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飢餓が始まり、抵抗運動が力を持つ

……………………


 ──飢餓が始まり、抵抗運動が力を持つ



 敵が音を上げた。


 南部からの報告ではもうルンビニ公国に向けて穀物を輸送しようという船舶はいないという。ルンビニ公国からの発注が途絶えたことと、運河を使っての輸送のリスクがあまりにも高いということから船舶での輸送はなくなったそうだ。


 となると、街道を移動するかと思ったのだが、その動きもない。


「冬が近い」


 俺は集まった自由エトルリア同盟とルンビニ革命議会の兵士たちに向けて告げる。


「間もなくルンビニ公国にも冬が訪れる。だが、ルンビニ公国の食料は大規模備蓄食料庫の襲撃と度重なる運河への攻撃で底を尽きているだろう。民衆の多くはこの冬を飢餓とともに越すことになる。つまり、目標は果たされた」


 第一目標。ルンビニ公国の食料備蓄を尽きさせる。


 その目標は果たされた。ルンビニ公国は今や食料の蓄えなしに、冬を迎えようとしている。民衆の危機感は極めて高いだろう。


 それが狙いだ。


「これから食料が南部より山林を経由して密輸される。その食料を以てしてルンビニ公国を手中に収める。それが目的だ」


 そう、我々はルンビニ公国から食料を奪うが、その分を“我々の手で”南部から密輸するのだ。それこそがこの作戦において民衆を抵抗運動〈レジスタンス〉の側につけるための重要な一手だ。民衆をただ飢えさせても意味はない。


「でも、俺たちってルンビニ公国の民衆から食料を奪ったわけですよね? 焼いたり、沈めたりして。それなのに俺たちから食料を与えて、民衆は俺たちのことを認めてくれるんですか? むしろ、敵だって思われませんか?」


 シンドーナ兄弟の弟であるシストがそう尋ねる。


「その点については問題ない。食料危機の全ての原因は精霊教会にあるという文章を出回らせている。ペネロペに印刷してもらったものだ。それによれば精霊教会は不当に資産を蓄え、そのために食料を買い付ける資金を失ったとなっている」


「それはまあ」


 俺の言葉にシストが感心したような表情を浮かべる。


 この情報戦は事前に計画してあったものだ。


 相手にとって不都合な情報を出回らせる。それの真偽にかかわらず。そのようなことは地球でも度々行われている。選挙戦などの一時的な信頼が得られればいい場合などは特にそのような情報が出回る機会が多い。


 今回もそのケースだ。我々は精霊教会に全ての責任を擦り付ける。餓死者が出たのは精霊教会の不当な資金運営のためだ。炊き出しが行われないのはその証拠だ、と。


 この世界の民衆の情報リテラシーは極めて低い。その情報源のソースが不明であっても、発信者の身元が分からなくとも、その情報を信じてしまう。それは彼らの責任ではなく、この世界の情報化が進んでいないためだとも言える。


 情報のソースや発信元を検索しようにも、この世界では膨大な時間がかかる。故に、情報的に孤立したこの世界の集落や都市では、一見して怪文書のごとき情報ですら大した精査も受けずに受け入れられてしまうのだ。


 情報化が進んだ現代ですら動物園から脱走したライオンなんて話を信じてしまうのだから、情報に関するツールを何も持たないこの世界の住民を責めることはできない。


 ただ、こちらにとって優位なだけだ。


「彼らは信じるだろう。結局のところ、自分たちがあれだけ働いたのに冬の蓄えが消え去り、自分たちが飢えることになった原因探しが始まる。悪い奴は誰だ(魔女狩り)。それが始まってしまえば、もう体制は信用に足るものではなくなる」


 信頼とは得ることに大変な苦労を有するが、崩れてしまうのは一瞬なのだ。


 精霊教会は長年の間、下層民の聖職者に炊き出しを行わせ、そのことによって信頼を得てきただろうが、それを壊すのはいとも簡単。食料供給が途絶えさえすれば、その信頼は瞬く間になくなってしまうのだ。


 飢えという人間の三大欲求の欠如によって生じる不信感は非常に効果的だ。だから、軍閥が争う大地に降り立つ日本情報軍の兵士たちは世界食糧計画(WFP)のロゴが入った食料コンテナとともにそこに降り立ち、まずは食料をばら撒くのだ。その混乱の地にいる彼らの信頼が得られるように、と。


 それは実に効果的だった。食料の供給が始まると、これまで何人も寄せ付けなかった内戦が隙を見せる。外部の人間は付け入る隙を作るのだ。我々はそこから内戦に介入し、それを操る手段を得ることになる。


 結局は、人間はいくら理想を並べ立てられるよりも、自分の腹が満ちていなければそれどころではないということ。


「でも、南部から食料を密輸すると言っても、南部は同意してるんですか?」


「している。少なくとも自由エトルリア同盟の影響下にある勢力は。我々はルンビニ公国の下層民の需要を満たすだけの食料確保の手段の目途は付いている」


 確かに数字の上ではルンビニ公国に暮らす全ての下層民の需要を満たすだけの食料供給について我々は南部の同意を取り付けた。彼らは少しばかりいつもより貧相な食事をする代わりに北部にいる同じ下層民の飢えを満たしてやることに同意した。


 数字の上では。


「では、俺たちはその食料を運べばいいんですね」


「そういうことだ」


 数字の上では我々はルンビニ公国の下層民を救える食料を有している。


 だが、それを実際に冬が訪れる前に下層民の下に届ける手段を確保していない。


 日本情報軍の作戦においても常にネックになっていたことだ。世界食糧計画のコンテナを空港まで、あるいは港まで輸送できてもその先に運ぶ手段がないということは。


 その地域のインフラ整備の問題であったり、政治的な問題であったり、あるいはただ単に治安が悪く、日本情報軍と国連が業務を委託している民間軍事企業(PMC)が契約を反故にしたりと理由は多々あれど、食料供給源から末端まで食料が行き渡らないということは多々あることであった。


 我々は今回も同じ問題を抱えている。南部の食料供給源からいかにして、ルンビニ公国の下層民たちに食料を供給するかという問題を。


 そして、それを解決する手段は思い当たらなかった。


「俺たちは南部から食料を運ぶだけでいいんですか?」


「いや。君たちにそこまでしてもらう必要はない。ルンビニ革命議会から訓練に派遣された兵士たちが食料とともに帰ってくる。我々はそれを適切に配給するだけだ」


 何も訓練のためだけにルンビニ革命議会の兵士たちを南部に向かわせたわけではない。彼らが訓練を終えて南部から帰還するときに、食料を運ぶように手はずを組んで置いた。これから南部より兵士たちとともに食料がやってくる。


「でも、どうやって配るんです? 運河の襲撃の時みたいに、協力してくれる村落に配るって方法ですか?」


 シンドーナ兄弟の兄であるセルジョが核心をついた質問をしてきた。


「基本的に我々の行動に賛同してくれるものたちに配給する。しかし、非常時においてはその限りではない。飢えに苦しむ民衆を我々は見捨てたりなどしない」


 見捨てるものか。それは都合のいい兵力の策源地となるというのに。


 俺のその言葉にルンビニ革命議会の兵士たちは喜んでいた。彼らはこれまで自分たちが守るべき下層民を苦しめるようなことをさせられていたので、当然の反応だろう。彼らはようやく自分たちがルンビニ公国の同胞たちを救えると思っている。


 だが、この計画では全てのルンビニ公国の下層民は救えない。一部を見捨てることは既に計画に織り込まれている。そのことを知っているのは自由エトルリア同盟のバルトロたちだけだが。それでもルンビニ革命議会の兵士たちを信じさせておく分にはそれでいいのだ。三大欲求が満たされ、希望さえあれば人は戦える。



 その希望というのものが往々にして悪魔の副業であったとしても。



「食料の到着は5日後だ。その時にはルンビニ革命議会から訓練に送り込まれた兵士たちも訓練を終えて帰還する。いよいよ我々はこのルンビニ公国において精霊帝国に対し、本格的な抵抗運動を始めることになる」


 これまでの抵抗運動は自由エトルリア同盟の出張によって行われてきた。それは現地の支持を限定的にしか受けていないし、ルンビニ公国における全面的な抵抗運動とは言えなかった。そして、そのルンビニ公国の抵抗運動たるルンビニ革命議会は今現在30から40代の兵士によって構成された小規模なものだ。


 若さも足りなければ、兵力も足りない。


 だが、それもこれまでの話だ。


 ルンビニ公国の民衆は立ち上がるだろう。


 飢餓による恐怖から、教会騎士団の弾圧による怒りから、そして我々が食料を提供するという利益から、民衆は抵抗運動に協力的になる。それは間違いない。


 そのことは日本情報軍が行ってきた数多くの反乱工作で実証されているのだから。


「さて、南部で訓練を終えたルンビニ革命議会の兵士たちが帰還すれば、その兵士たちから他の兵士への訓練が実施される。これから抵抗運動に加わる兵士たちにも同じように訓練が施されるだろう。その点で問題はない」


 自由エトルリア同盟の兵士たちがルンビニ革命議会の兵士たちをルンビニ公国の適切な場所で訓練するという案もあったのだが、残念なことに自由エトルリア同盟の兵士たちは運河の攻撃に狩り出されていた。


 しかし、ルンビニ革命議会の兵士たちが南部から帰還すれば、人的余裕はできる。その余裕で我々は訓練と武装を進めていくことになる。


 ルンビニ革命議会の兵士たちに訓練を施した自由エトルリア同盟の兵士たちは、これまで数多くの実戦経験を積んだベテランだ。多少の癖は抜け切れていないが、銃火器というアドバンテージがあれば練度の差は覆せるだろう。


 日本情報軍で軍閥の訓練を担当していたときも、日本情報軍の兵士たちはまず学習意欲が高く、若くて、そしてやる気のある兵士たちを優先して訓練した。それからその兵士たちが他の兵士たちの訓練を監督するのだ。


 もっとも、21世紀の戦争で再びランツクネヒトやスイス傭兵よろしく金のために戦争をするという手合い──民間軍事企業(PMC)が復権してからは、そのような訓練は外注(アウトソーシング)されるようになった。アジアの戦争後の軍縮で早期退役して、行き場のなかった軍人たちは山ほどいて、彼らが軍閥を訓練した。国際的に承認された軍閥からそうでないテロリストまで。


 国連はこの手の行為をやめさせようとしたが、その便利さと財界との繋がりによってそれは成されず、改定モントルー協定で民間軍事企業のオペレーターたちはジュネーブ条約で黒かったものが白くなり、立派な戦闘員として扱われるようになった。


 先に述べたアフリカの角の安定化作戦も、中央アジアにおける民生支援も、軍閥やテロリストたちの訓練も、全ては合法的なプロセスで行われている。


 今や歴史は逆戻りし、国民国家成立以前の傭兵──民間軍事企業は絶対にこの言葉を使わない──に頼るようになり、国連も、国家も、NGOも、数多の軍閥も、彼らを頼るようになった。それがいいことなのか悪いことなのかは理解しかねる。


 この世界においても傭兵は存在する。衛兵たちは傭兵だ。北部の人間が主体で、下層民ながら貴族たちに頭を下げ、雇ってもらっている。そして、傭兵であるがために士気というものはそこまで高くないのだ。


 さて、そんな傭兵と国家の話が終わったところで本題に入ろう。


「では、諸君。我々は第二段階に入る。すなわち精霊教会の権威を失墜させるという作戦に突入する。準備はできているね?」


 俺の言葉に全員が頷く。


 迷いもなく、恐れもなく、哀れみもなく、これから繰り広げられるだろう戦いに向けて準備を整えていると俺に示した。



 結構、実に結構。では、始めるとしよう。



……………………

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