鳥になれ
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──鳥になれ
時刻0300。
「準備はいいかな、エーデ」
「はい、ヤシロ様」
我々はシャルトル山の山頂近くに立ち、最後の確認をを行っていた。
すなわち、ここからパラグライダーでサンクト・シャルトル城に侵入する作戦の、その最終確認を実施していたのだ。
俺とエーデは完全装備で挑んでいる。環境適応迷彩である迷彩服5型。磁性流体とケブラー繊維の組み合わせによって高い防護能力を有する防弾チョッキ4型。傷口の応急手当てを自動的に行ってくれるナノスキンスーツ。そして着用者の身体能力を何十倍にまで増幅させる強化外骨格。
日本情報軍特殊作戦部隊のドレスコードだ。
もっとも強化外骨格を装備しているのは俺だけで、エーデの方は装備していない。彼女曰く、あれは邪魔だそうだ。
「では、作戦開始だ。エーデ、空を飛んだことはあるかい?」
「いいえ。初めてです」
「それはよかった。少しは楽しめるといいが」
俺はそう告げるとエーデの正面に抱きかかえたまま、山頂の崖から風に正対して、向い風を受けるとそのまま崖から飛び降りる。
それによってパラグライダーが展開し、俺とエーデの体が浮き上がった。
時間が時間なだけでに景色は楽しめないが、相手もこちらの姿は把握できない。この手の降下訓練はいろいろと受けたが、普通こういう場合はヘリボーン作戦が選択されることが多く、パラグライダーなんて持ち出そうと思う人間は少ない。
だが、今回はその降下訓練が役に立った。我々は順調にサンクト・シャルトル城に向けて滑空している。距離は見る見る間に縮まり、俺のナノマシンに補正された視野の中にサンクト・シャルトル城がはっきりと浮かび上がる。
周囲を8メートルもの城壁に囲まれた断崖絶壁に位置する城。いくつもの尖塔を有し、堅牢でありながらも城としての美しさを保持した城。今は教会騎士団100名と私兵500名に警備されている強固な城。
そして、今精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトとルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストがいるだろう城。
俺はパラグライダーを調整しながら、事前に行ったドローンによる偵察でもっとも人気のない地域に降りた。城壁の断崖側にある兵舎の傍で、今は使用されている形跡がない建物だ。俺とエーデはそこに降りると、僅かに走って勢いを抑えて着陸を完了する。
それから素早くパラグライダーを切り離して、格納し、敵兵に見つかる前に仕舞ってしまう。とにかく急がなければ。篝火の炎が光源として大したことがなかったとしても、このサイズのパラシュートは目立つ。
着陸から30秒。準備は整った。
「エーデ。空の旅はどうだった?」
「鳥になった気分でした。よろしければまた体験したいですね。今度は平和なときに」
「ああ。君が望むのならばそうしよう」
平和なときとやらはいつ訪れることだろうか。
「では、マルコムたちの出番だ」
俺は無線機の周波数を合わせる。
「こちらアルファ・ツー・ゼロ。ブラボー・ゼロ・ワン、応答せよ」
『こちらブラボー・ゼロ・ワン。無事に侵入出来たのか?』
「問題なく。これから暗殺に向かう。そちらは事前の計画通り、正面突破を開始してくれ。こちらはモレクとユーディトを仕留める」
『了解した。準備はできている。神のご加護を』
「ああ。神のご加護を」
さてさて、女神ウラナはどこまで我々のことを助けてくれるのやら。
「では、始めようか。騒ぎが始まる前に相手を仕留めておきたい」
「はい、ヤシロ様。ですが──」
エーデが表情を歪める。
「反応が奇妙です。貴族の反応はあるのですが、もっとも力ある貴族の反応はこの城の中からしないのです。やはり、これは罠だったのでしょうか」
やはりというか、やはりか。
罠であることは最初から分かっていた。ここにモレクがいない可能性は極めて高かった。その上で我々はここにやってきたのだ。
「モレクが殺せずとも、ユーディトを殺すことはできるかもしれない。城の中を探ろう。脱出経路はマルコムたちが確保してくれる」
「分かりました」
エーデは俺の言葉に頷くと俺とともに城内に向かった。
城壁の内側に聳える城のその城門を守っているのは12名の衛兵。ここは迂回した方がよさそうだ。別の手段を考える。
「あそこからならば行けそうだな」
俺は城の2階に位置する窓を見る。鉄格子などはなく、開け放たれている。
「エーデ。あそこに人の気配は?」
「しません。無人です」
「よし。行けるな」
俺は持ってきた索発射銃を構えると2階に向けてそれを放つ。ロープは室内に飛び込み、鍵爪が窓枠にしっかりと食い込んだことを俺は確認する。
俺は先行して城壁をよじ登り、室内に飛び込む。エーデの言ったように敵はいなかった。部屋は無人の倉庫らしく、様々な雑用品が所せましと置かれている。
「ヤシロ様」
エーデはいつの間にか2階のその部屋に来ていた。そもそも3階、4階まで駆け上れるエーデがいるならば装備はロープだけで十分だったかもしれない。
「これから城内を捜索する。君も気づいたことがあればすぐに告げてくれ」
「はい」
我々がそんな会話を交わしていたときに、城門の方から爆発音が響いた。
「始まったか」
爆発音は120ミリ重迫撃砲の着弾音だ。マルコムたちが攻撃を開始したようである。
その輸送車両が存在しない都合上、弾数には限りがある。全部で4門の重迫撃砲に40発の砲弾があるのみ。それを撃ち尽くせば、それで終わりだ。
弾道計算用のアプリがインストールされた軍用規格のタブレット端末は渡してあり、城門までの距離を測るための地図も渡してある。支援は的確に、確実にサンクト・シャルトル城に届くだろう。後はその支援の下で正面突破を図ればいいだけだ。
「急ごう、エーデ。敵はこちらが仕掛けてきたことに気づいた。モレクはともかく、ユーディトを逃がすわけにはいかない」
我々は城内素早く捜索して回る。
敵がいればエーデが警告を発するし、それが貴族であるならばこの燭台の明かりだけで照らされた薄暗い室内で、サプレッサーの装着されたHK416自動小銃から5.56x45ミリNATO弾を頭部に二連射で叩き込んで沈黙させる。
それが傭兵などであった場合には、環境適応迷彩で背後に回り込む、コンバットナイフで喉笛を掻き切る。これはエーデが得意としていることだ。
しかし、城内をいくら探してもユーディトは見つからない。
「エーデ。反応はないかい?」
「貴族が多く、分かりにくくなっています。ですが、もう城内には存在しない可能性が高いです。貴族たちの反応は城の内からしません」
城の外では未だに爆発音が響いている。
この城をルンビニ革命議会は強襲しているのだ。重迫撃砲の砲弾が炸裂する音とKord重機関銃の重々しくけたたましい銃声が城の外では響き渡っている。どうやらルンビニ革命議会はもうすぐ城を正面突破するようだ。
しかし、貴族たちはそれにどう対応しようとしているのだろうか。正直なところ、ゲルティのような精霊公ならともかくとして、教会騎士団のような下級の魔術師たちにこの現代兵器の火力が覆せるとは思えないのだが。
「城の外、か」
俺は状況を確認するために上空を自動的に旋回しているドローンの映像を軍用規格のタブレット端末に表示させる。
ドローンの熱赤外線センサーが地上の熱源を判別している。ルンビニ革命議会の兵士たちは敵味方識別のために赤外線ストロボを着用しており、精霊帝国側の兵士や貴族と区別できるようになっている。
それによればルンビニ革命議会の戦力は城門まで残り500メートルほどの地点にまで迫っていた。城門からは恐らく教会騎士団だろう貴族たちとユーディトの私兵が応戦しており、氷の刃や鉄の槍が飛び交っている。ユーディトの私兵たちは城壁の下に降りて、隊列を組み、ルンビニ革命議会に向けて突撃しようとしていた。
だが、恐らくその突撃は虐殺で締めくくられるだろう。今やルンビニ革命議会は重機関銃まで持ち出しており、迫撃砲の砲弾が命中せずとも隊列を容易に薙ぎ払えるのだ。彼らの纏っている鎧など、12.7x108ミリ弾を前にしては紙も同然。
俺は隊列が虐殺に向けて進むのを眺めながらも、どこかにユーディトがいないかを探る。この世界の貴族は自分が指揮官であることを示したがる。ここに敵の頭脳がありますと宣伝してくれるのだから、それ以上に楽なことはないのだが。
しかし、そこで予想外のことが起きた。
突如としてユーディトの私兵とルンビニ革命議会の兵士たちの動きが止まったのだ。これまでは積極的に攻撃に動いていた両者の動きが止まり、地面に崩れ落ち始めた。地面に倒れ、人が熱源を失っていく。
「これは……」
俺は慎重に城の窓から顔を出す。
俺とエーデは今、城の5階にいて、そこからは城壁の外が見渡せた。
そこから双眼鏡で外の様子を確認すると、人が死に絶えていた。ユーディトの私兵の傭兵たちも、銃火器を手にしたルンビニ革命議会の兵士たちも、誰もがそこで死に絶えていた。喉をかきむしったような様子も見られるが、遠すぎてよくは判別できない。
どうやって殺された? 何が起きた?
だが、誰がそれをやったかは理解できた。
ユーディトだ。ルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストの姿を俺は城壁の上に認めた。黒色の軍服と赤いマント。そして、金モールの将官飾緒と物憂げな横顔。
間違いなく、ルンビニ革命議会の兵士たちを、自分の雇った傭兵ごと殺したのは、あの女性であると分かった。
「エーデ。確認してくれないか。あそこにいるのがユーディトかどうかを」
「はい、ヤシロ様」
エーデは俺に告げられて慎重に窓から顔を出す。そのあどけない顔は今はドーランで塗り潰されているが、それは気にすることではない。
「どうだね?」
「間違いなくユーディト・フォン・ファルケンホルストです」
俺の問いにエーデははっきりとそう返した。
「では、彼女を殺さなければならないね。ルンビニ革命議会の兵士たちも虐殺された。どうやら精霊公を相手に我々の兵器のアドバンテージはそこまで高くないらしい。十二分に注意して、目標を確実に始末する」
不幸にしてユーディトは城壁の上にいる。屋外だ。
こちらは室内戦を想定した装備で来ている。取り回しやすい9インチ銃身の自動小銃とブリーチングチャージにスタングレネードなど。これは逆に外での戦闘では不利になるし、役に立たないものへと変わる。
それに加えて、ルンビニ革命議会の戦力が壊滅したことによって脱出の手段にも影響が出ている。ユーディトを仮に始末できたとして、どうやって脱出したものだろうか。
『ブラボー・ゼロ・ワンよりアルファ・ツー・ゼロ』
俺が考えあぐねているところにマルコムの声が響いた。
「アルファ・ツー・ゼロよりブラボー・ゼロ・ワン。無事だったのか?」
『迫撃砲陣地は無事だ。だが、城に向かった兵士はほぼ壊滅した。ジェラルドも死んだのが確認されている。畜生め』
ジェラルドが死んだ、か。
あの男も自分の理想に殉じたわけだ。
「こちらはユーディトを確認したところだ。これから始末する。そちらの戦力と迫撃砲弾はどれほど残っている?」
『残存戦力は40名。砲弾は6発残っている』
「分かった。では、こちらがユーディトを始末するまで待機しておいてくれたまえ。これ以上の犠牲は出したくはない」
『了解。任せたぞ。そっちだけが頼りだ』
希望がないわけではないし、英雄的な死を迎える必要もない。
ただ、目標を殺して、そして離脱するだけだ。
「エーデ。このままここでユーディトを待ち伏せするわけにはいかない。これから彼女は反撃に転じるだろう。迫撃砲陣地と残存戦力まで壊滅させられたら、我々はもうここから逃げ出せなくなる。仕掛けるしかない」
「分かっています、ヤシロ様」
俺の言葉にエーデはしっかりと頷いた。
「ユーディトを始末するのは君に任せたい。俺は陽動を担当する。この窓から人工筋肉にものを言わせて降下し、城の庭にいる教会騎士団の相手をする。君はその隙にどんな手段を使ってでもユーディトに肉薄して始末するんだ」
残ってる教会騎士団の騎士の数は50名前後。相手にはちとばかり多いが、不意を打てばやれないことはない。手榴弾は持ってきた。それをばら撒いて、そこから銃撃戦に突入すれば、間違いなくユーディトの注意は引ける。
後はエーデに託す。
「分かりました。任せてください。どうあってもユーディトを討ちます」
俺のこの要求にエーデは微笑んで応じた。
「無理をするなとは言わない。無理はしなければならないだろう。だが、死ぬようなことにはならないように。絶対に生き延びるんだ。我々はまだ英雄を必要としていない。我々が必要としているのは血の通ったエーデルガルト・エイセルという少女だ」
俺がそう告げるのにエーデが沈黙した。
死ぬつもりだったのか。それではダメだ。まだ死んではいけない。死んで英雄になろうなんて思ってはいけない。我々には生きた聖女が必要なのだ。インティファーダなどのデモで掲げられる殉教者の写真などではなく。
「ありがとうございます、ヤシロ様」
俺のそんな懸念にエーデははにかむような笑みを浮かべてそう返した。
「生き延びます。なんとしても。そしてふたりで勝利を勝ち取りましょう」
「ああ。生き延びて、勝利する。絶対に」
俺とエーデはそう言葉を交わすと、戦闘に向けて動き始めた。
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