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その宗教は異端です

……………………


 ──その宗教は異端です



 ルンビニ公国における抵抗運動レジスタンスであるルンビニ革命議会は順調にその勢力を伸ばしつつあった。


 冬が目前に迫るのに南部からの食料を分け与え、精霊教会の率いる教会騎士団にも勝利できるのだという確信を民衆に与えている。それによってルンビニ革命議会に加わる民衆は増え始め、当初200名程度だった構成員は今では800名を超えている。


 そして、我々はさらなる勢力拡大のために行動を起こすことになった。


 つまりは、本当に銃火器をもってすれば貴族は殺せるということを示すのだ。



 攻撃目標は教会騎士団。



 ルンビニ公国の圧政者の代表を攻撃し、打撃を与える。


「作戦はシンプルだ」


 そう告げるのはルンビニ革命議会の武力部門を率いるマルコムだ。


「俺たちは教会騎士団の宿舎を襲撃する。宿舎には教会騎士団のための食料と異端審問で連行された俺たちの仲間が拘束されている。これを助け出すことは絶対に必要とされる。そして、この襲撃が成功すれば、もう教会騎士団を恐れる民衆はいなくなる」


 今回は単純ではあるが、かなり大胆な作戦となる。


 我々は教会騎士団の騎士が50名程度の規模で集まっている宿舎を襲撃するのだ。


 目的は教会騎士団に打撃を与えることと、その活動を支えている食料の焼却。そして、教会騎士団に異端者として囚われているルンビニ公国市民の解放である。


 作戦と立案をしたのは俺だが、実行の判断を下すのはルンビニ革命議会の指揮官であるマルコムに任せた。彼が実行しないというのであれば、実行せずともいいし、彼が実行するというのであれば、可能な限り援助する。


 抵抗運動はあくまで現地住民の支持を受けて行うものだ。よそ者があまりでしゃばるべきではない。可能な限りのことは彼らに任せ、彼らが自らの意志で戦ってこそ、抵抗運動は民衆の中に根付き、持続可能になるのだから。


 そして、今回マルコムは作戦を実行すると決めた。俺の提案通りに。


「目標は重大だが、作戦はシンプルだ。こちらのあらん限りの火力を叩きつけて、敵を殲滅する。現地の衛兵は既に買収済みで、我々は教会騎士団だけを相手にすればいい」


 マルコムがそう告げるのに、集まったルンビニ革命議会の兵士たちが不安そうな表情を浮かべて、マルコムの方を見た。


 彼らにとって教会騎士団は恐怖の象徴だ。貴族である彼らにはそう簡単に逆らえないと思っている。それは洗脳に近く、彼らの意志を支配していた。


 だが、貴族は殺せるのだよ。たとえそれが青かろうと血を流すならば殺せる。


「恐れる必要はない。訓練通りに動けば俺たちは教会騎士団のクソッタレに大打撃を与えられる。これからは俺たちが教会騎士団を恐れるのではなく、教会騎士団が俺たちを恐れる番だ。南部が土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルを血祭に上げたように、俺たちも南部に続いて教会騎士団を血祭にしてやろう」


 マルコムは不安そうな表情を見せる兵士たちにそう告げた。


「やりましょう。連中を叩き潰してやろうじゃないですか」


「そうだ。やってやりましょう」


 マルコムの意気込みに影響されたのか、兵士たちは次第に自信ある表情を浮かべる。


「よおし、その意気だ。攻撃は夜襲として行われる。事前の武器弾薬の輸送に1日。人員の配備に1日。作戦実行に4時間だ。4時間で我々は教会騎士団の連中をぶち殺して、都市から離脱する。そして、その勝利を華々しく宣伝する」


 攻撃対象の都市はルンビニ公国首都カルナック市から南西に100キロメートルの地点にあるハリドワール市である。人口7万人の都市で、南部に近いことからかつては行商人たちが宿に泊まったり、銀行に金を預けたりしていたそうだ。


 だが、それも10年前から始まった教会騎士団の権力の獲得で終わりを告げ、今では南部から逃げ出した農奴などを取り締まる警備のための拠点となっている。


 この都市における教会騎士団を攻撃することが今回の作戦の目的。


 首都であるカルナック市から離れていることもあって、精霊帝国の軍隊が増援に駆け付ける前に離脱できる可能性は高く、そしていざという場合はそのまま南部に逃げ込むことも可能な立地。攻撃には打ってつけだ。


「俺たちは夜の闇に隠れて宿舎を包囲し、まずは宿舎に火を放つ。そして、慌てて宿舎から飛び出してきた教会騎士団の騎士たちを蜂の巣にしてやるわけだ。そのための武器は全てヤシロが準備してくれた」


 装備を担当したのは俺だった。俺が魂の取引でこの作戦のために必要な装備を地球から取り寄せた。AKM自動小銃、RPG-7対戦車ロケット、PKM汎用機関銃、60ミリ軽迫撃砲、被服装備、エトセトラ、エトセトラ。


 魂のチャージ額はルンビニ革命議会が勢力を伸ばし、同時にルンビニ公国の食料が尽きたことで増えつつあった。つまりは餓死者や食料を奪おうとして殺された人間の魂が蓄積されつつあるということだ。


 我々は文字通り、血塗れの兵器で戦うことになる。


「作戦準備は明日から始め、5日後には準備を全て完了させる。諸君、このハリドワール市の地図を頭に叩き込め。戦場で迷子になることは許されないからな」


「了解」


 マルコムの言葉に若い兵士たちが地図を睨むように見つめる。


 ルンビニ革命議会が勢力を伸ばしてから初めての本格的な軍事作戦だ。今のルンビニ革命議会の兵士たちは10代、20代の若い兵士たちで、活力に満ちている。この組織もきちんと代替わりができるようになったようだ。


「質問をいいでしょうか?」


「なんだ?」


 ひとりの若い兵士が手を上げるのに、マルコムが尋ねた。


「この作戦に聖女様は参加させるのですか?」


 そう告げて若い兵士の視線がこの場で黙って佇んでいたエーデに向けられる。


 エーデの活躍は伝説的なものになりつつあった。


 南部において何名もの貴族を暗殺し、ついには土の精霊公ゲルティ・フォン・マントイフェルまでもを暗殺した。それはこの世界の本来の宗教である女神ウラナを祭ったものが事実であることを証明し、聖女の存在をその血塗れの奇跡で確かなものにした。


 魔術師殺し。エーデは今では密かにそう呼ばれてもいる。


「はい。私も参加します。精霊帝国と戦うことは私の義務ですから。皆さんとともに精霊帝国を打ち倒すための戦いに身を投じましょう。ともに肩を並べ、精霊帝国の支配を終わらせようではないですか」


 エーデは朗らかに微笑み、若い兵士の方を向いた。


 若い兵士はその笑みに顔を赤くし、エーデから視線を逸らした。


 若い兵士というのは本当に若い。15、16歳程度だろうか。まだ学校に通っているような年齢の若者が兵士として動員されている。


 最初は俺が子供兵を使うことを提案しても鼻で笑ったマルコムだが、結局はこうなったわけだ。これから損害や戦域拡大などで人的リソースがさらに必要となるならば、マルコムは11、12歳の子供だって動員するだろう。地球の軍閥がそうであったように。


 子供兵というのはそれだけ便利な存在なのだから。


「聖女エーデルガルトも作戦には参加する。聖女の前でみっともない戦いをするな。男として、兵士として、ルンビニ公国を解放するものとして、立派な勇気を示せ。お前たちは英雄にならなければならないのだ」


 英雄か。クソッタレな英雄。


 英雄になりたければ勝手にすればいい。敵と猛々しく、無謀に戦い、そして死ねばいい。そうすれば後は生きている人間が英雄に祭り上げてくれる。抵抗運動は格好の宣伝材料として使ってくれることだろう。


 だが、その名誉もただの多くの水分と有機物、そして僅かな無機物の塊──つまりは肉塊にとっては何の価値もない。英雄に祭り上げられても、彼らは何も得ない。


 英雄が成したことが重要だという人間もいる。だが、この世の中においてひとりの英雄が世界を救うようなことはありえない。アレクサンダー大王も、カエサルも、チンギスハーンも、ナポレオンも、英雄と呼ばれる人間は世界を動かしたが、それは夥しい無名の死者の血で得られた称号だ。彼ら自身は人を死に追い込んだだけだ。



 英雄なんてクソッタレだ。



 だが、俺はそれを表立って否定しはしない。英雄というのは宣伝材料になるからだ。彼らが名誉の戦死とやらを遂げ、貴族に打撃を与えたならば、ペネロペの機関紙が喜び勇んで彼らを英雄とするビラや機関紙を作るだろう。


 俺個人としては英雄を認めるつもりはないが、日本情報軍の軍人としては英雄を受け入れよう。好き勝手やって死んだ人間ですら、いとも簡単に英雄に祭り上げらえるのだ。そして、そのことで多くの民衆が心を動かされ、血を流してくれるのだから。


「以上だ。訓練の結果をしっかりと発揮しろ。俺たちは貴族に勝てる」


「応っ!」


 個々の兵士こそが、無名の兵士こそが、戦争を支えている命令に忠実な本当の兵士こそが英雄だろう。彼らのおかげで我々は勝利できるのだから。


「ヤシロ。俺たちにはお前の力が必要だ。よろしく頼むぞ」


「ああ。任せてくれ」


 指揮官であるマルコムは一時的にして限定的な指揮官としての訓練を受けたに過ぎない。いくらこの戦いでルンビニ公国の人間を表に立たせて、彼らの士気を高めようと思っても、手助けは必要とされることだろう。



「ともに勝利を。ルンビニ公国のために」


「ともに勝利を。精霊帝国の打倒のために」



 こうして我々の作戦は始まった。


……………………


……………………


 マルコムの情報通りに、都市の衛兵は買収されていた。


 都市の衛兵にとっても食料危機は差し迫った危機なのだ。


 彼らは下層民であり、貴族ではない。ルンビニ公国の食料が底を尽き、貴族が残っていた食料を掻き集めて押収してしまった以上、彼らも生きていくための食料を必要としていた。そして、それを持っているのはルンビニ革命議会であった。


 俺たちの武器を満載した馬車は碌な検問も受けずにハリドワール市に入ることが出来た。念のために油の中に銃火器を隠しておいたのだが、その必要はなかったようだ。


「これから1日後に攻撃を行う人員が揃う」


 マルコムは宿泊先に選んだ抵抗運動に参加している宿屋の部屋で地図を広げていた。地図にはいくつもの書き込みがあり、それらは抵抗運動が目的としている教会騎士団の宿舎を中心に刻み込まれていた。


「動員される戦力は40名。それだけの数で本当に教会騎士団に打撃を与えられるのか?」


 マルコムは何度も話し合ったことをまた質問した。


「問題はない。こちらの火力は向こうよりも上だ。あなたは指揮官なのだから、不安を見せるべきではない。そうでなければその不安は兵士たちにも及ぶ」


「それは分かっている」


 俺の言葉にマルコムは苛立ったようにそう返す。


 大きな作戦を前に緊張しているのだろう。ここで失敗すれば、これまで訓練を積ませてきた部下たちが死んでしまうこともあるし、それに加えてやはり下層民は貴族には勝てないのだという証拠を民衆に与えてしまうことになる。


 そうなればルンビニ革命議会は成り立たなくなるだろう。


「初めての大規模な戦闘だが、そちらの兵士たちはしっかりと訓練を受けている。それを信じるんだ。こちらには貴族を屠れるだけの装備があり、それを扱うために訓練された兵士たちがいることを信じるんだ」


「そうだな。信じなければ。部下を信じるのも大事なことだ。そうだよな?」


「その通り。指揮官が兵士を信じなければ、兵士も指揮官を信じない」


 俺は教科書通りのことをマルコムに告げた。


 実際のところ、日本情報軍においてはその双方向の信頼はない。指揮官たちは兵士たちに一定の信頼を置くかもしれないが、兵士たちは指揮官を本当の意味では信頼しない。誰かが日本情報軍情報保安部の密告者ではないのかと疑い、誰かが二重スパイ(モグラ)ではないのかと疑い、これは本当に意味のある作戦なのだろうかと疑う。


 無論、日本情報軍の兵士たちは宣誓した以上は上官の命令に忠実であらねばならない。国家の無謬性を信じ、日本国の国益のために死ぬことをいとわず、そして上官の命令に忠実である兵士が求められる。


 だが、俺はそんな兵士ではなかった。俺は国家の無謬性など信じていなかった。国家のために死ぬことも馬鹿々々しいと思っていた。それでも上官の命令には忠実であった。上官は本当は情報保安部の密告者だったかもしれないが、俺に欲しいものを与えてくれた。すなわち、広がり続ける混乱を。


「では、俺は何をすればいい?」


 マルコムがそう尋ねてくる。


「今は待つことだ。落ち着いて、ゆっくり構えていればいい。既に最悪の事態を想定した計画は立ててある。こういう物事は悲観的に準備し、楽観的に実行するものだ。今は悲観的になったり、焦ったりする必要はない。指揮官らしく構えておいてくれ」


「分かった。そうしよう。待つのも仕事だな」


「その通り」


 こういうときに神経を尖らせ続けていては体がもたないし、指揮官がそわそわしていてはその不安は兵卒たちに伝染する。


 もはや、最悪の場合の対応策も考えておいてあるのだから、今は少しばかり楽観的になって、心に余裕を持ち、着実に作戦を遂行するだけでいいのだ。


「俺たちならばやれる。大丈夫だ」


 マルコムはひとり呟くようにそう告げた。


 俺は彼を眺め、彼が本当に抵抗運動に相応しい男なのかを見定めようとしていた。


……………………

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