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南部の味方たち

……………………


 ──南部の味方たち



 ルンビニ公国総督にして風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストは帝都シオンにある精霊帝国皇帝モレク・アイン・ティファレトの宮殿を訪れていた。


 彼女の領地は現在、深刻な食料危機に晒され、抵抗運動レジスタンスが跋扈し、その治安は乱れに乱れ、国家としての存続の危機に晒されているのだが、モレクへの謁見を待つユーディトにそれを心配している様子はなかった。


 彼女は信じているのだ。


 モレクを地上に遣わし、魔術というものをこの世界にもたらした神であるならば、この預言者モレクに対する反乱を鎮めてくださる。ユーディトはそう信じていた。彼女は他の貴族のように形だけ精霊教会を信じているのではなく、心から精霊教会を信じているのだ。そうであるが故に彼女に不安というものはなかった。


 だが、気がかりなことはあった。


 そのことをモレクに問うためにユーディトはこの宮殿を訪れたのだ。


 宮殿は広大で、荘厳な造りをしている。中央はドーム状になった構造物とそこから東西に延びる建物によって構成され、四方には城塞とともに土、風、水、火の4つの属性を司る尖塔が伸びている。それぞれの塔にそれぞれの属性を有する宮廷貴族たちが暮らしている。まさにこの宮殿は精霊帝国の象徴だ。


 その荘厳な宮殿のもっとも荘厳な場こそ王座の間だ。


「ファルケンホルスト閣下。モレク陛下がお会いになられます」


「分かりました」


 モレクに仕える侍従長が告げるのに、ユーディトは立ち上がった。


 ユーディトはそのまま侍従長の案内で王座の間に向かう。


「参ったか、ユーディトよ。余の可愛い子よ」


「はっ。この度はお目通りにかない、ありがとうございます」


 王座からモレクが告げるのに、ユーディトが跪いて応じた。


 モレクはやはり真っ白な衣服を纏っており、勲章以外の飾り気はない。この場であると精霊帝国陸軍の軍服に金モールの将官飾緒を付けているユーディトの方が、目立った服装をしているように感じられる。


 だが、モレクの王者としての威厳は揺らいでいない。彼は優し気な笑みを浮かべて、ユーディトを温かく出迎えた。彼女の領地で何が起きているのかを知っていながら。


「さて、余に何か聞きたいことがあるそうだな。どのようなことだろうか?」


 モレクはユーディトにそう尋ねる。


「アッシジの悪魔憑きについてお聞きしたく存じます」


「アッシジの悪魔憑き……」


 ユーディトはモレクの顔を見上げてそう尋ねる。


「あれはいったい何なのでしょうか。悪魔憑きというものは教会では対処できないのでありましょうか。そもそもあれは本当に悪魔憑きなのでしょうか」


 ユーディトはそう尋ね続ける。


「あれをどうしていいのか、私めには分かりません。異端者として滅ぼすべきなのか、それとも悪魔憑きとして教会が力を尽くして救うべきなのか。そこで今回、モレク陛下のお言葉が頂ければと思い参りました」


 ユーディトはそう告げて頭を下げる。


「どうかお答えを、モレク陛下」


 ユーディトは頭を下げたまま答えを待った。


 それからどれほどの時間が過ぎただろうか。1分、いや10分。この精霊帝国の最高権力者の前では時間すらも歪んでしまうかのようで、正確な時間は分からない。


 ただ、沈黙の時は長く続いた。


「ユーディト」


 そして、ようやくモレクが口を開いた。


「あれは悪魔憑きである。我々はそれを救おうとしたが叶わなかった。あれに憑いている悪魔はおぞましいものだ。もし、あれが我々の精霊帝国に害をなすのであれば──」


 モレクは告げる。


「滅せよ。これを精霊帝国の敵とし、完全に滅せよ」


 モレクの言葉はシンプルだった。


 敵であるならば滅ぼせ。それだけだ。


「畏まりました、陛下。では、私めがその悪魔憑きを精霊帝国の敵とし、これを完全に抹殺いたします。全てはモレク陛下のお言葉のままに」


 預言者にして精霊帝国皇帝モレクの命令にユーディトはどこまでも忠実だ。


「だが、そなただけでそれを成すことはできるか? 我が愛しの子であるゲルティは悪魔憑きによって殺された。そなたもまたそうならぬと断言することはできるか?」


 モレクはどこまでも心配そうにユーディトにそう尋ねる。


「陛下からいただいた力があれば成すことができるかと。ゲルティは陛下からいただいたお力を万全には活かしておりませんでした。私は陛下が神より授けられ、我々に与えたまわれたお力を最大限に活かし、悪魔憑きめを抹殺する次第です」


「ゲルティはそれなり以上に優れた魔術師であった。余が精霊公に任じたのだ」


「申し訳ありません、陛下。ですが、ゲルティはそのことに驕っていたかのように思われます。そのために陛下に捧げるべき結果を出せなかったのだと」


 モレクが僅かに顔を歪めるのに、ユーディトが深く頭を下げてそう告げた。


 精霊帝国はある意味では魔術師の才能至上主義であり、そのことによる結果至上主義だ。魔術師として結果を示さなければ、それがたとえモレクに任じられた精霊公であろうともその功績は否定される。


 ゲルティはその点で結果を示せなかった。彼はその恵まれた魔術師としての才能を有していながらも、下層民の反乱勢力によって打ち取られたのだ。そのことは精霊帝国にとっての恥であり、彼の全ての功績が否定されるに相応しい結果だった。


「そうか。貴公もそう思うのか」


 だが、そのユーディトの答えにモレクは少しばかり悲しそうな表情を浮かべた。


「余は死んだ者を、この精霊帝国のために死んだ者のことを悪く言うつもりにはなれぬ。ゲルティも至らぬ点はあったかもしれぬが、あの者も精霊帝国のために戦い、精霊帝国のために死んだのだ。その志は受け入れてやらねば」


「はっ」


 モレクがそう告げるのに、ユーディトはただ頷いた。


「だが、ユーディトよ。貴公も無事に戦い抜けると思うのか? ゲルティを屠ったアッシジの悪魔憑きを相手に勝利できると思うのか?」


「それを成すのがモレク陛下に任じられた精霊公の役割であります。我々のことはきっと神がお守りになってくださるでしょう。神はモレク陛下をこの地上に遣わし、魔術という奇跡を授けてくださいました。今回もきっと奇跡が起きるでしょう」


 モレクがどこか心配そうに尋ねるのに、ユーディトは断言した。


「余はそこまで楽観的にはなれぬ。そこで提案なのだが、アッシジの悪魔憑きを葬るためにひとつばかり策を講じぬか?」


「策と申しますと?」


 モレクが告げる言葉に、ユーディトがそう尋ね返した。


「単純だが、効果のある策だ。もしも、貴公の領地を荒らしている反乱勢力が知れば、必ずや動くだろう状況を作り出す。そして──」


 モレクが目を閉じた。


「敵を滅する。アッシジの悪魔憑き諸共」


 モレクはそう告げてユーディトの返答を待った。


「では、陛下。その策についてお教えいただけますでしょうか。私もモレク陛下に完璧な勝利を伝えるためには万全を尽くさなければならないと思います。奇跡というものはそういう者にこそ勝利を与えるものですから」


「よろしい。では、授けるとしよう。余の考えた策について──」


 モレクはそう告げて、ユーディトに語り始めた。


……………………


……………………


「自由エトルリア同盟のバルトロ・ボルゲーゼだ。初にお目にかかる」


「ルンビニ革命議会のジェラルド・グリフィンです。あなた方のことはよく知らされています。ルンビニ公国解放に力を貸してくださって感謝しています」


 公開処刑襲撃から4日後、バルトロがルンビニ公国を訪れた。


 バルトロの担当する自由エトルリア同盟の軍事部門がルンビニ公国における抵抗運動レジスタンスに深く関わっているためだ。彼はルンビニ公国における抵抗運動がどの程度のレベルで進んでいるのかを確認しにやってきた。


 少なくとも表向きはそうなっている。


 だが、実際はバルトロの権力闘争の一環であることは目に見ている。バルトロは南部国民戦線と南部民族会議の合併によって、その南部の解放者としての立場が絶対的なものではなくなり始めているからだ。


 ペネロペの機関紙によるプロパガンダはルンビニ公国において変革をもたらしたし、その活動資金になっているリベラトーレ・ファミリーのことも今や欠かせない存在だ。そして、これまでルンビニ革命議会との交渉を担当していたトゥーリオが、ルンビニ公国に影響を及ぼしていることも確かだった。


 自分の権力と権威が少しずつ削れていくことにバルトロが危機感を持つのも無理はない。これまでは南部最大規模の抵抗運動だったものが、合併によってその一部門にまで低下した。これでは戦後の政治においてアドバンテージに欠ける。


 政治家としてのバルトロはそう判断したのだろう。


 そのためのルンビニ公国の視察だ。


 ルンビニ革命議会に改めて恩を売り、自分の自由エトルリア同盟のおける地位を確かなものにする。バルトロがルンビニ公国を訪れたのはそういうことだ。


 アティカによれば自由エトルリア同盟の内部でも独自の武装組織を作り始める傾向があり、バルトロは軍事部門を押さえているが、彼も兵士たちを自分の側に付け、今後起きるかもしれない“万が一の場合”に備えているという。


 武器をより多く蓄え、兵士を従え、自由エトルリア同盟が分裂すれば、ただちにそれを制圧できるように準備をしておく。自由エトルリア同盟でも武装をしているのは経済担当のリベラトーレ・ファミリーだけだが、バルトロがどう思っているのかは謎だ。


 もしかすると彼はペネロペやトゥーリオも邪魔だとして殺してしまうかもしれない。


 だが、少なくとも今はその心配をせずともいい。バルトロがここで裏切って自由エトルリア同盟を瓦解させれば、困るのはバルトロ自身だ。軍事部門を有しているが、プロパガンダも、資金調達もできないバルトロは今は自由エトルリア同盟に留まるだろう。


 それは薄氷の上の同盟とも呼べるかもしれないが、互いが互いを必要とし、精霊帝国を打倒するという共通の目標がある以上は裏切りには発展しない。


 問題は戦後だ。戦後に誰がリーダーシップをとるかで大きく揉めるだろう。だが、それは俺の知ったことではない。好きなだけ殺し合ってくれればいいだけだ。


「ルンビニ公国の解放は順調に進んでいるだろうか?」


「はい。おかげさまで。もう少しでルンビニ公国を民衆の手に収められます」


 バルトロが椅子に腰かけて尋ねるのに、ジェラルドが蒸留酒を注いで彼に差し出した。バルトロはその香りを楽しもむと、ゆっくりと口に運んだ。


「いい酒だ。ルンビニ公国の名産物だろうか?」


「いいえ。ルンビニ公国では酒に回すほどの作物は取れません。貴族たちは酒を造りたがりますが、下層民にそれが渡ってくることはないのです。この酒は隣のティベリア藩王国から輸入したものです。お口に合ったでしょうか?」


「とても。温かい歓迎に改めて感謝する」


 ルンビニ公国の食料事情は険しい。穀物は育ちにくい。ジャガイモという作物を南部から輸入すれば状況は変わるのかもしてないが、小作人と農奴に作る作物を指示しているのは貴族たちだ。彼らは下層民の飢えなど考えもしない。


 民衆が食べることのできる作物の栽培は後回しにされて、輸出用の繊維などの生産が優先される。まさにバナナ共和国状態だ。


「ルンビニ公国が解放されれば、ルンビニ公国でも育ちやすい作物を送ろう。我々は協力していかなければならない。ともに手を取り、精霊帝国に対抗していかなければならないのだ。我々自由エトルリア同盟はルンビニ革命議会を支援する」


「ありがたい限りです」


 無論、無償で助けるとはバルトロは言っていない。何かしらの対価を求めることだろう。自由エトルリア同盟の軍事部門が独自にルンビニ革命議会とコネクションを持てば、戦後に起きるだろう軍閥同士の争いを優位に進められる。


「ここにいる教会騎士団なる勢力には打撃が与えられたと聞くが」


「はい。教会騎士団は大打撃を受けております。彼らは我々に恐怖して、戦いを挑んでくるようなことはなくなりました。もう少しで壊滅が望めるでしょう」


「それはいいニュースだな」


 バルトロは本当にそれをいいニュースだと思っているのだろうか。彼にとって彼の率いる軍事部門が権力と権威を手にするには戦うことにある。その戦いが終わってしまい、リベラトーレ・ファミリーのような組織による金策が始まると、バルトロは隅に追いやられてしまう。そうならないためにも彼は戦争を欲するのだ。


 だが、バルトロにとっては残念なことにルンビニ公国における軍事作戦は低調なものになり始めている。教会騎士団は動かないし、貴族たちは立て籠もっているし、このルンビニ公国総督であるユーディト・フォン・ファルケンホルストは何の行動も起こさない。


 後やるべきことは、貴族の邸宅を襲撃し、食料を奪うことぐらいである。


 ルンビニ公国総督ユーディトにはまだ手を出すような状況にない。ユーディトの居城であるサンクト・シャルトル城の警備は厳重であり、それに加えてユーディトはルンビニ公国総督として何もしていない。わざわざ無駄なリスクを冒して殺すまでもないかもしれないというのは現状だ。


「そちらは風の精霊公ユーディト・フォン・ファルケンホルストを打ち倒すつもりはないのか? この地を治めながらにして、まともな統治をせず、飢えによって民衆を苦しめているユーディトの首を取るつもりはないのか?」


 バルトロがジェラルドにそう尋ね、ジェラルドが困った表情を浮かべる。


「我々もユーディトを討ちたいと思います。ですが、そのために犠牲なる兵士が出るだろうということで踏み切れていないのです」


「兵士が犠牲になるのは戦争ではやむを得ないことだ」


 指揮官、ことに高級指揮官にとっては人命は数字として認識される傾向がある。その戦死者の背景を知ることもなく、数字で犠牲をカウントする。この戦死者には結婚を約束した恋人がいた。この戦死者には面倒を見なければならない年老いた母親がいる。そういう情報を高級指揮官は知ることはない。いや、意図的に避けているのかもしれない。


 日本において国軍の戦う戦争が日常のものになった世界において、戦死者というものはそこまでショッキングなものではなくなった。マスコミも今更それを報道することはないし、その葬儀も静かに行われる。


 バルトロもそんな高級指揮官たちと世論を体現しているようだ。


「……10年前の蜂起では5000名が死にました。それでもやむを得ないことだと?」


 10年前、ルンビニ公国の国民は自由と尊厳を求めて蜂起した。だが、その蜂起は叩き潰された。風の精霊公ユーディトただひとりの手によって。


「兵士であるならば戦わなければ。まして、5000名もの同志を殺されたならばその報復をせねばなるまい。死んでいった同志たちのために立ち上がるべきだ」


「そう思われますか」


「思うとも」


 ふたりがそういう会話をしていたとき、部屋の中に駆け込んでくるものがいた。


「ジェラルドさん、大変だ!」


「落ち着くんだ。何が起きたのかね?」


 ルンビニ革命議会に所属する若者だ。彼が息を切らしてジェラルドの隣に立つ。


「情報が入ったんだ。モレク・アイン・ティファレトがこのルンビニに来る!」


 その言葉に俺もバルトロも表情が固まるのが分かった。


「詳しい話を聞かせてはくれないか」


 そう思ったのはジェラルドだけではなく、我々も若者の言葉を待っていた。


……………………

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