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公開処刑の役割交代

……………………


 ──公開処刑の役割交代



 場所はカルナック市中央広場。時刻は1200(ヒトニイマルマル)


 公開処刑の準備は整っていた。


 中央広場には火刑台が設置され、そこに5名の下層民が縛り付けられている。皆が恐怖に震えた表情をしており、涙を流しているものすらいた。


 この手の公開処刑はあまり経験がない。日本情報軍と同盟関係にあった軍閥の処刑はシンプルだった。日本製の重機で穴を掘り、その淵に人々を立たせ、後頭部にカラシニコフから銃弾を叩き込んで穴の中に蹴り落とす。


 それから石灰を被せ、口蹄疫の際の家畜のように処分した。


 無論、軍閥によっては処刑をアピールすることもある。ビデオで処刑の様子を撮影し、異民族、異教徒の首を切り裂き、彼らが死んでいく様子をインターネットにアップロードする。その手の動画は何万という数でネットの海の中にある。


「これより異端者の処刑を行う!」


 そう宣言するのは教会騎士団の騎士たちに厳重に守られた聖職貴族だ。


 教会騎士団と同じように恐怖によって統治を取り戻さなければならないのは、聖職貴族とて同じだった。彼らは食料難で治安が乱れ切っていることと、彼らの切り札である教会騎士団が各地で打撃を受けていたことから、このままでは自分たちがこのルンビニ公国において民衆によって追い詰められると危惧していた。


 肝心のルンビニ公国総督ユーディト・フォン・ファルケンホルストは何かしらの手を打つ様子もなく、無策にこの状況を放置していた。彼女が軍を集めているだとか、本国に応援を頼んだという話はない。本当に彼女は無策なのだ。


 そんな状況で聖職貴族たちは異端者を火あぶりにして処刑することにした。そのことによって事態が鎮静化することを祈るかのようにして。


 まるで原始的な宗教だ。生贄を捧げることによって政局の安定化を祈る。本当にそれで効果があるならばいいものの、そうなるとはとてもではないが思えない。


 それに我々は彼らに異端者を焼かせるつもりはない。


「異端者は火あぶりである! 我々の崇高なる神に逆らうものは、炎によってその罪を浄化されなければならない。我々の神と預言者モレク・アイン・ティファレト陛下の名において、この者たちをこれより火あぶりに処する」


 聖職貴族はそう告げて、松明を持った教会騎士団の兵士たちが歩き出す。


 さて、そろそろ始めるべき時間だ。


 俺は二脚を立てたAXMC狙撃銃の光学照準器を覗き込み、狙いを聖職貴族の頭部に定める。光学照準器の中には未だに何事かを話し続けている聖職貴族が映っている。


 深く息を吐いて、そして止めると完全に光学照準器のレティクルに聖職貴族の頭が収まっていることを確認し、引き金を絞った。


 銃口より.338ラプア・マグナムが放たれて、距離800メートルの地点にいる聖職貴族の頭部に向けて飛翔する。


 そして、聖職貴族の頭が弾ける。銃弾は額から突入して頭蓋骨を叩き割り、脳を撹拌する。衝撃はそのまま聖職貴族を押し倒し、彼はこれまで熱弁を振るっていた演台から地面に向けて崩れ落ちていった。


 そのことに教会騎士団の騎士たちの動きが止まる。彼らは驚愕の表情を浮かべて、何がどうなったのか分からず、唖然としている。


「エーデ。今だ」


 俺はインカムに向けてそう告げる。


 それと同時に集まった大勢の民衆の中から飛び出してくる者が現れた。



 エーデだ。



 銃剣を装着したM14自動小銃を手に、彼女が公開処刑の場に躍り出た。


 また、群衆を掻き分けて数名の男たちが民衆の前に出て、腰だめにAKM自動小銃を構える。その狙いは教会騎士団の騎士たちだ。


 銃声が鳴り響く。腰だめで薙ぐように乱射されてたAKM自動小銃は教会騎士団の騎士たちを撃ち殺し、公開処刑の場で処刑されるべき人間を下層民から貴族へと代えた。


 教会騎士団の騎士たちが衝撃から立ち直って襲撃者に対処しようとするのに、エーデが跳躍して教会騎士団の騎士たちの胸元に飛び込む。その鋭利な銃剣を手に。


 教会騎士団の騎士はパニックになって何かしらの魔術を行使しようとするが、それが完成する前にエーデにその喉を銃剣によって引き裂かれ、心臓に銃弾を受け、血飛沫を撒き散らしながら地面に倒れた。


 別の騎士は氷の槍を形成し、エーデに向けて放つ所までは成功した。


 だが、その騎士の狙いは不味かった。エーデはひらりとそれを躱し、回避されてしまったそれは自動小銃の乱射に必死に抵抗しようと土の壁を作っていた騎士に命中してしまったのだ。友軍誤射(フレンドリーファイア)とはなんともお粗末な。


 エーデは再び地面を蹴って跳躍し、再び氷の刃を放とうとしていた騎士に襲い掛かる。騎士の甲冑はどうやら実戦に即したものではないようで、守るべき場所である喉が無防備だ。エーデはそこを狙って銃剣を突き立てる。


 銃剣は深々と騎士の喉を抉り、騎士は気泡の混じった血液を吐き出しながら、僅かにもがく。それも出血性ショックで意識を失うまでの僅かな時間の生の証明に過ぎない。


 エーデは喉を抉っただけでは不十分だというように、銃剣を素早く、抉るようにして引き抜くと心臓に銃撃を加えていく。騎士たちの纏うプレートアーマーが如何に立派に見えるものであったとしても、7.62x51ミリNATO弾を弾けるはずもない。大口径のライフル弾は確実に騎士の心臓を貫き、破壊していった。


「さて」


 俺は公開処刑の場を見渡し、生き残りを探す。


 いた。


 東の隅にひとり、暴風を吹き荒れさせて身を守ろうとしている騎士がいる。騎士にしては珍しく女性だ。突風を自分の周囲に振りまき、衝撃波を周囲に叩き込んでいる。完全なパニック状態で狙いなど定まってはいない。狙いの逸れた衝撃波はこの公開処刑の場に集まった民衆をも吹き飛ばし、民衆が悲鳴を上げる。


 俺はその女騎士に狙いを定めた。


 あの突風は弾道にも影響を与えるだろうから、本来は狙撃に向いた状況ではないが、何もせずにぼうっと事態を眺めているというのも馬鹿らしい。俺は風速を計算に入れつつ、女騎士を光学照準器の狙いに収め、引き金を絞った。


 放たれた銃弾は突風に突っ込み、案の定弾道が歪んだが、それがいい結果をもたらした。弾道の歪みによって頭部を狙っていた銃弾が女騎士の杖を握っている手に命中したのだ。女騎士の手から杖が叩き落とされ、地面に転がる。


 そして、突風は収まった。


 女騎士は杖を拾おうとしたが、それは阻まれた。


 その女騎士が巻き添えとして吹き飛ばしていた民衆の手によって。


「このクソ貴族め!」


「覚悟しやがれ!」


 民衆は女騎士を囲むと、殴る蹴るの暴行を加える。民衆は下層民を焼くはずだった薪を手にし、その薪で女騎士を殴り、顔を蹴り飛ばす。怒れる民衆は生き残りの女騎士に集まっていき、民衆の波が女騎士を襲った。


 女騎士は悲鳴を上げているようだが、民衆の怒りの声の方が大きく、何を言っているのかは聞き取れない。ただ、女騎士は囲まれて民衆に叩きのめされているとしか分からない。


 その私刑リンチが続いている隙に、エーデたちが火あぶりにされる寸前だった下層民たちを解放する。縄を切り、彼らを火刑台から解放していく。解放された下層民が涙を浮かべ、エーデに何度も頭を下げているのが光学照準器越しによく見える。


 これで作戦は成功だ。我々は民衆にはっきりと示した。もはや教会騎士団を恐れる必要はないのだということを。


「火あぶりだ! 火あぶりにしろ!」


 俺が作戦成功に安堵していたとき、民衆が叫ぶ声が聞こえてきた。


 件の女騎士は鎧を剥され、全身を殴打され、顔は酷い有様になって民衆に連行されていた。そして、そのままその女騎士は火刑台に縛り付けられる。異端者に認定された下層民がそうされてしまったようにして。


「火を放て!」


 そして、火刑台の薪に松明が投げ込まれる。


 火刑台は燃え上がった。


 女騎士は炎であぶられる苦しみに身をよじり、逃げようとしていたが、縄はしっかりと縛られており、無情にも女騎士は炎で焼かれていく。


 まずは皮膚を、それからその下の肉を。炎はステーキを焼くのと同じ要領で騎士を火あぶりにする。もし、俺がこの公開処刑の場から離れた建物の屋上ではなく、もっと近くにいたならば独特の臭いがしたことだろう。


 髪の焼ける臭いに混じる脂肪の焼ける臭い。虐殺の臭いだ。


 無法者の軍閥でも生きたまま人間を焼くことは稀だが、死体は焼くことが多い。それは衛生などの環境に影響するからだ。腐敗した死体そのものが病原菌の温床になるし、死体の肉を貪るネズミが集まり、ネズミを食べる野犬が集まり、それらの動物が病気を媒介する。だから、軍閥は死体を焼くか、石灰を被せて処理する。


 笑える話だ。カラシニコフで数十万と殺している軍閥が死体による衛生環境の悪化を気にして、死体を焼くだなんて。それは第三者の目で見れば、病原菌も、軍閥も、等しくその地域の住民を殺す存在だというのに。


 だが、軍閥は死体を焼く。それを楽しみにしているかのようにして。


 ここの民衆も女騎士を火あぶりにする。火あぶりというのはなかなか致命的な傷を負わせられないもので、女騎士はまだ暴れている。皮膚が黒く炭化し始めているというのに。


「エーデ。撤収だ。民衆に紛れて撤退したまえ。これ以上付き合う必要もない」


『分かりました、ヤシロ様』


 幸いにして公開処刑の場に衛兵はいない。警備は教会騎士団だけで行われていた。衛兵がいたとしても巻き添えを恐れて近づこうとはしないだろう。


 今や民衆は殺気立っており、それに加えて頼みの綱である貴族たちは死んだのだ。下層民に過ぎない衛兵にできることなどなく、彼らは結局出動しなかった。


 エーデたちは民衆に紛れて撤退を始めた。都市においては民衆が隠れ蓑になるが、まさにその通りになった。公開処刑の場に集まった膨大な数の民衆の中にエーデたちは溶け込み、そのまま潜伏地点である廃倉庫を目指して撤退していく。


 俺はと言えば、火あぶりにされる女騎士とそれを囲む民衆の様子を眺めていた。


 女騎士は既に息絶え、民衆はキャンプファイヤーでも囲んでいるかのように楽し気にその周りで歓声を上げている。男も、女も、若者も、年寄りも、みんなが燃え上がる騎士の死体を囲んで喜びに踊っていた。


 人を殺して喜んでいられるというのは、よっぽどのことがない限りあり得ない。ここではそのよっぽどのことが起き、人の死を祝っていた。


 立ち上る炎と煙には人の焼ける臭いがするだろう。その臭いすらも今の民衆にとっては祝いの対象だというわけだ。


「群集とは恐ろしいものだね」


 これがひとりだったならば、こんな狂気じみたことは起きなかっただろう。


 集団の怒りが纏まったことで、集団の行動が制御を外れたことで、ひとりがちょっと踏み外したのが後を押す何万もの集団に進められたことによってここまでの大惨事になった。集団とは負の方向に振り切れたときにかくも恐ろしくあるわけだ。


「キャンプファイヤーはまだ続くだろう。燃やされるのが貴族だけだといいが」


 彼らは既に下級聖職者たちを吊るしている。その集団の暴力の矛先が、魔女狩りめいたことにならないことを祈るばかりだ。



 何せ、我々自身が集団を操る魔女のようなものなのだから。



……………………

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