サンクト・シャルトル城強襲作戦
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──サンクト・シャルトル城強襲作戦
まず考えなければならないのは、ルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストの居城サンクト・シャルトル城を如何に攻略するかであった。
「奇襲するのは不可能だ。城を守っているのはユーディトに雇われた北部の傭兵団だし、教会騎士団だっている。秘密の通路のひとつふたつはあるだろうけれど、俺たちの把握してる範囲にはそれはない」
マルコムが首を横に振ってそう告げる。
「では、正面から攻め込まねばならないというわけか」
実に厄介なことにサンクト・シャルトル城は山の山腹に位置し、切り立った崖によって侵入者を寄せ付けまいとしていた。
深夜に山頂からパラグライダーで城内に進入するという手もあるのだが、それができるのは現状訓練を受けている俺だけだ。流石にモレクの来訪を控えて、完全な警戒態勢下にあるサンクト・シャルトル城にバックアップもなしに突入するのは無理がある。
しかし、正面から仕掛けるならば道幅の狭い山道を潜り抜け、サンクト・シャルトル城の頑丈な城門を突破しなければならない。守備側にとって、相手の侵入経路が分かる戦いほど戦いやすいものはなく、このルートで進むのならば大規模な交戦は避けられない。
「サンクト・シャルトル城について何か情報は? 水源をどうしているかなど」
「水源は湧水。食料は備蓄が1年分はあるという話だ。包囲しても陥落するのが1年後ならばさして意味はないだろう」
「食料の保管場所は?」
「城の地下だ。手は出せない」
いよいよもって選択肢がなくなってきたな。
「そもそもモレクが来るというならばモレクの馬車が通る瞬間を襲えばいいのでは?」
バルトロがそう尋ねる。
「そちらが何を知ってるかはしらないが、モレクは馬車では移動しない。奴は“転移門”を使って移動する。帝都シオンからサンクト・シャルトル城まで1秒もかからないだろう。それを襲撃するのは無理な話だ」
「転移門? それはどこにでも飛べる瞬間移動のようなものか?」
「いや。転移できる場所には条件があると聞いた。それは噂なので確証はないが、モレクが転移門を使って移動していることは事実だ」
なんとまあ。魔術の中では一番驚かされたかもしれない。
「となると、悠長に正面を火力で潰しながら前進していては目標に逃げられるな」
こちらの魂のチャージ残高はかなりの数に上っている。この冬の飢饉に対する混乱と暴動によってかなりの死人が出てくれた。抵抗運動側にも、精霊帝国側にも。それによって火力を強化することは不可能ではない。
だが、火力を増したところで、それを効率的にかつ迅速に展開するのには技術が必要になる。短期間の訓練を受けただけの徴集兵が大部分を占めた第二次世界大戦中の戦闘速度でもそれなりのものであるが、今回はより以上に高い速度が求められる。その上、こちらには軍の背骨となる訓練された下士官が圧倒的に不足している。
つまり単純に火力を増やしても、それを展開する速度で手間取り、結局のところサンクト・シャルトル城までの道のりは長い道のりになるということ。
「何か手はないのか、ヤシロ」
「ふむ」
訓練を受けた俺ならば、サンクト・シャルトル城の城内に夜間に侵入できる。タンデムを組んだとしてもうひとりまでは大丈夫だ。
そして、敵正面の火力は増やすことができ、時間はかかるものの正面突破は不可能ではない。迫撃砲などを配備すれば、火力の大幅な増大も見込めるし、300名という規模で部隊を投じれば、それなり以上の火力が発揮できる。
ならば、である。
「マルコム。あなたたちは正面突破を試みてくれ。時間はかかってもいい。確実に城門を破壊し、中にいるユーディトの私兵と教会騎士団の注意を逸らしてほしい。その隙に俺と聖女エーデが上空からサンクト・シャルトル城に侵入する。隠密に」
「それは可能なのか?」
俺の提案にマルコムが躊躇った様子を見せる。
それもそうだろう。敵がひしめくサンクト・シャルトル城に俺とエーデだけで突っ込むとすれば、それは命を投げ捨てるようなものだ。
だが、俺は命を投げ捨てるつもりはない。必ず生還する。聖女エーデとともにサンクト・シャルトル城から無事に帰還して見せる。隠密行動も暗殺も日本情報軍にとっては必須のスキルだ。これまで学んだ経験を活かそう。
問題は離脱の際に敵の大部隊に囲まれることだが、その点は正面突破を目指すマルコムたちの部隊に活路を切り開いてもらう。火力をありったけ叩き込み、敵に火力による混乱と死をもたらし、それによってできた穴から俺とエーデは離脱する。
しかし、これがかなりギャンブルな作戦であることは事実だ。
モレクが瞬間移動という反則な力を持っていなければ、正面から着実に攻め込み追い詰めることができただろう。だが、モレクはそうしている間に瞬間移動で逃げ去ってしまう。俺はモレクがサンクト・シャルトル城にいるという確信はほとんど抱いていないが、それを前提にしてしまうと、この襲撃作戦そのものが無意味になり果てる。
モレクとユーディトの暗殺のためには奇襲が必要だ。
そして、それは俺とエーデ以外の人間によっては成されない。
これがただの自信過剰ならばよかったのだが、あいにくのところこれは事実だ。特殊作戦で使用されるステルス性能の高いパラグライダーを扱えるのは俺だけで、精霊帝国の軍隊を数百名と相手して、切り抜けられるのはエーデだけだ。
「正面からの火力は大幅に増強する。恐らくはドラゴンの炎のように城門とそこにいる兵士を薙ぎ払い、進路を切り開くだろう。脱出のためにはマルコムの率いる部隊による突破が必要になってくる。任せてもいいかい?」
俺はマルコムの顔を見てそう尋ねた。
「そこまで言われて引き下がれるはずがない。任せてくれ。そちらが脱出するまでには正面を突破する。あらんかぎりの火力を叩きつけ、精霊帝国に目にもの見せてやる」
マルコムは不安を見せずにそう返した。
「では、作戦は決定だ。作戦開始時刻は0300。俺とエーデが無事に城内に侵入出来たら無線で合図する。それからは全力で正面突破を目指してくれ。俺とエーデはモレクとユーディトの暗殺を最優先で実行する」
俺とエーデはモレクとユーディトの暗殺をその主任務とする。脱出のための通路を作るのはマルコムたちルンビニ革命議会の兵士たちだ。
俺とエーデが失敗すればこの任務は無意味なものとなり果てるし、マルコムたちの突破が不完全でも俺とエーデの命が失われる。
英雄になるつもりはない。俺は生還し、今後の人生を享受するつもりだ。英雄的な死など誰が迎えるものか。そしてエーデにもそんな死に方はさせない。エーデが何を言おうと、作戦が失敗に終わればサンクト・シャルトル城から離脱させる。
英雄など戦争には必要ないのだから。
「では、重火器の取扱い方法について短期間であるが指導する。この作戦では機動力よりも火力が重視されるために装備は重くなる。武器の輸送には強化外骨格も支給する。これがあれば120ミリ迫撃砲でも手で分解して移動させられる」
120ミリ迫撃砲は人が移動させられるような兵器ではない。移動にはヘリやトレーラーが必要になってくる装備だ。だが、人体の筋力を大幅に向上させる強化外骨格があれば、重迫撃砲を人力で移動させることも可能だ。
無論、展開速度はトレーラーで牽引するよりも遥かに遅くなる。だが、精霊帝国の貴族の魔術はそのほとんどが有視界の敵への攻撃に限られている。人間の死角の外から攻撃を繰り広げてくる重迫撃砲の射撃には耐えられまい。
しかし、ここでユーディトの魔術について疑問が浮かぶ。
ユーディトは単騎で5000名もの下層民を殺害している。5000名が密集して集まっていたからそうなったという可能性もあるが、ユーディトには視覚外の敵を攻撃する方法も有しているのではないかという疑問が浮かぶ。
もしそうだとするならば、中央突破すら困難になるだろう。
「ユーディトの魔術について何か情報は?」
俺は僅かな希望を抱いてそう尋ねた。
「分からない。我々は10年前の蜂起で5000もの同志を殺されたが、どうやってユーディトがそれを成したのかについては分からないのだ。ただ、人々は急に呼吸できなくなり、悶えながら我々の目の前で死んでいっただけだとしか」
ふむ。毒ガスによる攻撃も考えられるが、それだとその民衆の傍にいたジェラルドやマルコムが無事であるということの説明がつかない。
いったいユーディトはどうやって5000名の民衆を殺したのだろうか。
風の魔術系統を有する貴族たちとも多く戦ったが、その中にそのような大量虐殺を成し遂げられるものはなかった。
参ったな。敵の戦力の評価もできずに戦うことになるとは。
だが、時間は残されていない。モレクのサンクト・シャルトル城来訪までの時間は、4日後に迫っている。それまでに作戦を立案し、作戦実行の態勢を整えなければならないのだ。今からユーディトの能力を見定めている余裕はない。
「不安な要素はいくつか残っているが、我々は戦うしかない。もしかするとモレクの訪問は欺瞞情報で、サンクト・シャルトル城にモレクはいないかもしれない。それでもルンビニ公国で民衆が立ち上がるためにはこの作戦を成功させなければ」
この作戦をエーデは望んだ。そして、俺もこの作戦がルンビニ公国の解放に繋がるのであれば、それを受け入れる準備がある。
モレクが仕留められずとも、ユーディトは殺せた。その結果が残りさえすればいい。そうすれば民衆は精霊帝国の主であるモレクが逃げたと判断するだろう。それは抵抗運動にとってとても大きな進展になる。
つまりは作戦が不発に終わっても、ユーディトさえ殺せれば抵抗運動は新しいメンバーを迎え、その規模は増大するというわけだ。
「諸君。全力で戦おう。それが今は必要とされる。火力を振りまき、勝利するには全力で戦うことが求められるのだ」
俺はそう告げてマルコムたちを見渡す。
「では、私も戦いましょう。30歳でも我々から見れば若者。若者だけに死地を潜り抜け、英雄のごとく戦えとは言えませんからな」
「だが、ジェラルド。お前が死ねばルンビニ革命議会の政治運営は難を極めることになる。お前は後方でじっとしていろ」
「それは断らせてもらう、マルコム。それにこれだけの若者が集まり、自由と尊厳を求めて戦っているのだ。私のような老いた指導者は、そろそろこのルンビニ革命議会を新しい世代に任せていいころだ」
この世界の平均寿命は40代ころだという。それは死産や出産後の死亡によって大きく引き下げられているのだろうが、それでも40代だ。ジェラルドは初老──40代で、そろそろ死を迎えるころだと考えている。そして彼は、英雄的に死にたいのだ。
「では、他に作戦についての質問などはないかな?」
質問の声はなかった。
ではこれから我々ルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディトと精霊帝国皇帝モレクを暗殺するために動き出すことになる。
果たして、それは無謀なギャンブルの結果として終わらないだろうか。
「ヤシロ様」
そこでエーデがいつもの鈴の音のような声を上げる。
「必ず成し遂げましょうね」
「ああ。そうなることを祈ろう」
サンクト・シャルトル城強襲まで残り4日。
この4日間でルンビニ革命議会に銃火器の使用方法を教えて、そしてドローンで城内に侵入出来るルートを探さなければならない。
些かばかり面倒なことだが、これも役目だ。
やるのならば完全にやり切って見せよう。
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