罠だと分かって飛び込むのかい
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──罠だと分かって飛び込むのかい
精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレト、ルンビニ公国を視察予定。
その情報は複数のルートから入ってきた。第一報を知らせたあの若者の情報から、その後情報を精査するために行われた調査によっても、モレクがルンビニ公国を視察するという情報は確認された。そして、俺は判断を下した。
「これは罠だ」
俺は集まったルンビニ革命議会のジェラルドとマルコム、そして自由エトルリア同盟のバルトロ、そして兵士たちを前にそう告げた。
「どの情報も声を揃えたように同じ情報を告げている。モレクが来週末の夕刻にルンビニ公国を訪れ、ルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストの城であるサンクト・シャルトル城を訪問する、と。この情報は具体的過ぎるにもかかわらず、全ての情報ルートで同じように確認された」
俺は続ける。
「我々の情報ルートは買収した衛兵がメインだ。そして、今回のモレク訪問の警備はそのほとんどを我々の情報ソースにない教会騎士団とユーディトの私兵が行うというのに、これだけ具体的な情報があちこちから流れてきている」
俺はそう告げて、この場にいる人間を見渡す。
「明白な罠だ。敵は情報を意図的に流している。この情報は信頼できない。モレクはここを訪れない可能性が極めて高い。恐らく抵抗運動を一網打尽にするための罠だ。敵は抵抗運動に業を煮やし、これを壊滅させるために罠を張ったのだろう」
俺はそこで言葉を終わらせた。
「だが、モレクがこの地を訪れる可能性は否定はできないのではないか?」
マルコムが縋るようにそう告げる。
「いいや。これは罠だ。モレクは訪れない」
バルトロも俺と同じように意見を述べた。
「明白な罠だ。こうも綺麗に情報が整うことの方が怪しい。普通は伝聞などによって情報に微妙な差異が生じるはずだ。これにはそれがない。これは意図的に流された情報だというヤシロの意見は正しいだろう」
バルトロもこれまで抵抗運動を組織していただけあって、この手の情報の真偽を見定める手段についてはきちんと習得していた。
「偶然だとしたら? モレクが本当にここを訪れるとしたら? 今の状況でそれを逃せば精霊帝国を打倒するのは10年は遅れる。南部の解放も、ルンビニ公国の解放も、大きく遅れることになる。これは罠かもしれないが攻撃をかける価値はある」
だが、それでもマルコムはその情報に縋りつこうとしていた。
「ジェラルド。お前ならば攻撃に賛同するだろう?」
そして、マルコムは盟友であるジェラルドにそう尋ねた。
「もし、やるとするならば30歳以上の人間だけで行うべきだ。若者を死なせるわけにはいかない。まして、それが無駄死になるかもしれないのであれば」
「ジェラルド! これまでで最大のチャンスかもしれないんだぞ!」
慎重な意見を述べるジェラルドにマルコムが叫ぶ。
「そして、これまでで最大の危機かもしれない。これが罠であれば攻撃は不発に終わり待ち伏せていた敵によって殲滅される恐れもある。これが罠でないならば、精霊帝国最強の魔術師がこのルンビニ公国を訪れることになる。もし、モレクが我々を攻撃するためにやってきたのだとすれば、狩られるのは我々の方だ」
正直なところ、精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトについて分かっている情報はほとんどなかった。彼は15世紀前にこの世界に魔術をもたらし、そのことで精霊教会では預言者として祀られ、精霊帝国では皇帝の地位を手に入れた。
分かっているのはそれぐらいである。魔術の4属性のうちどれを使う術者なのかも分かっていないし、どの程度の実力があるのかも分かっていない。ただ、この世界に魔術をもたらし、魔術至上主義であるこの精霊帝国において揺らぐことなく皇帝であり続けたことから、それなり以上の実力を有していると察されるだけである。
精霊帝国の魔術師たちのその魔術の質は上から下までそれなりの差がある。精霊公たるゲルティはそれなり以上に苦戦する相手だった。だが、教会騎士団の騎士たちはさほどでもなかった。魔術の才能が先天的に全て決まってしまうのか、それともその後の訓練によって伸びる可能性のある後天的なものかは知らないが、実力のある人間の地位は高い。
そうであるならば精霊帝国皇帝であるモレクの魔術の才能は、精霊帝国において最強のものだろう。ただの暗殺の標的として考えるのは間違っているのかもしれない。
モレク自身がルンビニ公国の抵抗運動に手を打ちに来たという可能性もある。ジェラルドが指摘したように。そうであるならば、本格的に動かれる前に先手を打たなければ。
「やりましょう」
そこで声を上げた人間がいた。
エーデだ。エーデがM14自動小銃を抱きしめてそう告げた。
「モレクがこの地を訪れる可能性があるならば、我々はそれを討たなければなりません。あの男は精霊帝国の象徴にして、精霊帝国を支配するもの。これを討ち取れば、精霊帝国は崩壊に向けて大きく進みます」
エーデははっきりとそう告げる。
「エーデ。これは罠である可能性が極めて高い。攻撃してもモレクが討ち取れるかは分からないし、得られるのは死体の山だけかもしれない。それでも攻撃を?」
「はい。ですが、皆さんに危険を冒せとは言えません。私だけで参ります」
エーデはそう告げて微笑んだ。
「そんな馬鹿な。そんなことは認められない」
エーデの言葉に取り乱したのはバルトロだった。
彼は権威としてのエーデを必要としている。戦後のために。
そのエーデに今死なれては困るのだ。エーデには戦後まで生き延びてもらい、自分たちの権力を保証する権威になってもらわなければならない。そうでなければ、ただの軍閥の指導者に過ぎないバルトロは権力を手に入れられない。
しかし、エーデは戦後、どうするつもりなのだろうか。彼女は俺とともに歩むことを望んだ。それはつまりこの世界を離れるということだ。多くの問題が一斉に噴き出るだろう混沌とした戦後世界を見捨てて地球に移るということだ。
本当にそれでいいのだろうか。
その正当性の有無は俺には分からない。
「我々としても聖女だけを敵地に行かせるわけにはいかない。これが罠であろうとも、聖女が行くのであれば我々もともに進もう」
マルコムはそう告げてエーデを見る。
バルトロと違ってマルコムは今のことで手一杯という具合だ。戦後のことなど考えてられないほどに追い詰められていたのだから。戦後のことを考えるのは、彼はジェラルドにそれを託しているように思われた。
そのジェラルドはどう思っているのだろうか。
「聖女が立ち上がるならば、我々も立ち上がりましょう。ですが、やはり攻撃を仕掛けるメンバーは30歳以上の人間に限ります。大義のためだと言って、これ以上、若者を犠牲にするわけにはいかない。我々が犠牲になればいいのです」
ジェラルドはそう告げて立ち上がる。
「そして、任務は完全な志願制とします。こちらは彼らにこの作戦の大きなリスクを伝え、それでも構わないという人間だけを選抜して投じます。それが私の譲歩できる最低限のラインです。それでいいだろうか、マルコム」
「お前は一度言い出したら絶対に他の意見なんて聞きはしないだろう。それでいいさ」
ジェラルドの問いにマルコムは肩をすくめた。
「どうやら本当に仕掛けるつもりのようだね」
「聖女が行くならば、俺たちも行く」
俺は呆れた気分になっていた。
彼らは死にに行くようなものだ。10年前の蜂起において単独で5000名を殺害したユーディトを相手に銃火器で武装しているとは言えど、僅かに300名程度の人数で挑もうというのだから。それも今回は相手は万全の体制で待ち伏せていることは確実だというのに。
英雄だ。俺の嫌いな英雄になろうというわけだ。勇敢に戦い、勇敢に死んで、それでお終いの立派な英雄に。誰も家族に手紙など書かずともいいだろうが、結局のところやることは変わりない。戦って死ぬ。それだけだ。
英雄になどなって何が満足なんだ。そんなに死にたいのならば、腹に爆弾を巻き付けて、自爆攻撃でも仕掛ければいい。わざわざ回りくどい手段で自殺することに何の意味があるというのだ。名誉の戦死というのは人々が思っているほど立派なものではなく、ただの死なのだぞ。
ただ、彼らが動かなければならない理由も分かる。
聖女エーデだ。
聖女として認め、崇めているエーデが戦いに向かうというのに、それを放っておくことができようか。エーデの見た目はまだ子供であり、それをひとりで敵地に送り込める人間など、この世界のナノマシンに腐食されていない精神の持ち主にはいるはずもない。
俺自身もエーデに死んでもらっては困る。エーデにはこれからも奇跡を示してもらわなければならない。戦の女神アテナのように、戦乙女ワルキューレのように、民衆をその血生臭い奇跡によって導いてもらわなければならない。
奇跡が示され続けるならば、それは精霊帝国を破壊する力になる。民衆はエーデを信じて戦い、こうやって英雄的な死を求めて死んでいくだろう。
そうであると考えるならばエーデがユーディトを襲撃するのは止められない。モレクはいないかもしれないが、ユーディトはいるだろう。教会騎士団と500名あまりの私兵に守られて、サンクト・シャルトル城にいるはずだ。
そして、エーデならばユーディトを殺せるかもしれない。
「ヤシロ様。ともに歩んではいただけませんか?」
エーデは俺に心配そうな表情でそう問いかける。
そう言われてしまっては嫌ですとは言えない。
「分かった。仕掛けよう、エーデ」
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