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罰など当たりはしないとも

……………………


 ──罰など当たりはしないとも



 ハリドワール市での勝利はペネロペの機関紙によって盛大に宣伝された。


 我々はハリドワール市の教会騎士団を攻撃し、殲滅し、囚われていた仲間たちを解放した。そのことはペネロペの機関紙“自由の声”で盛大に宣伝され、南部とルンビニ公国において民衆の知ることとなった。


 下層民が貴族を、それもこれまで民衆を弾圧していた教会騎士団を打ち破った。


 その事実に民衆は歓喜している。このルンビニ公国における負の象徴たる教会騎士団が倒れ、抵抗運動が勢いをつけるのに、民衆たちは喜び、そして自分たちもその勝利に貢献したいと思い始めていた。


 堤防が決壊したかのように、民衆のこれまでの不満と食料危機に対する怒りは爆発し、それらは一斉に体制側への敵意と殺意に繋がった。


「教会が燃えているね」


「ええ。燃えています」


 俺とエーデは宿泊中の宿から遠くで炎が立ち上るのを眺めていた。


 それは精霊教会のある方角で、教会の尖塔から火が立ち上っていた。


 民衆は爆発した怒りを教会にぶつけている。これまで炊き出しで施しを与えてくれた存在に、それが途絶えたからという理由で彼らは怒りの矛先を教会に向けた。まるでフランス革命の時に、供給が途絶えていたパン屋が吊るされたように。


 街を歩けば教会やその周囲の建物に吊るされた下級聖職者の姿が見える。彼らは包丁や農具で滅多裂きにされ、吊るされている。憎悪は爆発し、もはや誰にも制御できなくなった。街の治安は乱れに乱れ、下層民同士でも殺し合いが始まっている。



 なんと素晴らしいのだろう。これこそが混乱。これこそが内戦。これこそが憎悪の連鎖。これこそが壮大な人類史における最大の資源と生命の浪費。これこそが俺が望み続けていたもの。俺が存在する意義(レゾンデートル)



 喜びに思わず口角が吊り上げるのを感じる。笑ってしまいそうだ。エーデの前で笑うわけにはいかないと思っていても、このような愉快な光景を見せつけられてしまっては、笑いが込み上げてくるのを我慢するのは難しい。


「これからどうなるのでしょうか?」


 エーデは無垢な表情で俺にそう尋ねた。


「教会騎士団は動かない。いや、動けない。彼らの拠点が襲撃されたことで彼らは恐れを抱いた。下層民の手でも貴族が殺せることは既に証明された。そうであるがために、彼らは動かないだろう。彼らはこれまで弱い者いじめができるから教会騎士団に籍を置いていたのだ。その前提が崩れてしまえば、彼らはただの獲物になる」


 この暴動にはルンビニ革命議会からも兵士が密かに参加している。


 銃火器を忍ばせたルンビニ革命議会の兵士たちが暴動を扇動し、隠れた場所から自由エトルリア同盟の狙撃手たちが貴族たちが動くことに対応している。


 実際に教会を守ろうとした聖職貴族はドラグノフ狙撃銃で武装した狙撃手によって頭と胸を撃ち抜かれ、教会を守ることはできなかった。


「このまま教会が燃え上がるのを眺めているのも愉快な話だが、我々はまだ行動を続けなければならない。教会騎士団は恐れを抱いただろうが、やられてばかりということはないだろう。必ずまた恐怖によって支配権を取り戻すための行動に出る」


「異端者を殺すようなことでしょうか?」


「まさにその通りだ」


 教会騎士団は下層民の暴動を力尽くで抑えるために、恐怖を行使するだろう。そのことは分かり切っている。彼らはもはや怒りに燃える下層民を懐柔することはできないのだ。懐柔しようにももう食料はなく、どうやって下層民の怒りを鎮めればいいのか分からない。彼らは初動の対応が不味く、今更取り戻しようのない間違いを犯している。


「また人々を火あぶりにするのですね……」


「そうはさせないとも。教会騎士団が見せしめの処刑をしようとするならば、その場を乗っ取ってしまえばいい。下層民が焼き殺される代わりに、教会騎士団の騎士たちを火あぶりにしてしまおうじゃないか」


 エーデが憂鬱な表情を浮かべるのに俺はそう告げて返した。


「つまり、公開処刑の場を襲撃するわけですね」


「ああ。我々は公開処刑の現場を襲撃し、教会騎士団の騎士たちに打撃を与えるとともに、人々を救出する。また恐怖によって民衆が支配されないためにも」


 公開処刑の現場に乱入し、処刑される対象を下層民から貴族へと代える。それを見た時、教会騎士団の騎士たちは本格的な恐怖を覚え、民衆たちは本気で精霊帝国の体制がひっくり返せるのだということを知ることだろう。


 貴族でも殺せる。教会に逆らっても罰なんて当たりはしない。


「私はそのお役に立てますか?」


「ああ。君のためにも出番を準備しておく。だが、用心してくれ。この間の襲撃とは違って、相手は警戒態勢で応じてくる。君も血を流すことに繋がるかもしれない」


 エーデの問いに俺はそう返した。


 だが、エーデが普通ではないことを俺はもう知っている。南部属州総督ゲルティとの戦闘でエーデは足に怪我を負ったはずなのに、その傷は拠点に帰還したときには傷跡すら残っていなかった。完全に癒えていたのだ。


 アティカはエーデは傷の治りが早いだろうと俺に告げていたが、ここまでのものだとは思っていなかった。


 故にエーデは公開処刑の現場に姿を見せる何十人もの騎士を相手にできるだろう。ひょっとすると俺の支援すら必要ないのかもしれない。


 だが、流石に俺はエーデをひとりで放りだすような真似はできなかった。


「今回は俺は傍にはいられない。遠距離から支援することになる。マルコムたちの仲間も加わるが、主戦力は君だ」


「お任せください。きっとヤシロ様のお役に立ちます」


 俺の言葉にエーデが微笑む。純粋に。


 部屋の扉がノックされたのはその時だった。


「失礼します」


「邪魔するぞ」


 やってきたのはアティカとマルコムだ。


「やあ。マルコム。情報は手に入ったかな?」


「ああ。明日の正午に中央広場だ。白昼堂々とやるつもりらしい」


「公開処刑とはそういうものだよ」


 公開処刑は昔からエンターテイメントだった。娯楽の少ない時代は人が死ぬざまをみることぐらいしか楽しみはなかったのだ。ことに重罪人や高貴な身分の人間が公開処刑されるときは実に盛り上がる。


 タリバン政権下のアフガニスタンでも公開処刑はエンターテイメントだった。シャリア法に則り、サッカースタジアムで盗人の手首を切り落とすということが行われ、人々はそのことに娯楽を見出していた。


 死をエンターテイメントにするという点では古代ローマ帝国のコロシアムも同様だ。奴隷や罪人たちが獣と戦わされ、命を落とすさまを見て、民衆は喜んでいたのだ。


 教会騎士団の騎士たちはそんなことなど考えていないかもしれないし、考えているかもしれない。だが、民衆はもはや公開処刑をエンターテイメントだとは思っていない。いつ自分たちが処刑される側の人間になるのか分からないのに何が楽しめようか。


「だが、民衆は歓喜することだろう。処刑される人間が下層民から貴族に変わるのだから。実に笑える話ではないか」


 俺が小さく笑って見せるのにマルコムがまじまじと俺の方を見てきた。


「作戦は上手くいくと? 今回は白昼堂々と仕掛けることになる。不意は打てない」


「問題はない。不意は打てる。俺がサポートしよう。そちらは群衆の中に潜り込み、合図と同時に銃弾をばら撒いてくれればいい。恐らく広場は大混乱になるだろう。その混乱に乗じて我々は離脱する。他に質問は?」


 俺はマルコムにそう答えると、笑って見せた。


 これから起きることを想像すると笑ってしまう。大混乱だ。大混乱が起きるのだ。それも一度だけではなく、幾たびもの混乱のきっかけを与えるのだ。


 これによって精霊帝国は滅びに向けて足を一歩進めることになる。


「分かった。そちらを信頼する。既に俺の部下が民衆の中に入り込んでいる。武器も運び込んだ。明日には完全に戦闘準備を整えた状態で挑めるだろう」


 マルコムは首を縦振ってそう告げた。


「エーデさんも作戦に参加させるつもりですか?」


 そこでアティカが声を上げた。


「彼女がそれを望んでいるし、俺も彼女の戦力を当てにしている。彼女にもこの作戦に参加してもらうことになる。不満かな?」


「不満と言えば不満ですね。もう奇跡は十二分に示せたでしょう。これ以上、彼女を戦わせることに意味があるのですか? あなたのようなプロの殺し屋がいれば、彼女はもう必要ないのではないですか?」


 アティカはエーデの保護者のように彼女に接している。


 血塗れになった彼女の体と髪を洗い、彼女に合うドレスを準備し、エーデに欠けている女性らしさを補っている。エーデ自身は自分が女性的であるかどうかになど、まるで気にかけないために、アティカがそれを支えているのだ。


 実年齢的にどうなのかは分からないが、エーデより年下のアティカがエーデのことを必死に世話している様を見ると、それは姉妹であるかのように錯覚させられる。アティカはエーデのことを本当の妹のように思っているのだろうか。


「奇跡は示せるだけ示した方がいい。貴族から流れた血の量だけ、エーデは信仰心を得ることになる。エーデが信頼を獲得するのは決して悪いことではないだろう?」


「リスクはどうなるのです」


「彼女の身は俺が守る。エーデを殺させたりなどしない。決して」


 アティカの問いに俺はそう断言した。


 これまで多くの軍閥と子供兵を見捨ててきた我々だが、エーデを今見捨てたりなどできない。彼女には精霊帝国打倒の象徴になってもらうのだ。


 もっとも、この戦争が終わった後の世界にエーデを残していくかどうかはまだ決めていない。エーデは俺とともに歩むことを望んだが、俺はそれを考えあぐねている。


 エーデはこの戦争が終わったら、本当に俺とともに歩むつもりなのだろうか。


「もう何を言っても無駄なようですね。好きなようになさってください」


 とうとうアティカは諦めて肩をすくめた。


「では、明日には公開処刑の現場を襲撃する。今回も我々に勝利があらんことを」


「我々に勝利を」


 俺とマルコムはそう言葉を交わし、別れた。


 明日、エーデは集まったカルナック市の民衆の前で奇跡を示すことだろう。



 血に塗れた血生臭い奇跡を。



……………………

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― 新着の感想 ―
[気になる点] アティカが聖女に対して異常に過保護なのが不可解です。 アティカが足を引っ張ろうとしているようにしか感じません。
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