運河におけるゲリラとはこういうもの
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──運河におけるゲリラとはこういうもの
運河攻撃はそれを決断した翌日から取り掛かられた。
自由エトルリア同盟の兵士たちと現地協力者を募るためのルンビニ革命議会の兵士とともに、我々は運河沿いの村に移動した。
村ではそれなりに歓迎された。我々は南部人というよそ者だったが、そこはルンビニ革命議会の兵士が間を取り持った。そして、我々は食料がなくなったことを知った精霊教会が、村から取り立ていった食料を、我々は代わりに提供した。
南部産の食料とレーション。そして、酒。
それによって飢えの危機に晒されていた村は救われ、我々への協力を渋々ながら同意してくれた。これから冬が訪れるのに、何とか冬を越せそうだという安心感とルンビニ革命議会の兵士の説得から、彼らは協力に同意してくれた。
しかし、やはりまだ彼らは抵抗運動に参加することを躊躇っている。村の住民の話ではこの村からも、教会騎士団に異端者として火あぶりにされた人間がいるらしい。彼らはそのことに怒るよりも恐れを抱いている。
南部では弾圧に対して、怒りを覚えた。だが、ルンビニ公国ではまだ恐怖の方が勝っている。彼らには教会騎士団という貴族、そして魔術師の集まりに抗うことなどできず、彼らは弾圧されるがままであった。
だが、それも今日で終わりだ。
これからは彼らにも戦いに参加してもらう。既に彼らは我々に村の付近での活動を許すという抵抗運動の一部に参加している。これから徐々にそれを拡大するだけだ。
下層民でも貴族に勝てるのだと知れば、下層民でも貴族を殺せるのだと知れば、そして精霊帝国を滅ぼさなければ自分たちの命がないと知れば、彼らは協力するようになる。南部が交易都市ナジャフから始まる危機で、抵抗運動に火が付いたようにして。
だが、そのためには時間が経つのを待たなければならない。今、南部に訓練に向かったルンビニ革命議会の兵士たちが戻ってくるまで、そして本格的な食料危機が訪れるまで。それまでは我々の行動は限定的なものに留まるだろう。
だが、それでも全く動けないわけではないし、全く動かないつもりもない。我々は常に時間との勝負を強いられているのだから。
「目標、運河を航行中。情報にあったものだ。食料を積載している」
我々は運河の未開拓地域に陣取り、手投げ型のドローンによって一隻の船舶を追尾していた。
船舶に関する情報は南部に潜んでいる抵抗運動から提供されていた。南部における抵抗運動である自由エトルリア同盟の手は貴族たちの懐に及んでおり、内通者たちがどの船舶に何を積み込んだのかを報告してきている。
その情報によれば、今現在ドローンで捕捉している船舶は南部で食料を積み込み、ルンビニ公国に向けて出港したものであった。我々が予想したように、ルンビニ公国はこの食料危機において南部からの輸入に頼ったのだ。
無論、それを黙ってみているつもりはない。ルンビニ公国にはこのまま食料危機を迎えてもらわなければならない。そうしなければ抵抗運動に火は付かないのだ。
「目標の船舶、間もなく距離600メートル」
ライン運河の川幅は最小で50メートル程度。川幅が広すぎてこちらの弾が命中しないという事態にはなりようがない。それにこちらには新しい装備も加わっている。
「距離400メートル」
運河をゆったりと一隻の船舶が渡ってくる。この世界ではそれなりの大きさの船舶なのだろうが、地球における船舶の大きさに慣れていると酷く小さく見える。排水量200トン程度であろうか。漁船よりは大きいが、船としてはそこまでではない。
だが、船というものは沈めるのに苦労するものだ。船の有する浮力というものはそれなりであり、かつて海上自衛隊が炎上事故を起こしたタンカーを沈めようとして酷く苦労したことは日本情報軍の我々でも知っている。
そのために用意した火力はそれなり以上のものだ。
「距離100メートル」
「撃ち方始め」
完全にこちらの射程内に入ったのを確認して俺が指示を出す。
まず叩き込まれるのはRPG-7対戦車ロケットだ。1個分隊1丁のそれが4発叩き込まれ、全てが船舶に命中した。船舶は火災を起こし始め、必死に消火作業に入る乗組員の姿が、レーザーレンジファインダ―付きの双眼鏡の視野に入る。
それと同時に後方からPOMッ──という気の抜けたような音が響く。
それから数秒後、船舶の傍に水柱が立ち上り、船舶が揺るがされる。
これは60ミリ軽迫撃砲の砲撃だ。
歩兵小隊に付き1門配備されており、この歩兵小隊も1門の軽迫撃砲を有していた。
周囲が東側の装備で固められている中では異例の西側の装備であり、運用方法はアメリカ合衆国海兵隊のそれに倣っている。これだけでも歩兵小隊の火力は大きく向上するのだから、装備しない理由がない。
軽迫撃砲は景気よく砲弾を放ち続け、船舶にも命中弾が出始める。これは南部でしっかりと訓練を積んだ賜物だ。南部では抵抗運動の支配する地域が拡大したことで、この手の兵器の運用も可能になっていた。
「命中、命中!」
船舶を見張っていた兵士が興奮したように叫ぶ。
対戦車ロケットの2度目の攻撃も、軽迫撃砲の砲撃も、船舶に命中し甚大な被害を与えた。船舶は木造であり、一度火が付くと止めるのは難しい。船舶は炎上を続けたうえに、側面に受けた対戦車ロケットの攻撃もあって浸水して横転を始め、やがて炎上しながら運河の中に沈んでいった。
「上手くいったね」
俺は炎上しながら沈んでいく船舶を見てそう呟く。
この世界の船舶に通信機は備わっていない。相手はどこで船舶が沈んだかも理解できないままだろう。我々は今回ばかりはそこまで移動して回らずともよさそうだ。
ただ、問題は人の死に対して、消費する魂の量が多いということだ。
船舶の乗組員は4、5名程度。それに対して使用する弾薬はかなり多い。魂を殺す以上に消費している。このままでは赤字となって、我々は戦闘力を喪失するだろう。
「どうにかしなければならないな」
俺がこの問題に向かった時、声を上げてくれたのは彼女だった。
「それでは私が参りましょう。私のお任せくださいませんか、ヤシロ様?」
エーデはあの天使のように朗らかな笑顔でそう告げたのだった。
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対戦車ロケットと軽迫撃砲による攻撃は確実に運河を通過する船舶に打撃を与えた。だが、その消費する弾薬量と補給される魂のチャージ額は釣り合っていない。我々の方は船舶1隻沈めるのに9、10人分の魂を消費している。実際に殺しているのは4、5名に過ぎないというのに。
無論、この船舶の襲撃によって影響が生じ、そこから死者が出ている。食料が底を突いたルンビニ公国では食料の奪い合いが始まり、暴動を起こす民衆を精霊教会の組織した教会騎士団が弾圧している。
だが、この赤字傾向にある船舶の襲撃を改善しなければならないことは確かだった。
そのための作戦を練らなければならない。
一番にその問題への解決策を示したのはエーデだった。彼女は小舟を使って船舶に乗り込み、そのまま制圧し、運送途中の食料を焼き払ってしまうことを提案した。
確かに悪い手ではない。ベトナム戦争中もメコン川を行き来するアメリカ海軍の河川哨戒艇をゲリラが襲撃した際に似たような手段を使っている。それにここには使用されていない小舟がいくつか存在する。
対戦車ロケットや軽迫撃砲を使用せずに、食料を運搬する船舶が襲撃できれば、それは魂の消費という面からしても有益だ。
だが、実際にそれを行うとなると様々な問題が浮かぶ上がってくる。
まず、小舟の速力は運河を通過する船舶に追いつけない。小舟の推進力は手漕ぎである場合がほとんどで、風の力を受けて進む船舶との速力の差は明白だ。
そして、いつまでこの方法が成功するのかという問題。
最初の一撃としては船舶に乗り込んで襲撃するという手法は有益だろう。ただし、それは船舶の乗組員を皆殺しにした場合に限る。生き残りがいて、精霊帝国に状況を報告すれば精霊帝国は船舶に護衛を付ける。
運河そのものは広大で全てを警備することは不可能ではあるとしても、重要な船舶を護衛することは少人数の衛兵でこなせる。まして、船内という閉所であれば、敵にとって優位なフィールドだ。クロスボウだろうと、槍だろうと我々に届く。
さて、どうしたものだろうか。
「これまで通りに火力で叩きのめすのがいいかと思われますよ。下手に近接戦闘になって、聖女が死んでしまっては話になりません」
アティカがそう告げる。
アティカは南部において必要な量の武器弾薬を置いてくると、ルンビニ公国で活動する我々の下に合流した。その時にこれまで貯蓄しておいた大量の魂を使ったことも、今回の決断を強いられることに繋がっているのであるが。
「だが、今のままでは本格的な抵抗運動が始まる前に魂のチャージ残高が切れる」
「そうかもしれませんね。ですが、このまま進めば混乱が起き始め、魂のチャージ額も増えるのではないですか? 少なくとも南部ではそうだったではないですか」
楽観的に考えるならばアティカの言う通りだ。
食料が十分に供給できなくなり、飢えの危機に晒された民衆が暴動を起こし、精霊帝国側がそれと鎮圧しようとするならば死者が出るだろう。それによって魂のチャージ額は増えることに繋がる。それで問題解決だ。
だが、悲観的に考えるとそうはいかない。
民衆は精霊帝国の弾圧を恐れて行動しないかもしれない。飢えによる死の危機が迫っても、彼らは何の行動も起こさないかもしれない。教会騎士団という貴族の集まりに、何の武装も、訓練も施されていない民衆が立ち向かうのは事実上の自殺行為なのだから。
危機管理の鉄則は悲観的に準備し、楽観的に運用せよ、だ。今、楽観的な想定で準備をするわけにはいかない。そのように準備された方法はいざ最悪の事態が巡ってきたときに対応できなくなってしまう。
「やはり、ここは敵の船舶に斬り込むしか方法はなさそうだ」
俺は暫しの沈黙と思考の上にそう告げた。
「それで聖女エーデが危険に晒されるとしても、ですか?」
アティカはその目つきを一層悪くしてそう尋ねる。
「それについては君自身も気にしていないだろう。最初から彼女のことは目的を達成するための道具だと思っていたはずだ」
「ええ。そう思っていましたよ。最初は、ですがね」
アティカは情に絆されたということか。
「安心したまえ。彼女の身の安全については俺も配慮するつもりだ。彼女にはまだ聖女であってもらわなければならない。そう簡単に殉教者になられては困るのだ。彼女には生きて、その奇跡を示し続けてもらわなくては」
エーデは他の組織と交渉する上で重要な橋渡し役になる。エーデが精霊帝国打倒の象徴として奇跡を示し続ければ、その下に各地で組織される抵抗運動が集う。そうなれば精霊帝国に対して強力な一撃を加えることも不可能ではなくなるだろう。
だから、エーデにはまだ殉教者になってもわうわけにはいかない。彼女にはまだ奇跡を示し続けてもらわなければ。血塗れの奇跡を。
俺とアティカがそのような話をしていたときに足音が聞こえてきた。
「ヤシロ様」
エーデだ。手には湯気を立てた鍋を持っている。
「どうしたかな、エーデ?」
「村の方が台所を貸してくださいましたのでスープを作りました。戦闘糧食という食事もおいしいのですが、出来立ての食事を美味しいと思います。いかがですか?」
確かにレーションの食事はレーションの食事だ。それ以上でもそれ以下でもない。レーションで食事をとるのは作戦中に限られ、そうでない場合は人間が作った食事を食べる。日本情報軍に野戦用の炊飯具はないが、陸軍にはそういう装備もある。あれは別に災害時のためだけのものというわけではなく、後方での使用も目的としているのだ。
「いただこうかな。しかし、材料はどうしたんだい?」
「罠で取ったウサギ肉と待機中に見つけた山菜です。シンプルですが美味しいです」
エーデは農家の娘なだけはあってか、小動物を取ったり、山菜を採ったりすることに長けている。俺もアティカに食べられる野草は教えてもらったが、エーデのようには見つけ出せない。サバイバルスキルはエーデの方が俺より勝っているのかもしれないな。
「食器も借りてきたので、よそいますね。お口に合うといいのですが」
そう告げてエーデは俺をアティカにスープで満ちた器を差し出す。
「ありがとう。いただくよ」
俺は同じくエーデの借りてきた匙を使ってスープを口に運ぶ。
素朴な味わいだ。うま味調味料も食品添加物もなし。調味料として使われているのは南部に鉱脈がある岩塩だけ。肉と山菜から染み出た出汁がスープの味のメインだ。
温かい食事というのはそれだけで価値がある。特に冬が迫り、肌寒くなってきたこの季節においては温かい食事というのはありがたい。そして、何より出来立ての手作りというのがありがたいものだ。
レーションは保存性のために犠牲になったものがある。味は工夫されてきて、食べられないというものではなくなったが、出来立ての食事には及ばない。
エーデの手料理の味はその点でいいものだった。温かく、出来立てで、レーションの食事に飽き始めていた我々の癒しになってくれた。
「お口には合いましたでしょうか?」
「ああ。とても美味しいよ、エーデ。ありがとう」
エーデが尋ねるのに、俺がそう告げて返す。
「ヤシロ様」
そして、エーデが真剣な表情で俺を見る。
「私を使うことを躊躇われないでください。私を使ってください。私は戦うために生まれてきたようなものなのです。女神ウラナ様より授けられた運命を全うしなければなりません。ですから、ヤシロ様。お願いします」
エーデはいつもの美しい声でそう告げた。
「では、君の望むようにしよう」
俺はそう返してアティカを見た。アティカは肩をすくめ、スープを黙々と食べている。彼女も本人の意思を前には折れたというところだろう。
「ありがとうございます、ヤシロ様」
エーデは朗らかに笑った。
これから待ち受けているのは血塗れの惨事だというのに。
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