちがよく知っている」
「いいね。まさしく英雄だ。彼の日記とかは残ってる? できたら、使いたいんだけど。英雄の日記を読めば、自分も後に続こうって思える」
「ああ。確か残っていたはずだ。後で渡そう」
マルコムとペネロペがそんな会話をしてるのをぼんやりと眺める。
ジェラルドは死んだ。どうやって死んだかも分からないような形で。そして、彼の死体は回収できていない。我々は大慌てでユーディト暗殺の現場から離脱しており、彼の死体を回収するような余裕もなく、後で貴族たちが怯え出してから戻ってきたとき、そこに死体は残っていなかった。
恐らくは精霊帝国側で焼き払われたのだろう。彼らは殉教者の死体が神格化されることを恐れたはずだ。そうする理由は十二分にある。
そこで俺は思った。
俺が死んだら、その死体はどうなるのだろうかと。それは女神ウラナの手で地球に戻されるのだろうか。それともここで朽ち果てるのだろうか。できれば地球に戻してもらい、そこで不審死として処理してもらいたいものだ。
俺は英雄などに祭り上げられるのはごめんだ。ただの死体で十分。
「ジェラルドについては話したいことが山ほどある。あいつとは10年以上の付き合いだ。これから死んだ奴らを偲び、これから再起して勝利を祝うための場を設ける。酒も山ほど出すつもりだ。そこで話すっていうのはどうだ?」
「おっと。悪くないね。あたし、結構酒に強いよ?」
「どうだかな。ここにあるティベリア藩王国の酒は南部のものより強いぞ」
食料危機にあったルンビニ公国も冬を越えた。
餓死者は5万人ほど出たものの、ルンビニ革命議会は食料を供給して回ったことによって犠牲は最小限に抑えられた。それに民衆はただ飢えて死ぬことを選ばず、抵抗運動に参加して、貴族たちから食料を奪うための戦いにも参加していたのだから。
これによって魂のチャージ額はかなりのものになった。また大きな混乱が起こせるだろう。混乱が混乱を呼び続け、そうやって混乱と虐殺の連鎖は続いていく。そんな世界のなんと素晴らしいことか。これでこそ生きる意義を言うのが見いだせるというものだ。
「それから忘れてはならないのは聖女エーデルガルト・エイセルの活躍だ」
そこでマルコムの口からエーデの名前が出た。
「彼女がユーディトを始末した。そうだろう、ヤシロ?」
「その通りだ。全ては彼女のおかげだ」
俺のやったことなどたかが知れている。
ただ、日本情報軍で叩き込まれた反復訓練とナノマシンによる戦闘時感情調整の結果を出したに過ぎない。エーデのように自分の意志と勇気で戦ったわけではない。
エーデは勇敢だ。彼女が女神ウラナから受けた恩恵がどのようなものなのかの全容ははっきりしていないものの、彼女は勇気を示した。ユーディトの放つ強力な攻撃に身を投じ、ユーディトを殺し、そして生き延びた。彼女は間違いなく勇敢だ。
「お客様ですか?」
俺がペネロペとマルコムのやり取りを眺めていたとき、エーデが戻ってきた。
「おおっ! 噂をすればなんとやらですね。エーデさん、お久しぶりです。ペネロペですよ。今回もご活躍なさったそうで、ご意見など聞かせていただいてもいいでしょうか」
「はい。私にできることであればなんなりと」
ペネロペの問いにエーデは笑顔でそう答える。
「やはり風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストは強敵でしたか?」
「そうですね。ヤシロ様の支援がなければ勝てなかったかと思います」
いいや。勝てたとも。君ならば俺がいなくとも勝てただろう。
「ほうほう。ヤシロさんの意見を伺ってもよろしいですか?」
「遠慮するよ。それよりもエーデのことを書きたまえ。その方が民衆は熱狂する」
俺はこういうものは嫌いだ。
ペネロペがプロパガンダを行うことは好きにすればいい。どんな情報でも、民衆を煽りたて、精霊帝国に不利益をもたらすものならば流せばいい。だが、それに俺自身のことが利用されることは断る。
日本情報軍の兵士が英雄として持て囃されるなど世も末だ。薄汚い日本情報軍の軍人の話など、これから希望を持ち未知の未来に向かって突き進む彼らには必要ない。
「ヤシロ様……」
そんな俺をエーデが悲しそうな表情で見つめてくる。
彼女にもし目の輝きが残っていたら、ナノマシンは俺の感情を殺しきれなかったかもしれない。だが、幸いにしてエーデの瞳に光はない。
「ヤシロさん。よろしいでしょうか?」
俺はそんなエーデを無視していたとき、アティカが声をかけてきた。相変わらず、人でも殺していそうな目つきをしている。
「何かな?」
「こちらでお話を」
アティカはそう告げて俺を誘導する。
こういうときは決まってエーデについてお小言があるときだ。
俺はアティカに連れられて廃倉庫の裏にまで回った。
「肋骨が3本折れていました」
「何だって?」
アティカが唐突に告げるのに、俺は眉を歪めた。
「エーデさんです。ユーディトとの戦闘後、彼女の肋骨は3本折れていました。幸いにして内臓に損害はなかったようですが」
「しかし、彼女は……」
「ええ。分かっていますよ。彼女は苦痛を訴えなかったし、それらしき兆候も見せなかった。そうでしょう?」
その通りだ。
エーデはユーディトを暗殺した後、俺とともに普通に徒歩でサンクト・シャルトル城から離脱した。まさか肋骨が折れていたなどとは思えない動きだった。彼女は苦痛を示すこともなく、普段通りだった。
肋骨が折れていたといわれても実感が湧かない。
「我々の神が与えた恩恵というべきか、呪いというべきかは分かりませんが、エーデさんは酷く苦痛に鈍いです。感じるべき苦痛を感じず、そのままその傷は瞬く間に癒えてしまいます。あなたが気づかなかったのも当然でしょう」
アティカはそう告げて深いため息をついた。
「ですが、気を付けてください。我々の神の恩恵がどの程度のものかは不明です。彼女は致命傷ですら、そうと感じないかもしれません。体の中がぐちゃぐちゃになっていても、痛みを感じずに戦い続けるかもしれません」
それはまるでナノマシンによる痛覚のフィルタリングを受けた特殊作戦部隊のオペレーターたちのようだ。完全なミンチになるまで戦い続けるゾンビ。
「気を付けよう。やはりエーデは戦うべきではないのだろうか?」
俺はアティカにではなく、誰となしにそう呟いた。
「分かりません。ですが、彼女は戦わないことを望まないでしょう。彼女は我々の神が与えた呪いのような神託に従って、戦い続けることを望んでいます。死すら彼女は恐れていないのです。全く、どうしてこんなことに」
アティカは力なくそう告げて、首を横に振った。
「ヤシロさん。エーデさんを守ってあげてください。彼女が死んでしまわないように」
「ああ。そうしよう」
エーデには生きて戦後を迎える権利がある。彼女にジェラルドのような英雄的殉教は必要ない。彼女はこの憎悪の大地で生き延びる権利があるのだ。
だが、生き延びたその後は?
軍閥は彼女を巡って争うだろう。精霊帝国が滅んだ後の世界がどうなるかなど分かったものではない。可能性としてはこれまで共通の利害で動いていた抵抗運動が分裂し、軍閥となり、殺し合うということも考えられるのだ。
そんな世界で彼女が生き延びることは本当に幸せなのだろうか。
俺はエーデが俺とともに歩みたいと言っていたことを思い出し、空を仰いだ。
空は地球と同じく青い。殺戮が起きた日であっても赤く染まることはない。
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