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猫とはネズミを捕るために存在する

……………………


 ──猫とはネズミを捕るために存在する



 俺の作戦に全員が心から賛成したわけではないが、合意は取れた。


 我々はルンビニ公国の4か所に存在する大規模備蓄食料庫を襲撃し、そこにある備蓄食料を完全に焼き払う。備蓄されている穀物を焼き払い、ルンビニ公国における食料事情を極めて困難な状況に追い込む。


「本当にこの作戦に意味があるのか? 民衆を攻撃するようなものだぞ」


 マルコムは最後までそう言い続けていた。


「意味はある。人間は追い込まれることで決断を下す。今は精霊教会が下層民に食料を施し、彼らを安楽死させるようにじわじわと衰退させているが、その食料がなくなってしまえばどうなるだろうか? そう、もう精霊教会は民衆を味方に付けていた炊き出しが行えなくなる。そうなれば民衆は飢えるだろう。追い込まれるだろう」


 人間というのはよほど追い込まれない限り、自分から行動を起こさない。特に政治的行動、集団社会に対する行動というものは優先順位の下の方に位置している。


 人間は自分のためにはそれなりに行動するが、自分を含めた社会全体のためにはそれなり以上の理由がなければ立ち上がらないのだ。


 地球で行われている政治的抗議運動にしたところで、ほとんどのものは一部の偏った人間はよく声を上げるけれども、大多数の人間は静かにそれを見ているだけだ。意見を聞かれれば答えるだろうが、自分からは意見を述べない。


 それが自分の立場に差し迫ったものでない限り。


 それが自分の立場に差し迫ったものであるならば、民衆は声を上げ始める。声を上げるどころか、相手の喉笛を噛み千切ろうとすらするだろう。


 有名なフランス革命も、インドシナ戦争の始まりも、食料危機が契機となって起きたことである。そして、アメリカ独立戦争も南北戦争も経済事情に差し迫った状況故に起きたことだ。そういう事情が背景にあれば、民衆は声を上げ、体制に噛みつくだろう。


 今回はそうなるように意図的に仕向けるのだ。


 民衆から食料を奪い、彼らを飢えの危機に晒す。そうすることでこのままでは死ぬだけだという危機感を抱かせるのである。


「だからと言って、民衆を苦しませていいのか?」


「ならば、このまま真綿で絞殺されるように穏やかに死ぬことにするかね? 抵抗運動レジスタンスが組織できなければ、このまま精霊帝国にでも、教会騎士団にでも、ただ殺されていくだけになる。それを良しとするのであればこれで終わりだ」


 俺の言葉にマルコムが唸る。


 マルコムが悩むのは当然だ。彼らにとってルンビニ公国の住民は家族のようなものだ。それを守ろうとするのは正しい愛郷心である。それは異常な感情ではない。


 だが、それでは勝利できない。


 だから、俺のような部外者が口を挟まなければならないのだ。内戦というものを引っ掻き回すのは身内を大事にするような軍閥ではない。身内のことなど気にもかけず勝利を追求する冷徹な軍閥か、あるいは他所の国からやってきた人間だ。


 ことに後者においては朝鮮戦争時の中国義勇軍であったり、ベトナム戦争時のソ連軍事顧問団であったり、レバノン内戦時のPLO(パレスチナ解放機構)であったり、タリバン政権下のアルカイダであったりと面倒なことが多い。


 そして、我々南部の軍閥たる自由エトルリア同盟もルンビニ革命議会にとっては、そういう人間たちと同じというわけだ。



 全く以て愉快な立場ではないか。混乱を撒き散らすよそ者というのは。



「分かった。腹をくくろう。やるべきことをやる。今日10名の人間が死ぬかもしれないが、明日100名が助かるならばそれは正義であるだろう?」


「その通りだ。今日流す血は子孫たちのためになる」


 そういうことを語っていた独裁者も地球にはいたな。


 今日の犠牲を肯定して、将来に託す。それが正しいことなのかどうかを我々は知る由もない。戦争においては多くの血が流れるが、それが本当に将来のためになっているのかを知る者は未来の人間だけだ。


 その未来の人間も、その未来における犠牲を正当化して、さらなる未来に託すのだろう。そうやって永遠とツケは巡っていくわけだ。


「では、予定通り大規模備蓄食料庫を襲撃する。まずはカルナック市に位置するものからだ。それから間髪入れずに他の3か所の食料庫も襲撃して焼き払う。敵は最初の食料庫が襲撃された時点で警戒態勢を高めるだろう。時間との勝負になる」


 このルンビニ公国の衛兵たちはそこまでの間抜けではない。それなりの警備は行っているし、現場の即応力も鈍いものではない。そのことは先の貴族暗殺で証明された。彼らは速やかに城門を封鎖し、犯人を捜すために大規模な捜索を行った。もっとも、こちらもそう簡単に見つかるような間抜けではなかったのだが。


 だから、恐らくはカルナック市の大規模備蓄食料庫を襲撃すれば、他の3つの食料庫が警戒態勢に入るのは分かっていた。


 それならば警備を突破するだけだ。


「南部からの増援も到着した。同時作戦は展開可能だろう」


 そう、我々はルンビニ革命議会との共同戦線の合意が取れてから、南部から自由エトルリア同盟の兵士たちが次々に到着していた。


 真夜中の時間帯を選んで国境を越え、彼らはルンビニ公国の各地に身を潜めている。合図があれば、ただちに行動を開始するだろう。


「食料庫の警備は?」


「衛兵が1個中隊。貴族はいない。誰もまだ食料庫が襲われるとは思っていない」


「好都合だね」


 貴族がいなければ銃火器で下層民の衛兵は簡単に制圧できる。


「だが、教会騎士団がやってくるかもしれない。教会騎士団はカルナック市を中心に警邏を行っている。連中は貴族だが騎士だし、下層民を殺すことを楽しんでいる。奴らが食料庫の襲撃を知れば、飛んでくる可能性もある」


「教会騎士団か」


 貴族だけで編成された騎士団。


 貴族という魔術師はひとりでも厄介だというのに、それが騎士団を編成しているというのは厄介極まりない。マルコムとジェラルドの情報では、教会騎士団は総勢300名。このカルナック市に駐留しているのはその中の50名だ。


 50名の魔術師と戦う。悪夢に近い。魔術は現行において銃火器に抵抗できるポテンシャルを有しているのだ。それが50名とは。


 もっとも、彼らは優れた魔術師ではない。領地を継ぐことのできず、政治的な要職にもつけない貴族の中でも魔術の扱いがさほど優れていない貴族たちが、精霊教会に雇われて、騎士団を編成しているのだ。その点は幸いだ。


 だが、それでも相手は魔術師。警戒しなければ。


「では、作戦を説明しよう。教会騎士団が動くならば少しばかり策を張り巡らせなければならない。だが、そこまで難しいものではないよ。作戦はシンプルにするつもりだ。そうでなければ、この急ごしらえの同盟ではミスが起きる」


 作戦はシンプルである方が成功しやすいのは当然だ。複雑な時間調整やタイトなスケジュールで進行し、それでいて他の部隊と確実に連携しなければならないというような軍事作戦は正規兵であってもミスを犯す。


 まして、今回のような同盟を結んだばかりで、意思疎通が取れるかも怪しい状況においてはシンプルな作戦にしなければ、間違いなく失敗する。


「作戦とはどのようなものなのだ?」


 マルコムが尋ねる。



「何、ちょっとした花火を打ち上げるだけだ」



……………………


……………………


 時刻0300(マルサンマルマル)


 作戦は開始された。


 我々は大規模食料備蓄庫の見渡せる丘の上に陣取り、木々の上からレーザーレンジファインダ―付きの双眼鏡で食料庫の警備状態を最終確認していた。


 数は事前の通り、1個中隊250名から構成されていた。だが、実際に警備に当たっているのは、その中でも1個小隊60名程度。それらが食料庫の正面ゲートや内部を警備している。携行している武器は小型のクロスボウと槍。


 そして、彼らは戦闘準備状況にない。警戒態勢といっても厳密なものを展開してはいない。彼らはカルナック市で貴族が襲撃されたことで、貴族の邸宅などの警備を固めることには熱心になったが他の重要施設の警備はさしたるものではなかった。


 彼らはまさか抵抗運動が食料庫を襲撃するとは思っていないのだ。抵抗運動が食料庫を襲撃すれば、民衆が飢えることになる。民衆の味方を気取る抵抗運動にとって、それを行うことはありえないだろうわけだ。


 だが、我々は襲撃する。


「街の方で火の手が上がりました。始まったようです」


 セルジョがそう報告する。


 この作戦はシンプルだった。


 まずは市街地で火災を起こす。敵の目がそれに向けられている間に、我々は食料庫を襲撃し、食料を焼き払って撤収する。


「では、我々の方も行動に移るとしよう。あくまで静かに、ね」


 俺はそう告げると木から飛び降り、武器を握る。


「エーデ。君も来るのだね?」


 俺は今回も俺に同行しているエーデに尋ねる。


「はい。戦わなければなりませんから」


 エーデがいつもの笑みでそう告げる。


「分かった。だが、十二分に気を付けてくれ。危険な作戦でもある」


 教会騎士団が出てきたら、面倒では済まないだろう。


「諸君。作戦開始だ。行くぞ」


「応っ!」


 兵士たちは山林地帯向けのデジタル迷彩の戦闘服に身を包み、AKM自動小銃やPKM汎用機関銃、そしてRPG-7対戦車ロケット弾を装備として有していた。


 他にも火炎瓶や灯油などの食料庫を焼き払うための道具も忘れてはいない。


 それらを運ぶのはルンビニ革命議会の構成員で、彼らは背嚢にそれを詰め込んで、じっと作戦開始の瞬間を待っていた。


 そして、今、作戦が始まる。


「まずは正面ゲートの敵を片付けよう」


 俺はサプレッサーの装着されたG28Eマークスマン・ライフルを構えて、正面ゲートにいる衛兵に狙いを定める。衛兵の数は2名。実に退屈そうに警備に当たっている。


 そして、深く息を吐き、銃のブレを抑えると引き金を引いた。


 衛兵の頭が吹き飛び、地面に崩れ落ちる。混乱したもうひとりもすぐに同じように頭を弾き飛ばしてしまう。一瞬のことで他の衛兵たちは状況に気づいていない。


 俺は視界の隅に表示されている先に打ち上げたドローンから映像を確認しているが、これで内部の警備が動いた様子はない。


 だが、急いだ方がいいだろう。敵もいつまでも火災に手を取られていないだろうし、衛兵の死体が発見されれば、食料庫に火を放つ前に警戒態勢に突入される。


「続け」


 俺は闇夜の中をナノマシンで補正された視界で進む。


 暗視装置を全員に提供するほどの必要性はまだ感じていなかったので、暗視装置を付けているのはシンドーナ兄弟だけだ。他はこの闇夜の中で、星と月の明かりだけを頼りに進んでいる。恐らく暗視装置なしでも、足元と数メートル先ぐらいは判別がつくだろうが、索敵は期待できないだろう。


 だが、それで十分。条件は敵も同じだ。敵は松明を持っているが、それで周囲が完全に照らし出せるわけではない。暗闇に紛れた我々は見つけ出せないだろう。


 正面ゲートを潜り抜け、食料庫に迫る。


 食料庫は巨大なサイロであり、石造りの立派な建物だ。


 当然ながらそこにも衛兵はいる。衛兵は主に窃盗に備えているらしく、やはり軽装備だ。本格的にやり合うことは想定していないのが分かる。


「どうするんです、ヤシロさん?」


「まずはあのサイロを倒壊させる必要がある。対戦車ロケット(RPG)の準備を」


 サイロがどのような構造になっているかは分からないが、あの造りだと外部からちょっと火をつけたぐらいでは炎上とはいかないだろう。サイロそのものを破壊しなければ。


 しかし、ここで対戦車ロケットを使えば、暗闇の中でもバックブラストで位置が判明するだろう。そうなればいよいよ本格的な戦闘だ。


 梱包爆薬を使って倒壊させるという手もあっただろうが、今回の装備品には含まれていない。それに梱包爆薬をサイロに適切に設置する時間を考えれば、対戦車ロケットで派手にやっても同じであろう。


 サイロを吹き飛ばすために4丁のRPG-7対戦車ロケットが準備されている。それそのものの最大射程は900メートル近くあるのだが、命中が期待できる距離はずっと短い。可能な限り接近し、絶対に命中する距離で叩き込まなければ。


 我々は警備に当たっている衛兵たちの正面を迂回して背後に回り込む。


「エーデ。仕掛けよう」


「はい、ヤシロ様」


 俺はコンバットナイフを抜き、エーデは装着されていない銃剣を構える。


 衛兵の数は2名。篝火の付近に立って、雑談している。この時間帯は人間が眠りやすい時間帯であり、眠気を潰すためには雑談でもしてなければならないのだろう。


 だが、それは怠慢だ。そのような不注意が死を招く。


 俺とエーデは衛兵の背後に回り込むと、その口を塞ぎ、喉にナイフを突き立てて引き裂いた。頸動脈から血が噴き出し、手が血塗れになる前に心臓にナイフを突き立てる。このふたつで衛兵は出血性ショックで力が抜けていった。


 エーデの方に視線を向けると彼女も同じように相手を始末していた。


 俺はそれを確認すると衛兵の死体を暗がりに引きずり込む。


 ナイフによる殺人は銃による殺人よりも抵抗が強いという話がある。人間は殺人者の血筋を引いていながらにして、同族殺しに抵抗を感じるというのだ。


 その抵抗は距離に比例すると言われる。戦略爆撃機のパイロットよりも、銃剣で敵を刺し殺す歩兵の方が、より抵抗を覚えるという。


 確かに戦争は容易に引き起こされるが、その非日常にいきなり適応できる人間は少ない。戦争が起きたからこれから敵を殺せと言って、市民に武器を持たせても彼らは引き金を引くことすらできないだろう。


 軍隊はその非日常に備え続けている。VR空間でのリアルな訓練というのは、反復されて繰り返されることにより、その動きを体に定着させる。それは条件反射的に行動し、引き金を引くことを躊躇わない兵士を生み出す。


 そして、ナノマシンという小さな働き者も人が人を殺すことを助けている。ナノマシンは人殺しへの抵抗を神経発火の操作によって抑制し、相手が何であろうと、敵ならば効率的に殺すことができる兵士を作り出している。


 だから、我々日本情報軍特殊作戦部隊のオペレーターたちはナイフだろうが、銃だろうが、それを忌避することなく使って人を殺せる。殺すことに罪悪感を感じなければ、殺した対象に憐憫の念を抱くこともない。


 だが、エーデは?


 エーデは何の処置も受けていないはずだ。VR空間でのトレーニングも、ナノマシンによる感情適応調整も、何も受けていないはずだ。それなのにエーデはまるで殺しを躊躇わない。それに抵抗を感じていない。そう見える。


「エーデ。君は人を殺すことをどう思っている?」


 俺は暗がりの中に衛兵の死体を隠してそう尋ねた。


「運命だと思っています。女神ウラナ様は私に精霊帝国を破壊せよとの神託を授けられました。それは運命です。私に与えられた運命です。その運命には様々なことが起きるでしょう。人を殺すこともあるし、人を救うこともある。ですが、全ては女神ウラナ様が与えられた運命であり、私はその運命を愚直に乗り切るだけです」


 エーデは少しはにかんだ笑みを浮かべてそう告げた。


「そうか。君にとっては全ては運命か」


 エーデは殺人の責任を運命に転嫁しているのだろうか。


 そうとは思えない。彼女は運命を乗り切ると告げた。それは彼女の意志だ。運命というものが女神ウラナから与えられたものであったとしても、それをどうこうするのはエーデ自身だということを意味しているのではないか。



 彼女は彼女の意志で手を血に塗れさせているのではないか。



 VRトレーニングもナノマシンもなしで、殺し続ける。それが神から与えられた運命であるからという理由だけで。


 エーデの精神は恐ろしく強固なのだろう。現代の過保護なテクノロジーで甘やかされた我々のような軍人たちよりもずっと。


「ヤシロさん。配置についています」


「始めてくれ」


 シストが衛兵を始末し終えた俺とエーデに近寄ってきて告げるのに、俺は頷いた。


「RPG班、撃ち方用意」


「後方に注意」


 対戦車ロケット(RPG)のバックブラストに巻き込まれないようにするためにも、後方を確認してから射撃準備を行う。


「撃ち方始め」


 そして、4発の対戦車ロケット弾が放たれ、サイロに向かってロケット弾が突入した。流石に現代の主力戦車(MBT)を相手にするには威力が不足しているものでも、石造りのサイロを吹き飛ばすには十二分な威力であった。


 サイロは大穴が開き、ロケット弾の命中した角度で崩壊を始める。


「なんだ! 何事だ!」


「サイロが! サイロが崩壊している!」


 鐘の音がガンガンと鳴り響き、衛兵たちの足音が近づいてくる。


「我々は食料を焼き払うまで応戦する。その間に確実に焼却を」


「了解」


 食料を焼き払うのはルンビニ革命議会のメンバーに任せた。彼らはほとんどが40代で、若者はあまりいない。10年前の蜂起が失敗したことが今もなお祟っているようだ。


 我々の方──自由エトルリア同盟の兵士たちは若者が多い。彼らは自分たちを襲う不条理に対して立ち上がった若者たちだ。いずれはこのルンビニ公国においても、教会騎士団を初めとする不条理に声を上げる若者たちが出て来ることだろう。


 そうでなければ混乱は広がらない。


「来るよ。敵、距離800。撃ち方用意」


 そして、混乱が広まらなければ精霊帝国は倒せない。


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