キャンプファイアーですね
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──キャンプファイアーですね
衛兵たちが崩壊したサイロに迫ってくる。
数は1個中隊250名。寝ていたものも叩き起こされて動員されている。
対するこちらは1個小隊40名。
「まだだ。まだ撃ってはならないよ」
敵の姿は松明の光で浮かび上がっている。暗視装置もいらないぐらいだろうが、俺のナノマシンによって補正された視覚にははっきりと敵の隊列が映っている。
鎖帷子の鎧を纏い、鉄兜を被った男たちが密集した陣形でこちらに向かってくる。距離はまだ800メートルはある。それはこちらの主力武器であるAKM自動小銃の有効射程範囲外であるし、相手の有する飛び道具の射程にも入っていない。
この状況で銃弾をばら撒くのは得策ではない。無駄弾が増え、戦闘継続可能時間に影響する。今を確実に乗り切るには、適切な弾薬消費量で戦闘を終わらせなければ。
距離700メートル。
後方で灯油缶を放り投げる音がする。
距離600メートル。
敵の隊列はまだ何が起きているのか把握できずに進んでいきている。
距離500メートル。
隊列の足音がはっきりと聞こえる。鎖帷子の揺れる金属音も響いている。
距離400メートル。
こちらの兵士たちの間に緊迫した空気が流れるのを感じた。
距離300メートル。
「撃ち方始め」
敵を完全な射程内に収めてから、俺は命令を下した。
1個小隊40名分の火力が敵の歩兵隊列に叩き込まれる。
AKM自動小銃がセミオートで銃弾をばら撒き、PKM汎用機関銃はけたたましい銃声を響かせる。残っていたRPG-7対戦車ロケットの破砕榴弾もここで全て投入してしまう。これからの離脱における隠密行動ではどのみち対戦車ロケットは使えない。
曳光弾と対戦車ロケットの噴煙が辺りを包み、それらが一斉に衛兵の隊列に襲い掛かる。それらは確実な殺意を帯びて、衛兵たちに食らいついた。
ライフル弾が衛兵の体を貫いて飛び去り、薙ぐように掃射された機関銃弾が衛兵たちの体を切り裂くように抉り、破砕榴弾の撒き散らした鉄片が僅かな防具に守らているだけの衛兵たちを八つ裂きにした。
「ひえっ……!」
「な、何が起きた……!?」
衛兵たちは隣の戦友が、前の戦友が、無残な死体と化したのを見て、思わず足を止めた。だが、その停止はこちらにとっては好都合だ。
我々は動きの止まった的を相手に銃弾を叩き込む。敵の姿は敵が落とした松明の明かりで照らされている。我々の中の暗視装置を持たない兵士たちはそれを光源として射撃を行う。正直なところ、射撃というよりも銃弾をばら撒いているだけに近いが、それでもこの距離まで引き付ければ命中が期待できる。
衛兵たちは歩みを止めたことで、的になり、さらに多くの死傷者を出し、その士気に亀裂が生じた。銃弾の嵐が甲高い銃声とともに吹き荒れるのに、彼らの兵士としての心は打ち砕かれ、今や自己保存の本能だけが唯一の取り得る選択肢になりつつあった。
「逃げろ! 殺されるぞ!」
そして、ついに衛兵たちの士気が決壊した。
衛兵たちは勝手に逃亡を始め、それを見た他の衛兵たちも逃げ出す。無防備な背中を晒し、彼らはこの殺戮の場から逃げ出そうとする。
もっとも、いまここで逃げ出したところで生き延びられるわけではないのだが。今も銃弾は戦場に鋼鉄の嵐を噴き荒らしており、曳光弾は遥か彼方まで届いている。この戦場から完全に逃げ出すことができず、背中を撃たれて倒れ込む衛兵たちの姿も見える。
撃っている方はそのようなことなど気にもしていない。彼らはとにかく人間の形をしたものに対して引き金を引いているだけであり、それが前を向いているのか、後ろを向いているのかなどこの暗闇では分かりようがないのだ。
「撃ち方やめ」
俺は衛兵たちが完全に逃げ去ったのを確認するとそう指示を出した。
暗闇の中に無数の死体が横たわっている。暗闇の中で補正された映像で見ていると、それは眠っているようにすら見えるほど穏やかだ。体に刻まれた弾痕はさほど目立つものでもなく、血の色が見えないこの暗闇では死体と眠っている人間の区別はつけにくい。
「ヤシロ様」
「何だい、エーデ?」
エーデが真剣な声色で呼びかけるのに、俺は即座に応じた。
「敵意あるものが近づいています。貴族です」
「ふむ。教会騎士団とやらだろうか。数は?」
「3名です」
こちらは既に仕事を終えている。後は食料庫に火炎瓶を投げ込めばいいだけだ。
「交戦は避けよう。離脱の準備を」
「了解」
俺の指示に、兵士たちが頷いて予定通りのルートで退却を始める。
「火を放て!」
そして、ルンビニ革命議会の男の声で火のつけられた火炎瓶が食料庫の残骸に向けて投げつけられる。火炎瓶は緩やかな弧を描いて食料庫に放り投げられ──。
燃え上がった。
乾燥していた穀物は灯油と火炎瓶によって轟々と燃え上がった。その炎は天高く伸び、地上を照らし出す。地面は火の海となっており、食料庫どころかこの大規模備蓄食料庫の敷地そのものが焼け落ちんばかりであった。
「燃えた……」
「もう引き返せないぞ」
燃え上がる食料を眺めて、ルンビニ革命議会の男たちが呟いた。
そう、引き返すつもりなどないとも。このまま堕ちるところまで堕ちるだけだ。
「撤退だ。急いでくれ。敵が近づいてきている」
「分かった」
既に俺がこの付近を偵察させているドローンにも、この大規模備蓄食料庫に接近している騎兵の姿を確認している。数は3体。エーデの情報と一致する。
「しかし、思った以上に勢いよく燃えてしまったな。これでは山林に逃げ込んでも暗闇に隠れられないかもしれない」
「でしたら、迎え撃ちましょう」
俺が勢い良く燃える食料を眺めて呟くのにエーデがそう告げた。
「既に部隊の撤収は始まっている。ここで交戦するのは危険だ」
「私たちならばできます」
どうにもエーデの少女の声でそう告げられると、否定ができなくなってしまう。
俺はできないことはできないとこれまで上官にも同僚にも告げてきた。相手が女性だから、相手が子供だからという理由で意見を曲げたこともない。その程度のことで意見を曲げるような人間に日本情報軍の軍人が務まろうか。
だが、エーデを前にしては俺の意見は曲がってしまうように感じる。
それがどうしてなのかは分からない。
エーデに対する哀れみか。それとも同じ目的を有するものとしての共感か。
共感? 本気でそんなことを言っているのか?
日本情報軍の軍人が演技以外で共感の感情を示すはずがない。二重スパイ狩りに熱心な日本情報軍情報保安部の密告者たちが潜んでいるような状況で共感など得られるはずもない。日本情報軍では誰もが孤独である。
俺にも共感という感情はとうの昔に忘れ去られていたはずだ。俺は尋問を行う人間に共感をして見せ、情報を引き出すこともあるが、実際に共感しているわけではない。ただの演技だ。日本情報軍の誰もが自分の役割を演じているように、その立場を演じているだけだ。
本当の自分の姿などその孤独のゲームの中で忘れ去ってしまった。本当の自分がどんな人間で、何に共感するかなど、大昔に忘れ去ってしまった。
残されたのは虚無。ひたすらな虚無。
その虚無と繰り返される虐殺の中に、俺は自分の存在意義を見つけた。あの血生臭い戦場は自分の存在意義を明白にしてくれる。あの陰惨な虐殺は自分の中の達成感という名の喜びを見出してくれる。あの野蛮な日々は空虚な心を満たしてくれる。
そんな俺が少女に共感するなどあり得ない。
では、何故?
分からない。ナノマシンによって思考すら暴走しないように調整させている俺の何が、エーデの言葉を受け入れようとしているのだろうか。
「分かった。貴族たちを迎え撃とう。だが、状況が不利になったらどうあってもこの場から離脱する。いいね?」
「はい、ヤシロ様」
エーデは微笑む。朗らかに。血に塗れた顔で。
それが俺には美しく思えた。
俺は携行している弾薬残弾数を確認する。タクティカルベストに吊るしたマガジンは4個残っている。つまり、このG28Eマークスマン・ライフルが使用する7.62x51ミリNATO弾は80発残っていることになる。
エーデも似たようなものだろう。だが、俺の有している弾薬をエーデに融通することは難しい。マガジンの規格が違い、俺のマガジンを渡してもエーデはそれを使えない。
だが、問題はない。エーデは銃弾に頼らない。
「来ます。敵意が増しています。燃え上がる炎を見たためでしょう」
敵も食料庫を焼かれたことに気づいたか。それは怒るだろう。
「では、エーデ。貴族の魔術は何が起きるか、それが起きた時にしか分からない。十二分に注意を払って戦ってくれ。俺も全力で援護する」
「ありがとうございます、ヤシロ様」
俺の今回の武器であるG28Eマークスマン・ライフルは正面からの撃ち合いには向いていない。これはあくまでマークスマン・ライフルという名の狙撃銃なのだから。
今、俺にできることはエーデを援護することだ。エーデが自由に戦えるように俺が彼女を援護する。このマークスマン・ライフルで。
女子供を正面で戦わせて、自分は何も思わないというのは倫理的に問題があるだろう。だが、ナノマシンに抑制された合理的な感情は、これが最適であると導き出しているし、俺は今更女子供を戦わせることに忌避感などない。
さて、貴族たちが間もなく正面ゲートを潜る。迎え撃つとしよう。
「食料庫が!」
「賊か。下賤な下層民め。こんなことをしても自分たちの首を絞めるだけだろうに!」
馬に跨ったプレートアーマーと杖を下げた貴族たちは燃え上がる炎を見てそう告げた。彼らは食料庫が燃え落ちたことにショックを受けているようだが、これが本当に意味するものを理解していない。これが教会騎士団というものの能力であるならば、やはり彼らは恐怖をふりまくだけのピエロに過ぎない。
「賊はどこに逃げ──」
貴族のひとりが周囲を見渡すのに、その額に銃弾がめり込み、脳みそを撹拌してから、後頭部より突き抜けていった。大口径のライフル弾を頭に受けて、助かる可能性はほぼない。恐らくは即死だろう。
「警戒しろ! 賊がいるぞ!」
「あそこだ! あそこにいる!」
間抜けな人間たちかと思ったが、反応は素早かった。すぐに俺の隠れていた木の陰を見つけ出し、杖を振るってくる。
放たれたのは重榴弾砲の炸裂に匹敵する威力の衝撃波と、金属の槍だ。
俺は身を屈めて攻撃をいなし、この危機的状況でさらに貴族を狙う。
「神のために」
そこでエーデが乱入した。
エーデは強化外骨格でもできないような大きな跳躍で貴族の懐に飛び込み、俺の方に完全に注意が向いていた貴族の首を切り裂き、そこから溢れる血を浴びながら、手に握ったもう一本の銃剣で貴族の心臓を貫く。
「なっ……! ば、化け物!」
「化け物はあなた方です。罪を償うといいでしょう。流血によって」
もうひとりの貴族は金属の盾を出現させてエーデの突撃を阻止し、加えて金属の槍を射出してエーデを狙う。エーデはその攻撃をステップを踏むように回避し、飛んできた全ての金属の槍を躱しきった。
「おのれ! 下層民の分際で!」
貴族が高らかと杖を握った手を掲げる。
それがチャンスになった。壁からはみ出た手に向けて、俺が銃弾を叩き込む。貴族の悲鳴が聞こえ、貴族が杖を取り落とす音が聞こえた。
「神のために。死んでください」
「待て! 待ってくれ! お前のような能力のあるものならば、衛兵として雇おう! 特権も与えてやるし、金もたんまりと与えてやる! どうだ!」
貴族は死を前にして必死にそう告げる。
「興味ありません。死んでください」
エーデは馬上から貴族を引き下ろすと、地面に転がった貴族の喉を一突き、心臓を一突き、そして最後に確認殺害のために頭に銃弾を一発加えた。
そして、この場が死んだように締まりかえる。
「片付いたようだね。他に貴族が接近する気配は?」
「ありません。引き上げましょう」
エーデは血に塗れていた。またアティカが怒ることだろう。
「エーデ。君は強いね」
「そのようなことはありません。ヤシロ様の方がよっぽどお強いです」
いいや。ナノマシンで過保護に守られた俺よりも君の方が強いとも。
「では、引き上げよう、エーデ。これからさらに行動を起こさなければならない」
俺はそう告げて山林の暗闇の中に消えていった。
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